襲い来るなら迎撃するか
俺を包囲している連中で俺に剣先を向けられた奴は怯えて後ずさる。
「もはや戻ることもできず進むこともできん。降伏するか、さもなくば死だ」
連中に恐怖が伝わっていく。
「お、俺は嫌だあ!」
叫びながら逃げようとする奴へ俺は小石を拾って投げつける。小石はその男の右足に当たって足が変な方向へ折れ曲がった。支えのなくなった男がぬかるみに倒れて呻く。
「逃げようとすればこうなる」
他の奴らはもう逃げようというそぶりすら見せなくなった。逃げることは許さない。逃げた結果そいつらが今後何をしでかすか判らないからな。俺の目が届く範囲で押さえておくか後顧の憂いをなくすかだ。
周りの連中とは別にデマッグが大きな戦斧を振り回して間合いを詰めてくる。
「脅しでデマッグ様が参るとでも思ったか」
さすがは集団の頭を張るだけのことはあるな。度胸だけなら他の奴と比べ物にならないか。
デマッグが戦斧を振り下ろすと地面を叩く。力ならそれなりのものだろう。土を落としながらゆっくりと斧を持ち上げる。
「どうだ、荒鷲の騎士団、三二番隊隊長デマッグ様の力は」
「地面は抵抗しないからな」
「なにを!」
勢いに任せて次々と振り下ろされる斧をまともに打ち合わず剣で軽くいなす。足元を狙った横薙ぎの払いはジャンプで避ける。
それでもデマッグは戦斧をやたらめったらに振り回す。
大振りの武器は軌道が分かりやすい。当たらなければどうということもない。間合いを取るだけでかすりもしなくなる。
「そろそろ終わりにするぞ」
俺は間合いの外から剣を構えると勢いよく袈裟斬りに振り下ろす。
「剣技、真世中一閃越」
俺の剣筋から斬撃が放たれてデマッグへ飛んでいく。
「しゃらくせぇっ!」
高い金属音がして俺の斬撃を戦斧で弾く。嘘だろ、そんなことできるのかよ。
「衝撃波をただの戦斧で払いのけるなんてな」
多少でも俺が驚いた様子を周りの連中は察知する。
「た、隊長、やっちまってくだせえ!」
「行けー隊長!」
しまった。連中が勢いづく。
「なんだ、その一撃でお終いか?」
デマッグが戦斧を構えながらにじり寄ってくる。
「ふむ、そう思わせたことが俺の失態だ」
俺は剣先をデマッグへ向けると、右足を一歩踏み出した。
「おおっと、そんな突きが届くかよ」
俺はくるりとデマッグに背を向ける。
「このデマッグ様をなめやがって」
背を向けた俺に向けて戦斧を振り下ろそうとする。
「シッ!」
俺は上半身をひねりその勢いで振り向きざまに連打で突きを叩き込む。デマッグの胸の真ん中にへこみができ、突きに合わせてだんだんとへこみが大きくなっていく。
「ふざけん……なろう!」
デマッグは言葉も満足に口にすることもなくそのまま仰向けに倒れていった。胸のへこんだ部分にはいくつもの痣が浮かぶ。
「剣技、死魔斑死魅突。これは突きの圧力で空気を振動させ相手にぶつける技だ。受けた相手はその勢いで斑紋が現れるがそれに気づくこともなく死に至る」
とは言ったものの本人は聴いていないか。
派手な音を立ててデマッグが仰向けに転がる。
「お前ら降伏しろ。逃げられると思うなよ」
周りの連中も俺に向かってこようとする奴はいなくなり、逃げようとしていた奴も足を止めていた。
これで一網打尽。村を襲うような連中が少しでも減るというものだ。
「さてそれはどうかな」
上空から声がする。
上?
