13話血の継承
―――――斎藤自動車整備工場
「よーてっちゃん!」
「おお、榊の旦那か丁度いい。年内に工場を移転しようと思ってここもこそれなりに老朽化してっから安く売ろうと思ってんだ。息子の作業場としてどうだい学校も行くんだろ?」勿論不動産屋に頼んでしっかりとやってもらおうと思ってる。1,200 位になる見積もりだ。考えておいてくれ。あの坊主ならすぐ稼げるようになるだろもう収入あるみたいだしな。」
――――榊家
「いいんじゃない?」
「いいんじゃないっておまえなあ・・・」
「だってあの子だったらすぐ必要になるんじゃない?自宅前をオイルまみれにされるよりはいいと思うけど?」
「まぁ・・・あれは掃除が大変だったからなあ」
トットットットと足音が聞こえ斗真が顔出した。
「なんの話してんのー?」
「お、斗真か。いや何、イクトに整備工場買ってやるかーって。勿論出世払いだけどな。」
「え?兄ちゃん成人前に借金持ちになんの?おもろー。まあにいちゃんだしねー。」
「ってゆーかさー父ちゃん母ン母ちゃんって本当に兄ちゃん産んだんだよね。全然似てなくね?」
「あたりまえだろ。ちゃんとDNA検査もしたし!」
「そうよ、私も確認したもの」
父と母が顔を見合わせた。
……お前も?」
「……あなたも?」
「ずっと後ろめたかったんだ。お前を疑うようなことをして」
「私は、病院で取り違えられたんじゃないかって……あなた以外に相手なんているはずないし」
二人は、額縁に収まったイクトの写真を見た。
カメラ目線でにっと笑ってるまだポニテが短かった頃のイクトの写真だ。
「「……あれだもんなぁ」」
その後イチャイチャし始める父母と見せつけられてい斗真。
「げぇぇぇぇぇ・・・・・あのさぁいちゃつくのは自由だけど俺いるの忘れないでよ。」
(母ちゃんが俺に似てるんじゃなくて、俺が母ちゃんに似てるんだけどさぁ……それでも、なんか嫌なんだよ、この絵面・・・・部屋戻ろ。)
――――榊家
ドォン!
唐突に、玄関の方から何かがぶつかる大きな音がした。
続いて、ガチャガチャと慌ただしく鍵を開ける音。
「父さん! てっちゃんの工場の話なんですけど!!!」
汗だくのイクトが、ものすごい勢いでリビングへ飛び込んできた。
「僕、あそこなら――――」
そして、固まった。
目の前では、先ほどまで真面目な話をしていたはずの父と母が、なぜかすっかり二人の世界に入っている。
「…………あ。」
「大変失礼いたしました。」
スッ――――。
イクトは静かにリビングから廊下へ戻った。
そこには、階段の途中に座り込んで、頬杖をつきながら盛大にむくれている斗真がいた。
「今、すっごいでしょ」
「ああ、斗真。何でああなったんですか?」
「大体、兄ちゃんのせい」
「何で!?」
心底意味が分からない。
そんな顔をするイクトに、斗真は面倒くさそうに説明を始めた。
「父ちゃんと母ちゃんが、てっちゃんの工場を兄ちゃんに買わせるかって話してた」
「はい」
「で、俺が『兄ちゃんって父ちゃんと母ちゃんに全然似てなくね?』って言った」
「……はい?」
「そしたら二人とも、昔こっそりDNA検査してたことが判明した」
「…………はい???」
「父ちゃんは母ちゃん疑ってて、母ちゃんは病院で取り違えられたと思ってた」
「ちょっと待ってください」
「で、お互いそれを知って、『疑ってごめんね』みたいになって」
斗真は親指でリビングを指した。
「今あれ」
「…………」
イクトはしばらく無言でリビングの扉を見つめた。
「……何でそれが僕のせいなんですか?」
「兄ちゃんが誰にも似てないから」
「僕にどうしろっていうんですか!?」
「知らね」
斗真は立ち上がった。
「俺、部屋戻る。兄ちゃん、あとはよろしく」
「何をよろしくされるんですか!?」
「原因なんだから責任取って」
「理不尽!!」
階段を上っていく斗真を見送り、イクトは一人、廊下に取り残された。
そして数秒後。
「「…………いや、それより工場!!!」
すると、リビングから母の声が飛んできた。
「アレ、斗真は? ご飯よーーーーー!」
「部屋に戻りましたよ!」
「あら。イクト、帰って来てたの?」
母がひょこっとリビングから顔を出す。
「稟議は通しておいたわよ。頑張んなさい?」
「…………はい?」
「だから、てっちゃんの工場。買っていいって」
「えっ」
「よかったな、イクト。父さんも了承したぞ」
父も後ろから顔を出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕まだ何も言ってませんよね!?」
「いらないの?」
「いります!!!!」
即答だった。
「じゃあいいじゃない」
「いや、いいんですけど! いいんですけど、そうじゃなくてですね!?」
「1,200くらいだってさ」
「…………」
イクトが停止した。
「…………1,200」
「万」
「分かってます!!!!」
二階から斗真の声が飛んできた。
「兄ちゃーん! 成人前に一千二百万の借金おめでとー!」
「めでたくない!!!」
「出世払いだから安心しろ」
「安心できる要素が一個もないんですけど!?」
母はそんなイクトを見ながら、楽しそうに笑った。
