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転生してもエンジニアだった~2IF別の趣味を仕事にしてみたカーメカニック編~  作者: 来須奏
高専変

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15/16

14話そもそも無理でした。

――――翌日、学校。

昼休み。

イクトの机の上には、授業ではまず使わないノートPCが広げられていた。

画面に表示されているのは日本地図。

高速道路、一般道、渋滞予測、サービスエリア、道の駅、ガソリンスタンド、入浴施設、飲食店――ありとあらゆる情報が、次々と別タブで開かれていく。

「ここは朝混む……こっちは夕方ダメ。だったら一本裏へ逃がして……」

カタカタカタカタカタ。

「トイレ休憩できそうなのはここ。こっちは駐車場広い。給油はここで入れれば次まで余裕……。せっかくだからチェーン店じゃなくて、地元民しか知らなそうな店も……」

さらにカタカタカタカタ。

目的地周辺の駐車場。

そこから入口までの徒歩経路。

道路が混雑した場合の迂回路。

事故通行止めになった場合の第二、第三候補。

雨天時。

満車時。

営業時間。

定休日。

入浴施設。

仮眠場所。

考えられる事態を片っ端から洗い出し、一つずつ潰していく。

「あんのクソ親父……ブツブツブツブツブツブツ……」

「おー、榊ー」

担任が通りかかり、眉間にこれでもかと皺を寄せているイクトを覗き込んだ。

「なんだその顔。どうしたー?」

「昨日、家族旅行に行くことが決まりまして」

「お、いいな。どこ行くんだ?」

「日本車メーカー各社の博物館・展示施設およびサーキットです」

「車尽くしか。いいじゃないか」

先生は感心したように頷いた。

「ところで、いつ行くんだ?」

「明日です」

「Why?」

「明日、学校が終わったらそのまま出発です」

「Why??」

イクトは答えず、再び画面へ向き直った。

「……宿取ってる暇ないから、経路上に銭湯か日帰り温泉入れたほうがいいかも……」

「おい」

「っていうか、ほかに予約必要なところないかな……確認しないと。場合によっては今すぐ予約入れないとヤバいかも……」

「なんというか……」

先生は数秒考えたあと、イクトの肩を叩いた。

「頑張れ! 榊!」

「無理だー!!」

教室中に悲鳴が響いた。

「父さんの人権を捨てないと完遂できない!!」

「そこまで!?」

「まず青森から一番遠い広島まで行ってマツダ……そこからダイハツ、トヨタ、三菱、スズキ、日産、ホンダ……ホンダはモビリティリゾートもてぎ内も回ればサーキットも回収できるとして……」

