episode19.記憶喪失-呼ばれる声-
【おきて・・・起きて。】
あの夢だ。
久々に見る。
あの白い手を差し伸べられる夢。でも、前よりも・・・声がはっきりしてる気がする。
誰かの声に・・・重なるけど。
誰かは解らない。
また、意味の解らない呪文の様な物を言っている。
これは何かの誓いなのかな?
その手は緑の蔓となって・・・。
「っ!」
ふと目が覚めると、真っ白く冷たい手が私のほほをゆっくりと撫でていた。
「静咲・・・。」
その真っ白い手の相手の名を呼びながら、頭を抱えゆっくりと起き上がる。
「何処も・・・なんともないか?」
「ん?私・・・確か・・・ルーティと居た様な。でも、何で・・・あれ?何でルーティと。」
「そなたは、商人で、この街に来て、私を刺客から救い、怪我を負った。その為に、私が求愛の儀式を行った為に、この国に居ないといけなくなったわけだが、今は、別の理由で居る。」
そう言うと、静咲はミルディアの寝ていた場所の近くに座ると、額に軽く口づけ、囁く。
「私が、そなたを愛した。」
その言葉には、真実があった。
でも、ミルディアは、なんだか、それだけでは無い気がした。
その為に、頭の中で、覆ってしまうのだった。
そう・・・だったかな?
「ルーティは?」
「なんだか・・・ケンキュウ?だったか?それをしたいから、しばらくは一人にしてくれと。」
何だろう・・・。真実だけど・・・その中に嘘がある気がする。
でも、何で嘘があるのか・・・それが思い出せないし、解らない。
深い、深い水の中でゆっくりともがきながらも、でも、苦しくない程度にまどろんでいる様な。
目の前に何かが見えている筈なのに、薄い本当に薄い面紗がある様で、本当は見なければならないものがあるのに、見えない。
「ア・・・ディア・・・ミルディア?」
気が付けば、目の前で心配そうな顔をし、
静咲がミルディアの顔を覗き込みその名を何度も呼んでいた。
「あっあの。ごめんなさい。」
「どうかしたか?」
「ううん。なんだか、息苦しくて。」
「そうか。では、共に散策でもしよう。そなたは、ここに来てまだ一度も、まともな、散策等した事等無かっただろう?」
その言葉に、何故か、その記憶だけ、確かにそうだと、確信して言える自分が居た事に、ミルディアは不思議に思いながら頷くのだった。
「おいで。ミルディア。」
薄く微笑みながら、差し伸べられる手。
その一つ一つのしぐさは、まるで妖艶な女性の様だった。
長い銀色の髪は癖一つなく、すとんと地面に落ちると、その衝撃で、頭の上で束ねられ飾られた紅色の簪の小さな鈴が心地よく鳴り響く。
ミルディアは、そんな彼を見て、〝彼″と思う事もこの人物に〝愛を囁かれる″と言う事ですらも、また、〝一緒に隣を歩く“と言う事ですらも、何だか、烏滸がましい気がし、その手を取る事が出来ず、思わず俯いてしまった。
[化け物!]
[出来損ない!]
[人でもない、ミルディアの民でもない者!半端な者!]
こんな綺麗な・・・。樹天仙・・・。
私じゃ・・・釣り合わない。
「っ!」
それは一瞬で。
ミルディアが握りしめていた手を無理やりほどき、その冷たい手は、ミルディアの手の指を一本一本確かめる様に絡めていくと、手を引き、その勢いで、俯いていたミルディアの顔も上がる。
「そなたに見て欲しい物が、沢山あるのに。
そんなに俯かれていては、何も見せられない。」
歩きながら、静咲はそう言うと、森の奥へと進んでいく。
ミルディアはそんな中でも、そのつながれた手が、本当は冷たい筈なのに何故か、心の底から、温かく感じて、そこだけが熱を帯びている様にすら思えて、ならなかった。
しばらくそのまま森の中を歩き続けて居たが
やがて、静咲の足が止まり、自然とミルディアの足も止まる。
「ミルディア。見ろ。」
静咲の指さした先をミルディアはゆっくりと見つめ目を丸くし輝かせる。
そこには、ミルディアの見た事がある星々にも負けない位の沢山の輝く瞬きが下から上へ
ゆっくりとゆらゆら揺れながら上がって行き
それは、一つ一つが眩しい程だった。
ふと、ある事を思い出し、繋いでいた手を引き返す。
「どうした?」
「静咲。・・・あの、静咲は、見てはいけません。」
[劫火や極端な光に照らされない限り
この身が灰にならない。]
ギルラスのあの、樹天仙の苦手項目を思い出したのだ。
