戻したら楽になった
巡に俺が吐いているところを見られたかもしれない。うわあ、だっせえ。意識したら今度は急に顔が熱くなってきた。
「ねえ大丈夫なの? なんだか顔色がよくないみたいだけど」
熱っぽく見えちゃっているのかな。恥ずかしくて赤くなっているだけなんだけど言えるわけないよな。
「あ、ああうん大丈夫だよ、気にすんな」
「なによその言い方。あんたが気持ち悪そうにゲーゲーやってるから心配してやったのにさー」
見られていた。これは恥ずかしい。
「頼んでねーよ、っていってえ!」
巡が俺の脛を蹴飛ばした。足を抱えて飛び跳ねる俺を巡が冷ややかに見つめる。
「それよりいいの?」
「なにがだよ」
「ケータイ」
「え?」
ケータイってスマホだよな。どういうこと……あ!
スマホが水飲み場に落ちていた。悲しくも蛇口の下にあるわけで流れる水の直撃を受けていたりする。
胸ポケットにしまっていたのがゲーゲーしている内に落ちたっぽい。その衝撃からだろうか電源が落ちていて画面は真っ暗だ。
「マジか、やべえ!」
急いで水飲み場から取り上げるとスマホから水が滴り落ちてくる。
「使う?」
「あ、助かる!」
巡の差し出すタオルを借りてスマホを拭く。こういう時は電源を入れないで乾かすことが重要だってテレビで言っていた気がする。でも乾いたかどうかなんてどこで判るんだ?
とにかく表面だけじゃなくてイヤホンや充電コネクタとかの接続部も丁寧に拭く。
縦に置くと水がジワジワ出てくる。これは本格的にヤバいぞ。
「大丈夫?」
「うーん、どうかは判らないけど家に帰ってから電源入れてみるよ。タオルごめんな濡らしちゃって」
「いいよいいよ、どうせ部活で使ってたから」
そう言われると少ししっとりしている部分もあったかも。くんかくんか。ふむ、なるほど。
「ほんとだ。ちょっと汗臭いな」
「ばかっ! 変態っ! 短小包茎っ!」
巡はタオルをひったくると俺の鳩尾に膝蹴りをかまして去っていった。
「ぐ、ぐふぉお……。いい蹴りを持っていやがるぜ」
一人になった俺の言葉が空しく廊下に響く。
スマホは水没して俺は膝蹴りを喰らう。まったくとんでもない日曜日だよ。
俺は校舎を出ると自転車に乗って家へ向かう。
途中で見たことのある後ろ姿に出くわす。
「カケルどうしたの」
花澤だ。買い物袋を提げているから夕飯の買い物かな。
中学になってから私服を見ることが少なくなったけど、少し長めのスカートにピンクがかった薄いカーディガンが女の子っぽい。
「ちょっとな。あれ、今日もカレーか?」
買い物袋から見えるジャガイモやニンジンで推理する。
「ブッブー。今日はホワイトシチューでーす。いつも多めに作るから食べにくる?」
「いや今日はいいや。スマホ水没させちゃってさ、家帰ってからドライヤーで乾かそうかと思ってて」
「えー、それは大変だねえ。でもドライヤーって駄目だって聞くよ?」
「マジでか! じゃあどうしたら」
「駅前のおっきい店あるでしょ、あそこのケータイコーナーでケータイ専用乾燥機あるっぽいよ」
「あー、そういえば聞いたことあるかも。じゃあちょっと駅前行ってくる!」
「気をつけてねー」
軽く手を振る花澤に挨拶して俺は駅に向かって自転車をこぐ。それで復活すれば助かるな。
駅まではちょっと時間がかかったけどこれもスマホのため小説のためだ。
自転車置き場に急いで停めると大型電気店に駆け込む。
一階にケータイコーナーがある。青いのやら赤いのやら白いのやら、いろいろな会社のブースがある。
俺は自分のキャリアのケータイコーナーの店員に話しかける。
「ああそれでしたら、こちらの乾燥機で乾かしますよ。そうですね、だいたい三〇分くらいで完了します」
「料金ってかかるんですか」
「乾燥機をお使いになられて、スマートフォンが復旧しましたらお代を頂戴します。復旧しなかった場合は頂きません」
そっか。今月は小遣いがピンチだけどこれこそ背に腹は代えられないってやつだ。
俺は店員にスマホを渡すと復活を祈りながら店内を散策する。
「あいつに礼をした方がいいかな」
俺はケータイのアクセサリーコーナーでストラップを見ていた。
「シリカブちゃん? なんだこりゃ」
蕪のキャラクターなんだけどハートマークを逆さまにしたような形。それがお尻っぽく見えるからシリカブちゃん、らしい。
俺はそのシリカブちゃんストラップを二つ選ぶとレジへ持っていった。
