#10 無敵の君と僕の当然の負け
よく晴れた8月初めのお昼過ぎ、見慣れない戦場で、今俺は窮地に立たされている。
何も情報がなく、手探りでの戦い。相手は歴戦の猛者にして地の利さえある。
絶望と呼んで差し支えない状況だ。
チラリと相手を見やると、すでに獲物を3つほどに絞り最終確認に入っている。万事休すと言ったところか。ここから入れる保険はありますか!?
……遡ること30分前、俺は勝負がしたいという少女と共に小物雑貨店へと赴いていた。
正直この時点で暗雲のみというか、負けでいいから逃げ出していいか?
「駄目に決まってますよ?勝負なんですよ、逃がしません。」
半分引きずられる(左手で袖を握られるという拘束をされている)ように雑貨店のなかに入れられた俺に、姫路は勝負のルールを告げる。
「今からこの雑貨店で、お互いに相手に似合うと思う小物かアクセサリーを、一つ買います。」
「……買うんですか。」
「買います。そして協議し、より似合っている雑貨を購入した方の勝ちです。予算はここの価格帯を考慮して5000円までとします。」
そう、俺たちは姫路母から渡された【謝罪用交友費】……現金二万円也……を使い切らなければならない、のだけども。
「その、勝負でお金使うのはどうなんですか姫路さん」
直接やりとりするのではないものの、食べ物などではない、小物をこういうお金からもらうのはいかがなものか。
「いいんです。母への確認も取ってあります」
マジか。そこの準備はいいんだな…
「うう、一番苦手だぞこういうの…てか勝てるわけないだろうが!」
「ふふ、たっぷり悩んでくださいね?楽しみにしてますから。」
くそ、心の底から楽しいという顔をしていやがる。やっぱいい性格してるな。
「始める前から悩んでもしゃあないか、時間制限はどんなもんにする?」
「そうですね…今が2時半前くらいなので3時くらいには、決めるようにしましょう」
「あいよ。意外と広そうだから、とりあえず全部回ってみるかあ」
何がどこにあるかを見ないと、勝負にはならないからな。
「たとえ最大不利な盤面でも、やるからには本気でクレバーな態度。いいですね」
「強者の発言だ……」
どうやら本気らしい、無様は晒さないようにしないといけないな…
とりあえず5分ほどで、グルっと店内を軽く見ながら一回り。落ち着いた雰囲気でガラス細工や木工品が多い。色的には派手だが全体は落ち着いているようなものも多くあり、全体的に趣味のいい店といった感じだ。
正直俺の部屋に置くだけなら、何を買っても浮くというかそこだけオシャレになりすぎる…しかも今は、姫路が手にするものを選ばないといけない。
何個か気になるものはあったがちょっと難しい。
うんうん唸っていると、姫路が寄ってくる。
「お困りのようですねえ」
「敵を観察するのはアリなのか?」
姫路はもちろん何回かここに来ているようで、買うものに当たりはつけているのか、自分の買い物よりも、俺を遠目に見ている感じはしていた。
「ありです。私がルールですから」
「横暴だ、第三者による仲介が必要なのでは?」
「あら?じゃああの店員さんにでも、たのんできましょうか?」
「それだけはマジでやめろ」
いい加減さっきから店員の俺を見る目がなんか生暖かいのに、さらに来られてはここにいられなくなる。
うふふふと奥に消えていく姫路を横目で見つつ、木でできた置物を何個か見てみる。
どれも精巧というよりは雰囲気重視で、あえて削り跡などを残したデザインは温かみを感じさせる。
「どれもこれも似合いそうで分かんねえよ…」
フクロウや猫などをモチーフにした木彫りの像を、取っては戻し考える。
材質は木で行きたい、ガラスも良いのだがあの太陽のような人に似合うのは、やはり木だろう。
この小さな木彫りなど持たせて、外で写真を撮ればそれだけでポスターになりうる。
「この木彫りで3500円…こっちのちょっとでかい豪華なやつで7000円、ちょうどいいやつがないなあ」
そもそも木彫り像にこだわるのが微妙な気がする、アクセサリーも攻めてみるか。
とりあえず見ないとだめだとアクセサリコーナーに赴き、木の腕輪やガラス細工のブローチなどが並んでいるのを、食い入るように見つめていく。
こっちのガラスのやつはちょっと重そうだしこの木の腕輪はすこし素朴すぎるか?
