「なに、やがて万象万理に至り変わり行くのがこの世の常」
22回投稿です。ずるずると更新しておりますがちょっとずつイベントも進行していきます。楽しんでいただければ幸いです。
「ン…」
街に入り、少しすると耐えかねた様にアルタは通りの生垣の煉瓦に腰掛けた。
コルタクもそれに倣い、ハーブティを差し出す。
「大丈夫ですか?」
「ええ、とは言い難いですが、予想はしていたので」
彼が言うには、この街カンセドの結界は人間とプレイヤー以外に対し不快感を感じさせると言った物で、小鬼族である彼も、やはりその結界の影響を受けている、らしい。
門番の横を何事も無く通り過ぎたアルタだったが、街への侵入を達成すると、気が抜け抑えていた不快感がせりあがってきたのだろう。
鼻を清らかに通る薬茶で不快感を押し流したアルタは、残滓を吐き出す様に息を吐いた。
靄を掃う様に頭を振って立ち上がった彼は、小さく背中に手を当て伸びをする。
「まあ、覚悟していた程では無いですから」
心配するな、とコルタクに笑いかける笑みはそれでも苦味を残している。
とはいえ、コルタクにはどうしようも無いので立ち上がり了承の意を返すとギルドの方へ足を向けた。
ギルドは中々に盛況していた。
壁一面の依頼掲示板の前には三・四十程がそれぞれに依頼を吟味している。その様子をアルタは興味深げに、認識疎外のフードに隠れて表情は見えないのだが、見ている。
「メニューと言う物を使用している方といない方がいるんですね」
疲れの感じられる声を少し浮つかせたアルタにコルタクは苦笑する。
まるで登山途中の子供の様だ、とコルタクはそのフードに隠れた好奇心に輝いているだろう眼を思う。
とはいえ、子供がいる訳でも無く想像でしかない情景を頭の隅に追いやりながら、同じようにプレイヤー達を眺める。
「そうですね、掲示板の前でメニュー表示させれば、手間は少なくて済みますけど、雰囲気を楽しみたいって人は紙を取る方法で受付してますね」
「雰囲気、ですか」
分かった様な、分からない様な、曖昧な返事をしたアルタは、コルタクにどっちの人間かを問う。
「僕は紙を取る派ですね。ロマンは大事ですから」
高い場所だと梯子使わなくちゃいけないから大変なんですよね。と冗談めかして言うと、それに釣られてアルタは笑った。
「えーっと、どこだったかな?」
コルタクは目当ての依頼書、学術ギルドからの小鬼についての情報提供依頼を探す。
なにせ流し見していた最中に少し目に入った程度の認識だったので、張り紙の詳しい位置までは覚えていない。
これだと受付の女性に聞いた方が早いだろうかと、そちらを見ると幸い誰も受付で受領要請をしていなかった。
今しかない、と自力で探すのを諦め受付へ向かおうとしたコルタクだが、服の袖を引っ張られその動きを半強制的に止められた。
「えっと、なんですアルタさん?」
革鎧は全身を覆うものではないので、鎧の下にシャツを着ているのだが、それの端を掴んでいるアルタは、今しかない、と見えない視線で語り言った。
「メニューを使っては頂けないでしょうか」
その言葉にコルタクは、ああ、と小さく言った。
メニューから依頼掲示板を開けばそこにある全ての依頼を見ることが出来る。検索機能は無いがそれでも十分探しやすいだろう。
明らかに好奇心が先立っているアルタに無意味なお預けをする事もなく、他者からは見えないようにする設定を解除してしゃがみこんだ。
宙に浮いて指先に反応する半透明な画面をコルタクの横から覗きこむアルタに苦笑しながら、小鬼の文字を探す。
膨大な数の依頼の羅列を画面をスクロールさせながら見ていく。二つ三つ、小鬼の文字を見つけて、しかし外れを引いた後、漸くその依頼を見つけた。
「小鬼の情報求む、報酬は、それも情報?またおかしな依頼だな」
そのおかしな依頼を請けようとするコルタクもおかしいと言うことになってしまうのだが、そんな事には気づかずコルタクはその依頼をタップすると腰を上げた。
現実世界だとしゃがみこんで立つ、というスクワットじみた動きでも疲れが生じるのに、此方だと軽くこなせる、と言うことに少しの哀愁を覚える。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ、運動は大事だなあ、と」
「はあ…そうですか…?」
現実より少し細く締まった体を動かし、今度こそ受付へ向かう。メニューから依頼を選択しても受付で受領許可を受けなくてはいけない。
「どうも、ルリさん」
「あら、コルさんいらっしゃい。今日は何の依頼?って珍しいわね、メニュー受領だなんて」
「あー、ハハ、たまにはと思って」
アルタについては極力話題にしたく無いので、そう言うことにしておく。
特に気にした様子もなく、受付の顔馴染みになっている女性は、メニューを操作し依頼の受領許可を下ろした。
「無事、依頼は請けられましたね」
「ええ、其にしても彼女はなぜプレイヤーの能力である筈のメニューを使えるのでしょうか。それを可能にする門外秘の装備でもあるんでしょうか」
本来の目的を、それにしても、で片付けたアルタは名残惜しそうにギルドを振り返る。きっと学術ギルドに依頼主がいると伝えられていないなら、恐らくは機密であろう、職員のメニュー操作について詰問し出したかもしれない。
コルタクはどうにもギルドに戻る事はないだろうか、と半ば諦めながら期待している目線を感じながらも飄々とした笑顔で無視し、学術ギルドへ向かう。
相手方にも連絡が行っているのだ。余り待たせてはいけない。
とコルタクは、表示したマップを頼りに学術ギルドへ向かう。既にメニュー画面はコルタク以外に見えないよう設定した。
画面を見えるようにしていると人が多いときに視界を遮ってしまうこともあるので暗黙の了解、ラスタン内のマナーになっている。
「そういえば、アルタさん学識が高そうですけど、どこで学んだんですか?
失礼ながら小鬼族にそんな印象がなくて」
アルタはそれに少し笑うと首を横に振るう。
「いえ実際、小鬼の大部分は学術に興味は無いですから。私は視界に、自分の視界だけに、映る文字が何なのかと興味を持ったからで、それが無ければ、今頃他の同族と同じように武器を振るっていたのでしょう。
私は同族の同じような境遇の者と接し、学を深めていました。街に入ったことのある者もいましたし、人間の友を持った者もいました」
「イロノアの街、ですか?」
小鬼の本拠地がイロノア周辺と聞いたことがある。
が、アルタはコルタクの言葉に再び否定を返した。
「私達はイロノアの鉱山の地下深く、発光植物の照らす街、グランディア。その周辺にある地下森林に居を構えています」
「言って良いんですか?」
「なに、やがて万象万理に至り変わり行くのがこの世の常」
曖昧に答えたアルタとコルタクの視線の先に、白く塗られた屋敷が建っていた。
この世界の歴史や文化、技術を研究する者の集まる場所、学術ギルド。
アルタは、その前で足を止めそれを見上げた。
「小鬼族も変わり果て行く万象か」
コルタクはその言葉を諮る事は出来なかったが、それでも秘められた決意だけはハッキリと知ることができた。
一歩、アルタは学術ギルドの門へと迷いなき足取りで歩き出す。




