第30話『体育祭』
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あれよあれよと時間は過ぎていき、とうとう体育祭の日を迎えた。学院には生徒たちの親や兄弟が応援にやってきて、まさに祭りの様相を呈している。
エルリィも今日は少し嬉しいことがある。なにしろロドリックとクリスティ、そしてパードリグ夫妻に付随する形でウルスラとアベル、他にも屋敷の従者たちが今日は特例の休日として、エルリィの晴れ舞台を観に来ているのだ。
開会式は粛々と行われ、派手な演出はなく、学院長のローゼが演説台に登り、挨拶のために用意されたカンペを読もうとして紙を広げた。
「え~、皆さん、おはようございます。本日は体育祭には良い晴れの日となりました。……ああ、もう読めないんだよ」
ぐしゃっと紙を握り潰して懐にしまうのを見て些かざわついたものの、よく知っている者にとっては日常的な光景で少し笑えて緊張感が解れた。
「魔法使いは日頃、そうそう体を動かす機会はない。特に学院に所属する子供たちにおいては座学が多いので運動不足になりがちだ。この学院の体育祭は、そういった運動不足の解消と、卒業後の進路を見据えて日頃の運動の大切さを知ることにある。しかし、それはそれとして各組に分かれた勝負でもある。それを忘れずに全力で取り組んでいただきたい。観覧席にいらっしゃる方々には、どちらの組とは言わず、ぜひ彼らの頑張りを応援してほしい。子供たちが持てる力を発揮して絆を育むためには、皆の応援も欠かせない大きな要素だ。それでは、よろしく頼む」
ローゼの挨拶が終わり、拍手が広がった。それから入れ替わってマイルズが手をぱしっと叩いて合わせ、ニコニコしながら基本的な規則の説明に移った。
「はい、学院長の素晴らしい挨拶も終わりましたので、大事な規則をお話しておきます。とても単純なのですぐに覚えられると思います」
体育祭では主に魔力制限が設けられ、訓練場に設置された特殊な魔導装置によって一定以上の魔力を感知すると霧散させる仕組みになっている。そのため安全は保たれるが、魔力のコントロールが普段よりも難しい。
また相手への攻撃は禁じられており、行為が認められた場合は失格となる。どうやって妨害工作をするか。掻い潜るか。身体を動かしながらも魔法使いとしての本分を忘れないための施策に、生徒たちは気合が入った。
生徒代表のあいさつは三年が行う。エルリィたちは小さな声で楽しみを語りながら耳を傾け、ついに最初の競技が迫った。マイルズが小さい板のような魔石を口元に当てて話すと、訓練場全体にハッキリと声が響き渡る。
「最初の競技は百メートル走です。学年代表の走者は準備してくださいね」
白組の学年代表二名はアウレリアとクラリスだ。残念ながら優れた身体能力を得られず同等の条件であればエルリィは体力に難があり、やや遅かった。
「アタシが代表で良かったのかなあ、本当に……」
「私たちならできるさ。かっこいいところを見せよう」
二人が準備のために離れると、エルリィは手を振って見送ってから観客席へ視線を向ける。探したのは家族ではなく、オムニス男爵家の人間だ。頼まれた以上は必ず問題が起きないように見張っておこうとした。
「……む、まさか本当に来ておるとはの」
離れた席で揃って観に来ている双子の表情は真剣で、実の妹をジッと見て何か話している。もしかすると、何かしらの嫌がらせを計画しているのかもしれないと思い、僅かな魔力で彼らを見逃さないように魔眼を使おうとする。
「エルリィさん、そろそろ走りますわよ」
ばしばしと興奮気味にアニエスに背中を叩かれて中断させられた。
「うむ、そうか」
いよいよ走るとなればエルリィもそっちの方が気になった。
位置について構えたアウレリアの勝負に向ける熱がひしと伝わってくる。
「クラリス氏、緊張しているようですなぁ」
「スッ転んだりしないか心配じゃのう」
アウレリアとは対照的にクラリスは表情が固く、不安が色濃い。
