17話おかしな先輩
そしてイクト高校3年目の春
「ほこりかぶってる・・・・。」
2年ぶりに訪れた「レーシングSIM部 」持ち込んでいたステアリングコントローラーとPCは誰も触らなかったことがわかる状態で残っていた。
お、神じゃーん。ようやく部室に来たのか」
「すみません……色々忙しくて」
「うん、知ってる。最近じゃ、こっちが工場に見学に行く方が多かったもんな」
「……神?」
新入生が、先輩と僕を交互に見た。
「うちの高校ってビジュアル系軽音楽部と男子女装部があるじゃん?
まず女装部が崇拝してた地ある写真屋に飾られていた少年時代の神が衝撃的でなんやかんやあって崇拝してる人たちが集まって出来たのが女装部んで何やかんやあってその少年が彼だって言うのが割れて、無理矢理女装させられて生まれたのがビジュアル系バンド黒薔薇。
そこで校内のたくさんの部活が手を取り合って完成させ棘の戴冠MV
うちの部活もハイエンドマシン提供でちょこっとだけ参加したんだよ。」
「なんやかんやが濃い・・・・・・」
新入生が引いている。
「そんで逸般の誤家庭 部ではとんでもない本気仕様のインフラシステムで1年間講師として活動して、ようやくこの部活に来る余裕が出来たって感じかな。ちなみ神はあー、彼名義で自動整備設備と土地を持ってるぞ。車も持ってる、時々我々も彼の整備工場を見学に行ってる。で、神ー。今の借金幾らだっけ」
「工場と設備、合わせて残りは千三百万くらいですかね」
新入生せいがくちをあんぐりとあけている、心底意味がわからないといった顔で先輩とイクトを交互に見ている。
「意味分からないと思うけど全部事実なんだ慣れてくれ。彼は我が校イチの珍獣と呼ばれている。」
「え!?そんな呼ばれ方しているんですか僕!?」
新入生の口元が、にやっと緩んだ。
「……草」
すると少し離れたところから
「先輩すみませーん!セッティングの相談していいですか?フロントがコーナーで全然食わなくて」
イクトは画面を覗き込んだ。
「おぉ・・・大分謎なセッティングになってますね。一旦デフォルトに戻しましょう。それで走ってみてください。」
何数周走ったところで、後輩が振り返った。
「だいぶマシになりました」
「じゃあ、ここを基準にしましょう。僕ならまずキャンバー角から触ります」
イクトは片手をタイヤに見立て、もう片方の手を路面にして、ゆっくり傾けた。
「こんなふうに、車体が傾くとタイヤの当たり方も変わります。角度をつけすぎても接地が悪くなるので、少しずつ変えて、フロントが食うところを探しましょう。トーを触るのはそのあとで。両方いっぺんに変えると、どっちが効いたか分からなくなりますから」
「じゃあ、まずキャンバーだけ変えて、もう一回走ってみます」
「はい。順番は僕のやり方なので、慣れたら自分のやりやすい順番を見つけてください」
新入生が、隣の先輩に小声で尋ねた。
「……榊先輩、走る方も速いんですか?」
「「本人に聞いてみな。たぶん『僕はピット側なので』って返ってくるぞ」
「あと、榊君は走るときも、九割方BRZしか乗らん」
「残りの一割は?」
「セッティングの相談を受けた車です」
少し離れた席から、イクト本人が答えた。
新入生が画面を覗き込む。
ゲーム内のBRZの走行距離は、九万キロを超えていた。
「……愛が重い」
「走ってみますか?」
「いいんですか?」
イクトが席を譲った。新入生は最初のコーナーを抜けたところで、思わず声を漏らした。
「めっちゃ曲がる……。なのに、立ち上がりでアクセル踏んでも、めっちゃ安定する……」
「いいでしょう?」
さっき「珍獣」と呼ばれたときとは打って変わって、イクトは得意げだった。
あと、ハンドル重めなんですね」
「実車に合わせてあります」
