第25話『驕り』
馬鹿馬鹿しい。目の前の相手になんの疑いも持たず、自分の行動が全て上手くいっていると考える、キレ者のふりをしたお調子者にしか見えない。エルリィは、こんな男が屋敷に火を放つよう誰かを嗾けたのだと思うと腹が立った。
「あの、ところで旦那。どうやってあのパードリグ公爵家に放火を。あそこは管理も厳重で、そう簡単に入れるような場所じゃあないでしょう?」
「フッ……学がないな。少し考えれば簡単なことだ」
鼻で笑う仕草に殴りたい気持ちを抑えて、これも咎めるための証拠集めであると耐える。そんなことも知らず、エーデ子爵は自慢げに語ってみせた。
「あの屋敷に雇われていた統括メイドを含めて数人が解雇されてね。元統括メイドともなると、クビになったといえども屋敷のことには詳しい。どう入ったかまでは聞かなかったが、入れると言ったから金で頬を叩いてやったのさ。おかげで上手く起爆魔法陣の描かれた羊皮紙を数か所に張り付けてくれた」
よく喋る男だ、とエルリィは続けて尋ねた。
「で、その元統括メイドはどうしたんで? 逃がしてやったんすか?」
わざと素っ頓狂な言い方をして話を引きずり出す。
エーデ子爵は自分の方が格があると思うと、饒舌に自分がいかに出来る人間かを話し始める傾向がある。貴族同士でならばともかく、共に悪事を働くごろつきの傭兵では他に話す心配もないので、余計に口を滑らせた。
「馬鹿だな、君は。足が付かないように始末するのが当然だろう。傭兵のくせにその程度のことも理解していないのか。高い金を払って馬鹿を雇うと苦労するよ、腕がいいのは確かみたいだが」
なるほど納得だ、とエルリィは理解を示す。逆の立場であっても、明らかに自分の足がつくと分かっていれば何らかの手段を講じて口封じをするだろう。エーデ子爵の行動は至極まっとうだが、それで家族の命が脅かされたのは事実だ。
(エレナを見つけたところで死体では報復のしようもないか。いずれにせよ、この男が儂の家族を殺そうとしたことは間違いない。良い証拠にはなるじゃろうのう。マリアや他の者をどうするかは後で考えておかねばなるまい)
追いかけた魔獣は、みごとにアウレリアを標的に捉えた。
「おお、見ろ! やはり中型の魔獣なら天才といえども子供でしかない!」
「……」
熱狂して死を見届けようとする男のキラキラと目を輝かせた姿は、まるで虫網を持った少年のようだった。どこまでも無垢で、純粋な邪悪に染まっていた。
だが、その輝きも瞬間にして失せた。目の前にいた魔獣はエルリィの姿をしたアウレリアによって切り裂かれて消滅してしまったのだ。
「馬鹿な! 大金を積んだ魔獣が、魔塔の連中ですら苦戦する奴が、なんで……ありえん、引き返すぞ。くそっ、弱い個体を掴まされたのか!? 見つかる前に離れなければ怪しまれて────えっ?」
突然、全身に圧し掛かった重力に抵抗できずエーデ子爵は地面に倒れた。
「な、なんだ……!? 何が起きた……!」
「残念じゃったのう。そなたをここから逃がすわけにはいかぬ」
傭兵の姿をしたエルリィが本来の姿に戻ると、エーデ爵はぎょっとする。
「ば、ばかな。公爵令嬢が二人!?」
「あっちは儂の友達。こっちが本物じゃ、どっちも変身魔法で擬態しておった」
汗の臭いがする大きな服を脱いで、べっ、と舌を出す。
「こんな服を着るのは二度とごめんじゃな。……さて。初めまして、エーデ子爵。正確には、ユヴェルトハイト・フォン・エーデ子爵じゃったか?」
エーデ子爵、ユヴェルトハイトがぎろっと反抗的な目つきを返す。
「こ、こんな真似をしてただで済むと思ってるのか!」
「どの立場で言うとるんじゃ。儂が相手で良かったと思うべきじゃろ」
がさがさと草木を分けて、ローゼとアウレリアが合流する。
