#9 君の主張と僕の無駄な意地
「やっとついた〜、暑かったですねえ」
たっぷり歩いてカラオケに着く、ラウンジの時点で別世界のように空気が違って生き返る。前はちょいちょい来ていたけど今はたまにあいつらに誘われるかくらいでしか来ないので久しぶりに感じた。
「ああ、本当にきつかったな…」
姫路と歩いて楽しかったし、体感は一瞬だったけど暑かったものは暑かった。
「すみませーん、11時からフリータイムで予約していた「進藤」です、はいJamでもどっちでも大丈夫です」
フリーで取ってるのか…これは歌わされるのかな……ん?
「おい今なんて名乗った?」
「ふぇ?あーなんて言ったかなあ、うーんと分かんないなあ」
下手くそに誤魔化しながらマイクを受け取りそそくさと部屋に移動する姫路を追いかける。
「あ、ここの部屋だよ、15番」
部屋につき帽子を脱いで落ち着く…前に。
「どうして俺の名前で予約取ってたんだ?いや別にいいけども」
「うーんちょっとほんとうに分かんないんですよ。予約取る時にほんとに口ついて進藤って名乗っちゃって」
なんでだ。
「訂正するのもなんか変じゃないですか?本人いるし、まあいいかなって…」
いや、別に訂正はしていいんじゃないかな。
まあ、引っかかるところは多々あるがそういうことらしい。
「まあ別に奢るのも構わんくらいだし、名前使うのも好きにしたらいいんだけど」
「いいんだけど?」
お前が進藤ですって名乗るとなんかこう、クるというか、妙に落ち着かないというか。
決して口に出さない葛藤を押し殺し立ち上がる。
「ドリンクバー取ってくるよ、何がいい?」
「え、私も行きます、ソフトクリームも食べたいし」
ここのカラオケは、ドリンクバーにソフトクリームがつくタイプだ、よく俺も腹壊す寸前まで食べる。
二人で並んで、コップにジュースを注ぐ間ぽやーっとしていると姫路が聞いてくる。
「ねえ、進藤くんってドリンクバー、混ぜる派?」
「混ぜない派。オレンジジュースひたすら飲む派」
「へえ、私も混ぜないんだけど友達みんな混ぜるんですよね」
ブドウジュースを注ぎながら、自身の友人の話をする姫路だが、俺は正直あんまり覚えていない。
姫路の友人、たしか結構お嬢様っぽい人とかギャルとかだったよな…
「あ、私の友達っていっても分かりにくいですよね。ラブちゃんとも仲良くて、髪染めてるのが亜季ちゃんで、背が高くてお嬢様!な感じなのが弓子ちゃんですよ〜」
「えーと、まあ…ぎり思い出せるな、弓子さんとは俺は面識は、たしかないが説明でなんとなく。」
そうかお嬢様まで混ぜるのか。うちのバカ2人しかやらないものと思っていた。
「………………それで常田さんと建山さんはね、ソフトクリームもコップに入れようとして、」
「いや待て、誰か全くわからなくなった」
急に友人たちを苗字呼びしてきた姫路は、何故か明らかに不服そうな顔をしている。
「…常田亜季ちゃんと建山弓子ちゃんはですね」
「今度はえらく他人行儀になったな…」
結局不服な理由は分からなかったが、声自体は楽しそうにしていたので重大なことではなさそうだ。
飲み物取ってきたところで、本題にはいる。歌いに来たわけではないんだったな。
落ち着くためか、喉が渇いていたのか、持ってきたドリンクを一気に飲み干すと、姫路が真面目な顔で喋り始める。
「まず私から言うことがあります」
「はい、なんでもどうぞ…」
ないとは思うが、もう一発ビンタでも罵詈雑言でも受け入れる心持ちである。
「先日は大変申し訳ございませんでした!」
身構えてる俺に飛んできたものは、謝罪だった。
角度、声量どこをとっても全くケチのつけようのない謝罪。
どこか和の心さえ感じる、完璧な謝罪だった。
「え、いやあれは」
「一昨日のこと、母に話したのです。もちろん仔細までは喋ってないですけど。」
「そうか、相手が男って知られるのもだしなあ」
勝手に納得していると姫路が顔を上げながら続ける。
「我が家には家訓がありまして【絶対にこちらから先に手を出すな】というものなんですけど」
なんだその微妙に物騒な家訓は。
「この家訓に背いていますし、その、おとなの意見ってものはどうなんだろうと母に話したわけです」
「ああ…それで母親はなんて言ったんだ」
「ボロクソに怒られました」
「ボロクソ」
前々から思ってたけど、普通にときどき語彙が変だなこの人。
「曰く、そんなことでビンタなんかしてたらいい人でも逃げるぞとか、面倒な高嶺の花を気取らず相手の話を最後まできちんと聞けとか」
……足への同情の話で気の弱そうな人を想像していたが、なかなかファンキーな御仁のようだ。
「……そこで抱きしめてやらないからダメなんだとか…」
「ゴッファ!!」
……最近、変なことでむせる回数が増えてきている気がするな?
