#13 縋る僕と無二の親友の案
あの尋常ではない姫路の姿が、目に焼き付いて離れない。
なんだかんだと過ごしていたら、あれから今日で1週間にもなってしまった。
1日一回程度は連絡を入れてみているが、返ってくるのは、はい。かいいえ。の簡単な返事と《すいません、まだかかります。》の一点張りのみ。
一度思い切って、この連絡が迷惑なら言ってくれと送った時だけは、
《全く迷惑ではないです、遊べないのはこちらの事情ですので、連絡は続けて欲しいです》と一瞬来たが、すぐに訂正されて最後の「連絡は続けて欲しい」の部分だけが消えていた。
(たぶん、本当に俺がなんかした訳でもないし、嫌われたわけでも、なさそうなんだよな)
俺の手術痕を姫路が見てから明らかにおかしくなったのは間違いない。
だから原因の一端ではあるようだけれど、もしかしたら俺が何かしたというよりは、姫路の心の中の問題なんだろうか。
「だとしたら俺にできることは、なんかあるのか?」
……無くないか?
姫路はただの女性じゃないのは、何回か会って話したことで分かっている。
いやまあ女性の平均なんて分からないけど。
あの見目の整った、左足が動かないことすらただの個性だと言い切れるほど眩しく強い人間はそこらには絶対にいないことだけは断言できる。
「俺にできることかあ。……一個だけあるにはあるよな…」
しかしこの1週間、思ったより暇というか何かが足りないような感覚がしているのは事実だ。
かといって、やることがないわけじゃない。
夏休みの課題は今8割位の進捗だし、今週はバイトだってヘルプを頼まれて3回出ている。
ただ、単調に思ってしまうだけだ。
スマホを手に取り、メッセを打つ。
相手は3駅先のあの人ではなく、歩いて15分程に住んでいる小学校からいっしょのあいつら。
いつの間にかカップルになっていたやつらに相談をすべきだ。藁でも糸でも、縋れるんなら縋ってみよう。
「おー高校上がってから頼ってくれるの、初めてだなあ」
「嬉しいねえ、きぃくん」
10分ほどで俺の家に到着した幼なじみたちは、もはや遠慮もなく、勝手知ったる様子で俺の部屋に入ってくる。
「で、その様子からして相当切羽詰まっているみたいだな、才人」
この友人の察しが良すぎるのか、俺がわかりやすい顔してるのかは謎だけど、話が早いぶんにはありがたい。
だけど、まず用があるのはラブの方からだ。
「なあラブ、お前姫路さんの連絡先持ってるか?」
「え、うん。交換はしてあるけどぉ」
「最近やりとりはしたか?」
「うん、15日の2回目の登校日に間に合わせたいから13日…明日に勉強会したいって送ったよぉ」
直近で会おうとしていたのか、上手く行けば話は早いんだけど。
「それで、返事は?」
「用事があるから行けないって。だから明日は、ゆみちゃんとあきちゃんと課題するんだぁ」
やっぱりか。俺以外の人も避けてるとなると、難しいな。
しかしここまでは想定内だ。むしろ早く進みすぎても俺が困る。
なにせ原因が全く分からない。
原因はたぶん俺なんだろうが、それにしては態度が噛み合わない。俺がよく知っている、拒絶や排斥では全くない。
いや…むしろあれは、
「おい!俺たちを呼んでるんだから、一人で考え込まないでくれよ」
「そうだよぉ、私たちはサイくんのためなら、なんだって出来るんだからねぇ!」
一人で思考の迷路に落ちていると、幼なじみの親友たちが冗談を言って俺を励ましてくれる。
そうだ、一人で悩んでも仕方ないから呼んだんだ。存分に役に立ってもらおうか。
「なあ、俺のこの傷見て、お前らはどう思う?」
Tシャツをめくり、ケロイドを2人に見せる。正直初めて見せるから、ちょっと緊張というか恥ずかしいが、背に腹は代えられないってやつだ。
二人ともビクリと身体を震わせる。勇気の顔は険しくなり、ラブの顔は青くなり始めていた。
まあ、グロいもんな。
「うん、普通にファーストインプレッションだと、俺はちょっとグロいなって思うな」
「わ、私は痛そ〜って。あ、ちょっと鎖骨の下ムズムズしてきたぁ」
二人は言いたいことを飲み込むように、恐らくは一般論に近いであろうことを言ってくれた。
(まあそうなるよなあ)
でもそういうのではないと姫路は言っていた。
「じゃあ、もしこういうのに見慣れていたとして、俺にこの傷があることをどう思う?」
たぶん聞くべきはこっち。
これがきっかけで感情の揺らぎか何かを、姫路に与えてしまったんじゃないか?
