ディスコード -3-
ジャッカルの首に鋭い牙が食らいつく。そのまま鎌首をもたげて左右に振り回し、最後に地面へとたたきつけた。
迫力――というか、なかなかにえぐい攻撃だった。
『照準!』
ユーリがもう一方のジャッカルを指さす。半自律で動く召喚獣は、使役する術士のいくつかの指示にのみ反応する。大蛇は命じられた通りにもう一体へ狙いを定めた。
その時だった。最初に攻撃を受けたジャッカルがむくりと体を起こし、大蛇の背に飛びかかった。
「ユーリ!」
『使役獣送還!!』
大蛇はふっと姿を消した。ユーリが自分で消したのだ。召喚獣の負ったダメージはそのまま術士に跳ね返る。敵モンスターがまっ先に攻撃対象とするのはプレイヤーだが、召喚獣に対してもまったく反応しないわけではない。
などというあれこれをアヤノが知ったのは、ユーリが仲間になってしばらく経ってからだった。
自分が“戦士”なので“術士”について気にしたことはなかった。しかしパーティを組む以上は知っておくべきだと、基本情報を教えてくれたのは、本人ではなくショウだった。なるほどああいう風にフォローするためには必要な知識なのか。
『魔法:プリミラ』
ダンテの水系広域攻撃。ちょうど至近にいた2体を同時に捉え、一瞬、その動きを止めさせた。
アヤノは地面を蹴った。まだダメージが少ない方に斬りつける。同じ敵をアルが撃ち、もう一体にはダンテが宝剣でとどめをさした。
「うん、いけそうだね?」
「……手間をかけさせて済まない」
ダンテがショウをふり返った。ショウは、牽制するように視線だけユーリに向けながら首を振った。
「こっちの都合だよ。謝るのは僕の方」
ダンテにはショウから説明してある。アヤノの戦闘経験を最優先にするという方針から、ダンテの経験値獲得を優先するよう切り替えると聞いて、ダンテは少し黙った後に静かにうなずいた。そうして一言、『妥当な判断だろう』とだけ答えた。
どう感じたのかはわからない。もしかしたらいい気分ではなかったかもしれない。
けれど、少なくとも今のところ、文句のひとつもなく動いてくれている。
「お前がそう言うのなら、もう何も言うまい。ところで“紋章”だが、有効時間と効率を考えれば、オラクルエリアのみで使用するべきではないだろうか」
「そんなことはないよ。特に“エーリヤ”は、使えるときに使っていいと思う。“ダフニ”はオラクルまで温存した方がいいかもだけど」
「? エーリヤ……ダフニ?」
どこかで聞いたような、しかし耳慣れない単語にアヤノが首をかしげると、ユーリがこれ見よがしに長いため息をついた。
「相っかわらず、なんにも説明読んでないのねぇ」
「……う」
「“紋章”の個別名称。前に防御で“クリノスの紋章”を使ったのは覚えてる? あんな感じで12個全部に名前がついてるんだ。画面からも確認できるから、見ておくといいよ」
ショウが説明を入れてくれた。そういえばとアヤノも思い出し、画面を開いてみる。“紋章”の欄には確かに、4種の説明書きが並んでいた。
『 クリノス:防御力上昇:授与者・ヘラ
エーリヤ:経験値獲得率上昇:授与者・アテナ
キパリシー:索敵範囲拡大:授与者・アルテミス
ダフニ:魔法使用効率上昇:授与者・アポロン 』
「ちなみにそれぞれ、百合、オリーブ、糸杉、月桂樹って意味だけど、それは覚えなくても平気。ただ、どんな効果のものを持ってるかくらいは把握しておくと、役に立つかもしれないね――」
うなずきながら画面に見入っていたアヤノは、ふと空気が変わったことに気付き、目を上げた。
目を細めたショウの視線の先には敵と戦っている4人組がいた。ジャッカル2体と巨大なサソリに囲まれて、どうやら苦戦しているようだ。
「なんだありゃ。へったくそな戦い方だな」
「ずいぶんと高価なアイテムを身に着けている。ここまでそれに頼ってステージを上がってきたグループか」
「助けるの?」
ついさっき、できるだけ接触は避けるようにと言っていたはずだが。
そう含ませて尋ねてみると、ショウは軽く苦笑する。
「ちょっと危なっかしいみたいだから……本当にまずくなったら、かな」
「……」
「大丈夫。この前みたく先方を怒らせるようなことはしないよ」
そんなやりとりの間にも、彼らはみるみる生命力を削られていた。
1人などはもうあと一撃でゲームオーバーではないか――というところで、肩をすくめるなり、ショウが飛び出した。長剣は抜かず、投げナイフを構えて。




