#15 私の手のなか
薄暗いゲーセンの2階で今にも泣き出しそうな君は、俺の顔を見上げて、信じられないといった顔を隠そうともしていなかった。
「何をしに来たんですか?ああ、ゲームならどうぞ…私はどきますので」
「姫路に、用があってきた。」
「……私はありません。」
嘘をつくのが本当に下手だな…
嫌がってる振りをしているが、椅子から立とうともしない姫路。
ゲームしたいんなら、どいてくれるんじゃなかったのか。
じゃあ、これしかないな。
「よしじゃあ今からそのゲームで対戦をしよう。俺が勝ったら、話を聞いてもらうからな」
「…………せっかく、ゲームセンターに居ますもんね」
「そうだよな。ゲームするための場所だ」
筐体の反対にまわり、コインを入れてキャラを選び、トレーニングモードを始める。
なかなか向こうからのコインが入らなかったから、逃げるかと一瞬思ったが、程なくして対戦が始まった。
「私だって、少しは練習してるんです」
「おー、じゃあ見せてもらわないとな」
もう対戦するのもそこそこの回数になるが、姫路はやるたびに上手くなる。
こちらのアドバイスも素直に受け取るし、手先も器用ですぐに覚える。
でも、まだまだ負けられないんだよ。
「ッ!なんか上手くなってませんか!?前そのコンボだいたいミスってたのに!」
「俺も練習くらいするわい!ほら、中段持続重ねだ!」
「中段からコンボしないでください!」
姫路の声にハリが戻ってくる。あの日の、初めてまともにしゃべった日のように。
「コマ投げ択多くないか〜、通らなかったら最大反撃だぞ」
「アドバイスありがとうございます。すぐにその鼻にお返ししますね」
「鼻指定なんなの?」
鼻を明かすとかの表現だとしてもちょっと怖くない?
そのまま3試合を俺が取り、身を乗り出し、姫路を煽…声をかける。
「さあ俺が3連勝だけど?」
「まだです。まだやらないと分からないです」
自然と顔が緩みそうになるが試合が始まるまでに直し、真剣に画面に向きあう。
「この今のために、必死になってきたからな…」
弾打ちに困って飛んでくる姫路を撃ち落とし、4連勝に伸ばす。
「対空禁止にしてくれませんか!」
できるわけないだろ。
「そんな弱音言い出すなんて、もう疲れたのか?」
「まだです!まだ!」
「ああ、まだだよな!」
姫路が何試合やりたがっているのかは、簡単に分かる。どういう結果を望んでいるのかも。
でも今日は俺が全部勝つんだよ
「通って!」
「見えてるよ!」
決まり手は俺の対空攻撃。
11試合に及ぶ攻防は俺の11連勝で幕を閉じた。
「さあ約束だ、話を聞いてもらうぞ」
「はい……でも悔しい、前は一回勝てたのに」
「……今日、たぶんお前がここに来る気がしてたから、昨日でマスターに上げたんだ」
「……え?ずっとあと30勝分が遠すぎるって、言ってたのに……」
そう、俺は姫路に会ってから少しずつ上手くはなっていて、マスターが見える範囲にまで来ていた。しかしあと少しが全く埋まらず、諦めかけていたのだ。
だけど。
「これからも俺にアドバイス求めてくる人がいるのに、いつまでも弱いまんまじゃ、格好つかないからなあ」
「これからも……って私は」
「いや、これからもだ。俺がそう決めた」
「……勝手な人ですね」
ああ、そうだ。俺はひどく自分勝手だよ。それでいいって言ってくれたやつがいたから。
「姫路が何に思い悩んでいるのか、なんて俺には分からん。もしそれが感情の問題なら、俺が触れるべきではないとも思ってたんだ」
人に知られたくない悩みなんて誰にでも在るだろうし、それを俺が刺激したのであれば距離を取るのも当然だ。正直、ここに来るという確信はあれど、来るべきかは、かなり悩んでいた。
「だけど姫路……真恋は俺が嫌だから逃げているわけじゃないんだと、そう確信してしまったから」
「な、何を根拠に……私はあなたを避けてましたよ」
というか急に名前呼びしないでくださいと、怒ったように言ってくるけれど迫力はない。
「じゃあそのバレッタなんかつけないし、こんなとこにも来ないだろうよ」
俺が贈った、ルール違反のバレッタ。
小っ恥ずかしいことを口走りながら着けたりもした、嫌なら絶対に、着けないであろうもの。
「というか俺のせいじゃないのは、なんかずっと強調してきてたよな」
そういうところで嘘をつける人間じゃないだろう。
そう指摘すると顔がみるみる赤くなるが、すぐに戻っていく。
「……私は、だめです。あなたに同情を向けてしまった。私が一番大嫌いなことを、してしまったんです。誰が私を許してくれたとしても、私は、私が許せない」
そんなこと。と言いたい気持ちはあるが、真恋にとって譲れない信条なのだろう。それに。
それに、俺よりも真恋のそばにいた、長く見守っていたであろう幼なじみでさえ、脚を理由に心配だと言っていた。
全ての人間からの感情全てに、一点だけを見た同情が混じっているのは、一体どれほどに重く苦しいものなのだろうか。
気丈に振る舞えば無理してるとされ、こうやって一人になりたくて走っても、どこかであやすような心配をされる。
それがどこまで心に影響があるかなんて、俺には到底分からない。
「……別に、それでいいんじゃないか?」
