旗揚げの心意気
翌日、昼休みに俺は中庭で一人スマホをいじっていた。
中庭の花壇の脇。美化委員が花壇の水やりをする以外はひとけのない場所だ。
昼休みの時間帯だけ異世界にアクションができる。俺が転移して物語を進めるか投稿された内容を改稿できるかだが。屋上で一人になっている時は転移して物語が進んでいってそれ以外のシチュエーションでは転移をしないけど編集ができる。
土日は関係なさそうだった。
「それにだ、戻るにしてもどこまでやり直しするかだよな」
今までの物語を何度も読み返す。
オズワルドを名乗っていた包帯男はテレポートの能力を持っているらしい。だとすれば傭兵たちをアジトに攻め込ませるのは得策じゃなかったかもしれない。
「戦力分散が裏目に出たか。かといって俺が単独で砦に向かうというのも包帯男に逃げられては意味がない。うーん、迎撃には全員で当たった方がいいかもなあ」
スマホの画面に影がかかる。
「なにやってるのカケル」
見なくても声で判る。俺のスマホを覗き込むようにして立っていたのは花澤だ。ヘアスタイル以外は小説の中のフィアナにそっくりな容姿の俺の幼馴染み。いや、フィアナの方が花澤に似ていると言った方が正しいかな。
慌てない大人の俺はエマージェンシーモード発動で、保存ボタンを押してすぐにブラウザをバックグラウンドにする。そうすると裏で起動していたパズルゲームと入れ替わるというところだ。こうすればさも今までパズルゲームをやっていたかのように見えるわけだ。
「今いいところなんだよ、邪魔すんな」
「でもそこのボス火属性じゃ倒せないよ?」
「ほえ?」
しまった、言われて気がつく。
今日は水曜日だったから水属性イベントのボスだ。俺がアリバイ工作のために急いで組んだパーティは火属性で今日のボスは火属性攻撃無効のスキルを持っている。このパズルゲームをある程度やっている奴だったら常識レベルの話だ。
「お、おお。俺あんまり曜日クエしないから知らなかったぜ、そっかサンキューな」
こんなところでも焦りを見せない大人の反応で切り返す。そのつもりだ。うん。
「そっかあ。今日だと木属性が有利かな。それか雷攻撃だと光属性も効くかもね」
「え、光で効果的なのって闇じゃねえの?」
「闇はそうなんだけど水相手には雷系の攻撃を持っているキャラが強いんだよー」
へえそうなんだ、それは知らなかった。
「他にもそういう組み合わせってあるみたいよ。木は火に弱いけど他にも斧系の武器を持っているキャラとかね」
「木だから斧か。なるほどなあ、ドワーフ系のキャラも育ててみようかな」
「そうね明日の木曜ダンジョンは火属性か斧持ちならいいと思うよ。ドワーフ系って強いキャラいる?」
花澤が俺のゲーム画面を見る。
「案の定というか想定内というか、レベル高いのみんな女キャラだね」
「た、たまたまガチャで強いの引けたのがこれなんだよ」
「うん、そういうことにしておくね」
本当はよく使ってるからだ。仕方ない。
「じゃあ私の斧使いでそこそこ強いのあげるよ」
「いいのかよ」
「うん、高ランクのレアキャラゲットしたから今それ育ててるんだ」
「へー、こいつか。すげえな、星七つじゃないか」
「この子はあげませーん」
「へいへい。じゃあプレイヤーID教えてよ」
「えっとね、これ」
俺は花澤のステータス画面に表示されていたIDを俺のアプリに入力する。
ゲーム内のチャットルームを開いてそこに花澤のアバターを招待すると可愛らしいエルフの魔法使いがやってきた。
「花澤はエルフなんだ」
「うん。カケルはヒューマンの剣士だね」
「おう。剣が一番ファンタジーっぽくてかっこいいからな」
「えー、ファンタジーっていったら魔法でしょ? リアルには魔法って無いんだから」
「そりゃそうだけどさ。で、その斧使いってのは?」
「あ、えっとね……この子」
屈強な戦士。手には斧。
キャラの名前を見ると頑健な斧使いグスタフとあった。
「あれ、こいつ剣使いじゃなかったっけ」
「去年の傭兵イベントで配布していたやつだよ。一体目は限界突破完凸したから余っちゃってたんだけどね」
そうか。なんかキャラのイメージがかぶるなあ。
花澤が画面をタップすると俺のアプリにグスタフが送られてきた。
