#22いつかのための僕の勇気と
LHRを寝て過ごし、誰かに起こされたと思えば真恋だった。
この時点で混乱するのに、さらに一緒に喋ろうと言ってきた。
段階とかないんか?
「……というか、学校でも気にせず普通にするって約束だったじゃないですか。今でもだいぶ譲歩してるほうですよ」
俺と取り囲んでいる面子くらいにしか聞こえない声で不満をあらわにしてくる真恋だが、
「あるだろうよ、段階とか。急すぎてさすがに不自然だろう」
俺もほとんど出てるかわからない声で返すしかない。
他4人はもはや一様に、「ああー…」っと言った顔で真恋と俺の顔を見ている。
「まあ、俺たちとしては才人に友人が増えるのは大歓迎だ」
「そうだねぇ。この人こんなだけどスゴいいい人だからよろしくねぇ」
勇気とラブがものすごく焦った顔をしたまま、しかし声は鷹揚で今はじめて紹介してますという形を作ってくれた。
勇気たちにはあとでコンビニスイーツでも渡さなくてはいけないな…
…え、あのいつも寝てる人ってあんなに友達いるんだ…
…名前初めて聞いたかも…
…そういえば朝も話しかけられてたよね…
…もしかしてあの噂って…
しかし、そんな親友2人の健闘も虚しくあの噂と合わせて推理合戦が始まっている。
やれ実は俺と真恋が幼なじみだの、やれ実は4組にいる想い人のブラフで利用しているだの。
せめて、本人が帰った後でやるがいいさ。
だけどこの程度の噂ならそのうち収まるかと思い、耳に入れないようにしようとしたそのとき。
…実は脚も動くとか?利用して男いっぱい漁ってるからこんな噂になるんじゃないの…
…あ、それ思ってたんだ〜、報告もゲームセンターとか多いし…
あまりにも身勝手で、さすがに聞き過ごすには重いモノが聞こえてしまった。
真恋を何だと思っているんだ。それとも。
……俺のせいでか。俺のせいで今こうなってるのか。
だとするならば、俺は。
「気にする必要ないですよ。もはやこれくらいの噂では、私の痛みにはなりません」
なんでそんな強くあれるんだ。
「みんな、なんでこんな残酷になれるんだろう」
「ラブ、みんなではないよ。一部さ。エコーチェンバーのようなものだ」
俺たちはよく知ってるよな。と震えるラブの肩を支える勇気。
これも俺のせいか。
「ちょっとさすがに腹たってきたかも、怒っていい?」
「はい。私も加勢しますよ、常田さん。」
これもこれもこれも。
「落ち着いて、才人くん。大丈夫だから」
強い瞳が少しだけ俺を引き戻す。
だけどその瞳は揺らいでいて、手は震えている。
もう堪えることは出来なかった。
そっと軽く真恋の手を撫でて決意を、自分を奮い立てる。
どうせいつかやらないといけないことだろう。
タンッ
少し強く机から立ち、わざと大見得を切るように教壇に行く。
「………………ッ」
真恋が少し驚いたようにしながらも、ついてきてくれる。
「さ、サイくん……」
「才人……」
すまん、お前たちはそこにいて力を貸しててくれ。
教壇に立つと嫌でも視線がこちらへ集まってきた。
好奇心で見るやつやちょっと怖がっているやつ様々だが、少しずつ喧騒が静かになり一点へ集中していく。
「みんな、少し落ち着いて俺の話を聞いてくれないか。ちゃんと黙って聞いてくれれば、大体の疑問は解決するはずだ」
わざと大きめの声で、廊下の帰りかけのやつや隣のクラスのやつにも届くように。
ことを大きくしてしまえば、教師が入らざるを得なくなるし俺も説明する回数が少なくて済むだろうから。まあ教師がまともなら、だが。
俺の震える足がここから逃げ出すことも、無くなるだろうから。
「まず、俺と姫路…真恋との関係だが、」
…下の名前で呼んでるんだ…
…じゃあ、やっぱり…
狙い通りだ。その勘ぐりをさせることで、聞きたいことを答えると信じ込ませる。
後の誤魔化しのために。
「そこら辺は噂の通りだ。俺と真恋は夏休み中に何度か会っていたし、ある程度親しい仲であると言っていい」
