#21 僕の平穏と君のための平静
久々の学校の朝、もっと気だるいかと思ったけど良くもなく悪くもない普通の朝だ。
(なんだかんだ夏休み中も、それなりの時間に起きてたからなあ)
何もない休日ならお昼過ぎまで起きなくて良いことが多かったのに、今年の夏休みはそれを許してくれない日々を送れていたからな。
「よぁ〜〜っよ…兄貴なんで顔色いいの…」
「それはもはやなんの挨拶なんだよ。おはよう久遠」
妹はもはやこの世の終わりかという顔で、俺が焼いておいたパンにかじりつく。
「じゃあお父さんとお母さんはもう出るから、遅れないようにしなさいよ」
「「あーい」」
先に出ていく両親を見送って、メッセを見つつ無言でパンを片付けていく。
「……また彼女さんからメッセ?」
吹き出しそうになるが、最近吹き出してばかりなこともあり耐える。
何を言い出しとんじゃ、この妹は。
「なわけあるか。学友だよ」
「学友て。でも女の人でしょ」
「何を根拠に…」
「声小さくしてても夜のメッセ通話の声が変に優しいし、今もキモい微笑み方してる」
!?だいぶ声小さくしてるんだが?ていうかキモい微笑みって、俺の微笑みに種類なんざないわ。
「……二度と朝飯用意せんからな」
「ええ〜心狭くなーい?いいじゃん、兄貴がそんなふうになってるってことはまともな人なんでしょ」
そんなふうってどんなふうなんだよ。
「まあ、出来た人だよ」
「写真は?写真は?写真写真写真」
「ぜってえ見せねえから黙って食え!!」
「ちぇ〜」
何とか妹の追及をかわし…被弾していた気もするが、躱していつもの時間に汽車に乗る。
親友どもは、いつもの通り一つあとの便だろう。
(……見回したって、いるわけないだろう)
いつもあいつとしていた待ち合わせより2時間以上早くに市の駅を出て、1学期でさすがに慣れた道を歩く。
周りを見れば、同じ便で乗ってきた同じ制服の人たちが大勢いる。
その中にはあの目立つ赤茶の髪も、装具のついた左足も、右手の杖も、当たり前だが見当たらない。
(……だいぶ毒されたな)
そのまま人の流れに身を任せて路面電車に乗ってしまえば、あとは少し歩けば学校へ着いてしまう。
学校に着いて足早に自分の、1年3組の教室に入ると、まだいないラブの席にあまりにも見覚えのある姿が座っていた。
ギョッとしてちょっと身を引いてしまう。
が、それも不自然だなと思い直し進む。
気づいていないと全身でアピールしつつ、少し離れた自分の席につき教科書などを仕舞うことにする。
「あ、さ、進藤さん、おはようございます。ラブちゃんがいつ来るか知りませんか?」
幼なじみなんですよね?と常田さんを引き連れた真恋がこちらへ来る。
常田さんは呆れと驚きが交じったような顔で、俺と真恋を交互に見ている…
なるほど…真恋の考えが少しわかった。こいつ完全にラブをダシにして俺と話しに来てやがる。
「……ラブとその彼氏は一つ後の便だから、大体10分後には来ると思うよ」
真恋は俺の発言の内容はどうでもいいのだろう。
聞いているのかいないのか微妙な、ニヤつきを強引に抑えた顔でこちらを伺っている。
「そうなんですね〜。もう、遅刻ギリギリじゃないですか」
いや、お前絶対に知っていただろう。
真恋はとりあえず満足したのか、上機嫌にラブの席に戻っていった。
じゃあもうちょっと待ってますか〜と、パタパタと移動する真恋を守るようにしている常田さんは片手で謝罪のポーズを取っている。
あの人も大変だなあ。
「ふわあ!セーフだよね!?」
「ああ、まだ予鈴も鳴っていない!完璧な時間調整だ」
息を切らせて、いつも通りの時間に駆け込んできた親友どもに、目だけで挨拶してそのまま机に倒れ込む。
「あれぇ、まれちゃんだ〜まれちゃんまれてゃん〜おはよぉーあきちゃんもおはよおー」
「はい、おはようございます。ギリギリすぎですよ、ラブさん」
「えへへ…朝弱くって…」
「じゃあ、一つ早い便に乗ってきてくれたら私が迎えに行きましょうか?」
いきなり放たれたヤバい言葉に、ピクンっと反応してしまうのは仕方ないだろう。
何を言っとんだ。最近本当に発言が読めない…いや一度も読めたことはないけれども。
「ええ〜、まれちゃんのお家って駅までと学校まで一緒くらいでしょぉ?さすがに悪いよぉ」
あまりのことにラブがまともな事を言っているし、常田さんも流石に…と声に出ている。
「ふふ、最近駅まで歩くこと多くって慣れちゃってるんですよね。今日も家から駅に歩こうとしちゃって、大変でした」
「うんん…まれちゃんを無駄に歩かせたくないし、時間ギリギリに来ることにしますぅ…」
「あら残念」