そうこうしている内に時間だな。乾燥具合はどうだろうか。ドキドキしながらケータイコーナーに戻る。
「お待たせいたしました。こちらが乾燥後のスマートフォンです。お確かめください」
カウンターに置かれたスマホは普段使っている状態と見た目は変わらない。
「電源、入れちゃっていいんですよね?」
「はい、ご確認ください」
そりゃそうだよな、確認しなきゃ代金支払うかどうかわからないんだから。
恐る恐る電源ボタンを長押しする。
「お、おお……」
軽快な起動音が鳴って画面にロゴが現れた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
マニュアル通りなのだろうが、それでも店員の一言が嬉しい。形式ばった挨拶だったがそれでもほっとした俺の顔に笑みが浮かぶ。
そう高くもない代金を支払って店を後にする。一時はどうなることかと思ったけど無事でなにより。
なんだかどっと疲れた。
日曜日はそれで終わってしまった。月曜になっても小説のことを気にかけることもなく気がつけば午前中の授業が終わろうとしていた。
今日はどうするかな。少し試したいことがある。
俺は午前中の授業が終わってから食堂へ向かった。
「やっぱりな」
小説サイトを見ると、そこには編集中の文字が。
「これで過去改変じゃなかった、改稿ができる」
俺は入力されていた文章の修正にかかった。
翌日、改めて昼休みに屋上へ行くと、俺の意識は斧と切り株亭の二階に飛ぶ。宿に使っている部屋だ。
夜、今日は何かよくないことが起こりそうなそんな緊張感が肌をひりつかせる。
今さっき信頼の種の秘術を受けたユカリとグスタフが部屋を出ていった。フィアナと二人きりになった俺はフィアナをベッドに乗せ自分は床の上で寝床を整える。
「雷雨は終わったか」
鳴っていた雷は静かになったが、やんだはずの雨のにおいがまだ残っていた。
「どうしたのカケル?」
フィアナはこれから起こるだろうことは当然知らない。
「こういう時は何かあるって相場が決まっているものだ。例えば武力集団の襲撃、とかな」
「まさかあ。ユカリたち以外にも私が王女だったということを利用しようとする人たちがいるとか」
「それはどうかな。単純に略奪かもしれないしそもそも確実に起こるとは限らないから」
ただ、なにも手を下さなければ確実に起こるとは思うが。
「この辺りは騒ぎもなくて、村も閉鎖的だけど静かなものでしょう」
「そうだな、なにもなければそれはそれでいいってものなんだが」
「だったらもう寝ましょう。屋根のある部屋で寝られるなんて久しぶりだもの」
フィアナは無邪気にベッドで寝られることを喜んでいた。
確かに王女だった頃を考えればベッドの天蓋どころか屋根もない場所で寝泊まりするなんてことが当たり前になるなんてな。環境の変化にも順応しているというのも頼もしいものだ。
「心配のし過ぎよ」
「そうかもな」
できたらフィアナにはこのまま休んでいてもらいたいものだが。
襲撃位置は判らないが狭い村だし周りは見通しのいい平原。その上襲撃者たちの根城の位置は判っている。
どうする。
攻め込まれる前に拠点を攻撃したいが根城まで一晩くらい歩いた距離だ。今からでは間に合わないだろう。
とすれば迎撃の一択。待ち伏せして撃退する。
「外に行くの?」
「少し気になることがあってな。首の後ろがちりちりするんだ」
本当はそんなのないけど。
俺は立ち上がって腰に剣を差す。
「少し散歩してから寝るよ。素振りでもして運動すれば疲れて寝つけるだろう」
「そう? なら私は先に休ませてもらうわね。鍵よろしく」
「ああ」
俺は部屋を出て鍵をかける。内側からなら開けられるものだ。何かあった時に閉じ込められる心配はない。
帯剣した俺が一階の酒場へ降りていく。
「あれ旦那、どうしたんですかい」
酒場にはグスタフの他にも身体中刀傷がある戦士や優男のようなレイピア使いなど、数人の傭兵や戦闘を生業としていそうな屈強な者たちが村の男たちと飲んでいた。
「なんだまだこんなところで油を売っていたのか」
「へへっ、旦那も酒ですかい?」
「いや。そうだな、今夜だけ仕事を頼みたいのだが」
「えー、これからですかい?」
そりゃあ一仕事終えてくつろいでいるところに仕事とはな。
「飲んでいるところ悪いな。別口で報酬は弾むぞ」
俺はテーブルに金貨の詰まった袋を置く。重たい音に酔っ払いたちの視線が集まる。
