第24話『裏工作』
ローゼに気合を入れられて、アウレリアも深呼吸したあとにキリッとした表情を作る。エルリィらしく振る舞えないとしても、恥を掻かせることだけは避けたい。大事な親友の計画を無碍にはしない、と。
そうして会場に着き、広い庭に集まる貴族たちを見て緊張に息を呑む。御者に扮したエルリィが馬車の扉を開けて、二人に微笑みかける。
「私には計画を教えてくれないのか?」
「どこぞの子爵を追い詰めるための秘策じゃ、安心せよ」
小声で言葉を交わすと、ローゼはアウレリアは何食わぬ顔で会場に入り、エルリィは馬車を離れた場所に移しに向かう。二人が会場で上手くやってくれていることを祈りながら、ようやく本腰を入れて動き出す。
(周辺には結界が張られておる。ということは、既に範囲内には魔獣が運び込まれているはず。魔塔も騎士団も金で動く連中は多い。となれば森の中を辿れば見つかるか。魔獣の魔力は消せても独特の気配は消せまい)
馬車を停めて馬をあやすように撫でてから、深く帽子をかぶり込んで、ひとまず会場のローゼたちの様子を建物の陰から窺う。
「……問題なさそうじゃな。なら森に入ってしまうか」
大会が始まるまでに魔獣を先に見つけておく必要がある。感知能力を強化して目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。
「あっちか」
大きな気配を感じた方へ向かえば二人の男を見つけた。明らかに会場の人間とは違う粗野な雰囲気で、エルリィと同じく御者に扮して怪しまれずに森に入ったのだろうと分かる風貌。彼らからは魔獣の臭いがしていた。
「ったく、旦那もめんどくさい仕事を任せてくれたよな」
「特殊な檻だから平気だとか言ってたが……」
「たかが平民のガキを庇ったとかいう理由で殺すんだろ?」
「可哀想なもんだ。貴族の娘ってのは息をするだけで不興を買うんだから」
男たちは、そんな会話をしながら下品に笑っていた。他人の命に価値を付け、報酬と引き換えにあっさり殺せる人間の中のクズ。知性を持っていようと、彼らは魔獣とそう変わらない本能的な生き物だ。
「ではそなたらの代わりに儂が仕事をしてやろうか」
彼らの前に姿を現した少女がにこやかに微笑む。いつ、どこから入って来たのかと男たちは頭の中に響く敬称に、携帯していたナイフを抜こうとしたが、動きがびた、と止まってしまう。彼らの意識は完全に手放されていた。
「しばらくは幸せな夢でも見ているがよい。目を覚ましたときには塀の中やもしれんがのう。────では、ちょっと服を借りるぞい」
ひとりの服を脱がせて着替え、服をくんくんと臭って嫌な顔をする。
「さてさて、ちょっと魔獣とご対面といこう」
草木でカモフラージュした檻を見つけ、堂々と鍵を開ける。現れたのは狂暴な狼の魔獣で、その大きさは通常の狼とは違って何倍も大きく、人間であればひと咬みで半身とお別れするだろうと見目で分かる。分厚く尖った牙をぎらつかせて唸りながら、一歩ずつ外に出てきて、エルリィを視界に捉える。
「狭いところに閉じ込められて興奮させてしまったようじゃのう。どれ、こっちに来い。儂が慰めてやろう。寵愛は欲しくないかや」
手を差し伸べられた瞬間に感じる強烈な魔力に狼の魔獣はビクッと跳ねて後退りしてから、ゆっくりと屈んだ。尻尾までべったりと地に付けて。
「よしよし、良い子じゃ。もう戦わなくて良い。儂と契約せよ、何があってもヒトを傷つけてはならぬ。そなたはヒトを守る子じゃ」
ふわふわの頭を撫でた後、エルリィは立てた親指の腹をがりっと咬み、垂らした血を狼の魔獣に与えた。彼女の特別な魔力を含んだ血液を与える行為は、魔獣を自らに従属させて使い魔とするための儀式だ。
「儂が呼び出すまでは消えておれ。いつかそなたの力も必要となろう」
魔獣は足下に広がった黒い渦の中に沈んでいく。使い魔となった魔獣は契約者か魔獣自体が死亡するまで互いに主従関係を結ぶ。
久方ぶりにペットが出来たなあ、とエルリィは内心で喜んだ。
「よし、あとは儂の魔力で分身を作って……これでヨシ」
自分だけでは計画通りにはいかなかったことも、アウレリアたちの助力でとんとん拍子に進んでいくのは気分が良い。準備を終えたら自身の姿を服を奪った男に変えて魔獣の檻に自分の魔力で構成された偽の魔獣を用意する。
「後は大会が始まった瞬間にこやつをアウレリアのもとへ放つだけじゃが……さて、エーデ子爵はこちらへ来るかのう。念のためさっきの連中は茂みにでも放り込んでおくか。見つかったら計画が台無しになってしまう」
道を少し引き返して、意識のない男たちを近くに隠して、エーデ子爵が気付かないように阻害魔法の結界を張って存在感を消す。直後、開始を告げる花火の音が聞こえてエルリィはすぐに檻の側に引き返した。
しばらく待って、周囲の視線を気にするようにエーデ子爵がやってきた。狩りに相応しい軽装で、憎しみのこもった眼つきで笑みを浮かべている。
「ご苦労だったな。もうひとりはどうした?」
「腹が痛くなったとかで、いなくなりましたぜ。それで番は俺が」
「そうか。傭兵なんぞ役に立つかと悩ましかったが、お前はマシだな」
「ヘッヘッヘ……そいつはどうも。それで、これは連れて行きますか」
「ああ、此処からそう離れていない場所にパードリグの娘が移った」
エーデ子爵は眼鏡をつまんでくいっと持ちあげた。
「私の娘に手を出した小娘を庇うなぞ、公爵令嬢といえども放置はできん。屋敷が燃えて警告したつもりだが、なにも懲りていないらしい」
「そうっすか。それより旦那、急がないと移動しちまいますぜ」
「む。それもそうだ、檻を開けろ。私には逆らわないようにしてある」
「……了解。にしても魔獣を操るなんてどうやって?」
尋ねられて、エーデ子爵が自分のこめかみを指でとんとん叩く。
「頭が違うんだよ、君たちとは。私の声がするだけで不快感を覚えて逃げ出すように訓練してある。檻の中で何時間も苦痛に感じさせるのはいささか残酷な方法ではあるが、所詮は魔獣だ。その命に価値などない」
漏れそうになる殺意を隠して、作った笑顔でエルリィは頷いた。
「さすがですねえ、旦那。それじゃあ開けますよ」
鍵を開けたら咄嗟に逃げるふりをして離れる。偽の魔獣はエルリィが操っている。エーデ子爵が「さあ行け! 死にたくなければな!」と吠え立ててから、エルリィは魔獣を走らせた。
「行くぞ、あの公爵令嬢の顔が恐怖に歪む瞬間が楽しみだ!」
「……ええ、そうですねえ」




