連鎖8
ラブホテルの一室にて――
「あ…………ぐぅ…………」
伸也の背中から胸を貫通しているデスサイズの刃。
刃が貫いている傷口からは赤い染みがジワジワと広がり、強い熱を帯びている。
「……げはっ」
吐血する伸也。
痛みのあまり悲鳴をあげそうになるが、ソレを堪えて黒斗の首を絞め続けている。
「……まだ、そんな力が残っているのか」
鋭く長い切っ先は伸也の胸を貫き、そこから更に黒斗の胸を貫通している。
首は絞められ串刺しにされているというのに、黒斗が痛みに苦しむ様子はない。
「このっ……化け物、め……! だが……僕は、死なん……!」
敵わないと分かっていても抗うのは、罪人である弟を1人にする訳にはいかないという思いからだ。
復讐を終えた伸也の生きる意味は弟だけ。
恵太郎が生まれた時から側に居て、支えて、両親よりも世話をしてきたと自負している。
ずっと共に生きていこうと――だから罪がバレないように入念に作戦を練って復讐を果たしたというのに。
殺されては意味が無い。
「……そろそろ終わりにしようか」
「なん…………」
ズジャアッ
「ぐああああああああっ!!」
伸也が言葉を紡ぐ前に、貫通していた刃が一気に引き抜かれた。
黒斗と伸也、2人の傷口から大量の血が噴き出て床や壁に飛沫が飛び散り、部屋を赤く塗り替えていく。
「があっ…………」
フラフラと後ずさり、膝から崩れ落ちそうになるが歯を食い縛って堪える。
「……やめておけ。お前は俺に勝てない……それ以上足掻いても哀れなだけだ」
そう呟く黒斗の首や胸の傷はみるみる内に塞がり、飛び散った血飛沫も彼の血液だけが消え去った。
「……チックショウ…………チクショウ……」
伸也の目から涙が流れ出した。
「……何で、僕がこんなめに…………僕はただ、人間の屑を片付けただけじゃないか! 他の無意味な殺人を犯す愚かな犯罪者とは違うっ……!」
「……………………」
血と唾を飛ばしながら紡がれる伸也の言葉を黙って聞く黒斗。
──見苦しくても何でも良い。
──この死神に、僕のことを殺すほどの罪人じゃないと思ってもらえれば良い。
死ぬ訳にはいかないという一心から伸也は犯行の正当性を訴えた。
罪人であることに変わりはなくとも、命があればいいのだ。
「この女はっ、自分が良ければ……自分が楽しければ他人がどうなってもいいと考えてる屑だ! 僕だけじゃなく、親しい友人だって己の利益の為に犠牲にした!」
未だに幻覚に苦しみ、無様な格好で暴れる芽衣を睨みながら言葉を続ける。
「自分の為に関係のない人間を騙して破滅させる! こんな女、死んだ方が世の中の為だろ!!」
「それはお前も同じだろう」
低い声音に伸也の肩がビクつく。
「お前も、復讐の為に関係のない人間を騙して犠牲にしてきた…………この女と一緒じゃないか」
「……僕が……? コイツと同じ……?」
“同じ”という言葉に、伸也は胸焼けに似た嫌な感覚を覚えた。
「……同じ、じゃない……! こんな、他人を何とも思っていない女と僕が一緒な訳ない! 僕はコイツと違って、人を大切に出来る、家族を愛することが出来るんだ!!」
首を振って否定する伸也。
だが、黒斗は彼を哀れむような眼差しで見つめている。
「……小野寺と山根を死に至らしめた時、お前は少しでも罪の意識を感じたのか?」
「っ……!」
───僕は人生を狂わされた哀れな男、アイツは人間の屑。
───これも復讐の為なんだ、仕方ないんだ。
───そう思っていただけで、彼女達に罪悪感など抱いてはいなかった。
───同じ?