俺が見上げるその空中に一人の男が浮いていた。
「お前、オズワルドか……」
五年前に死んだとされたフィアナの兄。オズワルド王子。
顔から何から包帯でぐるぐる巻きになっている姿は不気味でもあるが、上質の上着に金糸の刺繍が派手さを演出している。その上からビロードのマントを羽織っていて、確かに着ている物からしたら王子っぽいイメージがあるな。
「オズワルド……? ああそうだな、そうだ。俺様がオズワルド、シウバ国王の落胤の王子だ。貴様よく知っておったな、褒めてとらす」
改変前に根城で見たオズワルドと見た目は同じだが印象がまったく違う。姿勢や立ち居振る舞いからどす黒い悪意のようなものを感じる。逆にこれが奴の本性だというのか。
「砦が襲われたのでね、もしやと思ってこちらに転移してみればデマッグの奴がやられているではないか。奴もそれなりに剛の者かと思ったが、貴様のような流浪の剣士に倒されるようでは、その強さも見かけ倒しだったやもしれぬな」
ところどころに見える返り血。
「砦に行った連中はどうした」
「ふむ、どうしたとな?」
包帯に覆われているはずだが嫌らしい笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
「決まっておろう、全員返り討ちよ」
くっ。
これは失態、俺のミスだ。
砦の守りはオズワルドとその取り巻き程度、戦力は村の襲撃にほとんどを割いたと思っていた。グスタフやユカリがいれば他の傭兵や村の男たちでも砦の占拠はできるだろうと。
相手の人数配分は間違っていなかった。だが、戦力という点で言えばまったくの逆。
デマッグたち襲撃者全員よりも、この包帯男一人の力の方がもっと上だったということだ。
「やられたよ。俺が砦に行くべきだったな」
「言うねえ。貴様だったら俺様に勝てるとでも思っているのか?」
宙に浮かぶ男に向かって剣を構える。
「貴様は離れた相手に対しても攻撃できる術を持っているようだからな、少し間合いを取らせてもらうよ」
オズワルドはさらに高度を上げて俺から離れた。
「おいお前ら、それだけ人数がいるんだ。こいつ一人なんとかしてみせい」
周りの連中の空気が変わった。さっきまでの怯えた雰囲気が一変して俺への敵意むき出しになっている。兵というものは簡単なものだ。自分が有利になったと思えばかさにかかって押し寄せてくる。
「生かしておこうと思ったがそうもいかんか」
包囲の輪を狭めてくる連中。俺は正面の敵兵に向かって突進する。
「行けっ!」
「隊長の仇だ!」
口にする言葉は勇ましいがその表情はリンチを楽しもうとする下卑た笑いがこびりつく。
生活に困ってこのような略奪を繰り返すのかと思ってもみたが更生の余地はないのか。
「残念だ」
俺が一閃すると正面の兵の首が三つ飛んだ。
「次っ」
さらにその横の兵二人の上半身に大きな穴が開く。
「な、なんだこいつ、化け物か!」
力の差は歴然。俺はまだ疲労の色を見せない。そうなれば反応は分かりきったもの。
「お前行けよっ」
「だっ、そういうお前が行ったらいいだろ!」
これだ。
勝ち戦が見えたところで生き残りたいと思う気持ち。こんなところで死にたくないという思いがあからさまに出てくる。
「次に斬られたい奴は誰だ? どうした、俺は一人だぞ」
剣を振り抜くと血糊が地面に三日月の形を作る。
「ひいっ」
勝ちを意識した兵士は脆い。
倒せないとなると遠巻きに見る者や逃げ出そうとする奴も出てくる。もはや逃げようとする相手はそのまま放置するしかないか。
「ぎゃっ!」
俺への包囲を解こうとした奴数人に上空から光の矢が降りそそぐ。
「逃げてどうする。お前たちは捨て駒になってこそ価値が生まれるというものだ。その役割を放棄するのであれば今ここで死ね」
