第32話『かけっこは得意』
昼食が済み、わいわいと騒ぎながら第二訓練場に揃って戻る。
遠く離れた席からの視線を感じてエルリィが睨むと、双子がふいっと顔を逸らす。いかにして追い詰めるかの作戦でも考えているのだろうと鼻で笑った。
「よう、お前たち。思ったより苦戦しているようだな?」
労いにやってきたのか、馬鹿にしに来たのか。ローゼはどちらとも取れるような含みのある笑みを浮かべてエルリィたちに話しかけた。
「学院長殿も昔は体育祭に参加したのかや」
素朴な疑問で返されて、ちょっぴり残念そうにしながらも答えた。
「ああ、昔は赤組だった。ちなみに当時は魔力制限なんかなかった」
「んな……じゃあなぜ儂らのときは?」
制限さえなければ絶対に勝てていたのにと不満げなエルリィを見て、そう言うなとばかりにからから笑いながら頭を撫でた。
「単純な事故だよ。十年くらい前、綱引きのときに片方の組が強すぎて引っ張られたときに骨折だのなんだのと怪我人が多く出てしまってね。以来、魔力に制限を掛けて行われるようになった。その方が戦力差も埋められる」
よくある話で、むしろそれまで誰も怪我をしなかったのが不思議なくらい、以前は危険がつき纏っていた。
「まあ、こういうのは誰かの犠牲ありきなんだよ。言い方は悪いが」
珍しく火を点けずに咥えた煙草を、ぴこぴこと揺らす。
「危険性の追及をしなかったのかと言われたら、やったと言うだろう。だが設計図ができあがったときなんて、誰も時間を掛けて創りあげたモノに欠陥があるとは思わない。そうして失態を目の当たりにして、やっと変わるときがくる」
心なしか、視線の先がエルリィは双子を見つめているように思えた。
「退屈な話はここまでにしておこう。私も仕事がある、また後でな」
「うむ! まあ見ておれ、絶対に勝ってみせるからのう!」
そう言ったものの、午後の部が始まって団体競技になるとエルリィはものの見事に役立たずだった。綱引きでは身体強化を限界まで使っても、男子生徒との体格の差から強化の幅に差が出てしまい、置物と化した。
大縄跳びでは運動音痴のナタが『二回』という記録をたたき出した挙句、顔面からずっこけて瓶底眼鏡に罅が入ってしまうなどのハプニングもありつつ、ムカデ競争では圧倒的な連携を見せつけるなどして僅差に留めた。
『続きまして、学院式変則リレーを行います』
進行のマイルズがそう言ったときは盛りあがった。学院の敷地内を決められたルートで代表者五人が駆け抜ける変則リレーは走者ごとにルールが設けられる。また、赤組白組は、特定の区間で妨害役として待機し、安全な範囲で魔法による妨害行為が認められる。これこそが魔法使いを学ぶ子供たちの醍醐味とも言えた。
マイルズは拡声魔石を口元に当てながら大きな声で元気よく。
「最初の走者は借り物競争です! 区間の途中に此処に用意された紙を開き、書いてある内容に従った借り物をしたら監督の先生に合格をもらって駆けだしてください! 何がお題に出るかは、そのときのお楽しみです!」
白組の最初の走者は学年全体で見てもトップの速さをしているアウレリア。鍛え方が違うと得意げな顔で豪語してスタート位置に付く。学院の敷地内に全生徒と観客たちが広がったら、準備は完了。体育祭を彩る最終種目が始まった。
「それでは、スタート!」
どん、と大きな花火が空に打ち上げられると同時に一斉に走り出す。赤組、白組とそれぞれの走者が二人ずつ、拮抗しているのは三人で、アウレリアだけが圧倒的な速度で一気に駆け抜けて歓声が広がった。
誰よりも早く借り物競争の紙が置いてある区間に辿り着き、待っていたシエロが、中身の見えない箱に手を突っ込ませて一枚を取らせた。
「これ教員の皆で適当に書いたんですよ、ウフフ。何でした?」
「……か、家族ですね」
いるにはいるが、果たして声を掛けるべきかどうかで嫌な顔をする。とはいえエキシビションのためだと兄たちを見かけた場所へ引き返す。
生徒たちが通り過ぎて次の場所に移動しようとして歩いてきた双子を見つけて駆け寄り、無言で紙を見せる。レグルスとレックスのことだから、拒否するに決まっていると思いつつも返事を待っていると────。