日本列島を横断するルートが、画面上に恐ろしい勢いで伸びていく。

「帰りに群馬でスバル……いや待って」

イクトの手が止まった。

「…………」

検索。

公式サイト。

予約案内。

「マツダは……三か月前から予約受付。完全予約制……」

カチッ。

「日産も完全予約制……」

カチッ。

「スバル……一般・個人は六十日前の午前十時から……しかも二十日前まで……」

「…………」

「…………」

イクトはゆっくり椅子の背もたれに身体を預けた。

そして天井を見上げる。

「なるほど」

「どうした?」

「父さんが死ぬのは避けられそうです」

「どういう結論だよ」

イクトはノートPCをくるりと回し、先生へ画面を見せた。

「そもそも明日行っても入れません」

「あっ」

「というわけで――」

イクトは新しいファイルを開いた。

ファイル名。

『家族旅行計画書_Ver1.xlsx』

「ちゃんと一回予定を組み直して、予約開始日から逆算して余裕を持って行きます」

「お、おう。それが普通の旅行だぞ」

「親父に『旅行には計画というものが存在する』という概念からインストールしてきます」

「頑張れ、榊」





―――自宅にて。

「言っておきますけど、一番大変なの父さんですよ?」

帰宅後。

イクトはノートPCを父の前に置いた。

「ん?」

「各種予約に手続き、僕らの引率。現地では常にハンドルキーパー。見学が終わったら休む間もなく次の目的地へ移動」

「お、おう」

「宿にも泊まらず、ひたすら運転。ご飯は時間短縮のためにかき込む。トイレ休憩も最小限」

「…………」

イクトは指を一本立てた。

「そして母さんは現在免停中」

二本目。

「僕らは免許なし」

三本目。

「つまり――」

イクトは日本地図を表示した。

青森から広島。

そこから各地を経由して戻ってくる、見るだけで嫌になるような長大なルート。

「この全行程、運転するの父さん一人です」

「…………」

「よーく考えてみてください?」

父は地図を見る。

青森。

広島。

大阪。

愛知。

静岡。

神奈川。

栃木。

群馬。

そして青森。

「…………」

もう一度見る。

「…………」

さらに見る。

イクトは何も言わない。

母も何も言わない。

斗真も何も言わない。

やがて父が、ゆっくり顔を上げた。

「…………俺、いつ寝るの?」

「知りません」

「飯は?」

「さっき言いました。かき込んでください」

「風呂」

「銭湯を経路上に設定しました」

「宿」

「そんなものに泊まってる時間あると思います?」

「…………」

「ちなみに僕と斗真は後部座席で寝られます」

「おい」

「母さんも助手席で寝られます」

「おい」

「父さんだけ寝られません」

「おい!!」

イクトは腕を組んだ。

「これが昨日、父さんが『じゃあ決まりだな!』の一言で決定した旅行です」

「…………」

父は再び日本地図を見る。

そして――

「あ゛ーーーーーー!! 無理だこれ!!」

「気づくのが遅いんですよ!!」

「よくよく考えたらハンドル握るの俺だし! 予約とか手続きとかも俺だし! 現地でお前ら見てんのも俺じゃねぇか!!」

「だから昨日から言ってるでしょうが!!」

父はテーブルへ突っ伏した。

「旅行って……こんな大変だったっけ……?」

「普通はここまで大変じゃないです。父さんが一晩で日本縦断ツアーを錬成したからです」

「…………予定、組み直すか」

「最初からそうしてください」

「何日くらい必要?」

「まずそこから決めます」

イクトはノートPCを開く。

「あと予約が必要な施設が複数あるので、明日出発は中止です」

「えー」

「『えー』じゃない!」

斗真が横から画面を覗き込んだ。

「じゃあちゃんと計画すれば全部行ける?」

「行ける」

「おお!」

「ただし」

イクトは父を見る。

「父さんが人間として生存可能な計画にします」

「そこ基準なの!?」

「昨日の計画だと最優先事項です」

「…………」

父はしばらく日本地図を見つめていた。

青森から広島。

そこから各地を巡り、最後は再び青森へ。

運転手は――自分一人。

「…………」

父は、すっと直立した。

「?」

そのまま膝を折る。

正座。

そして両手を床につき、深々と頭を下げた。

「大変申し訳ございませんでした」

「分かればよろしいです」

「親子逆じゃない?」

母のもっともな指摘を無視して、イクトはノートPCへ視線を戻した。

「じゃあ、ちゃんと組み直しますよ」

「お願いします」

「一番の難関は日産です」

イクトが画面を切り替える。

「まず予約が困難です。なので、ここを押さえてから他を決めていかないとダメです」

「日産が基準?」

「そうです。取りやすいところから予定を組んで、最後に日産が取れませんでした、では全部組み直しになりますから」

「あー……」

「だから最初に日産の予約日を確定。その日を固定点にします」

イクトは予定表の中央に『日産』と入力した。

「そこから移動時間と各施設の営業日を見ながら、前後へ組んでいきます。マツダみたいに早めの予約が必要なところは、日産の候補日に合わせて事前に候補を複数用意します」

カタカタカタ。

「で、スバル。トヨタ。ダイハツ。三菱。スズキ。ホンダ……」

「…………」

「サーキットも行くならイベント開催日との衝突も確認。休館日、予約時間、移動時間、食事、給油、休憩――」

カタカタカタカタカタカタ。

「一日の運転時間には上限を設定します。宿も取ります。最低でも一日一回はまともに飯を食います」

「最低でも!?」

「昨日の父さん案より大幅改善です」

「基準がおかしい」

斗真が横から予定表を覗き込む。

「兄ちゃん、なんか仕事みたいになってない?」

「旅行っていうのはな」

イクトは真顔で答えた。

「規模が大きくなるとプロジェクトになるんだよ」

「プロジェクト」

「今やってるのは要件定義」

「旅行の?」

「父さんが昨日、要件だけぶん投げてきたから」

「…………」

全員の視線が父へ集まる。

「……大変申し訳ございませんでした」

二度目の土下座だった。

その様子を眺めていた斗真が、ぱっと顔を輝かせた。


