探偵トーマス
ユーゴがエマと連れ立って店を出ていくのを、僕はグラスを傾けながら見送った。その背中を見送るエマが、ふと黒服の男に何かを耳打ちし、口元だけで卑劣な笑みを浮かべたのを、僕は見逃さなかった。
これは危険な匂いがする。
そう思った瞬間、彼女はこちらを向き、僕と目が合った。まずい、警戒されたか。
「トーマス君? 何か考え事?」
隣に座るジェニーと名乗った女性が、甘い声で僕の顔を覗き込む。僕は平静を装い、グラスに残ったウイスキーを飲み干した。
「あぁ、いや、何でもないよ。連れが帰ってしまったからね。見ていただけ」
「そっか。トーマス君もAランクの狩猟者なんでしょ?」
「うん、そうだよ。もう一人、回復役の仲間もいるけどね」
「ユーゴ君と一緒で、三日くらいここにいるの?」
「そうだね、その予定だ」
するとジェニーは、僕の耳元に顔を近づけた。
(トーマス君の部屋に、行きたいな……)
おそらく、ユーゴもこう囁かれたに違いない。
けど、なんの脈絡もなく、部屋に行きたい、だと? この子は馬鹿なのだろうか。それとも、僕が馬鹿だとでも思っているのか。どちらにせよ、警戒しない方がおかしい。
さて、どうする。
僕達がAランクの狩猟者であることは確認済みだ。狙いは金か、あるいは武具か。どちらにせよ、ユーゴの父の形見であるあの刀だけは、絶対に奪わせる訳にはいかない。
すぐにホテルに戻り、正面で待ち伏せるか? いや、さっき目が合ったことで警戒されているなら、裏口から逃げられる可能性がある。裏口で待っていて、正面から堂々と出てこられたら意味がない。分からない。
……ならば、この子を泳がせて、奴らの拠点を特定するか。元締めがいるとすれば、この店からそう遠くはないはずだ。
「残念だけど、実はこの後、友人とカジノで待ち合わせをしてるんだ。ジェニーちゃん、道がよく分からないからそこまで案内してくれないかな? もちろん、デート代ははずむからさ」
「うん、いいよ! 行こっか」
話をしながら、ジェニーに腕を組まれて店を出る。組んだ腕に当たる大きな胸の感触に、男として嫌な気はしない。でも、今はそれどころじゃない。
「カジノはここだよ!」
「ありがとう、助かったよ。これ、お礼ね」
僕は懐から、割と多めの札束を手渡した。僕も楽しかったのは間違いない。そして、あれだけの額だ。一度、元締めの所に金を預けに戻るはずだ。
カジノに入ったふりをして、ジェニーの後をつけた。思った通り、彼女は繁華街の裏手にある立派な屋敷に入っていく。間違いない、あそこが拠点だ。
しばらく待っていると、彼女は再び客引きのために表通りへと向かった。僕はその建物を改めて確認する。
看板も何もないが、作りはどう見ても娼館だ。もしもの時は、ここに来ればいい。
ホテルに戻り、正面玄関が見えるロビーのソファで待ち伏せた。
しかし、エマは出てこない。もう既にホテルの中にいないか、裏口から出たか。あるいは、普通にユーゴと楽しんでいる可能性もゼロではない。部屋に突撃はできない。
仕方ない、拠点は押さえた。今はそれで十分だ。
部屋に戻り、軽くシャワーを浴びる。
一週間ぶりの清潔なベッドだ。旅の疲れと、張り詰めていた緊張の糸が切れ、深い眠りに落ちた。
◇◇◇
美味しい料理に美味しいお酒、そしてフカフカのベッドでの目覚め。素晴らしい朝だ。よく眠れた。
着替えて、ホテルの朝食を食べに行こう。少し早いが、ユーゴの事が心配だ。
フロントロビーを通りかかると、ユーゴとエミリーがソファに並んでうなだれていた。
「二人共……どうしたの……?」
「……全財産の三分の一、持っていかれちゃった……」
うん、エミリーは分かる。いつものことだ。
問題はユーゴだ。
「睡眠薬を盛られた……。目が覚めたら、手持ちの金が全部無くなっていた。いや、金はいい。……刀が無いんだ。父さんから譲り受けた、大事な刀が……。追うにも手掛かりが無い。父さんに、会わす顔がない……」
やっぱりか。
予感は当たった。裏口から出たんだろう。
「……おそらくだけど、場所は分かるよ」
「本当か!?」
「あぁ、案内する。まだ早朝だ。刀が売られているってことはないだろ」
そう言うと、ユーゴの落ち窪んでいた瞳に、みるみる怒りの炎が宿っていくのが分かった。
いや、ユーゴにも非はあるんだけど……それを今言うのは野暮だろう。
ホテルから少し歩き、昨晩確認した娼館へユーゴを案内する。
大きな屋敷の入口には、僕達より頭一つ分は大きい、屈強なスキンヘッドの男が仁王立ちしていた。ユーゴは一瞬たりとも歩を緩めず、そのまま男の前に立つ。




