二人の仲間
庭は手入れが行き届いていないとはいえ、十分に広い。オレはそこで、父さんから受け継いだ刀『春雪』を振るう日々を過ごしていた。
今まで使っていた両手剣とは勝手が違う。けど、父さんからは何も教わっていない。だから、今まで通りに、ただひたすらに刀を振るう他なかった。
刀を腰に携え、オレは家を出た。
この春雪と共に狩猟者として生きていくと心に決めた。
今日も朝から屈強な男達とすれ違う。薄汚れた作業着を身に纏い、仕事道具を携えた男達は、数人単位で山の方へと消えていく。
ここゴルドホークは、鉱山で栄えた町だ。北東に広がるオズガード鉱山は、金の採掘で財を築いたオズガード家が管理している。
今は鉄鋼などの採掘が主だけど、稀に金が出るらしい。だから、この町は一攫千金の夢を追う者たちで賑わっている。オズガード家に幾らか支払えば誰でも夢を見ることができる。鉱物が売れるので、そこまでの損はない。
もちろん、そんな美味しい話には危険も伴う。欲に目が眩んだ鉱員たちが、魔物の縄張りにまで足を踏み入れてしまうからだ。ギルドに張り出される依頼の殆どは、そんな彼らの護衛か、怒り狂った魔物の討伐だった。
クロスした剣に、牙を剥いた獅子。
狩猟者協同組合のシンボルマークを目指して歩く。
ただ、今日用があるのはギルドに併設された大衆酒場だ。賑やかな笑い声が外まで響いている。建付けが悪く不快な音が響く入口扉を、ギィッと押し開けた。
厳つい男達の視線が注がれるのは毎度の事。Bランク狩猟者でも上位のオレは、若くても一目置かれた存在だ。すぐに男達の目線が逸れる。
酒場の中を見回し、奥のテーブルでティーカップを傾けている男に声をかけた。
「トーマス、久しぶりだな。待たせたか?」
トーマスはオレに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「やぁ、久しぶりだね。僕もさっき来たとこだよ」
トーマスは、オレと同い年の18歳でBランクの狩猟者だ。
特徴的な赤茶色のストレートヘアを左右に分けている。少し目尻の垂れた柔和な表情は、いつ見ても優しい印象を与えてくれる。
背はオレと変わらないけど、体格がいい。彼は片手剣と盾でパーティーを守る盾士だ。
「オレ達の姫様はまだ来てないか?」
オレの問いに、トーマスはティーカップを置いた。
「いや、数日見てないね。受付のおじさんもここ最近来てないって言ってたよ」
「ってことは、伝言も伝わってないか……」
数日前に、ギルドの受付カウンターに伝言を言付けていたけど、来ていないのなら伝わりようがない。
「いつもの所に居るんじゃない?」
「だろうな……ちょっと探してくる」
「僕も行くよ。ちょうどコーヒーも飲み終えるところだ」
トーマスは、残りのコーヒーをグイッと飲み干して立ち上がった。目指す場所はそう遠くない。
町の中心地にある競馬場。
Cランクの馬の魔物『スレイプニル』を調教して走らせる。厳密に言えばスレイプニルじゃなく、馬との交配に成功した人を襲わない魔物だ。
八本脚の馬のスピードレースは、この町の数少ない娯楽の一つだ。ギャンブラー達の怒号にも似た歓声が、外にいても聞こえてくる。
「この人混みじゃ、見つけるのも一苦労だね」
「いや、隅っこで世界の終わりのような顔をしてる奴がいたら、それがそうだろ」
軽口を叩きながら見渡すと、案の定、馬券売場の隅で膝を抱えてしゃがみ込んでいる女を見つけた。
「おい、またスッたのか?」
オレの問いに顔を上げた女は、目に涙をいっぱいにためて、懇願するように言った。
「ユーゴ……お願い……ご飯奢って……もう二日何も食べてないの……」
「お前な……もうギャンブルは止めろ。向いてないって、何回言わせるんだよ……」
三人の行きつけの安食堂。
目の前の女、エミリーは、二日ぶりの食事に泣きながらかぶりついている。
「飯が食えなくなるまで金つぎ込むって、どんな生活してんだよ……」
オレの呆れた声に、エミリーはムッとして顔を上げた。
「私の生き甲斐なんだ。口出さないで欲しいね!」
「お前……恩人になんて口の聞き方だよ。よし決めた、もう奢ってやらねー」
オレがそう言うと、エミリーは口の中の食べ物を慌てて飲み込み、手を合わせた。
「いや、ごめんなさい。またお願いします」
「負ける前提で話をするなって言ってんだよ!」
オレが怒鳴ると、トーマスが笑いながら仲裁に入る。
「ははっ、エミリーは探しやすいからいいよ」
このギャンブル狂いのエミリーは回復術師だ。背が低く、クリっとした二重の目が印象的。少しウェーブがかった栗色の髪が可愛らしい。私生活は散々でも、オレ達と同じBランクの狩猟者だ。年齢は聞いたことないけど、オレ達とそう変わらないだろう。
「ふー! 食べた食べた! 今朝たまたまクローゼットから出てきた100ブールをスッた時には、さすがの私も絶望したね」
お腹をさすりながら、にこやかにそう言い放つエミリーに、オレとトーマスは冷たい視線を送る。
「普通の思考能力の持ち主は、その金で飯食うんだけどな……」
オレの皮肉に、エミリーは少しも意に介さずに言葉を続けた。
「で? 何か用があったんでしょ?」
生き返ったエミリーを待って、話を切り出す。オレの目が真剣になると、二人の緩んだ顔が引き締まった。
「そろそろAランクを目指さないか?」
トーマスは顎に手を当てて考えた後、決意の滲む目で頷いた。
「うん、もう僕たちもこなせる頃だろうね」
「Aランクって言ったら報酬も良いんでしょ? 私は文句無いよ!」
二人も現状に満足はしていなかったみたいだ。オレの提案に賛成した。
「よし。そうと決まれば、まずは武器と防具の整備だ」
エミリーの顔は、さっきまで泣いていたのがウソのように晴れ晴れとしている。
腹を満たしたオレ達は、鍛冶屋街へと歩を進めた。