「でも欲しいんでしょ?」
「…………欲しいです」
「じゃあ頑張んなさい」
「うぐっ……」
完全に逃げ道を塞がれた。
いや、そもそも逃げる気など最初からなかったのだが。
「もちろん、ちゃんと不動産屋さんを通して、建物の状態も見てもらってからよ。古い建物なんだから」
その一言で、イクトの表情が変わった。
「……屋根、外壁、防水、基礎、給排水、電気設備、リフトとコンプレッサーの状態も確認したいですね。あと――」
「ほら始まった」
父が笑う。
二階から再び斗真の声。
「やっぱいらないって言っとけばよかったんじゃねー?」
「言えるわけないでしょう!!!」
「知ってたー」
こうしてイクトは、本人の知らないところで稟議が起票され、本人が帰宅する前に承認され、帰宅から数分で約一千二百万円の借金を背負うことになった。
なお、本人の満足度は極めて高かった。
「そうだ、父さん。僕、欲しい車があるんです」
「……工場の話が終わったと思ったら、今度は車か?」
「来年、免許取りますし。それまで整備の自主勉強も兼ねて欲しいんです。もちろん、車代は自分で出します」
父は少し考えてから、イクトを見る。
「絶対に法を犯すようなことをしない。それが約束できるなら、な」
「もちろんです」
「免許を取るまでは公道では絶対に運転しない。動かす必要があるなら俺がやる。それでいいな?」
「はい!」
「まあ、お前なら大丈夫だろうが……一応な。で、どんな車だ?」
「これなんですけど」
イクトはスマートフォンを取り出し、メーカーサイトを開いた。
何度も見たのだろう。
迷うことなく目的のページまで進み、父へ画面を差し出す。
そこに映っていたのは――黒いスポーツカーだった。
「…………」
父が画面を見る。
そして、イクトを見る。
もう一度、画面を見る。
「……お前、これを整備の勉強用に買うの?」
「はい!」
「すごく嬉しそうだな」
「はい!」
「……勉強用?」
「はい!」
「本当に?」
「…………趣味も七割くらいあります」
「ほぼ趣味じゃねぇか」
リビングの奥から母の声が飛んできた。
「何買うのー?」
「イクトが車欲しいんだと」
「工場の次は車?」
「自分で出します!」
「あら、それならいいんじゃない?」
「お前ら今日、金額に対する感覚おかしくなってないか?」
父だけが、正常な金銭感覚を維持しようとしていた。
「MT?」
「MTです」
「だと思ったよ」 「まあ……俺も人のこと言えねぇな」
父は画面に映る黒いスポーツカーを眺めながら、苦笑した。
「俺も昔は『刺さり屋榊』なんて呼ばれててな。車と修理代に随分金を溶かしたもんだ」
「刺さり屋……?」
イクトの眉がぴくりと動いた。
明らかに聞き捨てならない単語だった。
「あなたは本当によく刺さってたわよねぇ」
母が懐かしそうに笑う。
「お前に言われたくねぇよ。タイヤ代、とんでもなかっただろ」
「ちなみに斗真は、欲しい車とかあるんですか?」
イクトが何気なく尋ねた。
「え?」
斗真は一瞬だけきょとんとして、
「青のVAB」
即答した。
「…………」
「…………」
父と母が顔を見合わせる。
イクトも斗真を見る。
「……決まってるんですね」
「うん」
「しかもVAB」
「うん」
「青」
「青」
一切の迷いがない。
父が頭を抱えた。
「…………ダメだ。こいつもだ」
「あなたの血じゃない?」
「お前もだろ」
「私は一日八セット使っただけよ?」
「『だけ』で済ませるな」
イクトは妙に嬉しそうに斗真の隣へ寄った。
「いいですねぇ、VAB」
「でしょ?」
「EJ20ですよ」
「そこがいいんじゃん」
「分かってるじゃないですか!」
「兄ちゃんに言われたくねー」
父は二人を交互に見た。
片や、免許を取る前から整備工場とスポーツカーを欲しがる長男。
片や、欲しい車を聞かれて即座に「青のVAB」と型式で答える次男。
「…………」
そして、隣にはかつて一日でタイヤを八セット消費した妻。
自分は『刺さり屋榊』。
「……DNA検査、マジでいらなかったな」
「だから言ったじゃん」
斗真が笑った。
「兄ちゃんも俺も、ちゃんと父ちゃんと母ちゃんの子だって」
「容姿以外はな」
「イクトは私たちのどこからその見た目が出てきたのかしらねぇ……」
「それは僕に聞かれても困ります!」
父は大きくため息をついた。
「で?」
嫌な予感しかしない顔で、斗真を見る。
「お前も免許取ったら買うの?」
「買ってくれるの?」
「自分で買え」
「じゃあ兄ちゃん、整備よろしく」
「そこは僕なんですか!?」
「工場持ってんじゃん」
「まだ持ってません!!!」
「稟議通ってるじゃん」
「まだ契約すらしてません!!!!」
榊家の車趣味は、次男にもしっかり継承されていた。
「そうねぇ。多い日は一日で八セットくらい使ってたかしら」
「八セット!?」
イクトが振り返った。
「何をしたら一日でタイヤ八セット消費するんですか!?」
「若かったのよ」
「若さで説明できる消耗量じゃないでしょう!?」
父がニヤニヤしながら口を挟む。
「母さん、昔は『サーキットの女神』って呼ばれてたんだぞ」
「ちょっ――」
母の顔が一瞬で赤くなった。
「ヤダ! 恥ずかしいってば!」
バン!!!!!!