「……チッ。どうするよ、レックス? 断ってもいいんだろ?」
「可愛い妹がエキシビションで俺らに勝つなんてほざいたんだぞ。そっちの方が見たいに決まってる。お前も同じ考えだと思ったけど?」
先ほど喧嘩したばかりで複雑な気持ちではあるが、せっかく足を運んだのだからと双子は協力を申し出た。あまりにも意外だったもので、アウレリアは少し動揺してから、消えそうな細い声でありがとうと言った。
流石にオムニス男爵令息。魔法の才能はともかくとして、身体能力で言えば群を抜いている。アウレリアの速さに追いつき、あっさりと合格を貰う。
「すまない、こればかりは礼を言う!」
アウレリアがまた駆けだすと、双子は何も言わず背中を見送った。
そうして変則的なリレーは走者によってパン食い競争であったり、素早く指定された服に着替える早着替え競争など、様々な妨害を経て最終走者に全てが託される。最終走者の待つ場所へやってきた第四走者たちはすっかりへとへとだ。
「オレとエルリィが最終走者なんてなあ」
赤組最速はカーリーだ。豊富な戦闘経験から来る判断力と磨かれた身体能力。咥えて強化魔法の質は条件が同じであればエルリィに並ぶ。
「ふふん、儂に挑むと?」
「もち! 決闘じゃ負けたが、条件が一緒なら負けらんねえだろ!」
「いやはや、まったくその通り。格の違いをみせてやらねばのう」
先にタッチを受けて、カーリーが先に走り出す。次いでエルリィも一秒差で後を追った。だが、その差は瞬く間に埋まる。
「はあっ!? なんでオレに追いついてんだよ!」
「儂に喧嘩を売るなぞ五千年早いわ! ふはははは!」
カーリーも目が飛び出そうなほど驚いたエルリィの動きは、走っているというよりは滑っている。身体強化に加えて、風邪の魔法で踏み出す瞬間にブーストを掛けた。魔力制限に対して持続的な身体強化で疾走するカーリーに対して、エルリィがやっているのは踏み出す瞬間だけの身体強化。両足が浮いた一秒にも満たない時間で瞬時に魔法を切り替えて追い風を起こして加速する神業。
常人には到底真似できない子供らしからぬ芸当は観る者を湧かせる。だが、最終走者は両者の所属する組からの妨害の嵐を潜り抜ける障害物競走。エルリィの前には分厚い土の壁が隆起して立ちはだかった。
「ぬるいのう、こんなものは飛び越えて────」
壁を越えた先の地面に光の網が広がっている。最初から壁はブラフで本命は着地点にある網だと気付き、咄嗟に足下に手を翳す。
「カーリー! そなたの入れ知恵じゃな!」
「がっはっは! 勝てば官軍ってわけよ、じゃあな!」
これでエルリィは大幅なタイムロスになると計算した。だが、見れば土の壁を利用して向かい風で足場にした後、思いきり蹴って網を回避する荒業でなおも食らいつく器用さを披露する。
「ぬおぉぉお!? なんであれで止まらねえんだよ、お前は!」
「ふふん、そなたとは格が違うんじゃ」
けっけっけ、と悪い笑みを浮かべて僅かにエルリィがリードする。
「チクショウ、負けてられっか!」
「いいや。そなたの負けじゃ。どんな罠が張られていようと儂は超える。しかし、そなたにはできまい。なにしろ儂こそが罠じゃからのう」
ぐぐっと構えた中指をぴんと弾く。小さな水の弾がカーリーの足下に着弾して氷の床を広げて足を滑らせた。
「おわあっ!?」
「おっと、大丈夫かや」
浮いた体は仰向けにされ、じたばたしても進まない。
「あっ、ばかやろう! なんてことを!」
「べーっ! 儂に勝つとか言うからじゃ、生意気な小娘め!」
けらけら笑って先を走り、その後も何度か妨害はあったもののカーリーが追いつく余地もないまま、圧倒的な実力差でエルリィがゴール。僅差であった体育祭の勝者は白組に決まり、大歓声が学院中に響いた。
「ふはははは! やはり儂は最強じゃのう!」
腰に手を当てて大笑いするエルリィだったが、ふと視線に気づいた先に両親の姿を見つける。あっという間に恥ずかしくなって縮こまり、小さく手を振った。




