episode15.廃天仙
ギルラスに手を引かれるがまま、足を進めると、
そこには目をつむり眠って居る様に見える樹天仙が、
大きな木の中にまるで埋まって居る様に入って居る。
「これって。」
「そう、その通り、死ぬ事も出来ず、樹天仙の身体すらも保つ事の出来なくなった者のなれの果て。
廃天仙だ。」
ふと周りを見ると、木だけではなく、地面だったり、
岩の中だったり、そこで固まったまま動かぬ樹天仙は、
皆、石や木や地面と同化し共通しているのはそれだけでなく
皆瞳から色々な色の苔の様なものが生えていた。
「言って置くけど、それは苔ではないよ。」
悲しげな表情で、一体の樹天仙のそれを払うギルラス。
「これはね。儀式を交わした相手を想い未だに涙を流すこの者達の儚い想いだよ。
儀式に失敗すると、どちらかは、惨たらしい死に方をして、
何方かは、こんな姿になる。或いは二人共がそれを味わう。」
「どうして?だって・・・だって樹天仙は、自然を操る事に優れた種族だって・・・。
それなら、こんな・・・こんな姿になんて。」
ミルディアは、本の中に書いてある事と全然違う樹天仙の裏の世界に唯驚きを隠せずに居た。
「だからだよ。」
ギルラスは、繋いでいた手をぎゅっと握りながらミルディアに言う。
「俺達種族は、自然を操る種族だ。
その自然は神サンザーラから与えられた物。
そう、与えられて居る物であって、決して我らの物ではない。
そう、決して、我々の物では無かったんだ。神々が滅びるまでは。」
ギルラスは、その言葉の後、言葉を詰まらせ、
まるで、どう説明したら良いのか、言葉を選んでいる様な雰囲気だった。
ミルディアは、そんなギルラスに対し、言葉をかける事が出来ずに、
ギルラスの次の言葉を唯只管待って居た。
「けれど、今は、神々は滅びてしまった。
神サンザーラは崇拝する存在ではあるけれど、
実在し、我ら樹ノ国を支配する者ではない。
その為に、現時点で、樹ノ国を支配して居るのは、我ら樹ノ国の樹天仙だ。
自然に支配されて居るのでは無く。我々が、自然を支配している。」
ふと、繋いだ手を放し、近くの樹天仙の涙を自らの赤い服の袖口で拭いながら更に続ける。
「だから、俺達は樹ノ民と違い、死と言うものがない。
けれど、その代わりに、戦で殺されれば、灰になれば燈火になる。
そして・・・。愛に身を焦がしその愛が神サンザーラと死と運命を司る
デイガーディアンに認められない場合は・・・・。
こうして自然に帰る事が出来なくなる。
意識は残り、記憶のある植物や地となる。
国土が金ノ力により傷つく度に、ここに居る者達はその痛みを共有する。
その痛みは、我らが、攻撃を受け負傷するよりも苦痛だ。
そう・・・まるで生き地獄だ。いっその事土になり、
この国の糧となりたいと思って居る事だろう。」
「じゃぁもしかして、今私達が話してる話声も?」
「彼らには、聞こえているだろうねぇ。」
今度は別の樹天仙の涙を拭うギルラス。
「彼らは、何故そうまでして、儀式を執り行ったと思う?
恐らく執り行う前に、絶対に前兆はあった筈だ。
例えば、樹天仙の女性側の想いが足りなかったり、その逆も然りだ。
でも、一番失敗しやすいのは・・・・。
相手が樹天仙じゃない時だ。」
『相手が樹天仙じゃない時・・・。』
ふと、思い浮かぶのは自分と静咲の事だ。
「・・・どの理にしたって彼らは、
失敗するかもしれない儀式をそれでも、行った。
何故だと思う?」
「え?」
聞かれるとは思わなかった問いに、思わず少し驚く。
「先程も言った通り、俺達は基本不死。
劫火や極端な光に照らされない限りこの身が灰にならない。
なのに、わざわざ死ぬ様な事をするなんて、気でも触れたとしか考えられないだろう?
でも、果たして本当にそうなのだろうか・・・。
本当に彼らは想いが通って居なかったのか、不死である事を捨て去り、
苦行の道に行くかもしれない選択だと知りながらそうすると本当に思うかい?」
ギルラスのその発言に、ミルディアは、はっとする。
「まさか、人に近い者の求愛と樹天仙の求愛の違いって・・・。」
ミルディアは、眉間に皺を寄せながら、胸元をぎゅっと握りしめる。
「解ってくれたかい。」
ギルラスは、そんなミルディアに更に続けて言う。
「命と輪廻。だよ。」
それを、聞きその言葉が頭の中に木霊する。
「樹天仙の求愛は人生全てと来世をかけるんだ。
だから、君が聞いて居る、樹天仙の愛し方は情熱的って言うのは、あながち間違いでは無いんだよ。
一言で纏めるとそうだからね。
でも、正直、人に近い者にしてみれば、命と輪廻をかけられるなんて、重い話だろうね。」
[二人共、何て言うか、感情も何もないのに、
静咲さんは義務的に、貴方は何て言うか周りが一人に決めろと言うから、
偶々通りがかった私に、求愛の儀式をしようと言っているだけに聞こえるんですが、違うんですか?]
