第28話『準備は万端』
笑顔で別れたものの、エルリィの腹の虫は収まらない。彼らが何を以てしてマリアに手を出したかが、まるで理解できなかった。彼女がそれまで悪人であれば、自分たちも同じように攻撃していい理屈は通らない。
それでも彼らは過ちを犯す。罪とはなんたるかを知らないから。
「……やはり子供は好かん」
彼らはときに大人よりずっと残酷なことをする。そして、結果的に自分たちが手を下したのと変わらないとしても、直接殺していなければ、追い詰めたとしても罪悪感を覚えない。覚えようとしない。
「やれやれ、儂が子供風情に何を考えとるのやら」
十分に釘は刺せたはずだ、ともやもやした気分を振り払って教室に戻る。あと一週間で体育祭が始まるとあって、昼からは授業はなく、準備に急ぐ光景が広がっている。特に衣装担当のクラリスとアニエスは全員の衣装合わせに忙しい。
「皆よく似合っとるのう」
「あら、エルリィさん。遅かったですわね」
アニエスが全員分のサイズを確認し終えて、あとはエルリィだけだと言った。押し付けられた衣装を流されるままに着せられて、その場でじっくりとアニエスとクラリスの二人が細かくチェックしていく。
「うん……大丈夫だね。丈はどう、動きにくくないかな」
「特に問題はないぞ」
「袖が少し長そうですわ。短くされます?」
「いやあ、ちょっと長い方が可愛いじゃろ。これでいい」
わざとお化けのようなポーズを取ってぺろっと舌を出す。可愛さをアピールしてみると、クラス内がざわついたのを見てアウレリアが立って背中に隠した。
「やれやれ、エルリィを見世物にするとは言語道断だ」
「拙者は自分から進んで見世物になったように見えましたぞ」
ぐさりとナタに横から言葉で刺されて、んぐ、と喉を詰まらせた。
「ぬはは、平和じゃのう。儂もすっかりクラスの人気者じゃあ」
「顔が良い分否定ができませんわね……」
得意げな顔で豪快に笑うエルリィの衣装をクラリスはやれやれと脱がす。
「ではこれで行きましょう。後は当日を迎えるだけですわね。グッズの方はいかがですの、アウレリアさん」
「ああ、色々出来上がってたぞ。売る気満々の奴」
それは違うだろうと思いつつも、グッズを担当した生徒たちの熱量は凄まじく、生徒ひとりひとりの名前が入った応援用の小さい旗や、密かに集計された人気ランキングによる男子・女子のブロマイドまで製作されている。
もちろん、エルリィやアウレリアのブロマイドもあった。
「ろくでもないものを作ってますわねえ」
「フッ、そういう熱意も未来を担うかもしれんぞ」
「なぜエルリィさんのブロマイドばかりお持ちで?」
「気のせいだ。ところでナタのもあるんだが」
瓶底眼鏡の少女がたどたどしいピースサインで写っている。
エルリィがブロマイドを覗き込んで怪訝な顔で本人と交互に見た。
「……コアな人気という奴じゃろうか」
「言っておくが集計は男女別で上位十人分だけ使ったんだ」
アウレリアがすっとぼけた様子のナタをじっと見て言った。
「集計の結果では横顔から見える素顔が可愛いという話だ」
「ふうむ。ならば外してみせよう」
ぼんやり聞いていたナタがおもむろに瓶底眼鏡の縁を指できゅっと掴む。
「拙者の素顔が見たいとかいけませんぞ。こういうのは掛けてるからこそ拙者の価値があがるわけでして『眼鏡をはずしたら可愛いんじゃない?』とか言うのはまさに愚の骨頂であるわけで。それはもはや眼鏡っ子ではないのではないかと思うわけでありますな。眼鏡っ子というジャンルはすなわち眼鏡をかけていることがアイデンティティであり、眼鏡を付属品と考えているようではまだまだ浅い────」
早口で熱く語る最中に、ひょい、とエルリィが眼鏡を取った。
「ああっ、返してくだされ!」
「なんじゃ、眼つきは悪いが顔は良いではないか」
「そういう問題ではござらんのですよ、エルリィ氏!」
奪い返した瓶底眼鏡をすちゃっと掛け直してホッと息を吐く。
「拙者、今の通り目つきが悪くて威圧的な印象を与えがちなんです。しかし、拙者、友人には気軽に話せるのですが初対面はどうも苦手で。この眼鏡を掛けていると落ち着くのでござる。いやはや、どうかご容赦頂きたい」
普段は明るく周りに気を遣うナタでも、それなりに悩みはあるものなんだとエルリィたちは意外そうにする。特にアニエスは自分の図々しい性格を知っていて、よく付き合って心を開いてくれたものだと感心すらあった。
「ところでエルリィ氏、もう話は済んだのでござるか。二年の教室に行ったと聞いておりましたが。マリア氏が落ち込んでおられたとか」
「うむ。それなら問題ない、儂がしっかり周りに釘を刺しておいた」
学年など関係なく大切な友達なのだ。傷つけられたとあっては黙ってはいられないし、穏便に済ませた方だと不快そうにチッと舌を鳴らす。
「まったく、これだから子供は嫌いなんじゃ」
「お前も子供だろうに。それならせっかくだし皆で打ち上げでもどうだ?」
体育祭の準備は終わり、あとは当日を迎えるだけ。他の生徒たちがまだ終わっていない自分たちの仕事に忙しない中、エルリィたちは余裕がある。衣装のサイズも事前の申告通り、全員問題はなかった。綺麗さっぱり終えたのだ。
「でしたらわたくしが良いお店を探してますわ。というより、ナタが教えてくれたところで気に入った場所になりますけれど……」
「ふふん。拙者ほど新入生の中で学院内のお店に詳しい者はいませんぞ」
相変わらずべったりな二人に微笑ましくなる。
アウレリアは、黙って話を聞いているクラリスにも尋ねた。
「お前はどうだ。行きたい店とかないのか?」
「アタシはないよ。皆と一緒なら、今はどこでも行きたいかなって」
あらゆる問題が解決した今、クラリスは憑き物が取れたようにすっきりした顔で、穏やかに笑うようになった。両親の店は今も健在だ。首都を出る前にはエーデ元子爵夫人からの深い謝罪もあり、それとなく手紙のやり取りもしている。
「では決まりだな。皆でアニエスたちの紹介してくれる店に────」
いざ出発といったタイミングで、男子生徒が教室に走ってきた。
「おーい、エルリィいるか?」
「なんじゃ。儂なら此処におるが」
「お、いたか。学院長が話がしたいってさ。それだけ」
「……あ~、そう。分かった」
はあ、と深いため息を吐いてがっくりと肩を落とす。
「すまぬう、呼び出されてしもうた。合流するゆえ店の名前だけ教えてくれ」




