父の面影
トーマス、エミリーと朝食を摂り、オレは自分の部屋に戻った。
ベッドに腰を下ろし、無事に戻ってきた『春雪』を、鞘からゆっくりと抜き放つ。鈍い光を放っていた刀身は、娼館の薄暗い部屋で見た時よりも、今は心なしか輝きを取り戻しているように見えた。
指先でそっと刃紋をなぞる。
この刀を盗られたと気づいた瞬間、頭に血が上った。父さんとの唯一の繋がりを断ち切られたような気がして、我を忘れていた。トーマスがいなければ、本当に人を殺していたかもしれない。
……なんで、あんな顔してたんだ、父さん。
脳裏に、この刀を受け取った最後の夜の光景が蘇る。
久しぶりに帰ってきた父さんは、ひどくやつれていた。目の下のクマは深く刻まれ、暗い表情でオレと目を合わせようともしなかった。
ダイニングのテーブルに、投げつける様にこの刀を置いた父さん。
「これは俺が若い頃に使っていた刀だ。整備に関して俺は素人だ、鍛冶屋に見せるといい」
その声は低く、感情が全くこもっていなかった。オレは……少しでも認めてもらえた気がして嬉しかったのに。
「具合悪そうだけど、大丈夫か?」
やつれた父さんにそう問いかけると、「問題ない」とだけ返し、すぐに部屋に籠ってしまった。あの背中が、俺に別れを告げているようだったことを、今になって思い出す。
あの時の父さんは、一体何を考えていたんだろう。
なぜ、あんなにも苦しそうな顔をしていたんだろう。
『リーベン島へ行け、その春雪がお前と島を繋いでくれるはずだ』
置き手紙の文字が、再び頭の中を支配する。
この刀が、俺と島を繋ぐ……。
ぎゅっと、柄を握りしめる。
浮かれていた自分への戒めと、父への新たな疑問。その全てを振り払うように、オレは刀を鞘に納めた。
「……行かないとな、リーベン島」
答えは、そこにある。
改めてそう決意した。
◇◇◇
レトルコメルス滞在三日目の朝。明日の朝には出発する予定だ。
今日は、旅の支度をするために朝食を済ませて三人で出かける。ホテルの豪華な朝食を堪能した後、コーヒーを楽しんで出発だ。
まずは、ここに着くまでの道中で手に入れた戦利品を売却する。レトルコメルスの狩猟者協同組合に向かった。
エミリーの空間魔法は無限じゃない。まだまだ余裕はあるらしいけど、空けておくに越したことはない。
「えっ……でっか……」
エミリーだけじゃなく、オレもトーマスも目を丸くした。都会のギルドは、ゴルドホークのそれとは規模が違った。恐る恐る中に入る。
明らかに質のいい武具を身に着けているハンター達がいる。格上に違いない。ゴルドホークでは一目置かれてはいたが、ここではオレ達を知るものは一人もいない。まっすぐにカウンターへと向かった。
売却を終えると、結構な金額になったので、きっちり三等分する。エミリーは即座に自分の取り分を異空間にしまい込んだ。
次は買い出しだ。
野営での野菜は本当に重宝した。料理の幅が広がるし、同じ肉でも飽きない。トーマスは色とりどりの野菜を選びながら、新鮮さに目を細めていた。
スパイスもそうだ。さすがは交易都市、ゴルドホークでは見たこともない珍しいスパイスがたくさん並んでいる。オレは今、トーマスに弟子入りして野営と料理の修行中だ。こういう買い物一つでも、知識が増えていくのが楽しい。エミリーはもちろん全く興味がないようで、近くの露店を物色している。
食料品の買い出しを終え、衣料品店へ向かった。
革鎧の下に着込むシャツを新調する。少し値は張るけど、絹に魔物由来の特殊な素材を練り込んで伸縮性を持たせた服だ。詳しくは知らないが、蜘蛛系の魔物の糸だと聞いたことがある。
吸水性と放湿性に優れ、夏は涼しく冬は暖かい。狩猟者にとっては最高の素材だ。オレは試着室から出てきて、腕を上げたり曲げたりして着心地を確かめた。洗い替えも考えて、三人分三枚ずつ購入した。
ズボンに関しては好みだ。
オレは、ブラックデニムに伸縮性を持たせたタイトなズボンを履いている。動きやすく丈夫で気に入っている。トーマスも同じようなデニムパンツを好んで履いている。
エミリーは素足にこだわりがあるらしい。ショートパンツに脛当てというスタイルで、怪我をしても自分で回復すればいいという考えだ。冬はさすがに防寒するらしいけど。
買い出しが終わる頃には、陽が傾き始めていた。
ホテルに戻り、最後のサウナと風呂を楽しんだ後、目の前の酒場に入る。
「明日からはまた長い旅路だね」
トーマスはビールを一口飲み、そう呟いた。
次の目的地は『港町ルナポート』だ。
レトルコメルス最後の夕飯と、少しの酒で英気を養った。