というか、俺は木の質感自体が好きなのでどれもこれもよく見える。
木目調の小物は実は少しだけ集めていたりするのだが、別に目利きができるわけでは全くないんだよな。
と、ネックレス売り場を通り過ぎながら思えば、もうすでに25分程度が経ち、あと10分でタイムリミットというところまで追い詰められていた。
半分現実逃避に、スベスベとした木目をちょっと撫でたりしながら歩くとピアスがあった。
「ピアス…割と落ち着いた装飾が多いんだな」
あいつはさぞ似合うのだろうけれど、着けてたのは見たこと無いし穴も開けてはいなかったはず。もしこれ買って穴でも開けられると怖いので、ここはスルー。
「駄目だ、このままでは棄権になる……」
悩めば悩むほどに時間がなくなっていく。敵情視察でもしてみるかと少し探せば、上機嫌で最終チェックのようなことをしている姫路がいた。遠目だがすでに木製雑貨を数個選んで、吟味しているようだ。
こりゃあもうだめだな!もう次顔向けたところにあるやつ買うか!
【木製 創作指輪】
絶対になしだ!!!!
何をかんがえてるんだ俺は。
彼女でもない人間にアクセサリーとかやっぱり無しだろう、特に指輪はヤバいに決まってるじゃないか!!そもそもこの店のもの大体カップルでも無ければ送り合わないだろうこれ…
しかもちょっと交際も落ち着いてきたカップルが来て、買う感じなんじゃないか?さっきからすれ違うのも、そんなカップルや夫婦ばかりだぞ。
と一瞬で大量の思考の氾濫がありつつも、勢いよく指輪から顔を背けたところで、
「…………これ……」
それはあった。
ある意味で一番太陽に相応しいモノ。
アクセサリーではあるが、指輪やピアスなんかよりは重くないよな?デザインも派手すぎではないし…頭のなかで必死に言い訳しつつ、自然に手に取った風を装い会計を済ます。迷いはない、ただ……
さすがに店の中で見せあって議論するわけにもいかないので、近くのファストフード店に場所を変えて、買ってきたブツの交換及び協議を行う。
「はいでは、2人ともお互いに似合うと思うものを買いましたね?」
「確かに買ったけど、お前はどういう立場なんだ?」
「主催です」
お前が主催なら参加者1名じゃねえか、いや実際主催だが。
「さて、余計な話は置いといて早速見せあいまょうか!!」
テンション高。
「テンション高。」
「顔で語ったあとに、口にも出さなくてよろしい」
顔にも出てたか。もうオレのクセだ
「どうします?私からのほうがいいですか?」
「……ああ、そうしてくれると、助かる」
「なあんか歯切れ悪いですねえ、じゃあ私はこれです、じゃん!!」
そういって紙袋から取り出したのは俺の使っているスマートフォンのカバー。
華美ではないが木目が主張するそれは、手のひらが当たるところなどは木製でフレームは硬質PE、硬さとデザインを兼ね備えていて、文句無しに俺の趣味と合致している。
「怖いくらい俺好みのやつだな…この木目。というかよく俺のスマホの型が分かったな?」
「あなたはカバー着けてないですからね、去年の秋モデルの新型でしたし、形覚えてたから調べられました。まあそういうデバイスには疎いので、少し手間はかかりましたが…」
そうか、調べるくらいには当たりつけてたのか。ん?待てよ?
