#3 気づいた僕と君の少しの本音
「さすがに混んでるな」
「夏休み始まった初日ですからねぇ」
モールの2階にあるフードコートは、まだ11時前だと言うのに人でごった返していて、ちらほらとうちの高校で見かけたような顔もある。
席を探すのも一苦労そうだ。
「あっ、あそこ空いてるんじゃないですか?」
そういって指さした先はかなり端で、料理を取ってくるには少し不便な場所だ。
「しゃーない、あそこにするか」
しかし他に空いている席も見当たらないので、そそくさと二人で移動をする。杖が目立つのか、こちらを一瞥した途端に道を譲られて姫路さんは少し眉を下げていた。
こちらの伺うような顔が気づかれたのか、すぐに顔を戻し、
「あっはは、便利なところもあるでしょう?」
と、苦笑いしながら、腰を下ろし一息をつく。
「助かることもあるもんだな…俺だけだと、逆に道を塞がれていたろうから」
「さすがにそんな事する人はいないと思うけど、どんな嫌がらせですか…」
塞がれるはなくとも、たどり着くまでの時間は大幅に長くなっていただろう。そんなこちらの大まじめな顔に姫路さんは少し吹き出していた。
「はは、じゃあ何食べようか、俺が持ってくるよ」
「え、悪いですよ、そんな」
単に俺が行ったほうが早そうなので言っただけだが、少しだけ困惑したような、これは持たせるのが悪いから、というだけではなさそうだ。
「いいから。ここだけの話俺めちゃくちゃ存在感薄くてさ、ハンカチとか小物置いといても場所取られまくるんだよ」
本当のことだ。たまに1人で来ると大体フードコートでさ迷うことになる。
「私は目印ですか、旗ですか」
「ああ、俺だと見失われそうだしな」
ほら、どこにでもいる顔だから…と大げさに表現すると、姫路さんの顔がふっと緩む。
「じゃあ、普通のたこ焼きを買ってきてもらいましょうか」
「真反対の端じゃねえか…承ったよ。行ってくる」
自分の分はハンバーガーに決め、たこ焼きとチーズバーガーを買って席に戻る。
落とさないように気を使いながら、自分らの席が見えるところまで来ると…
ちょこんと座り、こちらをじっと見ている小動物…いや姫と目があった。
戻ってきた俺を見て、パッと顔を明るくするが、
(いや…なんかおかしくないか?)
姫路さんは向かいに座っていたはずだ。
何故俺の荷物を抱えて待っているのか。
「はいお待たせいたしました。ご所望のたこ焼きです」
「はい、ありがとうございます…なんで向かいに座るんですか」
「いや、そりゃあそうだろ…対面式のテーブルだし広く使いましょうよ」
「むぅ。今回は許してあげますけど、次は隣り合いましょうよ」
「距離感とかの概念が壊れていらっしゃって?」
それとも何か狙いが?と聞きたくなるのはこらえた。
抱え込まれていた荷物も無事返還され、食べ始めたけれど、自分のカバンから少しいい匂いがする。
それだけのはずなのに、味がよく分からなかった。
ご飯も無事?食べ終え、やっと今日のメインのゲーセンに来ることができた。
自分が小さい頃の映画にこのモールで撮影されたものがあったが、改装され場所も全く変わってしまっている。
とはいえ変わったあとしか知らないんだけど。
「前の場所は映画撮影されてたんだっけ、今度見てみますか?」
一緒に、さ?といたずらに微笑む顔に少し胸がドキッとするが、頭の奥に少しだけ引っかかる。
(そう簡単には見せてくれないよな)
「どうしました?」
「いや、今日狙うやつ美少女物で少し露出あるやつだから、もしかしたら嫌かなと」
「えー…えっちなんだぁ…冗談ですよ。私も少しは美少女ソシャゲとかやりますし、理解ある系女子ですよ!」
控えめに左手(杖無い方)をぶんぶん振り、得意げな顔をする。
「それは普通に助かる。見ての通り、陰キャオタクなもので」
「そこまでですか?イケメンではないけど、見れる顔してますよ」
覗き込むように、俺のそんなに整っているわけではない顔を見てくる。
その行動に少し困ってしまったのが、顔に出てしまったのか、すぐ向き直り、
「ってなんか上からになっちゃいました。ごめんね」
いやまあ、上なのは妥当でしょうよ。
「あ、これ可愛い〜、ちょっとやってみていいですか?」
姫路さんがコインを入れたのは、競争馬をモチーフにした美少女キャラのフィギュアだ。
「難しいタイプのやつだね、これ」
声をかけ杖を預かり、少し身を引いて見守ると、何回か挑戦しながら箱の位置を整えていく。
アームを確認するために、背伸びしながら筐体の真横に回ったりする様は妙に見覚えがある動きで、
「プレーリードッグだ…」
小さな小さな呟きは、彼女にしっかり聞こえたらしく、
「今私のこと、ネズミみたいって言いました?」
