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#25 知らせのない僕と筒抜けな二人の場所

 身体測定の日の放課後、もはや慣れきった様子で階段を登り、いつも通りに人のいないゲーセン2階に入っていく。

 誰もいないのを再確認して、ゲームにコインを入れてレバーを握る。

 

「ちょっとくらい練習しとくかぁ」

 何クレか回したところでカン、カン、とちょっと様子の違う足音が登ってくるのが聞こえてきた。

 

「あ、いましたね。今日はレトロゲーコーナーの方やってるんですか」

「ベルスクあまりにも分からんかったから、ちょっとくらい調べとこうと思ってな」

 手元には何とか見つけ出した解説動画が流れている。

 

「へえーほんとにあるんですねえ、ここにもベルスク…ベルスクって何の略なんですか?」

 大真面目な顔で聞いてくるのに少し笑ってしまう。

 

「ベルトスクロールアクション、だったけな。自分で自由に進んだり探索するんじゃなくてステージに運ばれていく形式のことだな」

「ああ、なるほど。飛行機の手荷物預けるところみたいな」

「合ってるんだろうけど、いまいちピンと来ない喩えだな…」

 

 それよりもメッセすらしてないのに、なぜここにいるとわかったのか。

 後ろに、他の奴らが来ていないかを確認する。

 

「そんな覗き込まなくても、私だけですよ。ここは私にとっても落ち着ける場所ですから」

「ゲーセン的には人が入ってくれたほうが良いんだろうけどな」

「フフ、そうですねえ」

 

「ていうか、なんで俺がここにいると分かったんだ?」

「確証があって来たわけじゃないですよ。言った通り、ここは私にとっても大事な場所なので」

 ただちょっと来てみたら、俺がいたってわけか。

 

 乱入して2人プレイするでもなく、筐体前の長椅子に隣り合って座り、俺のプレイを眺める真恋にちょっと心の座りが悪くなってくる。

 

「まだ全く上手くないから、あんまじっくり見ても面白くないだろう」

 せめて乱入してくれ。

 

「んー、結構楽しいですよ。ぼへ〜っと見てられるくらいには」

「分かんないわ…」

「見てて思うんですけど、才人くんって結構マメですよね」

「マメというか、小心者というか、つまらないプレイなだけだと思うが」

 

 攻略動画のパターンに、きっちり合わせて動かすのを目標にしてプレイしているので、見てて面白みは本当にないと思う。

 

「参考書の使い方とかもきちんとしてるし、もっといろいろ出来そうですけど、あっ」

 真恋がそういったところで何回目かのゲームオーバーになった。

 なんとか2面の中盤くらいまでは安定してきたかな。

 

「何かをチマチマ進めるのは、別に嫌いじゃないんだよ。鈍臭いから板書間に合わなくて、勇気に見せてもらったりとかしてるけど」

 

 基本的に才能と呼ばれるものが、俺にはない。

 

 鈍臭く、人から力を借りないとまともに何もできないというのはよく分かっている。

 

 才人という名前ではあるが、今まで自分に何か才があるという感覚は一度も味わったことがなかった。

 

「課題とか参考書は、時間かけてやっていいから丁寧に見えてるだけだな」

 最悪自分で解ききれなくても、途中式をAIにでも見せたらヒントをくれたりするしな。

 ボッチでも、無能のくせに人を頼れない人間でもどうにかはできる時代だ。

 

「でも、勉強から逃げてないのは才人くんの美徳ですね」

 その言葉を聞いた途端、真恋の方に顔をガっと向けてしまった。

 向けてしまったし、酷い顔を見せてしまっただろう。

 

 飛び出しそうになった言葉を抑えて、ゲームに顔を落とす。

「逃げる力も、持っていなかっただけだよ」

 

 真恋は何か考え込んでいる表情で、こちらの顔色を見てきている。

 願わくば君を睨みつけた俺を許さないでほしい。

 そうでもないときっと潰れてしまうから。

 

「私はあなたのための力になれるかは、分かりません」

 一切淀みのない、力強い言葉。

 その強さに打ちのめされそうになるのを必死に堪えて、俯くことしかできない。

 

「だけど、あなたの逃げる先にはなれるかと思いますよ」

「そんな迷惑かけられんよ」

「あなたは私に場所をくれたのに、私はあなたに場所を与えられないのはズルくないですか」

「そうだよ。俺は卑怯なんだ。知らなかったのか」

 