「え?前から調べてたのなら何個か候補みたいに持ってたのはなんでだ?」
あのとき見かけたときは、3つくらいは小物を持って見比べてたはずだ。
「あ、見られてました?えっち…」
「変なはぐらかし方してくれるなよ…」
「……アレはですね、スマホなんて常用するモノに付けるものを贈るのは、ちょっと、重いかなって、それで他のアクセサリとかも候補にして、悩んでたんです」
そう言うと、気恥ずかしそうに顔をそらす。それを見て俺は少し安心したと同時に、姫路の強さに驚いた。
(俺はたぶん重いとか怖いとか思ったら、買えなくなるな。)
実際何か矜持があって、カバーをつけていないかもしれない人に買って渡すのは、かなり勇気がいることだろう。だけど姫路はこれが俺に似合うと思い買ってくれた。やっぱりすごく、強い。
「今、着けても?」
「え、あ、うん。もちろん。」
スマホを取り出し、カバーを付ける。ピッタリと収まったスマホはさっきまでとは姿が変わって、どこか誇らしげに背面の木目を艶めかしている。
「すごくいい、こりゃあ負けたかな?」
「もう。まだ分かんないでしょう?でも良かったの?カバー、なにか理由があって受けてなかったんじゃあないですか?」
「んー、理由あるっちゃあるんだけどね、くだらない理由だよ」
「くだらなくないかもじゃないですか、教えてくださいよ」
あんまり気乗りはしないが、そこまでのことでもないしいいか。
「これ、親が進学祝で機種変してくれたんだけど、その少し前に入院で迷惑かけたのもあって、あんまり金使わせたくなかったんだよ。高い機種買うのは押し切られたけどね。まあ元々俺はフィルム貼らない派だし、カバーも落とさないように気をつけたら大丈夫だからって断った。」
だからこれは助かるよ、とカバーをつけて見違えた自分のスマホを自慢気に姫路に見せる。姫路は少し考えるような顔をしたあと、笑顔になった。
「ふふ~ん、ちゃんと感謝して落とさないように綺麗に使ってくださいね?」
「う〜わドヤ顔。言われなくても落とさんようにするし、毎日磨いてやるわい」
「ふふ、ありがとうございます」
「……いやーしかしこれは負けたな。帰るか」
「いや逃がしませんよ?早く出して見せてください!」
こ、このちゃんと俺を観察して贈られたモノと対戦するのか…ええいままよ!
「……俺はなんというか姫路のことをまだちゃんと知らないから、イメージで買ってしまったんだよな…」
もごもごと言い訳をしながら、ゆっくりと10センチほどの包みを取り出し、テーブルの真ん中に置く。
「おわあ…開けても?」
おわあってなんなんだ、その反応は。
「もちろん…このまま置かれてるほうが辛い」
では…と丁寧に丁寧に、姫路の小さな手が包みを開いていく。露わになったそれは、三日月の形のバレッタ。
素朴だがしっかりとした造りのバレッタで木本来の色味を活かしつつも滑らかな手触りに磨かれ、姫路の手のなかに収まると、ファストフード店の明かりのなかで目が眩むほどに輝いて見えた。
「う、うわ、めっちゃいい……すごくいいよこれ、私髪長いからこういうの付けるのもいいなあってよく思ってたんです!」
「うん…似合うと思うよ」
声が出ない。
人にモノを贈るというのは、そして喜ばれるというのはこれほどまでに、心を焼いてくるのか。
「ね、ねえ」
「うん?」
「……着けてもらえますか?」
かたまる。それは髪につけるものだ。それを俺が着けるというのは髪を触るということで。
「……………………ひゃぃえ」
「ひゃぃえ、て。どっちなんですか」
クスクスと笑いながらも、まっすぐこちらに要望を曲げる気はないという顔を向けてくる。腹をくくらなあかんか…?
「あの、髪、……俺が、触って、いいのか」
「カタコトすぎるでしょ!いいに決まってるじゃないですか。あなたならば。」
言葉の意味を考える余裕もなく承諾を得たことだけ認識して席を立つ。
「はいこれ、……優しくよろしくお願いしますね?」
「着け方とか……トリセツ付いてるか」
若干震えた手で、着け方の書いてある説明書を開く。
「では、失礼します…」
慎重に髪を取りバレッタを付けていく。収まる量はそこまででも無いが、両端がまとまるため、無邪気なくせっ毛が、少しおちついた雰囲気の髪型に変わっていく。
「えー、結構器用なんですね」
こちらからは見えないが、きっといたずら成功のような顔をしているであろう姫路が声をかけてくる。いや、この状況に限って言えば、全て俺の身から出た錆なんだが。
「まて、もうちょっとで終わるから……」
……よし出来た。曲がってもないし、そこそこいい感じじゃないか。
「ありがと。でもなんで三日月型?嫌いじゃないけど、私に月って似合うかなあ」
「…………俺にとって姫路は太陽だから。」
「……ふゃ?」
今日は2人とも変な声のバーゲンセールだな……と思ったあたり変なところで冷静な頭だ。
「ずっと思ってたんだ、君は明るく照らし、果てには目を焼いてきさえする太陽のようだって。姫路がときどき考え込んだり、少し打算的な行動してるのは分かってる。でもそんなのもひっくるめて、君は俺にとって太陽なんだよ。だから太陽に照らされて輝くものを、選んだんだ」
酷い早口でキモいな俺。普段ならば虫酸とさむいぼで言えないような言葉。だが、俺の心からの言葉だとおもう。
そして俺みたいなのはきっと照らされて、焼き尽くされて消えてしまうんだろう。
姫路は俺の言葉をしっかりと、一切茶化さずに聞いてくれた。
少し顔が赤いというか目も赤い気がする、泣くほどキモかったか…?
