連鎖7
「…………あれから、僕は君に復讐することだけを考えて生きてきた。死に物狂いでダイエットして、君が興味をひきそうな“イケメン”になったんだ」
「あ…………げぇ……」
鼻水と唾液で顔がベチャベチャになった芽衣から手を離す。
すると芽衣はヘナヘナと倒れこんだ。
「過去とは違う姿に君は全く気づかなかったねえ……ビフォーアフターは侮れないよ」
「……げへへっ………」
麻薬で完全にラリったのだろう。
もはや芽衣には伸也の声など聞こえておらず、ただ不気味に笑っているだけだった。
「君に近づき、頼みをきき、信用させてから仕留める……完璧に作戦通りだ。……おや、もう聞こえてないみたいだね」
冷ややかに芽衣を見下ろすと、伸也は芽衣の横を通りすぎてドアノブを掴んだ。
「……ひあああっ!! む、し! むかでが、ハチ、がっ! いやああああっ!!」
幻覚が始まったようであり、芽衣は悲鳴をあげながら手足をバタつかせている。
「……因果応報。これが僕の復讐で、君への裁きだ」
振り返ることなく冷酷に言い放つと、伸也は握っていたドアノブを回した。
ガチッガチッ
「…………えっ?」
ドアノブを回しても扉は開かない。
「何でだよ……鍵はかかってないのに」
ガチャガチャ
いくら回しても扉は開く気配がない。
「クソッ、立て付けでも悪いのか?」
苛立ちを露に伸也は、扉を押したり蹴ったりするがビクともしない。
その時――
ガツッ
背後から誰かが伸也の頭を押し、勢いよく伸也は顔を扉に打ち付けた。
「グギャッ」
潰れたカエルのような声を出しながら、伸也は顔を扉につけたままズルズルと崩れ落ち、膝をついた。
「いっ…………あああっ!!」
伸也は痛む顔を両手で覆った。
口内から鼻にかけて広がる鉄の味。
眼鏡ごとぶつけてしまったせいで、他の箇所より痛む目元。
鼻の穴から流れる温い液体の気持ち悪さ。
「ひっ、ぐぅ……」
痛みのあまり生理的な涙を流す伸也。
「いっ、たい、誰がっ……!」
鼻を押さえながら伸也は、自分を襲った人物へと振り向いた。
しゃがみこんでいる姿勢の為、まず視界に映ったのは漆黒の布から伸びている黒い足。
徐々に視線を上に上げていくと、漆黒のコートを身に纏った黒斗の顔が見えた。
「君は……確か、恵太郎の友達の…………月影くん!?」
思わぬ人物の登場に驚愕する伸也。
「き、君が僕を扉にぶつけたのか!? そもそも、何でココに!?」
矢継ぎ早に質問をするが、黒斗は何も答えずに伸也を見下ろしている。
誕生日パーティーで会った時とは違う、何の感情も込もっていない冷めた眼差しに、伸也の全身の毛が逆立った。
「…………何度目だ?」
「な、何がだい?」
平常を装うとするが、恐怖感から声が裏返る。
「女を騙して麻薬を混入したのは何度目だ?」
「っ……! どうして君がソレを知ってる!?」
「こちらの質問に答えてもらおうか」
無表情のまま答える黒斗の威圧感に圧され、伸也は素直に質問に答えた。
「……3回だ! 今日……このバカに盛って3回になった!」
床に転がって暴れる芽衣を指差しながら伸也が言うと、黒斗は黙って頷いた。
すると、黒斗の頭上に漆黒の穴が開き、そこに右手を入れてデスサイズを引っ張り出した。
「…………あっ…………」
黒いコートと巨大な鎌。
それらを身につけた黒斗の姿を見た伸也は確信した。
彼こそが、世間を騒がせている“死神”なのだと――
「……死神は君だったのか…………君が、僕の弟を襲ったのか……!」
恐怖を怒りに変えた伸也は黒斗を睨み付けた。
顔中の痛みを堪えながら立ち上がり、黒斗の胸ぐらを掴む。
「どうして恵太郎を、あんな酷いめに合わせたんだっ!! お前のせいで弟は……どれだけ苦しんだと……!」
「……俺だって誰彼構わずに襲ってる訳じゃない。お前の弟は罪を繰り返していた。だから裁きを下しただけのこと」
「恵太郎が……罪を繰り返していただって?」
目を丸くする伸也。
───そんなバカな。
───恵太郎は確かに意地が悪い一面はあるが、罪を犯すだなんて。
混乱する伸也の手を振り払うと、黒斗は淡々と恵太郎の犯した罪について語りだした。
「お前の弟は3回、おやじ狩りをしていた。弱い相手に暴力を奮い、なけなしの金を強奪した。中には、奴に金を奪われたせいで一家心中した者もいたな」