ラブが上手い回避を見せたところで予鈴がなった。今日は朝のHRは無しで、そのまま体育館で始業式だったか。
「おっと、ラブ、そろそろ時間だ。姫路さんと常田さんも移動したほうがいい」
「そうだね。ごめんね、うちの真恋が無理言って」
「ううん。楽しかったよぉ、またねえ」
俺も席を立ち、勇気たちと合流しに行くけれど、
「え?一緒に体育館行きましょうよ。良いよね亜季ちゃんも」
なぜか真恋たちがそのまま残ってて、5人組で移動することになってしまった。
俺だけが浮きすぎるだろう…
「そういえば、ゆみちゃんはぁ?」
「弓子は、朝練してそのまま行くって言ってたからもう行ってるんじゃない?」
前3人の女子が歩いている後ろを、長身のイケメンと辛気臭い陰キャが歩く異様な光景になってしまった。
まあ逆に、この布陣ならばたまたま後ろについちゃったでいけるだろう。
…あっ、杖の人だ…
…いつも通り引き連れてるね…
…お前声かけれる?…
…えー、彼氏いるって話じゃん…
喧騒はいつも通り、適当なことばかり言っていやがる。
「こおら、進藤さん。顔が怖いですよ」
「元からだよ。ま、姫路さん」
ウフフフ……とご満悦といった表情、見ようによっては可憐な聖女のようにも映るのだろう。
まあ、真恋のことをある程度知っていると、からかって遊んでいるだけのいたずら娘という感想しか出ないが。
…あれも取り巻きの一人だったんだ…
…ああいうのも引き入れるんだね…
…普通の男には飽きてるのかな…
ほれみろ、夏休み明けのゴシップ好きな連中にいらん餌を与えおって。
「……なあんにも知らないのに、よく勝手なことばっかり言えるよねぇ」
「ラブ、前向いて歩かないと、コケるぞ」
「大丈夫ぅ。あきちゃんに捕まっとく」
「え、私?私このおっぱいお化け支えきれないから、彼氏くんか幼馴染くんがどうにかしてよ」
「その辺に適当に転がしとくといい」
「ふふふ、酷いですね、進藤くん」
当の本人はそんな風評どこ吹く風といった具合で、上機嫌にカツカツと進んでいく。
やっと着いた体育館は相変わらず蒸し暑く、気持ち程度のエアコンが必死に唸っている。
光りながら落ちていくハウスダストを眺めながら聞いた始業式の内容は、思い出すことの出来ないぐらいに陳腐なもので、眠気をこらえるのに必死だった。
(最近はそこまで頻繁に夜更かししてるわけでもないんだけどな)
「……えー、ではこの2学期を皆さんの成長のときと出来ますように、締めさせていただきます…」
「やっと終わったか…」
「疲れたなあ、早く教室戻ろうぜ」
「次は、LHRだったよねぇ、ロングだからってほんとに長いのやめてほしいなぁ」
真恋たちと別れ、3組に戻る。
「梔子さん、いつ1組の姫さんと仲良くなってたの?」
「えー、まれちゃんからちょっと頼まれごとしててぇ、それから勉強見てもらったりしてぇ」
「頼まれごとって…あの人もそういうの他人に頼ったりするんだねえ」
「あの噂って本当だったりするの??」
帰りのHRも兼ねたLHRまでの束の間の時間に、ラブがクラスメイトから質問攻めにあっている。
多くの女子がラブの話しやすさにつけ込んでズカズカと質問し続けているし、男子は「片足の姫」の情報が欲しいのか、聞き耳を立てている様子が見える。
まあラブはあれで苦労してるやつだし、こういうときの対応は間違えないだろう。
近くで183センチの大男が、顔だけの笑顔で腕組んで見張っているし。
多少ラブへの質問が止んだところで、担任がやってきた。
さっき4組の担任も見えたし、恐らくうちが一番遅く始まっている。
「はい、今回のLHRなんだけど〜」
高校に入って初めての学期始めということもあり、2学期のイベントの内容や遠からず文理選択もあるから考えとくようになど内容盛りだくさんでこちらの睡魔を誘ってくる。
さきほどの始業式で体力が削られていたこともあり、目が耐えてくれなかった。
……だめだよぉまれちゃん、寝てるんだからぁ……
……いいじゃないですか。ラブさんのお友達なら私の友達ですし……
……ねえ常田さん建山さん、この人いつもこんなエキセントリックな感じなの……
……いやあ?最近急にかな……
……まあ思い当たるフシはありますけど。……
(なんだ……うるさい…もう帰る時間か…?)
目を開けてみると、そこには真恋の顔があり、
「あ、起きられましたか?ねえ進藤さんみんなで一緒に喋りましょう?」
首を右へ90度傾ける。進藤と呼ばれる人間はいない。
左へ90度傾ける。こちらにも知ってる名前のやつしかいない。
「俺に言ってる……?」
「あなた以外に進藤という名の知り合いはいませんけども…」
何を考えとるんだ?このお嬢は。