私。なんて失礼な事を。
「俺の、考えから察するに、今君が思っている通りだよ。
〝失礼“とまではいかないにしても、俺は別にして、静咲は、命を賭けて君に求愛したって事だよね。
その時点で少なくとも、〝情〟という感情を何かしら抱いていて静咲はそれを心では解っているけれど
頭で理解できていない。だから、君にそれをちゃんと言えないだけだ。」
ギルラスは、どこか刹那そうに、ミルディアを見つめながら更に言う。
「先程も思ったのですが・・・。
何で、静咲さんは、私の事を・・・その。」
「愛して要るんじゃないかって俺は、解釈しているかって?」
ミルディアの質問に苦笑するギルラス。
「君に求愛する前の静咲を、よく知って居るからね。
何度も言うけれど、俺は静咲の異母樹天なんだよ?」
ミルディアにはもう伝えている事を再び、冗談交じりに言うギルラス。
「君に会う前の静咲は、つまり情に悩む前の静咲は、
愛なんて物、本当に物だと思ってたから。
そこら辺にあるそれこそ、草や石と同じに思ってずっと生きて来てたよ。
手に入れようとも思っちゃないし、雑草ならなおの事だ。
抜き取るだろうね。石なら目障りだから蹴り飛ばして
目の入らない所にでも追いやるんじゃないかな?
兎に角、大切に、大切に、手入れする必要性の無いただの〝物″。
本人も言って居たしね。」
ギルラスはその深紅の瞳で過去を思い出す。
[愛?・・・愛・・・何?それ。
そこら変の草や石と同じ物でしょ?
そんなモノ私は・・・執着しない。
欲しいと思わない。]
[ならばお前は何が欲しいんだ。
何を映せばその、まったくもって生きてもいない。
詰まらない瞳が生きた瞳に変わる?]
ギルラスは何千年か前の静咲との会話を思い出す。
[何も。要りません。興味を抱くものが無いので。
・・・兄上。生きてるだけでも。皆の呪いを一身に受けるだけでも、
苦しいと思って居るのに、その上何を背負えと?
この瞳孔の呪いを背負いこの上なんの呪いを私は・・・。]
[少しはお前も楽しめ。なんの為に不死があると?]
[私にとっての不死はデイガーディアンからの祝福ではない。
呪いでしかないのですよ。アニウエ。
愛の祝福⁇あれは祝福等ではない。あれも一種の呪い。
壊れる物等、端から必要ない・・・・面倒なだけです。]
「あの時の瞳、表情・・・不死であり、生きているにも関わらず、
何故か、死んでいる気がした。
だから、静咲は情なんて・・・。唯一の者なんて、自分には必要の無い物、友も一緒だ。
愛する者ならば尚更だ。要らない〝物″だと。壊れてしまうからね。
執着してしまい、それで壊れるならば、そんな〝物″は要らない。
そう言う思いで生きて来た。何にも執着しないし、無頓着に生きて来た。
ただ、生と言う器。それがあの、静咲と言う存在だった。」
「先ほども思ったのですが・・・本当に、静咲さん何ですか?」
[・・・何故ここへ?此処へ来れば厄介な事になるとそなたの共に伝えた筈だ。]
あの私への心配の眼差しを向けてた静咲さんが。
[これを、父上に。娘は斬ったこれはその証だと渡せ。]
国王を欺いてまで、私を守った静咲さんが。
[父上。今後この者を殺害なさるならば、私を殺害するのと一緒と思ってください。]
[私は、この者を片時も放さず見ています。
今後、この者が死ぬ時は、私もその場に居る事を忘れないで頂きたい。]
そう言えば・・・処刑されそうになった時だって。
「ミルディア。やっぱり君。静咲の本物だね。」
ギルラスの言葉に、更に、ミルディアは気付かされた様な顔をした後に、
詰め寄り必死な顔で問う。
「もしも・・・もしも、静咲さんが、
私と求愛の鳥籠の儀式を最後までしてしまったら・・・・。」
「どっどうしたのさ。急に。」
「教えてください‼」
「先程言った通りさ。幾ら菩提樹ノ君でも例外はないだろうね・・・。
君が今想像している通りだよ。
静咲は、ここに居る廃天仙と同じ運命をたどる。
それこそ、本当にお互いの愛が本物でなければの話だけどね。」
「・・・・・・。」