真恋に目で合図をすると、真恋が小さく頷く。
「はい。才人くんと私は夏休み開始の日に、互いに挨拶をして交流を始めました」
まだこちらの意図を汲みきれてないのだろう。幅を持たせた返答をしてくれた。
120点だ。
「つまりは、未だ出会ってそこまで間もないということだ。男女の仲となるにはお互い理解が足りていない」
餌をやる。これで釣れてくれなければそれまでだ。
…でも、一夏の恋って定番だよね…
よし、釣れてくれたな。
「それに至ってないのにも、ちゃんと理由があるから聞いてくれ。まず、真恋が左足の麻痺を負っていることは周知だな」
俺の言おうとしていることを察した真恋が、目を見開いてこちらを見てくる。
おい、お前が動揺すると困るんだってば。
「……はい。私は左足の先天性の単麻痺によって、身体障害者等級4級の認定を受けています」
さすがに察したラブと勇気が、こちらまで聞こえそうなほどに歯を食いしばっているのが見えた。
大丈夫。お前らの親友だからさ。強いはずなんだよ、俺も。
「かくいう俺の心臓もとある病気でやらかしたことがあってな…補助する機械が入ってる。障害認定何級だっけ?俺も4級だったかな」
完全原因不明の特発性心室細動、そしてそれに伴う植え込み型除細動器の装着。
それが、俺の障害だ。忘れたいと思ってもこびりつく長ったらしい症例名。
瞬間、教室の空気が凍りつくのがわかる。
まあ今まで勝手な推測して遊んでた玩具が、障害あるんですーなんて言い出したらそりゃあな。
「一応、証拠としてはこれだな。この赤い手帳だ」
正直撮るときに失敗した顔写真が貼り付けられた、赤い身体障害者手帳。
身分証明にもなるらしいけど、こんなことの証明に使われるとは思っていなかっただろうな。
「ま、俺の場合は運が良かったせいで後遺症もなし。機械入ってるだけでほとんど普通の人間と変わらんのだが」
「それでも、障害は障害です。私たちは、この縁を辿って巡り合いました。」
真恋の力強い肯定の言葉。俺達の何もかもへの肯定にさえ聞こえてしまう。
「まあ、なんだ。身体障害者同士の互助会みたいなもんだよ。なんだかんだと人に言えねえストレスも溜まるものでね」
「ええ。今の状況ですとかね」
実際には、そんな会なんてものではないが。
何人かの、特に噂を扇動していた数人がバツの悪そうな顔をしている。
勇気、怖いからそいつら一人一人見ながらメモ取らないで。本当に怖いから。
「じゃ、なんか他に聞きたいことはあるか?無いなら、はた迷惑な噂話はこれっきりにしてもらいたいんだけど」
……………………。
教室、廊下、隣のクラスに至るまで多少のブーイングのようなものは聞こえど、大体は分かってくれたようだ。
さすが進学校、理解の早い人が多くて助かるね。
未だに何か言っている生徒には、ガタイの良い教師から何か言われているのも見える。
俺が虚言癖じゃないってことくらいは伝えといてほしいかな。
教壇から降りて、自分の席へ…
「うおっ、すまん真恋」
「いいえ。お疲れさまでした……ありがとうございます」
気が抜けたのか、足腰が立たなくなってしまった。
真恋と教壇に支えられ、なんとかコケないようにしていると勇気とラブが駆け寄ってきてくれた。
あとついでに常田さんと建山さんも。
「才人!才人ぉ!すぐに俺の肩を!」
「まれちゃんも大丈夫!?ありがとねぇ、サイくんを支えてくれて」
「いえ、当然のことです…いや、私がしなければならなかったことでした」
ラブから常田さんへ引き渡された真恋が、ひどく考え事をしているように見えるのが、気がかりだ。
そうさせないためだったんだけども。
真恋が一緒に教壇に来なければ一人ででも、いや、最初から全て俺が背負っておけばいいものだ。
「ねえ、才人くん」
「なんだ?」
「あとでメッセ確認しておいてくださいね」
話題は俺と真恋で持ちきりの教室内で、その会話を聞いたのは俺と真恋とその親友たちだけだった。