「…………そうなると俺たちに聞いてもさっきみたいな一般論は返ってこないぞ?」
「まあ幼なじみだからな。最近知り合った人と感想が違うのは分かるが、参考にしたいんだ」
姫路はこいつらほどでなくとも、俺のことを気に入ってくれていたようだから、他人の反応よりは近い可能性があるんじゃないか?
そう思って聞いてみたのだけれど、少しずつ血の気の引いていたラブの顔は、もう真っ青になり色の違う両眼からは、少しずつ光る粒が覗いていた。
「わ、私は……その傷を見ると、すごく怖くなる。私がここに居られるのは、サイくんが居てくれたからなのに、あの日、サイくんが私たちの前から、消えていきそうになったから怖くて、悲しくて、私がかわ…」
「ラブ、そこまでだ。才人も、もう十分だろ」
もう息も絶え絶えになっているラブに、これ以上喋らせられないと感じた勇気がストップをかけた。
「あ、ああ。……すまん。そこまでのことだとは、思ってなかった。」
ラブにティッシュを渡し、謝罪する。俺なんかをここまで心配できる、優しいやつだ。
「俺はその傷を見ると、自分の無力感に腹が立ってくるな。一番大切なものが無くなるかもしれないのを見てるしかなかったあの時を、嫌でも思い出してしまうみたいだ。」
なるほど、なるほど。
……ん?なんかこいつら重いな?こんな重かったか?
もっとなんか怖い〜とか、どういうふうに入ってるのかな〜とかを想像していたんだけど。
いやまあ、人の生死、しかも幼なじみの命ともなるとこうもなるか。
自分のことすぎて、ちゃんと考えたことがなかったのかもしれない
「…そうか。長い付き合いだと、そういう風にもなるのか。なるほど…ありがとな」
「「…………………………」」
とりあえずの礼を言うと、二人して俺を黙って見てくる、おい、なんだ。俺が礼を言うのがそんなに珍しいか。礼と挨拶はそこそこにするぞ俺だって。
「ふふ、サイくんのそういう顔、本当に久しぶりかも」
「最近はずっと仏頂面だったからなあ、中二ぶりか?」
何が中二ぶりだ。俺だっていつも仏頂面なわけじゃないんだぞ。
「まれちゃんと遊びだして昔のサイくんが帰ってきてるんだね。でももしかして今、まれちゃんが大変なことになっちゃってたりなの?」
「そ、それは……」
「いや、任せてくれ親友。絶対に姫路さんの用事を解き明かしてみようぜ」
「……いや、用事の中身が知りたいわけじゃないんだけども。」
いやそもそも姫路関連の話だとは言っていないが!?決めつけで喋るんじゃあない。
「俺がいつ、姫路さん関連の話と……」
「おっと、そいつは愚問だ。初っ端のラブへの質問もだが、姫路さんはお前のことをラブに相談して、そしてそれをラブは俺に話すからな」
「ラブ、お前ほんとに後で覚えとけよ」
「ええ!?まれちゃんも私も名前は出さずに喋ってるよ!?」
ラブの弁明を聞いた瞬間に勇気の顔を見る。
俺にまじまじと見られた勇気は満足そうに笑みを浮かべていた。
……姫路とラブは分かりやすく、勇気は察しが良く、そして、俺はカマをカケられやすいということか。
…まあ、話が早くて助かったと思うことにする。
おとなしく洗いざらい…いやだいぶ接触してた点は小さくして最近の俺と姫路の話を、そして昨日の明らかな異変を話す。
「俺的には、この傷見せて気分悪くしちゃったんだと思ったんだけど、どうも違うみたいなんだよな」
グロを見て体調を崩した線が消えて、何かの感情の線が引かれているとなると、正直俺はどうにもできない。
人の感情に踏み込むなど、自分にしていいことではない。
こいつらともいろいろあったが結局俺がやったことなんて何もしなかっただけ。
ただ失うことが怖くて、そこにいただけだ。
それだけが俺にできることだけど、こうも会ってくれないんじゃどうしようもない。
「……うん。よかった。才人は何も変わらず、才人のままなんだな」
?なにを急に言ってくるんだこいつは。
「そうだねぇ、サイくんはこうでなくっちゃあ。人のために悩んでるサイくんが、世界で一番かっこいいんだから」
「おまえらは何を言ってるんだ。さっぱり意味がわからん」
急にかっこいいだのなんだの、おちょくられてるのか?サイコか?