───僕もアイツと同じで、他人の犠牲を厭わない屑――
「……ちがああああうっ!! 僕はアイツと違ってマトモな人間だ! 自分のやっていることが間違ってるという認識が、ちゃんとある!」
「間違ってるという認識があっても、お前は他人を死なせることに良心の呵責も無かった……十分狂っている」
「黙れえええぇぇ!!」
伸也は残された力を振り絞って黒斗に向かって走り出し、彼のデスサイズを奪い取った。
「っ!?」
だが、デスサイズを手に持った瞬間に伸也の腕が強い重力によって下に引っ張られる。
「がっ…………な、んだコレ…………!」
尋常ではない重さのデスサイズは床についたままピクリとも動かない。
必死に持ち上げて構えようとしてもデスサイズは動かず、代わりに汗と傷口から血がドクドクと流れるだけだ。
そんな伸也の頭を黒斗は鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。
「グ、ギィ……!」
「ソレは死神だけの……いや、俺だけのデスサイズだ。持ち主以外は使いこなせない」
黒斗は鋭い目付きで伸也を見上げた後、彼をベッドに向かって放り投げる。
伸也はデスサイズを持ったまま宙に投げ出され、ベッドに落下した。
ミシッ
ザク
「ぎぃああああああっ!!」
ベッドが軋む音とマットが破れる音が伸也の悲鳴と重なった。
彼が投げ出されたのは細い針金のようなボンネルタイプのスプリングベッド。
勢いよくベッドに身体が落ちたこととデスサイズの重みも合間って、スプリングの先端が飛び出し伸也の身体に刺さったのだ。
身動きがとれない伸也へ、黒斗はゆっくり歩み寄る。
「……弟が大切だったなら、お前は復讐なんかするべきじゃなかった」
「……………………」
もはや口も利けない伸也。
ベッドの上に転がるデスサイズを手に取り、構える。
「…………簡単に狂ってしまうのも、人間の性か」
瞳が赤く輝くと、黒斗は伸也へデスサイズを降り下ろした。
(…………恵太郎…………ダメな兄ちゃんで、ゴメンな)
グワシャッ
鮮血が、噴水のように噴き出した。
「……………………」
顔や身体に付着した返り血を拭うこともせず、黒斗は伸也の亡骸を見下ろしている。
伸也の身体は血に濡れているというのに、傷口は一切無かった。
「あー、あー、くましゃん、こあいよお」
未だに幻覚を見続けている芽衣は、倒れたまま痙攣を繰り返していた。
口からは泡が出て、焦点も定まっていない。
(……もう長くないな)
芽衣の死期を悟った黒斗は彼女を放置して黒いゲートを開き、その場を後にしようとする。
グチャッ
何かが潰れるような音が聴こえて、足を止め振り返る。
「…………お前は…………大神……!」
そこに居たのは、芽衣の頭を握り潰している大神。
黒斗が驚いた様子を見せると、大神は微笑し、芽衣の頭から手を離した。
グッタリと倒れこむ芽衣の遺体。
黒斗は瞬時にデスサイズを取り出すと、素早い動きで大神に向けた。
「…………何故、ここに? ……いや、それ以上に……その気配は何だ?」
「……………………」
大神は、やはり何も答えない。
今の大神は、いつもと違う“気”を纏っていた。
人間ではない死神の“気”を。
そして、その“気”は有理に死を唆した死神と同じだった。
「……今まで上手に人間の気を作っていたのか? 大した演技力だな」
「演技などしていない。人間の気も僕自身の持つ物だ」
「何?」
この男は人間の気と謎の気――2つも持ち合わせているというのか。
疑問ばかりが黒斗の脳裏に浮かぶ。
そんな彼の考えを見透かしたように大神は嘲笑を浮かべた。
「フフッ……僕の正体が分からないようだね。まあ仕方ないか、君のような“出来損ない”の死神じゃあねえ」
“出来損ない”という言葉を聞いた黒斗の顔が強張った。
「おや、お怒りのようだな。言い方が悪かったか? “失敗作”と呼んだ方が良かったかい?」
「黙れ!!」
怒りを露に大神を怒鳴りつける黒斗。
「相変わらず血の気が多いね……死神らしくない」
黒斗の殺気など気にもせず、大神は飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。
「まあ、気の毒だからヒントをあげるよ。僕は人間であって人間じゃない。死神であって死神じゃない。普段、力を使っていない時は人間の気が出てるんだけど、力を使っている時は死神の気になるんだ」
「……人でも死神でも無く、そのどちらでもあるだと…………? どういうことだ」
「ヒントはここまで。後は君が答えを見つければいいさ」
大袈裟に肩をすくめる大神。
「あ、忘れないうちに用件を伝えておくよ。竹長 恵太郎くん……彼は僕が引き取ったよ」
「……引き取っただと……?」
「彼は全てを知った。君が死神であること、君が兄を殺したこと……全てを知ったうえで、彼は君に復讐する道を選んだんだ」
大神の言葉に黒斗は目を見開いた。
「…………貴様……性懲りも無く、また人間の心を操ったのか!」
柄を持つ手に力がこもる。
「人聞きが悪いな。僕は彼に全てを教えただけで、復讐の道を選んだのは彼自身だ」
「…………」
それを聞いた黒斗は、大神に向けていたデスサイズの切っ先を降ろした。
無表情を装っていたが、その唇は悔しげに噛み締められていた。
「……復讐を遂げたとしても、失ったものは戻らない。その先にあるのは破滅か、更なる復讐……負の連鎖だけだ。なのに……何故、人間は復讐を止めない…………」
「……君も言っていただろ? これが人間の醜さで悲しい性なんだよ。それに……」
一息ついてから大神は口を開いた。
「君だって、罪人に復讐しているじゃないか」
「……!」
黒斗の真っ赤な瞳が揺れ動く。
「君の罪人達への復讐が、新たに恵太郎くんの復讐を呼んだ…………これは君が作り出した負の連鎖だ」
「…………違う。俺がやっていることは復讐じゃない……罪人が憎くて断罪を繰り返しているんじゃない……ただ自分の“信念”を貫いているだけだ」
“黒ちゃん”
黒斗の脳裏に優しい笑みを浮かべる老婆の姿が浮かんだ。
彼女を思いながら、黒斗は真っ直ぐに大神を見つめる。
「…………はいはい。まあ、君のやっていることが復讐だろうが信念だろうが……快感の為だろうが、どうだっていいけどな」
本当に興味が無さそうに大神が呟いた。
「とりあえず用件は伝えたよ。恵太郎くんは僕が責任もって、君と対等に渡り合えるように鍛えておくから楽しみにしておくんだね」
大神はニヤリと笑い、黒いゲートを潜って姿を消した。
「……………………」
後に残された黒斗は彼が消えた場所を見つめ続けている。
(…………いいだろう。竹長が復讐しにくると言うなら、俺がキチンと負の連鎖を断ち切ってやる)
いずれ訪れる恵太郎との対峙を思い、黒斗はデスサイズを強く握り締めるのだった。