「…………ズルいですよ。素敵すぎます。負けですよ、こんなの」
「あー……それなんだが」
カバンから一枚のレシートを出し姫路に渡す。先ほどの雑貨店のものだ。
「ななせんにひゃくえん」
姫路の口から先ほどとは打って変わった呆けた声が繰り出される。
そう7200円。高級な木材で職人によりしっかりと作られていて、デザイナー名まで箱に書かれているバレッタは、予算の5000円を超えてしまっている。
「ちなみにこのスマホカバーはいくら?」
「そちらは4950円でした」
さすがだ。しっかりと収まっている。
「…………俺の反則負けですね、いかような罰則も受けますとも。ちなみに予算を超えるの分かって自分で出したから、これも反則だな」
分かってはいたが、これしか無いって、これを贈りたいって思うと止まれなかった。
「そうですね、反則負けです。罰として、これからも一緒に仲良くしてくださいね?」
「…………もちろん。謹んでお受けいたしますとも」
涙腺の脆い姫路の涙のにじんだ顔には満面の笑みが咲いていた。
その光に照らされる月が、これからは共に在るのかもしれない。
――――――――真恋の部屋
「また、嫌いになれなかった。」
物の少ない殺風景な部屋、私の机の上にあるのは、とある人の敗北の証。とても丁寧な造りの三日月型の木のバレッタ。
お風呂から上がって考え込んで3時間、もうすぐ日付が変わってしまう。
考えすぎて頭の中はぐちゃぐちゃで、もうなにもかもがめちゃくちゃだ。
彼にアクセサリをプレゼントされても、髪を触られても不快感を抱けなかった。
さらには普段の彼からは想像のできない、ポエムじみた独白を聞かされても、このおめでたい頭は喜びしか感じなかった。
「これはまずいなあ…」
なんといっても一番まずいのは、スマホケースという長く手の触れるものをプレゼントして、平気で嬉しそうにしている自分だ。
重いものを、触れ続けるものを贈れば彼と自分を嫌いになれると思ったのに。
それでも――恋ができると、彼は信じてもいいと思い始めている自分が気持ち悪い。
そう思うのにそんな自分を嫌いになれない。不快感と高揚感が両方ごちゃ混ぜになって、何にも思考が纏まらない。
これが”真の恋(私の名前)”だというのなら、何とも趣味の悪いことだ。
動かない左足を撫でる。
自分の、生まれたときから所有しているものなのにほとんど感覚のないもの。
これなら彼にあげたスマホカバーのほうが生き生きと私に感覚を教えてくれる。
大嫌いな私の一番の個性。
壊れて生まれてきた私と、後から壊れた彼。
ただの傷のなめ合いなら、どんなに良かったでしょうか。
警戒していればそれなりの付き合いができる関係ならば、どんなに簡単だったでしょうか。
取り留めのない頭が、脈絡なく彼の顔を映し出す。
「あなた」なんて呼び方をずっとしてみても、不快感を抱けなかった。
彼を嫌おうと試し行為ばかりする自分を嫌いになれれば、私は元の、自分すら信じていない私に戻れると思ったのに。
「距離を置くことも、考えないとなあ」
最初は興味と少しからかってみるだけのつもりだった。なのに。
「私の自立に他人は要らないんだ。」
私に言い聞かせても、私から返事はない。
私なんて大っきらいだ。
進藤家は割と裕福で才人もお金には余裕を持たせる性格なので無いって言ってても振ればそこそこ出てきます