「……俺の性別は言ってないんだよね?」
「はい、一度も……でもなんか察されてる気はします…」
察されてるのか……どういうふうに俺のことを喋っているのか少し気になるところだけど、それよりも、
「まだ付き合ってもないのに、抱きしめられたほうが困ってたよ俺は…」
言った瞬間にまずいと気付いたがもう目の前には真っ赤な物体が出来上がっていた。
「まだ」
「ただの言葉の綾だ!こういうのは年齢的にも交友期間的にも、まだ早いだろうと!!」
何とか取り繕い話を戻す。
「あの言葉は俺にとっても本当に、本当に反省しかないんだよ。姫路の優しさに甘えた、最低な試し行為だった」
優しさが返ってくるとわかってて、忘れてくれないとわかってて、それでも言ってしまった最低な言葉。
「叩いてくれて助かった、目が覚めたよ。」
「…………進藤さんって結構マゾっ気あったりします?」
「断じてないな!」
「フフフ、冗談です」
クスクスと笑う様子を見るに、調子が戻ってきたみたいだ。
「でもやっぱり、私のほうが駄目です。」
そこは頑ななのか。
「だってそもそも私たちは、エゴイスティックに行くはずだったんです。あなたの発言がいかなものでも、私が否定してはいけなかった」
「ああ、そういうえばそうだったな、でもだったらお前は否定してもいいことにもなるぜ?」
「え…?」
姫路は、本気で意味が分からないという顔でこちらを見る。
「結局俺の意見を否定したいってのも、お前のエゴだろ?叩いたのは家訓に反するにしろ、別にあの否定は悪いことじゃあなかったんだ」
つらつらと詭弁を述べていく、すまないがこれが俺の意地だ。
「つまりアレは、俺が一方的に悪い発言だったんだってことで。この話はおしまい!」
「え、あっ、その着地に持っていくために喋ってますね!?」
「バレたか。でもこれだけは譲れないんだよ」
「…………分かりました。」
そう言いながらマイクを俺に渡してくる。
「たっぷり歌ってくれたら、許してあげます」
「そうきたかあ…歌苦手だしレパートリーもないんだけど」
「あら、じゃあ尚更聴かせてもらわなくっちゃあいけませんねえ」
教えてあげますよ。とはにかむ君にもう何も言えず、デンモクに逃げ込む。
最近の流行りの曲なんて知らないので、古いゲームの主題歌を歌うしかない。
今でも活動しているミュージシャンのタイアップしたオープニング曲で、代表曲とも言われる名曲。これなら外しはしないだろう…
……結局歌い方が微妙だから、選曲の話ではなかったかもしれん。
あいつらに強引に連れて行かれてもあんまり歌わないから、声が上ずって変なふうになってしまった…
「普通に歌えるじゃないですか!なんというか感情が乗ってますね」
それ微妙な歌を褒める時のやつじゃないか?
「まあかなり聞いてて、好きな曲だし…」
「有名だし私も聞いたことありますけど、あらためて歌詞いいですよね…」
姫路はこちらの疑りもなんのそのでここは力はいりますよね〜と言ってくれているのを見て、肩の力が抜けてきた。
心の形は二人で確かめないと分からない、という歌詞に、まさか共感めいたことを思う日が来るとは。
「ふふ、じゃあ私これ歌お〜っと」
姫路が、同じミュージシャンの最近の曲を入れて歌い始める。
おお…これは、普通に上手いとかじゃないな…教えると言っていたのも、冗談じゃなかったようだ。
「結構好きなんですよこの曲、温かくなります。」
そう話しながらも、誰かに寄り添うことを歌い上げた曲に気恥ずかしさがある様子で、
「歌だと命の大切さだとか愛の歌だとか、ちょっと恥ずかしいこと普通に歌えるよねえ、不思議です」
「そういう歌詞なだけだからとか、言い訳ができるのが大きいんじゃないかな」
自分で言いながら無意識にそういう要素がない曲を探す。
「ねえ〜進藤くんまだですか?もう私歌い終わってますよー」
「すまんて、じゃあもうこれでいいか」
少し前に流行った青春ド真ん中な歌、失敗でもなんでもいいからがむしゃらに行けと歌うその曲には、共感が出来なかった。
まだ自分が子供で、人生の経験値がないから、だろうか。
「ふふ、こっちはちょっぴり下手ですねぇ」
「うるせえ、ムズい曲なんだよ、たぶん。それより今日の料金はワリカン?俺出したいんだけど」
逃げるように座って話を逸らすと、姫路は不敵な笑みを浮かべて、カバンを漁りだす。
「ふふふ、今日の私にはこれがあります」
取り出したのは、よくある茶封筒、見ると表にきれいな字で【謝罪用交友費】と書かれている。
「なんだ、それは。謝罪用……?」
「お母さん…母親からものすごく怒られたのは言いましたね、その後に渡されたのです。」
そう言いながら封筒の中身を出す。2枚の壱萬円と書かれた上等な紙幣は、俺等の年齢では中々の存在感で、
「うおお、二万円!それだけあれば3回くらいは上等に遊べるな!」
「一回。」
「へ?」
「一回で、今日で使い切るくらい、ちゃんと謝罪して遊んでこいって言われました」
「でもここフリーで入れてんだろ?じゃあなんか食い物頼むしかないか」
時間的にはもうお昼だ、ちょっとガッツリしたもの食べてもいいだろう。
「うん、それでもここじゃ5000円行かないくらいですし。満足するくらい歌ったら出て、でー……ぇと、電車はちょっと時間見ないとですし」
もごもごと歯切れの悪い言い方をしているが、要はここを出ないと、使い切れないということのようだ。
「うーん、てっとり早く消化するなら、まあプライズとか?でもそれも何回か行ったしな」
さすがに芸がないか、と考えていると、
「…なんにも思いつかないなら、私と勝負しませんか?」
「勝負?いいけどどうするんだ」
「あ、あとで言います。いまは思いっきり歌いましょう?」
はぐらかされるも、そりゃそうだと納得してカラオケを楽しむことにする。
ラーメンとチキン、ポテトにパンケーキは明らかに頼みすぎた気がした。