「わー。兄ちゃん上司みたーい」





「そして母さんは現在免停中」

「…………」

父が母を見る。

母は気まずそうに目を逸らした。

「それについては……まあ……」

「母さんの場合、原因の大半が僕と斗真なんですけどね」

「俺も!?」

「お前もだよ」

そもそもの始まりは学校だった。

イクトと斗真。

何かと学校内で話題に事欠かない榊兄弟について、学校から家庭へ連絡が入ることがたびたびあった。

問題は――

『何かありましたら、まず父へ連絡してください』

そう何度伝えても、なぜか学校は母を呼び出した。

そして母は、学校から電話がかかってくるたびに思うのである。

――うちの子に何かあったに違いない。

結果。

制限速度という概念を玄関に置き忘れる。

交差点を抜ける。

山道を駆ける。

最短ルートを突き進む。

気持ちは完全に緊急出動。

その走りは、もはや通学路ではなくスペシャルステージだった。

一度や二度ではない。

学校が呼ぶ。

母が飛び出す。

警察に捕まる。

点数が積み上がる。

学校がまた呼ぶ。

母が飛び出す。

さらに積み上がる。

そして――

見事、免停。

「何度も『母じゃなくて父に連絡してください』って言いましたよね?」

イクトが担任を見る。

「言われたな」

「何度も言いましたよね?」

「言われた」

「じゃあ、なんで母さん呼んだんですか?」

「…………」

担任は少し照れくさそうに笑った。

「だって榊のお母さまに会いたかったんだもん」

「コレですよ」

イクトは真顔で公安からの通知書を指差した。

「コレ」

「いやぁ、お母さま話しやすいし」

「その結果が免停です」

「まさか毎回そんな勢いで来てるとは思わないじゃん!」

「毎回『ずいぶん早かったですね』って言ってたでしょうが!」

「近いからかなって」

「母さん、学校から電話来るたびに『イクト!? 斗真!?』って顔色変えて家から飛び出してたんですよ!」

「…………」

「…………」

「大変申し訳ございませんでした」

「なんで今日はみんな土下座するんですか!?」

――なお、免停通知を見た父の第一声は、

「お前、子供の学校行くのになんで免許なくしてんの?」

だったという。


「そういえば」

斗真がふと思い出したように母を見た。

「母ちゃんの車って、お馬さん何頭?」

「え?」

母は少し考えた。

「お買い物車が……八百頭? カナ?」

「…………」

「テヘッ」

沈黙。

イクトがゆっくり顔を上げた。

「…………八百?」

「うん」

「馬力?」

「うん」

「お買い物車?」

「うん」

「八百馬力?」

「うん♪普段はローブーストよ?」

「…………」

イクトは額を押さえた。

「母さん」

「なあに?」

「スーパーに何秒で着くつもりなんです?」

「普通に安全運転してるわよ?」

「八百馬力で?」

「馬力と安全運転は関係ないでしょ?」

「それ自体は正論なのが腹立つな……」

斗真が恐る恐る尋ねる。

「ちなみに……なんでお買い物車に八百頭も馬がいるの?」

「だって」

母は当然のように答えた。

「余裕があったほうが運転しやすいじゃない?」

「余裕の定義がおかしい」

父がぼそっと呟いた。

「元はそんなになかったんだけどなぁ……」

イクトの視線が父へ向く。

「元は?」

「…………」

「父さん?」

「…………」

「何したんです?」

「俺じゃない」

父は即答した。

全員の視線が母へ集まった。

「…………テヘッ」

「母さん!?」

「ちょっと吸排気と燃料系とタービンとECUを――」

「『ちょっと』の範囲じゃない!!」

斗真が目を輝かせる。

「母さん、踏んだら速い?」

「速いわよー」

「母さん」

イクトが即座に遮った。

「斗真に余計な教育をしないでください」

「でもイクトも乗ってみたいでしょ?」

「…………」

「乗ってみたいでしょ?」

「…………助手席なら」

「兄ちゃん!!」

「八百馬力は気になるでしょうが!!」

父は腕を組んで頷いた。

「まあ、これで分かっただろ」

「何がです?」

「母さんが学校から電話来るたびに、異常に早く到着してた理由」

「…………」

イクトは母を見る。

八百馬力。

子供に何かあったと思えば冷静さを失う。

学校までの道は熟知。

そして現在、免停中。

「……むしろ今まで免停だけで済んでたの奇跡じゃないですか?」

「安全運転はしてたわよ?」

「その台詞、免停中の人が言っても説得力ないんですよ」

「スーパー行って帰ってくるから、お買い物車だヨ?」

「用途でしか定義してない!!」

イクトは頭を抱えた。

八百馬力。

企業秘密のエンジンルーム。

子供が絡めば緊急出動。

そして現在、免停中。

「……サーキットの女神、公道の破邪神……」

ボソッ。

「んー?」

母の顔がこちらを向いた。

「イクトちゃん、何か言った???」

笑顔だった。

とてもいい笑顔だった。

「…………」

イクトの額に汗が浮かぶ。

「サーキットでは女神のように美しい走りをする母さんだな、と」

「後半は?」

「…………」

「ねぇ、後半は?」

「気のせいです」

「破邪神って聞こえた気がするんだけど?」

「空耳です」

「公道の、まで聞こえたヨ?」

「母さん聴力良すぎません!?」

斗真が腹を抱えて笑っている。

「兄ちゃん終わったwww」

「笑ってないで助けろ!」

母はニコニコしたままイクトの背後へ回った。

ぽん。

両肩に手が置かれる。

「イクトちゃん?」

「はい」

「お母さんね?」

「はい」

「安全運転だヨ?」

「はい」

「分かった?」

「でも免停――」

「イクトちゃん?」

「安全運転です」

「よろしい♪」

解放されたイクトは、無言でノートPCへ向き直った。

そして旅行計画書の備考欄へ入力する。

『運転手:父のみ』

「なんで太字にしたの?」

「安全対策です」

「イクトちゃん???」

「父さーん!! 旅行計画の続きやりますよー!!」

「俺を盾にするな!!」


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