第31話『負けられない賭け』
思わぬ強気の態度に双子も一瞬ばかりたじろいだ。
これまではアウレリアもなあなあで済ませてきた。小さい頃はまだ仲が良かったから、ほんの僅かでもいつかは元に戻れるかもしれないと期待の灯火があったのかもしれない。だから、もう期待するのはやめた。
「私の人生だ。お父様がどう思おうが知ったことではない。私はそもそも家門を継ぐつもりもなければ、誰かに嫁ぎたいとも考えていない。そうまでして目障りだというなら、卒業してすぐにあんな家門は捨ててやる」
あまりに強い口調だったからか、怒り任せにレグルスが胸倉を掴んで壁に叩きつけ、激昂した様子で絞るように言った。
「言っていいことと悪いことくらい弁えとけよ、家門を捨てるなんざお前の立場で出来るわけねえだろ。なんのつもりだ、ああっ!?」
「おい、落ち着けよレグルス。人に見られたらマズいって……」
レックスに宥められて腹立たしそうに手を放す。
「何も分かってねえくせに才能があれば何しても許されるってか?」
「それは私も言えることだ……くそっ、血が」
ズキッとして後頭部に触れると手にべったりと血が付いた。傷は浅いが、出血が派手で大けがをしたかのような見た目だ。さすがにマズいと思ったレックスは怒り狂いそうなレグルスを自分の後ろに下がらせた。
「やりすぎたのは認めるが、いくら親父に気に入られてるからって口は慎め。どうして戦場に出たがるんだ、剣を握れば英雄になれると思ってんのか?」
「興味ない。ただ、お前たちに私を認めさせるには戦場しかないからだ」
咬みつきそうな顔のアウレリアに気圧されながらも、レックスは冷静に今ここで大喧嘩を始めるのはマズいと思い、レグルスもアウレリアも納得できそうな解決方法を提案してみる。
「────エキシビションだ」
「なんだと?」
アウレリアが怪訝な態度を取り、レックスはこほんと咳払いして語った。
「体育祭の最後には勝った組の代表と卒業生が手合わせするのが慣例だ。だから俺たちに招待状がきた。こっちはそれなりに戦場に出てる現役だからな。お前は今年入ったばかりだから知らないだろうけど……そこでお前が勝てば縁談は破棄する。好きにすればいい。親父にも俺たちが言ってやる」
戦場を経験した自分たちが敗けるはずがないという絶対的自信の裏返し。対等な提案のふりをした圧倒的有利な盤面での勝負。アウレリアが、それを罠だと分かっていても踏んでくると信じていた。
「その代わり俺たちが勝てば、さっき言ったようにアールトン伯爵に嫁ぐんだ。そこで慎ましく暮らして伯爵の世継ぎでも産めばいい。俺たちの家門にとっても得のある話だ。悪くない話だと思わないか?」
そのとき、此処がタイミングだとエルリィが姿を現す。
「その話、儂も乗った」
全員がきょとんとしてエルリィを見つめる。
いきなり現れては当然なのだが、本人はまったく気にも留めない。
「そなたらの話を聞いていれば虫のいい話が過ぎてあくびがでる。要は二人を相手に一人で戦わせようと言うのじゃろ。であれば儂とアウレリアのペアで、タッグ戦をそなたらとやれば良い。それで対等であろう」
割って入られた挙句、痛い部分を突かれてレックスが舌打ちする。既に言い出しておいて、いまさら引っ込みもつかない。
「……レグルス、どうする?」
「言っちまったもんは仕方ないだろ」
部外者が混ざってくるのは不愉快だが、言い分に筋は通っている。あれこれと言い訳を並べ立てれば不利になるだけだとレグルスが悔しそうに睨む。
「噂は聞いてますよ、ご令嬢。あのフェルム公爵をぶっ倒したとか。……さぞや手加減されたんでしょうね。だけど俺たちは手を抜いたりはしませんよ」
「顔に傷がついても受け入れられる覚悟があるならいいんですが」
外部の人間にとってエルリィがフェルム公爵家を実力で下したなど眉唾な話。騎馬戦ではあっさりと崩されて早々に敗退したり、とても優秀な人間には見えない。アウレリアの生意気な友人くらすに思っての挑発だった。
「うん、構わないとも。その代わり────そなたらも腕の一本飛んだくらいで喚いたりはするなよ。儂も手を抜ける気がしないものでのう」
じっとり纏わりつくような殺気に双子は不気味がって言葉に詰まった。
「チッ……。吐いた言葉を呑み込むほど俺たちも馬鹿じゃない。その条件でやりましょう、公爵令嬢。どちらが勝者であっても悔いるなよ」
「レグルス、行こう。いつまでも此処にいたら親父にどやされる」
双子が立ち去り、エルリィが申し訳なさそうにアウレリアを見る。
「悪い、出すぎた真似をしてしもうたやもしれぬ」
アウレリアの意見も聞かずに話を進めてしまったことを後悔した。
胸の前で組んだ手をもじもじさせて、怒られるのではないかと不安になる。
「まさか。怒ったりしないさ。お前に鍛えられるようになってからの成果を試す良い機会だ。公正な場で叩きのめせると思うと今から楽しみだよ」
相変わらず小動物的な可愛さだな、と頭をがしがし撫でた。
「それより皆が食堂で待ってたよな。傷を治してくれ、一緒に行こう」
「うむ。はよう行かねば時間もなくなってしまうからの!」
エルリィの魔法で治療が済んだら、二人で手を繋いで仲良く食堂に戻る。
席はまだ空いていて、二人分のランチが温かいまま用意されてあった。
「あら、来ましたわ」
「遅かったね。何かあったの?」
クラリスが心配そうな顔をするが、エルリィは笑顔で首を横に振った。
「なぁんにも。それよりこれは儂らのか」
「うん。二人のためにナタが、ずっと温かいままにしてくれたの」
ぽかぽかの目玉焼きが乗ったハンバーグとコーンスープ。サラダだけはよく冷えている。やっと五人で和気藹々と食事が始まった。
「それにしてもカーリー氏がいないのは寂しいでござるな。まさか赤組とは」
「うむ、儂も残念じゃ。本人は楽しんでおるから構わんがのう」
せっかくなら全員同じが良かったが、贅沢は言えない。くじ引きで決まったことだったし、なによりほぼ全員が揃ったのだから文句はない。カーリー自身、学院で過ごすうちに自分の友達も大勢いた。
自分の手から離れているのは寂しいが、本人の明るい顔を見れば悪くない。
「午後は団体競技の大詰めですぞ。メインの騎馬戦やムカデ競争ではやや遅れを取りましたが、単純な体力で言えば綱引きと大縄跳びは拙者たちのモノにござる。やや劣勢ではござるが、まだ勝機はありますぞ」
楽しんでるなあ、とエルリィも頻りに頷いた。
実際、午後の部は何がなんでも負けられない。エキシビションに出られなければ、それこそ不適格としてアウレリアの処遇は決まったも同然だ。
「……うむ。午後の部は儂もちと本気でやるとしようかのう」