「なにをすればいいんで?」
俺は集まった男たちを見回す。
「なに、ちょっとした戦争だよ」
男たちの目が興味と期待に輝いた。
村のあちこちに松明を掛けると昼間のように明るくなる。まだ雨雲が低く垂れ込めていたため月明かりはないが人の作る灯りで周りがよく見えるものだ。
「おい、今日の村は楽勝だとか言ってたのは誰だよ」
「知るかっ。あんなに明るくしていやがって、前に調べた時はもっと寂れた村だったのによ」
「てめえの調べなんて信用できっかよ」
「んだと!」
「やんのか!」
「ええいやめんか! これから一働きしようって時に騒いでんじゃねえぞ」
「わ、わかりましたよデマッグ隊長」
村を遠目に見る丘に巨木が立っていた。村人がご神木として崇めていたとか聞いたな。
その丘が怪しいと思って来てみればこれだ。襲撃者の集団が目をギラギラさせて騒いでいやがる。その中でもひときわ目立つのは隊長と呼ばれていたデマッグ。戦斧を肩に担ぐポーズが特徴的とも言える。
「お、なんだにいちゃんこんなところでウロウロしやがって」
集団を観察していた俺を見つけた男が声をかける。
あえて見つかるようにしたのだが。
「嵐が過ぎ去って散歩でもしようとしたのだがな。また別の嵐が来たようだ」
「なに訳の分からねえことを言ってんだよ。とっとと失せねえと怪我じゃすまねえぞ」
男は抜き身の剣をちらつかせる。騒げ騒げ。そうすればだんだんと他の奴も俺に注目し始めるというものだ。
「デマッグがいるのだろう? 話ができるなら話で解決させたいのだが」
「デマッグ隊長を呼び捨てとは度胸あんな。だがてめえなんかが話できると思うなよ」
男が俺の肩を突き飛ばそうとして手を伸ばす。身体の向きを変えてそれを躱すと男は水たまりに突っ伏す形で派手に倒れた。
「てめえなにしやがる!」
雨上がりの泥にまみれた男が喚く。
「なにも。お前が勝手に転んだだけだろう」
「ふざけんなっ! 叩っ斬ってやるから大人しくしやがれ!」
男は興奮して立ち上がると俺に剣を向けて振り回す。そう言われて大人しくする奴もいないだろう。
「危ないな、怪我をするぞ」
俺は剣を抜かずに相手の剣を躱していく。足元がぬかるんでいるがこの程度なら男の剣を躱すことはそう難しいものでもない。
男は息を切らして俺を睨む。
仕方がないな。
「殺しはしない。が、骨の二、三本は折られても文句言うなよ」
俺は鞘ごと抜いて構える。
「ふざけやがって!」
振りかぶって襲ってくる男の左側へ身体をスライドさせる。足元の泥が跳ねて男の視界を塞ぐ。
「びゃっ!」
男が意味不明な叫び声をあげたところに剣の鞘を首筋へ叩き込むと白目をむいて倒れてしまった。
「やろう!」
「やっちまえ!」
他の奴らも一斉に襲ってくるがたいした腕じゃなさそうだ。剣筋も鈍いし動きももたもたしている。
ため息混じりに相手をしても余裕でいなせるくらいだ。
一人目の剣を横に払って叩き落とす。次の奴は突進してきたところに足払いをかけると盛大に転ぶ。その次は間合いを取ったつもりだろうが俺が一歩踏み込むと怯えて後ずさりしようとする。喉元に突きをくれてやるとあっという間に伸びてしまった。
「やめろやめろ、おめえらじゃあ歯が立たねえ!」
戦斧を肩に掛けた男が現れる。隊長のデマッグだ。
「俺に話があるってなぁてめえかよ若造」
「そうだ。単刀直入に言うとだな、まず今日の略奪はやめてもらおう。そして俺に降伏しろ、お前たちに戻るところはない。手薄になっているお前たちの根城を俺の傭兵たちが潰しに行っているのでな。そうしたらお前たちがかくまっている逃亡したオズワルド王子とも会えるというものだ」
「なっなんでオズワルド様のことを」
「さてな、それは極秘事項なのでな」
お前に聞いたとは言えないから仕方がない。
「けっ、そんな言葉に騙されると思っているのかよ」
「信じる信じないはお前たちの自由だ。だが結果は変わらん」
俺は鞘ごと振り回していた剣を腰に差し直すと改めて剣を抜いた。
「それとも俺とここで戦って全員討ち死にするかだな。どうだ好きな方を選べ。自分の命の使い方くらいは選ばせてやるぞ」
俺のことをぐるりと囲むようにしている連中たちに剣先を向けながらデマッグへ鋭い視線を送る。
亡命王子とその配下たちの後始末はどうなるのでしょうか。
彼らの今後は。
私も気になります。




