#26 つまらないはなし
秒針の進む音だけが響く俺の部屋で、少しだけガサついた音質の真恋の身じろぎが聞こえてくる。
姿勢を整えてまで聞いてくれるのか。
つまらない男の、つまらない話を。
「すいません、ちょっと身を起こしてました。もう大丈夫ですよ」
「面白い話じゃないから、寝ててくれても良いんだがな」
「そういうわけには、いきません。絶対に」
そうか。本当に大したことじゃあないんだけどなぁ。
なんか申し訳なくなるな。
「じゃあ、そうだな。先に断っておくと、わざと何があったのかをぼかしているところがある」
「それは、どうして?」
「勇気とラブが絡むからな。あいつらの同意なしに話せない部分がある」
「……わかりました。納得しておきます」
俺が話したくないだけなのに、友人使って免罪符にしてるの、勘付かれてるかな。
しゃあない。俺はだめな男だよ。
「まず、進藤才人って人間は、何をやっても3流以下の何の才能もない人間なんだ」
「そんなことは」
「真恋?」
「はい…一度聞きます…」
「うん。友人の中でも生まれたときから仲良しだった勇気とラブ。まず勇気は昔っから背が高かったし、運動神経も良い。おまけに勉強もできると来たもんだ」
おまけにイタリア人とのハーフで、顔もそこらのモデルなんかよりもよっぽどいい。
俺が横に立つだけで雰囲気が台無しだ。
「そしてラブは愛嬌がすごくいいし、星座、天体への知識は何冊も専門書を暗記してるほどにある。その上、顔も良ければスタイルも昔から良い」
それに加えて、天然物のオッドアイ。
色分けは暗めの黄色と黒だから、創作によくあるやつほど目立ちはしないが強い個性だ。
「そんな幼なじみ二人が何故かずっと遊んでくれて、誘ってくれて、気遣ってくれる何もない男が一人。それが進藤才人」
アイツらだけじゃない。
袂を分かった過去の友人たちも、個性があり、何か情熱を燃やせるものを持っていた。
「勉強もできず、運動もできず、別にゲームもそんなに上手くはない。そして、それを悔しがる向上心すらない人間だ」
「性格とか、人柄とかそういうのも個性ですよ」
「そこら辺も別に良くなかったよ。いっつもラブと喧嘩して、勇気に宥められてた」
いっつもアイツらから先に、何かを知っていった。大人になっていった。
「一応アイツらに明確に勝ってると言えるようなものもあったんだが、幼いながらにこれで勝ち誇ってたら最低だっていう認識はあったんで、そこがギリギリ俺の褒められる点かな」
「……それは、なんだったんですか?」
「比較的、家が裕福だった。親父は役場勤めの公務員だし、母親はアパレル会社の役職持ち。もちろんお小遣いも多めだったんでよく奢ったりしてたよ。親もアイツらに奢るぶんには、あとで補填とかしてくれたしな」
「それって、ええ…」
真恋は察しがいい。
これだけで俺が言いたいことにも気づいてるようだ。
俺だけがまともに両親揃っての愛を受けられた。
誇れないけれど、唯一勝っている点。
「そんな俺が、ひょんなことから二人を救ってしまった。いや、二人が俺に救われたと思い込んでしまった」
真恋のときはまだ俺から動いたから人によっては俺のおかけだと見えるだろう。
けれど、この二人に関しては本当にいつの間にか俺が救ったことになっていた。
頭がおかしくなりそうだった。
「来る日も来る日も二人から感謝されて、持ち上げられて。他の友人ともちょっとずつ距離が空いてきた時期だったから、どうにもならなくてな。そして俺は二人を疑った。こんだけ近づいてきて、こっちの金目当てなんじゃないかとか、俺を心地よくさせといて裏切る気なんじゃないかってな」
そんなことあり得ないのなんて、分かっていたのに。
「きちんとお二人とは話し合ったのですか?」
「そりゃもう何度も。でも平行線さ」
こんな人間になにか出来ることがそうそうあるはずがない。
真恋の件だって俺のせいだし、何とか収められたのは本当に運が良かっただけだ。
「そんな人間がやっと天罰を賜わったのが、中学最後の冬休みが始まって少しした、12月26日だ」
「ッ!それって……」
真恋の声が通話越しでも分かるほどに強張っていく。
「自堕落な生活をして、風呂に入らず寝て、お昼過ぎに起きたら風呂に入る。そんな折だよ、心臓が止まり…止まってはないか。心室細動が起こり、気づいたらICUにいた」