 真恋は、不服を前面に押し出した顔をしたかと思えば、弾けるように笑い出した。

「知ってますよ。あなたのズルさに私は救われましたので」

 救った覚えはない。ただ、俺が巻き込んだだけだ。

 

「でも、私でも背負えるものなら、背負わせてくださいよ。互助会、なんでしょう?」

 寝ていない頭に真恋の声だけが、透き通るように染みていく。

 

「俺をあんまり認めないでくれ…お前を、信じてしまいそうになる…」

 言った瞬間に、かろうじてレバーを動かしていた手が止まる。

 

 言ってしまった。

 

 寝ていない頭で、動いて疲れ切った脳みそでこんなに口を開くものじゃなかった。

 

「私を信じなくとも良いですよ。ただ、私はあなたを信じますし、今日は帰ったらゆっくり休んだほうがいいでしょう」

 通話もしますし、子守唄も歌って差し上げますよ。

 と全く調子の変わらない声で、慈悲のような目をしたままの顔で、言ってくる。

 

 やっぱり太陽だ、真恋は。俺みたいなのが直視したら潰れてしまう。

「じゃあ、すまん。今日は帰らせてもらうな」

「はい。駅までお送りしましょうか?」

「さすがにいいよ…」


 ギリギリまでついてこようとしてた真恋をなんとか躱して、家路につくことができた。

 

 家についたあと、思っていたよりも疲れていたようで夕飯の記憶と風呂の記憶がほとんどない。

 気づいたらあとは寝るだけという構えで夜の9時になっている。

 

 風呂に入って少しだけ覚醒した頭で寝るのも勿体ないなと思っているとメッセの通話が鳴った。

 画面に映っているのは、最近一番やりとりする名前。

 

 妹に聞こえているらしいので、ちょっと部屋の反対側に移動して一息着いてから、着信を受ける。

「あ、起きてた。もう寝てるかと思いましたよ」

「風呂入ったら少しマシになった。あー…今日はすまなかったな」

 

 ちょっと考えても、褒めてくれてる人に言うことじゃなかった。

 普通に幻滅されても仕方のないことだ。

 

「え?私のブラジャー見たことですか?」

「違うわ!いやそれも申し訳ないけど!」

「いいですよ〜。私も才人くんの体操服の中見ちゃいましたし」

 真恋は少し恥ずかしそうに俺の体操服の中を見たことを自白してくる。

 

 え、まじ?いや、俺のなんて見てどうするんだ。水泳とかでも普通に見えるだろうし。

「男子のと女子のとじゃ話が全く違うだろう…ていうか、そうじゃないんだってば」

 

「じゃあ、なんですか?私のお昼のお誘いに全く気づく気配も無かったこととか?」

「いやそれでもなくって…俺、今日ずっと真恋に迷惑かけてたんだな」

 

 いやアレ、俺を誘いに来てたのか?ラブを探しに来たもんだと思ってたんだが…

 全く分かんなかった。来たときは言ってくれ、要件。

 

「ふふふ、構いませんのに。でもそうですね、でしたら…」

「な、なんだ?」

「…ちょっとだけ、あなたのことを教えてください。全部じゃなくていいです。今、言えるだけで」

 

 好奇心の強い真恋のことだ。

 本当は全部聞きたいだろうに、俺がメンタルやってるムーブしてしまったせいで我慢させてしまっている。

 

 だけど、今全部言ってしまえるほど、俺は強くないのも確かだ。

「じゃあちょっとだけ。ご期待に沿えるかは分からないけれど」

 

「ポップコーンとか持ってきたほうがいいですか?」

「茶化すなよ…いや、茶化してくれたほうがありがたいか」

 少し息を整え、どう話し始めるかを考える。

 

「真恋、お前にとってその左足や装具ってなんだ?」

「え?んーと、煩わしいこともあるけれど、もはや仕方のないもの、ですかね」

 

「うん。そういう見方もあるんだろうけど。俺にとって、心臓とICDはやっと手に入った、俺の証明でありレッテルなんだよ」

 

「え?才人くんはICDとかなくたって、才人くんですよ」

 きょとんとしながら、まあまあスゴいことを言ってくれる真恋に、苦しくなる喉元を堪えながら喋る。

 

「俺は、これが無ければ人に劣るだけの存在だった。唯一俺が得られた個性が、この機械だったんだよ」

「そんなこと」

 

「実際、真恋に会えたのだって障害ありきだからな」

 

「そんな、私は、私は…」

「すまん、続けていいか」

「はい…」

 

 こうなったら、真恋には少し付き合ってもらおう。

 何もない男のやっと得たものについて。

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