「そ、そんな……」
自分が人としての道を踏み外したからこそ、弟には真っ当に生きてほしいと願っていた。
それなのに。
弟のせいで人生を狂わされ、家族と共に命を絶った者が居る。
手を下していないだけで、弟が殺したも同然じゃないか。
「……恵太郎……お前はバカだ。兄弟揃って罪人だなんて……母さんや父さんにどんな顔をすればいいんだよ……」
ショックのあまり、涙を流す伸也。
「……弟を思いやる気持ちが本物でも、お前が人を騙して死に至らせた事実は変わらない」
黙って伸也を見つめていた黒斗が口を開き、デスサイズの切っ先を伸也の顔に向けた。
「…………お前はやりすぎた。犯した罪に対する罰を受けてもらう」
刃を向けられても伸也は動揺した様子を見せない。
それどころか、強い意思を秘めた眼差しで黒斗を睨み付けてくる。
「……殺されてたまるものか。僕は帰るんだ……恵太郎の元に……アイツは罪を抱えている……僕が、僕が支えてやらないといけない……!」
「……………………」
何も言わない黒斗。
「……ウワアアアアアアッ!!」
伸也は叫びだし、鎌を避けて黒斗の首をガッシリと掴んだ。
彼の爪が首の皮膚に強く食い込み、微量ではあるが血が流れ出す。
尋常ではない握力は、火事場の馬鹿力によるものか。
「…………これが、人間の足掻きか……だが……俺は自分の信念を曲げる気は無い」
ポツリと呟くと、黒斗はデスサイズを持つ手を伸ばして刃を自身と伸也に向けた――
******
一方
竹長家にて
ピンポーン
ピンポーン
「……う~。もう、誰ようるさいわねえ……」
グッスリと眠っていた恵太郎と伸也の母親を、何度も鳴り響くインターホンの音が現実に引き戻した。
ちなみに父親はやかましいイビキをしながら熟睡しているままだ。
顔に白いパックを付けたまま、母親はベッドから降りて寝室を出た。
「……は~い、どなたあ?」
相手が誰かも確認せずに母親は玄関を開けた。
寝惚けていたのもあるが、もともと警戒心が薄く、防犯対策にアバウトな所があるが故の行動である。
玄関を開けるなり、母親の目の前に何かが突き出された。
「……ん?」
突き出されたのが、人間の手のひらだと認識すると同時に彼女の身体が吹き飛んだ。
ガッシャアアアン
激しい衝撃音が鳴り響き、恵太郎と父親が飛び起きた。
「い、いったい何事だ!?」
先に音の出所に辿り着いたのは父親。
音がした玄関に向かった彼は信じられないものを目の当たりにした。
「……なっ…………何なんだコレは!!」
バラバラに飛び散っている扉の破片、壊れた家具の数々、そして全身血だらけでうつ伏せに倒れている妻と、ベッタリと血がついた壁。
「おい、しっかりしろっ!」
妻を抱き起こして声をかけるが、既に彼女は息絶えており、顔はグチャグチャに潰れていて面影もない。
「…………お前も邪魔だよ」
背後から声が聞こえて振り向くと同時に、顔を鷲掴みにされる。
「死ね」
顔を掴む力が増すと、父親の首は背中方面に血を噴き出しながら曲がった。
謎の人物が手を離すと、父親の巨体はドタリと倒れた。
「……さて、と」
2人を殺した、茶色い髪の青年――大神は階段を見やると、そちらに向かって歩き出した。
途中にあった母親の遺体を躊躇なく踏みつけながら、大神は階段を目指して進んでいく。
「だっ……誰だお前はっ!?」
階段の上から、松葉杖をついた恵太郎が驚きの声をあげた。
ちなみに、恵太郎からは両親2人の死体は見えていない。
「……君が、竹長 恵太郎だね?」
ニッコリと笑う大神。
一方、恵太郎は得体の知れない大神に怯えて、逃げようとする。
「逃げることないよ、僕は君に危害を加えるつもりは無いからさ」
だか松葉杖を使っている為に動きが遅く、簡単に追い付かれてしまった。
「僕は教えに来たんだよ。君のお兄さんが、君の友達……月影 黒斗に殺されかけていることを」
兄と黒斗の名を聞いて、恵太郎の顔色が変わる。
「……月影が……兄ちゃんを殺す……? ……バカなこと言うなよっ! 何で、月影が兄ちゃんを殺さなくちゃいけねえんだよ!」
「月影 黒斗こそが“死神”だからさ」
淀みなく答えられた大神の言葉に、恵太郎は今度こそ言葉を失った。
───月影が死神?