「あの、詳しく聞いたことはなかったのでざっくりとしか調べてないんですけれど、細動開始から救命措置まで何分ほどだったんですか?」
「俺が風呂に鍵かけて入ってて、しかも鍵が外から開けらんないやつでね、親父が蹴破って入ってきてくれた時点で5分、AEDまでだと7分くらい経っていたらしい」
「ええ…!待ってくださいよ!」
すまんが待たない。一気に喋りきらないと、きっともう喋られなくなってしまうから。
「そして起きた時点で1週間近くが経過していたんだ。ちょうど誕生日の1月1日に目が覚めた。低体温療法とかってやり方らしいね、急に起きて脳みそをだめにしないために低体温で少しずつ起きるってやつ」
そこで、進藤才人という人間は一度死んだと思うことにしたのをよく覚えている。
これでやっとやり直せると。
「そこから冬休み中を使って入院し、精密検査を受けて受けて受けて。なあんにも異常が見つからなかったものだから、医者ももうとりあえずでICD付けるしかないってなったのが1月7日。もう学校が始まるってときだな」
当時は結構興奮したのを覚えている。
みんなお見舞いに来てくれたし、自分が特別な何かになれたようで。
「そんで、まあまあ痛かった手術を受けて除細動器を入れて、晴れて【身体障害者 進藤才人】の完成だ」
これでやっと、人と違うものを得た。ある種の心の余裕みたいなものを、持ち得た。
だけど、それだけで終わらせてはくれなかった。
「心臓の停止や細動って5分超えたら生存率は著しく下がりますし、上手く蘇生できても麻痺などの後遺症がって…」
「そう、それなんだよ、真恋。俺は友達を疑った罰さえも、まともに受けられなかったんだ」
下った罰は、俺を赦した。
指先にすら痺れも無く、記憶の混濁や脳機能の低下も一切無かった。
退院後になって蘇生率や五体満足での退院確率を見て、絶望をした。
こんな俺が完全な状態で助かった横で、才があり有能で、人格も伴ってる人の大半が確率的に助からない。
何で助かってしまったんだ?
なんで俺は泣いて喜ばれているんだ?
なんで、俺なんかのために泣ける人たちを、俺なんかが心配させてるんだ?
なんでなんでなんで。
「そうして俺は卑屈に磨きがかかり、やっとこさ得たものを全部隠して生きることを決めましたとさ。めでたしめでたし。ってね」
現在の俺の障害、植え込み型除細動器は俺を定義するものだ。
ある意味の俺の全て。
やっと得た、他人にない物。
それは何もなかった自分の証明になると同時に罰すら中途半端であるという刻印にもなった。
「「……………………」」
真恋が何かを言おうと、口から音を出そうとしてはやめてを繰り返している。
俺はそもそももう喋る言葉は持ち合わせていない。
真恋はこんな救いようの無い男の話を聞いて、それでもなにか意味を見出そうとしてくれている。
それで、十分すぎるほどだった。
「私は、私は進藤才人と出会ったことを否定しません。進藤才人の歩んだ道を否定しません。」
いつものハキハキとした物言いとは全く違う、確かめるような、伺うような言い方。
この期に及んで、俺を傷つけまいとしてくれている。
「でも、あなたの今の話は、救いがなさすぎます」
求めてはいないからな。
救われてはいけない思い出話だ。
「さっきの言葉を、訂正します。才人くんは、障害があるからこそ、才人くんです」
惑うような、恐れるような、真恋に似合わない歯切れの悪い言葉たち。
俺が言わせているようなものだなあ、これは。
「でも、私は感謝します。きっと筒見さんやラブちゃんとおなじように。私はあなたに救われました。その事実があなたを苦しめるとしても、私は感謝します」
そして、いつもの真恋の、いつもの肯定。
他の人間の言葉なら、きっと塞いでいただろう。逃げ出していただろう。
…黙らせていただろう。
でも、何故か真恋の声だけは、届いてしまう。どんなに頭が痛くたって、染みてしまう。
「明日から雨だそうです。明々後日は土曜日ですし、また出かけましょう。一緒に」
「晴れたら、な」
「晴れますよ、絶対」
この話、自分の大好きな話の一つです。
才人の視野の狭さとか身勝手さがよく出ているしそれが加害に向かない根っこも出ているのかなと。