「いやもっとこう、高尚な生物だよ…多分…」
「いーや、ネズミ目リス科ジリス亜科の名前が聞こえましたね」
なんでそんな詳しいんだ。
ネズミに例えられたのが、少し気に障ったらしく餌を溜めたハムスターのような顔になってしまった。
「あー言いました言いました。よし!次クレから俺がやってみるよ」
取れたら渡すから、と言いながら場所を交代する
「え!私が欲しいのなんだからいいですよ」
「大丈夫大丈夫、5クレ以内に取るからさ、昨日なぜかカバンに入ってたから」
「あっ、カッコつけだぁ!そういうのホントにズルいですよ!」
「よし見てろよ…」
1クレ目を入れ慎重に箱にアームを合わせる。
ガタンッ
「ああ!駄目ですか…」
大きく揺れたものの落とすには至らず、続く2、3クレ目も箱はピクリともしない。
そりゃそうか。
「あんなふうに見栄切ったから上手いのかと思ったんですけどね〜」
ニヤニヤしながらこちらを見てくる。くっそ白状するしかないか。
「……普段は30クレ以上入れてから、店員さんに調整してもらってます」
「駄目じゃん!」
そのまま5クレ使い切ってしまい、
「……………………………」
カチャンッ
しれっと6クレ目を入れる。
「あっちょっ、それは違うじゃないですか!」
姫路さんが、俺の腕を掴んで止めようとするが、
「いや、これ5クレ目!これがホントの5クレ目だから!」
「いやいやいやもう5クレやってますって!代わってくださいよ!」
ワチャワチャと、しかし台を揺らさないように器用にボタンの取りあいをしていると、
ゴトンッ
「「あっ」」
取れてしまった。
丁寧に箱を取り出し、差し出す。
「カッコつかなかったけど、はいどうぞ」
「ん~ありがとうございます、でも1クレは返すからね」
手渡されたコインを素直に受け取る。
(…結構肌触れたな)
プレイ中は気にしている余裕が無かったのだが、腕を掴まれたのが今さら少し恥ずかしくなる。
ふと顔を上げると、目の前の人も同じく真っ赤だった。
「よし!じゃあ次は君の欲しいやつに行きましょうか!」
「あ、ああ!」
取れた箱を袋詰めして、二人とも何かを誤魔化すようにプライズコーナーを進んでいく。
俺の目的の景品は人もまばらになる奥のコーナーにあった。
「ああこれだこれ」
「おーこれは中々だね…人によっては、セクハラと取りそうなモノですね」
自分が欲しかったのは、美少女日常系アニメの主人公のフィギュア。
…なぜプライズはとりあえずしてみた、みたいな感覚でバニーにするのだろうか。
「だから言ったでしょうよ、露出多めのだって」
「うん、私は平気。というかこの娘可愛いね、なんてアニメの娘なの?」
「原作だとバニーは着てないんだけどね」
タイトルを教えつつコインを入れる。
「20回くらいで確率機がデレてくれたら嬉しいんだけど」
「何となく聞いたことあったけど、やっぱりそういう仕様なんですねぇ」
確率機はコインを入れた数などで、アームの強さが変わるタイプだ。
それも無視して一発で取ることも上手ければできるんだろうけど、
「うん。俺は上手くないから、神様確率機様店員様って感じだな」
「いいお客さんだ」
「優良顧客を自認してるよ」
下らないことを言いながら、2枚3枚とコインを入れていく。
途中に目だけでちらりと後ろを見ると、やはり間違いではなさそうだ。
「ねえ姫路さん」
「なんですかい、進藤さん」
「……近くない?」
姫路さんの頭は、もうすぐで自分の肩に触れそうな位置に来ていた。
「そうかなぁ?」
何の気無しな様子で答える姫路さんに何か引っかかり、口を開こうとして、噤もうとして、
(いや…ここは言うべきだ)
「自意識過剰なら、申し訳ないんだけど…姫路さんは今日ずっと何かを確認してるよね」
一瞬ビクッと彼女の身体が震える。
「あーやっぱり分かっちゃいますよね。うん、ごめんずっと君のことを試してました」
悪い癖なんですよ、私のさ。
そう続ける彼女の顔は、いたずらがバレた子供のようにも見えた。
夏休みの騒々しいプライズコーナーで、聞こえるのは、俺がコインを入れる音と、重い口を開く彼女の少し震えた声だけ。
「少しモテるのは話しましたでしょう?」
「うん、都合を考えない告白とかもされたって」
「ああいう人達から同情とか憐れみとかそんなものを感じるの、すんごくしんどくってですね」
軽い口調で続けているのに、無理しているのが、痛いほどにわかる。
「あなたと今日こうやって遊んでさ、ご飯も食べて楽しいんですよ。なのにこうやって、嫌われるって分かってるのに。普段しない試す真似なんかして、くだらないことしてる。……私だけがわるいやつなんです」