「本当に、どうしたのだ。ミルディア。顔色が悪い。」
ミルディアは、どんどんと静咲の手をその両手で引っ張り来た方向へ戻ろうとする。
しかし、静咲はそれを、かたくなに拒むように、その場から動こうとしない。
ミルディアは、しまいには、涙を流し。
「このままだったら、貴方が灰になっちゃうから!ここから離れなきゃ!」
悲鳴にも似た、声に、静咲は、とりあえず、ミルディアを宥める為に言う事を聞く事にした。
「ミルディア。泣かないで。泣かせる為に。ここに連れて来た訳ではないのに。
また、こんなに宝玉を落として。」
[まったく!どれだけ友情の宝玉大量生産してんだよ!お前は。]
ふと、泣き止み、後ろを見つめる。
今・・・声が聞こえた気が・・・。
「ミルディア?どうして・・・泣いたの?私が灰になると言っていたが。」
「樹天仙は、炎や極度の光に弱いって聞いた。さっきの光とても美しかったけど、一つ一つの光が眩しすぎる程だった。
だから・・・。「っふふ。なんだ。何だ・・そうだったのか。私は、私はてっきり。」
そう言うと、静咲は、ミルディアを抱え上げると、そのまま先程の、沢山の光の瞬きがあった方へと進み、今度は入口ではなく、その中央まで歩いていく。
「駄目です。おろしてください。こんなに奥に進んでしまったら、貴方が灰に!」
必死にその腕から逃れようと暴れるが、樹天仙である静咲の腕はその見た目からでは、想像できない程逞しく強かった為、びくともしない。
「誰から、それを聞いたか知らないが・・・。まぁ。大体想像はつく。だが、この光は、樹天仙の害になるものではない。」
それを聞くと、目を丸くし、静咲の胸元を強くつかみながら、静咲の顔まで一生懸命背を伸ばし、
「ほっ本当に?」
まるで子供が親に安全を確認しているかのように、恐る恐る問うミルディアが、何時もよりも可愛く思えてしょうがない静咲は、薄く微笑みながら。
「本当。」
と一言返し、ゆっくりと、ミルディアを地面に降ろす。
ミルディアが下りたと同時に、ミルディアと静咲の周りの光達は、ふわっ、と上に上がって行く。
「まるで、生きて居る、見たい。」
「生きているんだよ。ミルディア。」
「え?」
「ミルディア。君の国には星と言うものがあったと聞いたから、これを、ミルディアがこの国に来た数日後に、数匹捕まえて見せてやろうとしたのだが、色々あって、機会を逃してしまった。だが、数匹よりも、星の数程見せてやれたらと思った。
この国には、星もなく、また、日も登らない。だから、常に森の葉と葉が重なり合い
空等は見えはしない。例え見える所に行ったとしても、星も日ももちろん金ノ国の様な煌びやかな金も、見る事は出来ない。
常夜ノ国の月と太陽もここにはない。」
静咲さんが呼ぶ〝これ″そして〝生きている″と言う光る瞬きは、星にも劣る事がない程美しく光るだけでなく、容も様々だった。
「静咲さん。この光はなんというんですか?」
一緒に同じ方向を見ていた静咲だったがミルディアのその質問に、その群青色の瞳がミルディアを見ると、それは、どこか柔らかい雰囲気を醸し出していた。
そして、再び、その光に目を移し、それについて説明し始める。
「ん?この者達の名は蛍星蟲日中から朝方に生を受け夜になるとその命を燃やすかの様に、眩しい光を放ちながら空に向かって一斉に飛び立つ。
その光は、先ほど言った様に、我々には影響は無い。
だが・・・そうだな。彼らにとってはその身が燃え尽きる程だ。
それでも、まるで天に何かを届けるかの如く、光を放ち明け方と同時に皆燃え尽きる。」
最初は、その説明を、頷きながら、静咲を見つめていた目から、その、蛍星蟲に目を移しうっとりした目で、聞いていたミルディアだったが、最後の言葉で、少し驚き再び、静咲に目を映す。
「燃え尽きるって。死ぬって事ですか?」
その言葉に、静咲も、蛍星蟲を見つめる瞳が、再びミルディアを映した。
「死ぬ。・・・・死。
あぁ。そうか。・・・あれが死と言う事か。」
考えた事も無かったと言いながら、意外そうな表情を浮かべる。
それも、その筈だ。彼らは、それこそ劫火で焼かれたり、極端な光をあびない限りは、死ぬ事が無い。永遠に生き続ける不死の存在。
死んだとしても、輪廻転生と言う物があるから、永遠の別れと言う物が無い。基本的に長寿だ。
現に、目の前の静咲だってよくよく考えればおじいさん?