オズワルドから無数の矢が放たれる。その一つ一つが味方であるはずの兵の命を奪っていく。
「うわああ!」
兵士たちは進むも地獄、戻るも地獄。こうなれば俺の方へ向かって行かざるを得ない。
「オズワルド様に殺されるくらいなら!」
「奴を討って手柄にするぞ!」
俺に向かって攻撃するしかなくなった兵士たちは、勝ち戦とは思えない程の気迫を持って立ち向かってくる。
「だからといってやすやすと討ち取られやしないがな」
まさに剣舞。俺は手首のスナップを利かせて剣を振る。
その一太刀ごとに兵の首が飛ぶ。
「どうれ、残りの人数もそう多くないか」
さすがに息が上がってきた。倒したのは何人だろうか。剣はまだ折れていないがところどころ刃が欠けてきた。汗がとめどもなく流れてくるし手足が重たく感じて思うように動かせない。
「カケルっ!」
耳に馴染みのある声。
「フィアナここは危ない。下がっていなさい」
「何よあなたは私の保護者のつもり? こんなに派手な戦いをして気がつかないとでも思っているの」
気づかないと思っていた。
村からはそこそこ距離もあったしな、宿で寝ていたら気がつかなくて当然だと思っていたが。
「だが危ないことに変わりはない。ここは俺に任せて……」
フィアナが上空を見る。
「あれね。風の精霊に動きはないわ。だとすると空間の湾曲を使った呪法かもしれない」
「どうにかなりそうか」
「そうね、あの人を引きずり下ろすことは難しいけど、カケルを空に上げることはできるわ」
「そんなことができるのか」
俺に返事をすることもなく、フィアナは呪文を唱え始めた。
「風の精霊よ、かの者の脚に弾む場を設け、空への歩みを叶わせたまえ。圧空弾歩翔!」
フィアナが俺に近づいて俺の額に口づけをする。
「なっ、なにを」
「黙って」
正面から抱きつく形になったフィアナが俺の背中、肩甲骨の辺りをさすっていく。柔らかい胸の圧力が押し付けられると健全な男子は意識せざるを得ない。
背中がだんだん軽くなってきたような感覚が広がってきたと思った時。
「いでっ!」
フィアナが力いっぱい俺の足を踏みつけた。
「なにをっ」
「だから黙っててよ!」
フィアナの足がぐりぐりと動くたびに俺の足がもげそうになるくらい痛くなる。
「はい、終わり」
フィアナが俺の足から下りる。その途端足の裏になにか弾力のあるものがくっついたような感覚が生まれた。
一歩踏み出すとその分だけ空中に浮く。一歩、そしてまた一歩。
「なるほど、空気の階段みたいな感じだな」
「そうよ。風の精霊の力を借りて空中を歩くことができるの」
「そうかそれなら」
俺は足元を確かめると一気に空間を駆け上った。
「なにっ」
オズワルドの驚く顔が近くなる。
「待たせたな」
オズワルドは光の矢を放ってくるが俺は空中で方向転換して避ける。オズワルドの背後を取るとあらん限りの力で剣を叩きつけた。
「ぐふぉっ」
背中を強打したからか肺の空気を絞り出されて苦しそうに呻くオズワルドが落下して地上に激突する。衝撃の激しさを物語るかのように泥の塊が辺りに散らばった。
俺が空中から降りてくるとフィアナが手を伸ばして俺の着地をフォローしてくれる。
「手加減したつもりだったのだが、すまなかったな」
「どうして……カケルが謝るの?」
「いや、オズワルドはお前の……」
落下地点で人影が起き上がる。タフな奴め、気を失ったりしなかったか。
「よくもやってくれたな。その小娘の助力あってのこととはいえ侮ったわ」
泥まみれになったオズワルドが狂気を孕んだ視線を俺とフィアナへ向ける。
「だがそれもこれまでだな」
包帯の男は再度宙へ浮かぶ。
「フィアナ、さっきの術をもう一度できるか?」
「……」