ミルディアは、悲しい表情を浮かべながら俯く。
「どうしたの?必死になったかと思ったら
今度は、悲しい表情を浮かべて・・・。
自分も死ぬのではないかって不安になった?」
ミルディアに問うと、ミルディアは、思いきり首を横に振るが、何も言わず、涙を浮かべる。
「・・・静咲が・・・。
死ぬかもしれない事に怖くなった?」
その言葉に、ゆっくりと、頷くミルディア。
「そっか。じゃぁ・・・俺にすればいい。」
「だから、どうしてそうやって。っ。」
怒ろうと顔を上げると、ギルラスの、その眼差しは、ふざけているようには到底思えず、
ミルディアは、言葉を途中で止める。
「静咲が、菩提樹ノ君で、俺が紅将皇だからだよ。」
ギルラスがそう言うと、冷たい風が二人を包み込む。
「紅将皇つまり、俺は、神サンザーラと、死と運命を司る神デイガーディアンに、
一生使える巫子の身になる代わりに、
求愛の儀式の相手は種族を問わず、自由に選ぶことが出来、
死ぬと言うリスクは無い。ただし、仮に、種族以外の者を愛したとしても、
一生涯、そして前世、現世、来世において、心から愛せるのは一人だけというのは、
他の樹天仙と変わらない。」
ギルラスは、其処で、言葉を止め、ミルディアから目をそらしながら、
言い難そうに、その重たい口を再び開く。
「けれど、菩提樹ノ君。つまり、静咲は、どの樹天仙とも違う立場なんだ。
この国の中で唯一、王と同じ権限を持ちながら、
王よりも稀有な存在、そして、一番神サンザーラに近い者として崇められる存在。」
その言葉に、ミルディアは、改めて息を飲み、
ふと、処刑場で助けられた時の情景を思い出す。
あの時の、不思議な感覚は、これだったんだ。
静咲さんが現れたとたんに、皆、王にひれ伏すのではなく、
口々にその称号を言って敬意を払って居た。
ギルラスは、ずっと考え込んでいる、ミルディアの、
頬をそのオフホワイトの冷たい手で包み込む。
冷たいと言っても、静咲程ではなく、かといって、
人に近いミルディア程、温かいと言うわけでもなかった。
そして、ゆっくりと、抱きしめ、その耳に囁きかける。
「君が、苦しまないで、何より死なないでいてくれるなら、
俺は、君が、俺の前世、現世、来世に至る、
求愛の儀式の相手で良いと思って居る。だから、俺を選んで?」
ーーーーーーーー
一方、サハラは、相も変わらず、静咲から離れなかった。
「ねぇ。お義兄様。私にも、人に近いその娘に合わせて下さい。「断る。」
静咲は、そういうと、サハラに背を向ける。
「あっそんな事言うなら、サハラの知っているお義兄様の秘密おしえてあぁぁげない。」
サハラも、負けじと、静咲に背を向けるが、
静咲はそれに対し、全くもって興味ない様子で、ピクリとも動かない。
「んもぉぉ。お義兄様!本当に聞きたく無いのですか!
人に近い娘と兄上が今如何しているかの秘密ですのに!」
「なに⁉」
サハラの最後の言葉は静咲には効果覿面で、静咲を動かすには十分だった。
ーーーーーー
「違うよ。ギルラスさん。それって、やっぱり、何だか違うよ。
静咲さんも違うけれど、ギルラスさんも、違う。」
ミルディアの、その言葉に、目を丸くするギルラス。
「何が違うのかな?ミルディア。言って居る事が支離滅裂すぎて、俺、理解に苦しむんだけれど?」
「そこに、二人の気持ちは入って居ますか?
順序、逆になって居ませんか?
愛するのは後で、先に結婚しましょうと言って居る様に聞こえます。
だから、違うと言って居るんです。それに・・・。」
ミルディアは、優しく抱かれている腕をゆっくりと引き離し、俯きながら言う。
「それに、ギルラスさん、私の為みたいに言ってますけれど、
本当は、何よりも静咲さんを、助けたいのでは?
今までも、そうやって何人か樹天仙を廃天仙に送らないように、
助けて来たんじゃないんですか?自分の想いを殺して・・・。自分を犠牲にして。」
「っ。」
「だって、あの庭でも。」
[国王陛下が前の女性でもう身を固めろと。]
「あれって、もしかして、前の女性も私と同じような立場だったのでは?