最初から全て仕組まれていたのかとユヴェルトハイトが目を剥いた。
「いったい、いつから……」
「此処へ来る前から、既に計画はあった。そなたがお喋りで助かった」
ローゼが呆れた顔でがりがりと頭を掻きながら二人を見て言った。
「私もエルリィが何をするか気になって尾行していたから全容は知っている。今日のために、わざわざ記録魔石まで持ってきたんだが」
クラリスの退学処分をやめさせれば十分だろう、と言質を取るための記録魔石だったが、それ以外の罪状がぼろぼろ出てくるのでもはや言葉がない。
バックメイヤー親子を庇ったという理由だけでパードリグ公爵家に放火させたなど、前代未聞だ。娘に傷を付けた報復とはいえ、行き過ぎている。その証拠が、しっかりと録れてしまったのだから。
「そなたの悪事もここまでじゃのう。エリナの死体はどこにやった?」
「……もうない。言っただろう、処分したと」
「ふむう、豚のエサにでもなったか。考えたくもないわ」
体を抱いてぶるっと震える。顔を顰めると、ユヴェルトハイトはチッと舌打ちをする。あんなものは死んで当然だ、と。
「パードリグ公爵でもやることだろう。金を積まれただけで、知った顔のいる場所に火を放てるような女なんぞ、情報をすぐに売るに決まってる」
ご尤も、と全員が頷く。しかしながら、それと殺した事実は別だ。
「なんにしても既に全てが記録されているぞ、エーデ子爵。この記録魔石があればいくらでも子爵家は没落させられる。お前に関しては縛り首になるか、軽くても地下牢獄で長期間を過ごすことになる。生きていればだが」
とてもまともな環境では過ごせないのは目に見えている。彼は手を出す相手を間違えてしまったのだ。爵位は剥奪され、また別の誰かがエーデ子爵を名乗るようになり、今ある家の人々はただのエーデ家に落ちていく。
「ま、待て……待ってくれ。あの元総括メイドはともかく、公爵家の人間は誰も死人は出ていないじゃないか! お前たちだって同じことをしたはずだ!」
「マリアの傷は儂が治してやった。でも、そなたは儂を許さなかった」
エルリィが、この男は何も分かっていないと悲し気に見つめた。
「そなたの過保護がマリアを我が侭にしたのじゃぞ。しかし、あの者は自分を見つめ直して前を向いた。本人の意思も知っておったはずじゃ。なのにそなたは、その身勝手な過保護で我が子を破滅させようとしておるのに気付かんのか?」
エーデ子爵家の破滅は、すなわち家門の人間全てを今の生活から地の底へと叩き落す。愛する我が子であるマリアからも普通の生活さえ剥ぎ取ってしまう。
「そなたはいい。後ろ指をさされるようになるマリアのことを少しでも考えて行動したのか。裏取引で魔獣まで手に入れて私利私欲で他人の命を奪おうとする、それが我が子に面と向かって誇れる父親の姿でいいと思うとるのか」
黙り込んだユヴェルトハイトに、ローゼは追い打ちをかけた。
「クラリスの退学処分の撤回のために仕組んだ話ではあるが、ここまで事が大きくなると魔塔の主としては見逃すわけにはいかない。娘のマリアに関してはエルリィの意向でどうとでもなるとはいえ、まともな学院生活はできないだろう」
もう言葉を返す気力も失っていき、完全に項垂れてしまうとアウレリアの肩を叩いく。「連れて行ってくれ。記録魔石と一緒に、陛下に伝えて来い」と重大な責任を生徒に押し付けて、戸惑いも無視して強引に行かせた。
二人きりになって、エルリィはひと仕事終えた気分になっていたが、それで話は終わらない。流れの中で気にも留めていなかった事実が背中を刺す。
「このまま返してやりたいところだが、色々と聞かなければならん」
「ん? なんじゃ、儂とのんびり話すことでもあるのかや?」
「ああ。たとえば魔獣を従わせる人間がいていいものかどうか、とかな」