「これで明日の週クエは楽勝だね」
「ああ、サンキューな」
「超級でいいのがドロップしたら頂戴ね」
「へいへい」
グスタフを受け取ってゲームを終わらせると同時に昼休み終了のチャイムが鳴る。
「あーあ、昼休み終わっちゃったー」
「だな。早く教室行かないと、小津先生来ちゃうよな」
「大丈夫だよ、最近小津っち来るの遅いから」
「マジか、気がつかなかったよ」
どうでもいい会話をしながら俺たちは教室へ戻っていく。
しまった、ゲームの話ばかりして肝心な改稿ができなかった。
「やっぱりだめか」
更新しようとすると、お決まりのサーバーエラーが表示される。
ざっくりと消すところまでで精一杯だったけど仕方がない、明日からまたやり直すか。
「どうしたのよ」
「いいやなんでもない。斧使い助かったよ」
「いえいえどういたしまして」
廊下の向こうから小津が見えた。
「やべっ、急ぐぞ」
俺たちが駆け出して教室に入ろうとすると小津が声を上げる。
「おーい、廊下、走るなー」
俺たちは急ぎ足で教室へ入った。
そして次の日の昼休みになり、改めて俺は屋上へ向かう。
スマホを片手に屋上の扉を開けた。
ここは……村の宿屋か。
辺りはもう暗くなっている。
夜、今日は何かよくないことが起こりそうなそんな緊張感が肌をひりつかせる。
今さっき信頼の種の秘術を受けたユカリとグスタフが部屋を出ていった。フィアナと二人きりになった俺はフィアナをベッドに乗せ自分は床の上で寝床を整える。
「雷雨は終わったか」
鳴っていた雷は静かになったが、やんだはずの雨のにおいがまだ残っていた。
「どうしたのカケル?」
「少し手伝ってもらいたいことがあるんだが」
フィアナの顔が不思議と明るくなったように見える。
「空を飛ぶ、というか空を歩くような呪文はないだろうか」
「え、あるよ。よく知っているね、カケル剣士なのに」
少し前までは知らなかったけどな。
「それを使いたいんだが、いいか?」
「ふぁぃ!?」
どうしたんだ急に顔が真っ赤だぞ。
「そ、それ……今?」
「いやできたらもう少し後でなんだが、あ」
思い出した。この呪文は俺の額にキスをして俺に抱きつくようなことをするんだった。
意識したら途端に恥ずかしくなってくる。
それは確かに俺から催促したような感じだとばつが悪い。でも、フィアナは俺があの呪文を知っていることは知らないんだよな。
「それって必要なの……?」
必要かどうかといったらあの包帯男が出てくれば使う羽目になるんだろうな。出てこなければ使うことはないだろう。
「多分、使うことになるだろう。空を歩けないと勝つことは難しいが。いや無理にとは言わん。もしやりたくなければ構わんぞ、他の手段を考えるからな」
「でもカケルが私を頼りにしているなら……」
「そ、そうか。それだと助かるのだが」
「私も……じゃ、ない……」
なんだよく聞こえなかったが。
「ううん、いいの! じゃあ準備だけするわね。術の最後だけ止めておけばいつでも発動できるから」
意を決したのかフィアナが俺に近づいてくる。
どきどきしながらフィアナの顔を見ると、フィアナが緊張した面持ちで話しかけてきた。
「あの、さ。少し目を閉じてもらえるかな」
気恥ずかしそうに頼んでくる。
「あ、ああ」
それだけ答えて俺は目を閉じる。
「風の精霊よ、かの者の脚に弾む場を設け、空への歩みを叶わせたまえ。圧空弾歩翔」
朗々と紡がれるフィアナの呪文が部屋を満たす。
ふわりと背中に触れるフィアナの手の感触。
肩甲骨辺りをなでまわすような感じだ。
俺の正面にはフィアナの気配を感じない。感じないんだが背中にフィアナの両手が触れている。
「あの、フィアナさん」
「はいできた。これで後は最後の仕上げをすれば呪文が完成するわ」
「え、終わったのか?」
「そうよ。効果は半日続くから、使わなくても明日の昼になったら初めからやり直しだけどね」
あー、そうなんだ。
どうやらきちんとした儀式をすればこれだけの手順で済むらしい。
後は最後の仕上げとやらがどういうものかは判らないが。
まあ術が準備できたというのであればいいだろう。それなら他の支度にかかるとするか。
「急なことで悪いが、これからこの村は襲撃されることになる」