いつもの、アーケード街際の少し寂れたゲームセンター。裏口から入ってしまえば、店員すら気付かないようにもできる。
その2階。人はほぼ見えず、薄暗いビデオゲームコーナー。
俺らのいつもの、だ。
「やあ、待たせたな」
「いえ、時間ずらすのはメッセでの打ち合わせ通りですし。それよりも足はもう大丈夫ですか」
「この通り。まだちょっと震えてるよ」
「格好つきませんねえ」
ケラケラと笑う真恋を見て、少しずつ足の緊張が緩和していくのを感じる。
「うっせ。でもスマンな。ことをいたずらに大きくしたかもしれん」
あのあと、教師たちが集まってやれ集会がだの、やれ特別ホームルームだの話しているのが聞こえた。
その隙に乗じて当事者なのに抜け出してきたわけだが、めんどくさいことになりそうだなあ。
「いいえ。さすがに調子に乗りすぎでしたし。あなたがやらなければ、もっと大きなことになるやり方で解決しようとする人が出たでしょうね」
すぐ脳裏に、般若のような顔をしていた友人たちが思い浮かぶ。
意外と一番小さく済ます手だったのかも…
「改めまして、進藤才人。あなたに姫路真恋の名において、最大限の感謝を」
初めてちゃんと会った時以来の、裾持ち上げ挨拶。やっぱ絵になるな。
「でも、ちょっと言わせてもらっていいですか?」
「んえ?なんだ?」
「今回、一人で全部やろうとしてましたよね。あんな眼をした人を、独りで行かせられるわけないじゃないですか」
あー…教壇行くときに、ちょっと真恋にも待つようジェスチャーしたの分かってたのか。
見えてないから着いてきたのかと少し思ってたんだ。
「困ったら言えって言いましたよね?」
「はい…」
「ちゃんと頼れって言いましたよね?」
「言われたっけ…」
「口答えしない!」
ひどくない?今日の俺、少しは頑張ったと思うんだけどなあ。
「でもそれ以上に、格好良かったです。何よりも一番」
「……そうかよ」
なら、まあ良いのかもな。
「……ねえ、才人くん」
「なんだ?まだ説教か?」
「違いますよ。ねえ、除細動器って触っても大丈夫ですか」
「……面白いものでもないぞ」
「大丈夫です」
学校指定のカッターシャツのボタンを開けて、肌着を露わにする。不思議とそこまで恥ずかしくはなかった。
「ここですね、直で大丈夫ですか」
「ああ、いいけども」
肌着の中にゆっくり丁寧にしかし躊躇なく手を入れ、ケロイドに触れる。
「フグっ……」
「っ!痛かったですか?」
「いや、くすぐったいだけだよ」
「ああ、よかった…」
……少しちゃんと我慢をしよう。
そのまま小さく華奢な指が、明らかに膨らんだ鎖骨の下の異物に触れていく。
なぞるように、慈しむように。
「これがあるおかげで、あなたが安心して暮らせるのですね」
「…ああ、お守りみたいなものだよ」
確認するように、守るように。
「ありがとうございます、機械さん。あなたのおかげで私はここにいます」
「俺のセリフだよ、それは」
「そうかもしれませんね……心臓にも手を当てて、良いですか?」
「お好きなように」
恥ずかしいけれど、真恋の気が済むならば。
一度離された手のひらが、今度はひどく早く鳴り響く心臓の上へと当てられる。
数えるように。安堵するように。
「……動いていますね」
「そりゃあな。止まってたら、大ごとだ」
「それに、すごく早いです」
「女性に触られることなんて無いからなあ」
「それは…ありがたいことですね」
なにがだよ。
「うん。ありがとうございます」
「もう良いか?ならもうシャツ着させてくれ。恥ずい」
「私も、触らせましょうか?」
「…………大馬鹿野郎」
冗談でも、滅多なことを言うものではない。
「ふふ、冗談ですよ。かわいい人ですねえ」
「へいへい」
すっかり足の震えは消えていて、ちょっとだけめんどくさそうな明日と、なんでもないようないつかの日に少しだけ期待を持てた気がした。
この話を書くために書いてるんだなって回はたまにあると思いますが、その確かな一つです。