俺に全く分からない文脈が発生している。
……相談に呼んだの、失敗だったかな?
「まれちゃんの様子的にたぶん、なんかトラウマスイッチ入っちゃったんじゃないかなあ」
おお、まともな意見がいきなり来た。相談頼んでよかった。
「身内に手術した人いたとか?」
見慣れていると苦手だと違うだろうしなあ。
「んーたぶんちがぁう?なんだろ、私たちのものとは違うタイプのだと思う。まれちゃん、優しいからぁ」
「そうだな。自分の立場や立ち位置を器用に使ってる人ってイメージだったけど、才人の話からはなにか思い詰めている感じがするんだよな」
思い詰める?なにを?まったく分からん…でも。
「頑固なところあるからな。もしなにか勘違いで思い詰めてんだったら、話し、聞かせてもらわないとなあ」
吐き出せる場所にくらいなってやらないと。
「今日はありがとうな」
あーだこーだと案を出し合うも、結局、会ってどうにかするしかないという結論に落ち着いた。
次の全体登校日、明後日15日をXデイとして備えることにする。
とはいっても何をするわけでもない。
ただ俺として接しろという、幼なじみたちの無茶な案を渋々と受け入れる。
こうなればある程度の受け答えだけ頭に入れて、後は出たとこ勝負だ。
「ああ、その顔できるんならきっと大丈夫だ。」
「あとはまれちゃんがさっさと帰っちゃわないかだねぇ。1組の担任さん毎回お話長そうだから、大丈夫だとは思うんだけどぉ」
「ある意味お前が一番の鍵だからな」
ラブにはいの一番に1組に行ってもらって足止めと誘導をしてもらう手筈になっている。
ここが崩れるとすべてがアドリブになり、主に俺がものすごく苦労する。
「任せといてねぇ。長く喋るのは得意だよぉ」
「それじゃあ俺たちは帰るよ、まだ明るいけど18時だしな」
「ああ、お疲れ」
「じゃあねぇ」
――――――――見守る二人の帰り道
「サイくん、すっごいカッコ良かったねぇ」
「ああ、俺たちを助けてくれた、あの時の才人が少し戻ってきてるな」
勇気とラブは親友、才人の家から自転車を押しながら二人で帰路につく。
本気で悩んで、俺たちに相談をくれた親友には悪いが、最近で一番嬉しいことがあったと言っていい帰り道だ。
自然と歩く速度は上がり、声にも興奮が混じってしまっている。
それほどまでに、才人に頼られたことが嬉しくてたまらない。
失うばかりだった俺たちのそばにいて繋いでくれた、あのときの才人。
その大恩を1ミリでも返せるんであれば、今回のような手伝いはドンと来いだ。
「でも、二人ともなんかもどかしいねぇ」
「詳しくはわからないけど、きっとあの二人は似ているんだろうな。」
「せっかく二人ともいい感じなんだから、絶対に元に戻ってもらおうね!」
もはや共犯者とも言える恋人が、元気に宣言してくれるので自分も胸に誓うことにする
(絶対に、後悔しない選択をするんだ)
この世界で、たった二つの、命より大切なもののためになら、なんだってやってやる。