突拍子もないことだからだろう。フィアナは目を大きく開いて俺の次の言葉を待つ。
「そこでだ、ただ襲われるだけではこちらの被害も甚大だからな、迎え撃って退けようと思っている」
「そう。それで」
「下の連中に協力を仰ぐ」
俺は金貨の詰まった袋を持って下の酒場へと向かう。
簡単な身支度を整えたフィアナが俺に続く。
そこそこ騒がしい酒場では階段を下りた俺たちを気にする奴はいなかった。
「邪魔するぞ」
俺はグスタフを見つけると、奴が飲んでいるテーブルの空いた椅子に腰を掛ける。
「旦那、どうしたんでさ」
グスタフはさっきの信頼の種の秘術を気にしてか、首の後ろをさすっていた。
「早速だが頼みたいことがる」
俺は持ってきた袋をテーブルの上に置く。
金属音と重たそうな響きが一瞬酒場の空気を止める。
「丁度いい。他の連中にも今夜だけの仕事を頼みたい」
「これは例の仕事とは別ってことでいいんだよね?」
ユカリがそばへやってきて金貨の詰まった袋を親指で示す。
「そうだ。今夜この村が襲撃されるという情報を手に入れた。それが本当だとして撃退したい」
「旦那、なんででさ。旦那にとってはこのマルカの村は特に縁があるというわけでもねえでしょう。そんなんだったらあっしらに情報を売って旦那らはとんずらこいちまいやあ済んだことでしょうに」
「それは俺も考えた。だが俺はこれから国を興す男だ。そんな奴が目の前の苦難から逃げては民の信を得られまい」
とは言ったものの、これは俺の賭けでもある。
オズワルドが本物であれば今後必ずどこかで接触することになるだろう。
もしあの包帯男がオズワルド本人でなければ、あの程度のごろつき連中に後れを取るわけにはいかない。
いずれにしてもどこかで決着をつけることになるはずだ。
「お題目はたいしたものだねえ。あたしらは傭兵だから依頼があれば、まあ気に入ったら受けるけどね。あたしとグスタフはあんたに例のあれをやられちまってるからね、嫌とは言えないんだろうけどさ。他の連中はそれこそあんたには義理も恩義もないんだ」
ユカリが俺の目の前に歩み寄って睨みを利かせる。
「金だけで動かない奴もいるんだよ?」
おかしい。
やり直す前はもっと簡単に仕事を引き受けて襲撃者たちの砦へ攻め込んでいってくれたのに。こんなに突っかかることはなかったぞ。
「オズワルド」
俺は低いが通る声で呟いた。
「えっ」
「オズワルド。五年前事故で死んだとされているシウバ国王の王子だ」
「その王子がどうしたっていうのさ」
「その襲撃者たちの頭目がその名を騙っているという話だ。俺としても王家の者と接触をしてみたい気持ちはあるが、それが略奪者へ身をやつしていたとすればその非道を止めなくてはならない」
「だから旦那がなんでそこまで」
「俺の国になるからだ。くだらぬ内乱で疲弊し民の生活も困窮を極めておる。そんな帝国や王家などというものは俺がひとまとめにして喰らってやる」
王になりたいって思っていた程度だったけど、フィアナの時もそうだ。野盗が横行しているような国はまともじゃない。辺境とはいえ略奪者が平然と襲ってくるような国はおかしい。
俺の中で義憤にも似た熱いものが滾ってきた。
「このフィアナ・カナーシャ・シウバ、カケルに力添えをすると誓いましょう。王家の力を糾合するに必要であれば、この私のすべてをどのように使っても構いません」
フィアナが俺の横に歩み出でて高らかに宣言する。
旗揚げの時というのはこういう感じなのか。
高揚感が俺を、そしてこの場の空気を包んでいく。
「兄様の名を騙る者の真偽を見定めましょう」
フィアナが俺の手を強く握る。
「オズワルド様にフィアナ様。久しく聞いていなかったお名前でしたが」
村人の中からレイピアを吊るしたイケメンの戦士が近づいてきた。
「まさかこのようなところで耳にするとはおもいませんでしたよ。それに」
イケメンの戦士がフィアナの目の前で片膝を付く。
「私はオズボーン。荒鷲の騎士団、二番組組長を拝命していた者です。お久しぶりでございますな、フィアナ王女殿下」
片膝を付いたオズボーンの目から涙がこぼれた。
ちょっとここからスピードアップと現実と虚構の融合を考えてみたいと思っています。
読んでいただけると嬉しいです。