───つまり、俺の右足を切り取ったのは月影?
───そして、今度は兄ちゃんまでも殺そうとしている?
友人が死神であると聞かされて、恵太郎は首を振る。
「いい加減なことを言うなよ! 月影が死神だあ? そんな……そんな訳……!!」
「……見れば分かるよ」
言い終えるや否や、大神は恵太郎の額に人指し指を当てた。
「……っ!?」
激しい頭痛に襲われて、目を瞑る恵太郎。
やがて、彼の脳裏にフラッシュバックのような映像が映った。
“あ…………ぐぅ…………”
苦しそうに呻くのは、背中に鎌が突き刺さっている伸也。
刺されていてもなお、伸也は目の前にいる人物――黒斗の首を絞めている。
“……まだ、そんな力が残っているのか”
冷たく言い放つ黒斗にも鎌は突き刺されていた。
黒斗の持つ鎌は伸也と黒斗、両者を串刺しにしていたのだ。
“……げはっ”
口から血を出す伸也だが、黒斗は全く苦しむ様子も痛がる素振りもない。
“……そろそろ終わりにしようか”
「……はっ!?」
映像はここで終わった。
「……ハアッ…………ハァー……!」
恐ろしい一場面を見てしまった恵太郎の呼吸が荒くなる。
───信じられない!
───信じたくない!
───だけど、そこに映っていたのは――
「……月影……だった。アイツ、自分ごと兄ちゃんを鎌でブッ刺してた……!」
ガタガタと震えだす恵太郎。
「……アイツ、自分で俺のことを襲ったくせに素知らぬ顔して、いつも通りに振る舞っていたのか……そして……今度は……兄ちゃんを殺したっ!!」
死神の恐ろしさを身をもって知っている恵太郎は兄の死を悟り、その場に尻餅をついた。
「チクショウ!! チクショウ!! 何なんだよ……アイツ、俺達兄弟に何の恨みがあるってんだ!! 兄ちゃん……兄ちゃんまで殺しやがって!!」
恵太郎は絶叫し、拳で床を叩きつけた。
「兄ちゃん……兄ちゃんっ!! ウワアアアアアアッ!!」
皮膚が割れたのか、拳から血が流れてきたが恵太郎には どうでもよかった。
兄を殺される怒りと悲しみ。
それだけが心を支配していたのだから。
「……死神が憎いか?」
不意に口を開いた大神の言葉に、恵太郎は拳を止めて頷いた。
「……憎いっ!! 憎い憎い憎い憎い!! 殺してやりたいほど憎い!!」
涙を流しながら、そう叫ぶ恵太郎の手を大神がとった。
「僕に ついてくるといい。君が彼に復讐出来るよう、手伝ってあげるから」
その言葉に恵太郎は顔を上げて大神を見た。
「……本当か?」
コクリと頷く大神。
「…………いいだろう……行ってやるよ! アイツに……月影に復讐できるなら、悪魔にだって死神にだって魂を売ってやる……!!」
憎悪を秘めた目をしながら言いきった恵太郎に、大神は満足そうに何度も頷いた――