だから俺が出来ることは、一つだけ。
「自分が許せないなら、許せないでいいんだよ。俺も自分のことは全く好きじゃない」
「そんな。でもあなたは私に、同情の混ざってないままに接してくれた唯一の人なんです」
「ああ、だから真恋が、真恋を許せるようになるまで、俺はそこにいるよ」
俺ができることなんて、ただ、そこにいることくらいのものだ。
「お前が全部許せるようになったら、また一緒に遊びに行くとかでもいいからさ。ただ、俺はいつでもそこにいる。いつだって、俺に話してくれていい。頼りないし解決なんて出来ないかもしれない」
不格好でまとまりのない、意味さえ通っているか分からない。
……それでも。
「でも、ここにいるから」
真恋は耐えられなくなったのか、その大きな瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。
けれど、その顔は俺がよく知っている、待ち望んだ顔に戻っていた。
「……ふふ。せっかく待ってくださると言っていただいてるのに、もう全部、大丈夫になっちゃいました」
「早いな。自分を許せるかい?」
「いいえ。私は私を許せません。罪を思えば、杖があっても歩けなくなるほどです」
もう、涙は零れていない。
赤くなってはいたが、もとの優しさと強さに満ちた目がそこにあった。
「でも、そういうときはそこにいるあなたに、寄っかかっても良いのですね?」
「もちろん。杖代わりにしてくれてもいいぞ」
「じゃあ、もう私は二度と転ぶことはないですね。ここにいてくれる限り大丈夫です」
そういったあとに少し考えるような素振り。
「……ねえ、私も、さ、才人って呼んで良いですか?」
「……別に構わないが。俺もしれっと真恋って呼んじゃってるしな。直そうか?」
「いえ、直さないでください。では才人…くん。お願いがあります」
呼び捨ては恥ずかしかったのか、くん付けにはなったものの下の名前で呼び合うことになった。
自分から仕掛けたことだけど、思っていたよりもキツいな、これ。
そしてお願いとな。そこまでなことでなければいいが。
「なんでもどうぞ。あ、お金はあんまり無いよ」
「知ってますし、いりません……」
「ふへ、すまん」
「……私と、友達になってください。もう一度」
「……もちろん。喜んでならせていただきますよ、姫様」
「それやめてください……あのあだ名、ほんとどこから来たのか……」
名前と容姿だろと言いたくはなったが、笑うだけにしておく。
「じゃあ、これからもよろしくな、真恋」
「はい。私の大切な友人の才人くん」
とても大切なものを包むように、その言葉を抱きしめる真恋に不覚にも、胸が高鳴る。
(……俺には、そんな資格無いんだけどな)
一瞬頭の中を駆け巡った言葉を、かき消すように首を振る。
「ど、どうしましたか?な、なにか気にでも……」
「いや、何でもない。また真恋とゲーセンとか行けるとなると、楽しみなだけ。最近本当に味気なかったから」
「そんな……すみません。……ありがとうございます」
取り繕いの一切無い涙混じりの笑顔、これを見る資格が俺に在るのかは分からないけれど、真恋が笑えているのであれば喜ぶべきなのだろう。と頭の中を塗りつぶした。
――――――真恋の部屋
久しぶりにすっきりとした頭で部屋に帰ってきた私は、制服も脱がずに布団へと突っ伏した。
「痛ぁっ!つ、杖忘れてた」
……普段は机のそばに立て掛ける杖を付けっぱなしで、飛び込んだからちょっと腕に食い込んで痛かった…
手を前にして飛び込まなくて良かった。大惨事を起こすところだった。
そこまで考えつつ杖を外し、何もない部屋のカーペットにペイッと投げる。
親に見られたら呆れられてしまうなー。
このポヤポヤして思考のまとまらない感じに自分でも呆れてしまうが、でもこれこそ仕方ない。
もう失って、取り戻せないと思っていたものが、一気に帰ってきたのだ。
平静でおられようか!バッと振り返りポーズを決める。
…………もっといろいろなダンスなどを知っていればセクシーなポーズなどできたのだろうけど、咄嗟にできたのはなぜか歌舞伎の見栄みたいなポーズだった。
もう一度ベッドに今度は静かに倒れ込み今日を振り返るが、思い出すたびに笑みがこぼれる
あの人との距離、私の一番許せないこと、……それでも無意識に求めてしまったあの時間。
全てが彼のおかげで帰ってきた。
――――しかも何があっても頼れる、無二の親友付きで。
……あんなに悩んで思い詰めていたのが、嘘だったみたいに心が救われている。
あの人は簡単に手を差し伸べてくれるわけではないし、ただ優しいだけの言葉を選んで掛けてくれるわけでもない。
ただそこにいてくれるだけ。
それだけで、こんなにも心強いのか。
必死に遠ざけて、見ないようにして、やっと少しだけ離れてくれたモノがまだ私の眼を焼くほどに輝いている。
そしてもう一つ胸のなかに何かが生まれていて、それも小さく光り始めていた。
この優しいけれど確かに熱を持つ輝きが何なのかはまだわからないけれど、今度は離さない。
たとえ目が眩んで倒れてしまいそうになっても、支えてくれる人がいる。
―――だから、きっと大丈夫。
まだ終わりませんよ