乾いた、というにはあまりにも重い音がリビングに響いた。
照れ隠しに放たれた母の平手が、父の背中へ見事なクリティカルヒットを決めたのだ。
「いっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっってえ!!!」
父が背中を押さえて悶絶する。
「何すんだよ!」
「余計なこと言うからでしょ!」
「事実だろ!?」
「だから恥ずかしいの!」
「…………」
イクトは、じゃれ合う両親を無言で見つめた。
そこへ、いつの間にか階段から戻ってきていた斗真が一言。
「兄ちゃん」
「なんですか」
「やっぱ兄ちゃん、この二人の子だわ」
「…………」
イクトは否定しようとして――やめた。
工場が欲しい。
スポーツカーが欲しい。
自分で整備したい。
サーキットも好きだ。
父は刺さり屋。
母は一日でタイヤを八セット消費するサーキットの女神。
「…………DNA検査、必要なかったんじゃないですか?」
「それな」
「うるさいわよ!!」
榊家の血統に、疑いの余地はなかった。
「てかVABって……その頃まだパーツあるんか?」
父がふと、現実的な疑問を口にした。
「さあ?」
「さあってお前……。欲しいのは分かったけど、古い車になるんだぞ。部品出なくなったらどうすんだ?」
「兄ちゃんに任せれば……」
斗真はちらりとイクトを見る。
「ディーラーに修理拒否られても……」
「待ってください」
イクトが即座に割って入った。
「なんで僕が旧車の維持インフラとして既に組み込まれてるんですか?」
「だって兄ちゃん、整備士になるんでしょ?」
「なりますけど!」
「工場も持つんでしょ?」
「持つ方向ですけど!」
「スバル好きでしょ?」
「好きですけど!!」
「じゃあ大丈夫じゃん」
「何一つ大丈夫じゃないですよ!?」
斗真は満足そうに頷いた。
「ディーラーで断られる」
一本、指を立てる。
「部品がない」
二本目。
「普通の整備工場でも嫌がられる」
三本目。
そしてイクトを指差した。
「兄ちゃんとこ持ってく」
「最終処分場みたいに言わないでください!!」
父が吹き出した。
「でもお前、持ってこられたら直すだろ?」
「…………」
「…………」
「…………可能な限りは」
「ほら」
「ほらじゃない!!!」
母が楽しそうに笑う。
「よかったわね斗真。主治医が決まって」
「うん」
「僕はまだ開業すらしてません!!!!」
斗真は既に将来の愛車を手に入れたような顔で言った。
「じゃ、青のVABで決まり」
「購入判断に僕の工数を勝手に含めないでください!!」
「ちゃんと修理費は払うよ?」
「…………」
イクトが止まった。
「部品代も?」
「払う」
「油脂類も?」
「払う」
「作業工賃も?」
「払うよ。当たり前じゃん」
「…………」
「兄ちゃんだからタダでやって、とは言わないよ?」
イクトの表情が少しだけ緩んだ。
「……それなら、まあ」
「部品なくても?」
「探します」
「ディーラーに修理断られても?」
「内容によりますけど、見ます」
「普通の工場にも断られても?」
「まず原因を確認します」
「部品がどこにもなかったら?」
「中古、リビルド、流用可能品の順で探して、それでも駄目なら現物修理できる業者を――」
そこでイクトは止まった。
斗真がニヤッと笑う。
「ほら」
「…………」
「もう直す気じゃん」
「違います! 今のは一般論です!」
「兄ちゃんの『一般論』、もう修理手順なんだよ」
父が腹を抱えて笑い始めた。
「斗真、お前賢いな。タダで使おうとすると怒るけど、正規料金払うって言えばこいつ断れねぇぞ」
「なるほど」
「変な攻略法を共有しないでください!!!」
母も笑いながら口を挟む。
「でも兄弟でも、お金のところをちゃんとするのは大事よ」
「でしょ?」
「そこは偉いですけど……」
「じゃあ将来よろしくね、兄ちゃん」
「……善処します」
「やった」
「直すとは言ってませんからね!?」
「兄ちゃんの『善処します』は大体やるやつ」
「斗真ァ!!!」