「……実車って、さっき言ってた榊先輩の車ですか?」
「はい。工場に置いてある黒いBRZです」
新入生は、もう一度画面の走行距離を見た。
「……やっぱり愛が重い」
スマホを眺めていたイクトが、ふいに声を上げた。
「あ。状態のよさそうなドラシャ、見っけ。買っとこう」
「……ゲーム内の話ですか?」
「いえ、さっきの黒いBRZのです」
「壊れてるんですか?」
「今は壊れてませんよ。状態のいいのが出たときに買っとくんです」
「……これも慣れるんですか?」
「うん。今のはまだ軽い方。こないだはエンジン一式買ってた」
「……エンジンは壊れたんですよね?」
「いえ、今のも元気ですよ」
イクトはスマホから目を上げた。
「……あれ。僕、ドラシャの話しかしてませんよね?」
「この前、工場に見学に行ったら、予備のエンジン見せてくれたじゃん。すっげえ嬉しそうに」
新入生は、ハンドルを握り直した。
「……さっきより重く感じます」
「設定、変えてませんよ?」
「今回は全部ポイントで買えそうです。」
「どの位たまってるんですか?」
「14万9千ポイント?」
「えっぐ。榊先輩ってブルジョアっすね・・・・・」
「ああ、この人自分で趣味で事業やってるから。後実家も太い。」
「今回は全部ポイントで買えそうです」
「どのくらい貯まってるんですか?」
「えーと……十四万九千ポイント?」
「えっぐ。榊先輩、ブルジョアっすね……」
「ああ、この人、趣味で事業やってるから。あと実家も太い」
「実家は関係ないですよ。サーバーの部品とか、工具とか、買ってたら貯まったんです」
「……そっちの購入総額は聞かないでおきます」
「お、ポイントアップキャンペーン来てる。エントリーしておこ」
新入生が、ハンドルを握ったまま先輩を見た。
「……、ポイントはきっちり拾うんすね」
「それとこれは別ですよ」
イクトはエントリーボタンを押した。
「っていうか、クレジットカードの審査、通ったんですね」
「収入はありますから。でも最初は一番小さい枠でしたよ。今は少し増えましたけど、高いものを買うときは、父か母の稟議を通して立て替えてもらいます」
「家で稟議って言うんすか?」
「振り込めるなら、自分で一括で払いますよ。ポイントがつかないのは惜しいですけど」
「……ちなみに、エンジンの稟議は通ったんですか?」
「はい。父さんが先に『それ、買っとけ』って」
「稟議、通るの早いっすね」
「走るのに必要なものは、割と稟議が通りやすいです。両親はサーキットで結婚したくらいなので」
「……サーキットで出会った、じゃなくて?」
「式を挙げたのがサーキットです」
「先輩、これも全部事実なんすか?」
「うん。慣れてくれ」
「式を挙げたのがサーキットです」
「先輩、これも全部事実なんすか?」
「うん。慣れてくれ」
「これが当時のカー雑誌です」
イクトがスマホを差し出した。誌面には、でかでかと見出しが躍っていた。
サーキットで結婚式!?
白煙とスキール音の中で執り行われた結婚式に密着!
刺さり屋と女神の凸凹婚!!!
「用意いいっすね……」
「大体必要になるので」
「ていうか・・・・・・刺さり屋って何!?」
「壁とか、土手とか、タイヤガードとか。車が斜めに走るようになるまでは、板金でなんとかしてたみたいですよ」
「……斜めに走るようになってからは?」
「そこからは、整備工場の社長のてっちゃんの出番です」
「そこまでいくと、廃車置き場からまだ元気なフレームを拾ってきて、使える部品をそっちに移すんです。『これでコストダウンだ』とかぬかしてました」
「ぬかしてた、って言い草に草」
「一回なら僕も『工夫したんですね』って言いますよ」
「……何回やったんすか?」
「父さんに聞いてください。僕が聞いたときは教えてくれませんでした」