いいや、そもそも樹天仙の年齢の老若の枠組みがよく解らないから、何年から何年まで生きたら子供で、何年から何年まで生きたら大人で、何年から何年まで生きたら老人なのかが解らない。
そういえば、ギルラスは、静咲は、千年以上生きて居るとか何とか言ってた様な。
千年以上って・・・よく考えれば、物凄い単位だよね。樹天仙にとっては何でもない事なのかな?そんな凄い種族に私・・・その・・・。
「ディア・・・ミルディア。」
ふと、考え事をしていると、目の前に私の姿勢に合わせたその妖艶な女性の様な顔があり
思わず顔をそむける。
「光で解らないが・・・顔が少し・・・赤い気がするのは気のせいか?」
そう言いながら、微かにミルディアのほほにその真っ白な細く長い指先が掠める。
ミルディアは、それに対し、少し、うつむき気味になる。
「また恥ずかしくて、と言うやつなのか。
人に近しい者は、よく恥ずかしがる生き物なのだな。」
[ミルディア。また俯いてるのか。
お前はまったく。前向いて歩かないと転ぶぞ?]
っ!また声が。
ふと、静咲ではない誰かの声が聞こえ森の奥の方を見つめる。
[ミルディア。こっちだ。]
聞こえる。私を呼んでる。
「静咲。誰かが私を呼んでる。」
「っ‼ミルディア。何処へ行く‼」
ミルディアは突然走り出し、声の方へと進んで行き。それは突然の事で、静咲の走る速さはミルディアよりか何倍も速いはずなのに、
ミルディアの姿を見失ってしまったのだった。
「ミルディア・・・。ミルディア‼」
静咲は不安そうな表情を浮かべ、まるで迷子になった子供の様に、あたりを見回しながら、ミルディアの名を必死に呼び続ける。
可笑しい。樹天仙は基本、森では迷わない。
増してや、失せ者は簡単に見つけ出せる。
だがどうだろうか、ミルディアの気配も匂いすら追えない。
ギルラスの傍に居るなら、あいつの迷動の気配がする筈だ。
それはそれで解くのが厄介だが、何処に存在するかは解る。
その気配すらしないと言う事はやはりこの状況自体が異常だ。
そう思うと静咲の表情とその足は更に焦りが増すのだった。
[ミルディア。ここだ。]
声が。聞こえる。
少し低いけれど心地の良い青年の声。
「何処?何処にいるの?」
[ここが、俺達の秘密の場所。]
その声と共に、ゆったりとした風とそれにより小さな葉がこすれ合い奏でる心地良い音がなり更に、それに合わせる様に小川の潺が聞こえてくる。
川縁にたどり着く。
そこには先客がおりそれは、銀と黒のまだらの金属を身にまとい、此方に背を向け水を飲んでいるようだった。
ミルディアは、もしかしたら、樹天仙の捕縛髏かと思ったが、どう考えても、身にまとっている物が、静咲が纏っている様な、裾も袴もふわりとし裾の部分はゆったりとした絹の様な形でも無ければ、
ギルラスの様に、少し体にぴったりとし裾は静咲と同じようにゆったりとした絹でもない。
かといって捕縛髏のように完璧なる動きやすさを追求した絹でもない。
そう、樹ノ国の者が着ているそのどれとも違うもの。
強いて言うならば。
金ノ国の者を連想させる、かっちり、とした装身具だった。
その人物は此方に全く気付いていない様で
そのまま顔を洗っていた。
逆に気付かないで居てくれて居た方が、ありがたいのかもしれない。
金ノ国とはあまり良い記憶がない。
つまり、仲良く出来る様な気がしないからだ。
ミルディアは、そのまま来た所を後ろ脚で戻って行くが、
「悪いが。逃げて貰っても困る。
最初から気付いていたのだから。」
その者は決して、気付いていなかったわけではなかった。
様子をうかがっていたのだ。
襲ってくる存在なのか、敵なのか、それとも何者なのか。
ミルディアは、息を飲む。
その間に、その者は余裕なのか、近くに置いてあった金の仮面を取り付け、此方を向く。
その仮面は美しい女性の顔が模られており
異常な程に煌びやかで、仮面と言うには妙に顔にしっくり来ていた。
だが、声からして、どう考えても男だ。
「ほう・・・。樹天仙にしては、珍しい女か。額に樹天仙の妻である証の文様があるな。」
額?額にそんな物付いてたかな?ミルディアは、額に触れながら、そう思う。
「王族か?貴族か?それにしては、何の匂いもしなかった。本当に危うく油断する所だった。だが、どうも、解せないな。」
その者はゆっくりと近づきながら、手を翳すと、黒い剣が姿を現しそれがミルディアの首元に向けられる。
「お前からは、植物らしさが全くと言って良いほど感じられない。
それに、この金ノ攻戦結界は、樹ノ国の者は通さない筈。
それが通れたと言う事は、お前は樹ノ国の中の新たなる力を得て生まれ出でた、樹天仙の女か・・・それとも、化け物か・・・。」
そう言いながら、その者が唯一仮面から見える口元の口角が上がり更に続ける。
「お前をここで生かす理由が一つでもあるなら、私の背後を一瞬でも取った褒美に聞いてやろう。」
男は、そう言いながら、更に、ゆっくりとその黒い刃を引いていく。
彼が黒い刃を当てている首元は、徐々にちりちりとまるで、炎に焼かれているかの様に焼け焦げた匂いと、痛みが走り、ミルディアの、顔は歪んでいく。
[ミルディア!]