明るい顔のまま、溜めこんでいたものを崩すように語り始める。
主張はわかる。俺たちは意外と似ているところもあるかもしれない。
だから、そんな痛そうな顔してくれるな。
「何が正解とかはよく分からないけどさ、試したくなるのは普通なんじゃないのか?」
瞬間、狐につまされたような顔をしてこちらを見上げる。
「……なに、が?」
「いやー、たしかに俺は姫路さんに誘われた側だけどさ?相手が嫌なやつじゃないか確かめたいってそんな変か?俺みたいなのならそりゃ試すでしょ」
「ううん…昨日の格ゲーも楽しかったし、今日もすごい楽しい。だから」
わたしは、と声を出そうとするのを遮って。
「だから俺と姫路さんがすべきことは一つ」
俺たちは未熟で、彷徨って、何を信じたらいいか、何をしたらいいか分からなくなる。
だけど今すぐにすべきこと、一つだけ分かる。
「さっさとこれ取って別の場所で話そう。絶対こんなとこでする会話じゃないわ」
ぽかんとしたあと、さらに呆気に取られた顔になって、すぐにケラケラと笑い始める。
「……何それ!締まらないですねぇ」
ゴトンッ
空気を読んだように、箱もちょうどよく落ちた、17クレ。……俺にしては上出来だ。
「じゃあカフェでも行こっか」
「ああ、落ち着けるとこに行こう。そして思う存分話そう」
そう、まずは出会ったばかりの同級生から、ちょっと気まずいことも話せる関係にならなければ。
「…友達としてさ」
「うん。…うん!友達ですもんね!」
モール内のカフェに入り、端の席を取る。
「あーもう、昨日ちゃんと話したばかりの人に、こんな姿見せちゃってごめんなさい」
「まあ実際困惑してるよ。でもドッキリの類では無いみたいなのは、分かった」
ずっと可能性として警戒していたことだが、答えは「なぁにそれ(笑)」とのことなので、とりあえず落ち着いて話せそうだ。
「私ね、足のこと割とオープンでしょう?道譲ってくれたりとかも「苦しゅうない〜」みたいな感じで受け止めたりしてるくらいには、便利に使ってるんですよ」
笑っていい場面か悩んだが、んふっと笑ってしまうと、姫路さんも少し嬉しそうにして。
「だけど同情とかが絶対に混ざるから、真の意味で愛とかあるのかなーって考えちゃうんですよ。お父さんもお母さんもそんなじゃない。ちゃんと私を愛してくれてるって分かってるのに」
自分の親にすら、そういう物を感じてしまう自分を嘲笑するように、一息で吐き出していく。
少し今日の様子に納得がいった。自分を特別視しない同じような傷を抱えた友達、それが欲しかったと。
「そこで、俺に目をつけたんだな」
「言い方!まあ今日は私が悪役ですね。わる姫路ですよ」
なんだそれと笑い返しながらなんとなく気になったことを聞く。
「昨日の時点でも多分なんか探られてた?もっと前から?」
「私の友人…親友の亜季ちゃんがラブちゃんと仲良いのは話しましたよね?君を廊下で見つけてから少しして、ラブちゃんに君のことを詳しく聞いたら、昼休み中いかに君が素晴らしい人か話し続けちゃいまして」
あいつめ、なんてことをしでかしているんだ……
うわぁ。と顔をしかめると、明らかに可笑しそうに笑う。
「じゃあそんなにいい人なら、私の脚なんか気にしない関係になれるのかなって」
「まんまとハメられたわけだ」
「ハメちゃいました。実際いやらしさのないエスコートで紳士だし、気を使わず喋れて楽だし、90点でした」
なんか察しが良すぎるから10点減点とのことで。過分な評価をいただけてるようだ。久しぶりの新しい友人との遊びに、必死になっているのは無駄じゃあなかったな。
「そりゃあどうも。ただあんまり頓着無いだけかもしれないけどな」
「それでいいの。…それがいいの」
チュッとほぼ氷のコーヒーを飲み干し、くてんと机に伏せながら、氷だけのコップをかき回している。
「しっかしカッコ悪いとこ見せまくっちゃいましたね。恥ずかしいや」
「俺は女子の前で結構な時間バニーと格闘してたのが、今さら恥ずかしくなってきた」
「んーん、かっこよかったです」
「……………………」
いつもと少し声音の違う、慈しむような言い方に少し声が出なくなってしまって、本心で言ってる?とは聞けなかった。
なんとかポツリ、ポツリと話すうちにコーヒーはもう飲み終わってしまって。
「じゃあこれから私たち友達ですからね。ガンガン誘いますよ」
「……ああ、適度に誘ってくれよ」
その後、だいぶ回復した姫路さんを駅まで送って、帰りの汽車に乗る。
「友達、か」
どこか引っかかる響きと心の奥の温かさに何も考えられなくなって、2駅寝過ごして慌てた。
この辺からやっと作品の空気感みたいなものを出せてきたかなって思います