それでも合図と同時に走り出したときには俊敏で誰よりも足が速かった。
「なんとまあ、速いではないか」
「すごいですわね。わたくしなんてかたつむりみたいに遅いのに」
「それはそれで可愛げがあるんじゃないかや」
「自分では心配になりますわ……。座学は得意ですのに」
百メートル走の一着はクラリス、二着はアウレリアと白組の順調な滑り出しから体育祭は始まりを告げた。その後は個人競技、団体競技が入り乱れ、昼休憩に入る段階では白組がいくらか優勢だった。
昼食の時間が設けられると、敷地内に構えたすべての店が大忙しだ。毎年のことながら客の数が何倍かになって、それだけでへとへとになる。
エルリィは両親に挨拶して少し話をした後、友達と食事をしてくると喜んで駆けだして、クラリスと合流する。待ち合わせをしていて、既にナタとアニエスは席を取っておくために学院の食堂に向かっていた。
「すまぬすまぬ、遅れた!」
「ううん、そんなに経ってないよ。でも、せっかくパパとママが来てるのに大丈夫? 公爵様って忙しいから家でもなかなか会えないんでしょ」
心配ご無用、とエルリィはニコニコする。
「家族はいつでも会える。じゃが、そなたらと遊べるのは今のうちやもしれんじゃろ。三年も経てば、儂らも進路に頭を悩ませる時期がくるゆえ」
「そっか……。そうだよね。皆、目指すものが違うもんね」
エルリィは新たな育成機関の創設。アニエスはロスメルタ衣装室で働くのを夢見ている。アウレリアはまだ悩み中だが、戦場で国のために働きたいという想いはあった。クラリスは卒業後は魔法を自分の両親の店で役立てるような使い方をしたいと考えている。誰にも何も語っていないのはナタだけだ。
「もう卒業後のこと見据えて頑張ってる皆は偉いなあ。アタシだけ両親のお店を続けて、ゆっくり暮らしていこうって思ってるみたい」
「それも良いではないか。平和に生きたいのも立派な夢じゃ」
食堂に着くとアニエスとナタが席を空けて待ち、二人に手を振った。
「こっちですぞ。さあさあ、座って」
「案外、皆さん外で食べていらして少し空いてましてよ」
促されるままに座ろうとしてテーブルに手を突き、エルリィがアウレリアの姿が見えないことに気付いて止まった。
「む。アウレリアは後から来るのかや?」
「それでしたら、さっき誰かと二階へあがるのを見ましたわ。お誘いはしてあるので、後から来るとは思うのですけれど……」
それを聞いて、エルリィは考えることもなく席に着かずに引き返す。
「儂が声を掛けてくる。先に食べておいてくれ」
もしかしたらが頭を過り、急いで二階に向かう。体育祭の間、校舎の二階には人がいない。わざわざそんな場所へ出向くのであれば理由は限られてくる。
階段を上がると声が聞こえて、足音を消しながら壁に張り付いて様子を窺う。予想の通り、アウレリアを連れて行ったのはオムニス男爵令息である双子。見分けるのは簡単で、泣きぼくろが右にあるのがレグルス。左がレックスだ。
「だからそう言ってんだろ、アウレリア。親父がお前に何を期待してるのかは知らねえけど、いつまでこんな学院に通ってるつもりだよ」
レグルスが不満げな声でキツく言った。
追い打つように、レックスも言葉を繋ぐ。
「お前はアールトン伯爵家に嫁いでもらう。家門を継ぐのは俺たちであって、お前じゃない。意味のない努力はよせ。ちょっと友達に良いところ見せられて満足しただろう? それに伯爵は顔も器量も良い。家柄も俺たちより立派な方だ。お前の隣でも見劣りしねえさ」
なんと身勝手なことを言うのか。エルリィが割って入ろうとする。だが、アウレリアが肩にレックスの手が置かれた瞬間に叩いて払ったのを見て止まった。
「私に気安く触れないでいただきたい。家門を継ぐのは好きにすればいいが、そのような縁談など断ればよろしいでしょう。私には私の選ぶ道がある。いつまでもそうやって子供のように嫌がらせを続けて、黙っていると思ったのですか」