まただ。あの声が・・・。
「如何した。震えているぞ?
まさか・・・怖いのか?」
男は、鼻で笑いながらも、まるでその黒い刃をもてあそんでいるようだった。
「私は。ただ。呼ばれてここに来ただけ。」
「誰に。」
「解らない。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
お互い沈黙し。
男は、不敵な笑みを浮かべると、
その刃を振り下ろし、ミルディアは、目を閉じる。
ざしゅ‼
と言う、何かを切るみずみずしくけれど、
何処か重々しい音が響き渡る。
だが、それはミルディアではなかった。
「感謝しろ。後ろにラギアが居た。」
「ラ・・・ギア?」
「知らないのか?あれは、主に人に近い肉と魂を好む。おめでとう。晴れてお前は樹天仙でもなければ化け物でもないと、証明されたわけだ。」
そう言いながら、男の手から武器が消え、
男は、ミルディアの前から去って行く。
「あっあの。」
「何だ。斬らないとは言ったが、慣れ合う気はない。」
違う。
何か・・・何か呼び止めないといけない気がして・・・。
何かを聞かないといけない気がして。
[ミルディア。お前が迎えに来い。]
「あの、私。探している人が居るんです。」
「誰を?」
「それが・・・解らないんです。」
「お前は、脳が無いのか?」
「それ、前にも誰かに言われた気がします。」
苦笑しながら、男性に答える。
すると男性は眉を顰めながら言う。
「・・・記憶を封じ込められているのかもしれないな。」
「っ。まっ、まさか。だって私は・・・商人で・・・。」
待って。
「ここにきて・・・。」
商人なら。何を買いにここまで・・・。
何処に帰るんだっけ?
あれ?
私・・・。一体どこの商人なんだっけ。
ミルディアは頭を抱える。
「紅将皇お得意の、迷動の術だな。
ただ、今回は、強烈に聞いているようだ。
もしかして・・・盛られたか?」
混乱しているミルディアを見て
鼻で笑いながら言葉を続ける。
「最後に良い事を教えてやろう。」
男は、そう言うなり、ミルディアに顔を近づけ更に言う。
「樹天仙の主食は・・・ラギアと一緒さ。」
「それって・・・まさか。」
「そうだ。人に近い肉だ。」
「でも、それって、だって。
そう言うの、何処かに売ってるんじゃ。」
ミルディアはあまりにも頭が混乱し、
最早訳の分からない発言をして居る事に気付いて居なかった。
しばらく沈黙が走り、
あたりに吹く風の音だけが妙に目立って聞こえる。
「何言ってるんだ。お前。
現に目の前に一体居るだろう?
奴らにとっての美味しい肉が。」
それに対し、男は身の毛もよだつような目つきでミルディアを見る。
「喰われないようにね。」
男は、喉の奥で笑いながらその場から消えて行った。
盛られたって・・・。
毒って事かな。
でも・・・。
[覚えておいて、私は君を深く、深く愛して居る事を。
再び契約を結ぶけれど今度は疑わないで。
私の気持ちを。これからはちゃんと証明していくから。]
[本気に・・・なった、見たい、なんだ。
まだ不確かな物だけど。けれど、今までに抱いた事の無い物なんだ。
それに、お前の様なお子様よりも、俺の様にちゃんと彼女の気持ちや性質を理解できる方がきっと良い。
お前には彼女は勿体ないよ。]
そんな馬鹿なはずない。
二人に限って。そんな事。
それに、そうだとしたら、ルーティだって。
ルーティ。そう言えば、全然合ってない。
ミルディアは、帰り道を探しながら、
ずっと考えていた。
「毒を盛るって言っても何の毒?
それに、何のために?」
解らない。
[何言ってるんだ。お前。
現に目の前に一体居るだろう?
奴らにとっての美味しい肉が。]
頭の考える許容範囲を超えて来た。
目の前が・・・。回ってる。
そう思った瞬間にはミルディアは、どさっと音を立てて、地面に倒れ、意識を失う。