今の私と同じ様に、言って、その樹天仙の男女が苦しむ道を選択しないようにした。」
「・・・・君は。」
その言葉に、ギルラスは、心底驚きながら思った。
やっぱり、君はずるい。
見た目が美しくないだって?こんなにもかわいいと思う女性を俺は知って居る。
力が特別何かある訳でもないと?
とんでもない・・・
この女性は、確かに持って居る。
本当の想いを見抜く力を。
けれど、彼女は〝本当〟を知らない。
俺の悲しい想いは知って居ても、真実は知らない。
「そうではなく、俺が本気で君を狙ってるからだったら?」
苦笑しながら、ミルディアに問う。
「それは無いかな?だって、貴方はなんだか他に力がありそうだから
私を本気で奪おうとするなら別の手を使うんじゃないかなって。
でも、貴方はそれを使おうとしない・・・。
それって、私の為でもあるけどやっぱり一番は・・・静咲さんの為な気がしてならないの。」
ほら、やっぱりそうだ。
この女性は持って居る。
「ミルディア。君って。やはり、凄い。」
「?。」
ミルディアは、ギルラスのその言葉に、不思議に思いながら首を傾げる。
そのしぐさに、ギルラスは、どんどんと目を奪われていく。
「やはり、君だ。
君を見ていると、ここが高鳴るよ。」
ギルラスは、長く鋭い爪で軽く自らの胸をとんと突く。
「正直・・・迷ってる。国王は、静咲と君を引き裂き静咲の契約を無効にしろと俺に命じている。
けれど・・・俺は・・・静咲を見ていて思うんだ。
静咲の死んだ瞳を生き返らせたのは紛れもない君だ。
そして、これからも静咲の初めてを君は全て奪って行く事だろう。
静咲は、更に息を吹き返したように幸せな日々を送る。
そう想うと、私は兄としては、たまらなく嬉しい。
君は、枯れていた静咲の全てをその名の通りに咲かせて居る唯一の女性なんだ。」
ギルラスは、目を伏せながらミルディアに言葉を続ける。
「だが、どうしたら良い?その女性が・・・静咲の寿命からしたら
瞬きする低度にしか生きられない事を、
静咲が知ったら・・・静咲は・・・弟は・・・心が枯れる所か・・・
君と共に居られる場所へと追いかけて行くだろう。
そう、きっとここに居る者達同様に・・・。
夢想の世界だけでも君に会いに行こうとするだろう。
君の魂と、体が死と運命を司る神デイガーディアンの下にあるならば、
弟は迷わず、黒海へと身を投じるだろう。
だが、今ならばまだ間に合う。
愛とは何かを解って居ない、今ならば。
まだ静咲が、自分の気持ちに気付いて居ない今なら。」
ギルラスは苦肉の選択を迫られているような表情をし、
あたりはそれに会うかのように、湿った雨のにおいがし始めている。
「だから、深みにもはまってはいないと私は見ている。
静咲ならば私がどうにかできるだろう。
だが、問題はミルディア・・・君に対して私はどうしたいのかが解らない。」
ギルラスの、その言葉は、だんだんと悲痛な叫びに変わって行く。
「私はどうしたら良い?手を血に染め続けている我が父に手を貸し続けるのか、
そなた達の幸せを心から願いたいのか。」
ギルラスの一人称が俺から私へと変化した頃には、
最早ギルラスの頭の中は混沌としていた。
私は、何がしたい?
弟の幸せを願いたいのか?
父の命令を遂行したいのか?
「はたまた・・・・。本気で・・・。」
ギルラスはミルディアにゆっくりと近づくと、
ゆっくりとその身体を抱きしめ耳元に囁く。
「君を誘惑し、本気で現にて、物にしてしまいたいのか・・・。
ねぇ・・・ミルディア・・・」
妖しく囁きながらその瞳は赤く光を放つ。
「もう・・・忘れちゃいなよ・・・全部さ。
忘れて・・・俺の物になれば良い。」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
暫く沈黙が走り、
やがて涙が溢れるミルディア。
それは、ミルディアの宝玉となって下に次から次へと落ちて行く。
そして、その重い唇が開かれる。
「それは・・・無理です。」
その言葉にギルラスは、心底驚き、もう一度今度は、
額が跡が付くのではと言わんばかりに、くっつけ再び同じような言葉を口にする
「もう、忘れてしまえ。そして俺の物に・・・なるんだ。」
「・・・・どうして同じことを?」
だが、ミルディアは眉間に皺をよせ、涙を流す。
「紅減の瞳孔の呪いが・・・効かない?」
心底驚いた表情でミルディアを見つめ深いため息を吐くと、
その場に座り込む。その頃にはギルラスの瞳の色は元のただの赤い色に戻って居た。