振り返った俺の目にフィアナの水色の髪と対比する胸の赤い点が映った。
「ごめん、カケル……。さっきの」
流れ弾が、あの光の矢が、フィアナの胸を貫いていたのだ。
「くくくっ、こうなっては貴様も宙へは浮かべまい」
忌々しい包帯男の笑い声。
フィアナの胸の赤が広がっていく。口からも大量の血を吐き出す。
瞳が曇りゆっくりと前に倒れて膝を付く。
「あ……カ……あれは、兄様じゃ……な……」
「もういい、もう喋るな」
言葉も満足に発することができなくなったフィアナを抱きかかえた俺はその胸に手を当てる。
指の隙間から血がどんどんと溢れてきて俺の手を染めていく。
「貴様も小娘の後を追わせてやろう。大人しく朽ちるがよい」
俺の耳に届いた男の声は増幅されて俺の心音に似たうねりを頭の中で響かせた。
それは鐘の音に似た響きにも思えた。
俺の手の中にスマホがある。
更新しましたと、手にしたスマホの画面に表示されているテキストが目に入ってきた。
「屋上、か」
オズワルドと戦っていた夜の荒野ではなく昼休みの屋上に俺はいた。
いや、そもそもあいつがオズワルドかどうかフィアナの最後の言葉が気になる。兄王子であればフィアナのことは見知っていてもおかしくない。五年経ったからといって面影もなくなったわけではないだろう。
だとすると本物のオズワルドは五年前に事故で死んだのか、それとも別で行きているのか。あいつはいったい。
大きく息を吐き出す。
汗で手のひらがじっとりとしていた。
「授業、始まっちゃうな」
独り言を吐きつつ教室へ向かう。
俺の書いている小説とはいえ冒険をしている時は周りを好き勝手にコントロールできるわけではない。それどころか俺の知らないことまで起きる。
小説投稿サイトには俺の視点で物語が紡がれているし、その表現方法は俺の書いた文章の癖やニュアンスが含まれていた。それに俺が知らない単語や慣用句は一切使われていない。
俺が自分で書いている文章に違いない。
「それなら本当に自分の創った世界で冒険をしている気分を味わえているということなんだろうな。脚本は別にいるのかもしれないけど」
「なにが別なの?」
花澤がいきなり声をかけてきた。教室に戻った俺はつい考え事を口にしていたらしい。
それを聞かれたようだ。思いっきり恥ずかしい。
「な、なんでもない。ほら午後の授業始まるぞ」
「そんなの知ってるよー。でもまだ先生来てないしさ。もしかしてカケルの書いている小説の話?」
えっ、花澤も知っているのか俺が小説を書いているってこと。現実世界じゃ巡だけかと思っていた。でも巡だって俺のペンネームは知らないはず。花澤だったらなおさらだ。
「ち、ちげえよ、ゲームを作るアプリの話だよ。自分でゲーム作れたらそのゲームをプレイしてたらストーリーが解ってても楽しいのかなってさ」
「ふーん、そうなんだ」
納得いかなそうな表情だったが先生が入ってきたから話は終わりだ。丁度いいタイミングだったぜ先生。
教室に入ってきたのは数学教師の小津。
背の高い優男で女子の人気は上々なイケメンだ。
「さあ席に着け、授業を始めるぞ。教科書開けー。四五ページからやるぞー」
椅子に座る音、机の中から教科書を取り出す音。雑多な音に囲まれて俺の集中力は教科書の問題に向けられていった。
週刊みたいなペースになってしまい、楽しみにお待ちいただいた(かなり少ない珍しい)皆様には大変お待たせいたしました。
続けて読まれている方には、ああ投稿時にはそうだったのだなあ、と軽く思っていただければと。
なんだかんだ言っても連載を続けて、話を終わらせられるように頑張っていきます。
私の現実世界はそれなりに忙しいようですが、私の異世界もまた事件がいっぱいのようです。




