第23話『身代わり』
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皇室が主催する狩猟大会の日がやってきた。
会場となる都市近郊の小さい森には多くの貴族たちが集まる。
派遣された魔塔の魔法使いたちは小型の魔物が外部に出て行かないように森に結界を張り、会場に集まった人々の安全も確保する。多くの近衛騎士たちも配備され、準備ができたのが今朝で、ローゼは少し遅れて馬車で向かっていた。
「今日が本番だ。分かっているな、エルリィ。エーデ子爵はお前に必ず、予定にない魔獣を解き放つはずだ。そこで奴の悪行を確実なものにして脅す必要がある。あまり派手に魔獣を即死させるようなことは……おい、どうかしたのか?」
箱馬車の中で作戦を伝える途中、ローゼが怪訝な目を向けた。
「あっ。いや……なんでもない、じゃ、です」
体を縮こまらせて青ざめた顔で緊張するエルリィに、こんなバケモノみたいな娘でも初めての場はそうなるものか、と窓を開けて外に煙草の煙を吐き出す。
「私の付添いだ、お前がすべきことは令嬢として粛々とした立場を取ることだけでいい。普段ならもっと堂々としているだろう?」
「は、はい。もちろん完璧にこなしてみせま……みせよう、うん」
出発したときから妙に汗も掻いているしで、ローゼは段々と不信感を募らせていった。普段と気配が違い、弱々しいというよりは落ち着かない態度。慣れていないと言うのが正しいか。あのパードリグ公爵令嬢が、と思わざるを得ない。
「おい。前に私が言ったこと覚えてるか?」
「えっと、なんの話だろうか」
「眼だよ。私の眼がとても悪いという話だ」
「そんな話もありました、ですじゃなぁ……」
目が泳いでいるし、笑顔も引き攣っていた。
「どういう話だったか言ってみろ」
刺すような視線に、エルリィがどきっとする。
それもそのはずだ。本人でなければ話の内容など知らないのだから。
「えーと、その、なんというか」
「もういい。お前は誰だ、本人はどこにいる?」
もはや隠し立てする理由もなくなると、エルリィの姿をした誰かが観念したようにがっくり項垂れて「だからバレるって言ったのに」と悔しそうに落ち込む。
最初から粗しかない身代わり作戦だったのだ。ローゼの看破の魔眼がなくとも見抜かれて当然で、項垂れたままぼつりと語り始める。
「私も最初は嫌がったんですよ、学院長先生。ですが今回の件はどうしても身代わりになってもらわないと困ると言われて、断り切れず」
「……お前、まさかアウレリアか?」
エルリィの姿をしているのはアウレリアだった。彼女は小さく頷いた。
「変化の魔法を掛けておくと言われて。魔眼対策にも都合がいいだろうと防護魔法も一緒に。だからきっとバレないと。でも私は演技などできないと何度も言ったんですが、他に適任がいないと」
納得し辛い言い訳にローゼは煙草を吸いきって煙を吐き、窓から吸殻を捨てた。あまりにも堂々とやったことにアウレリアが信じられない顔をする。
「なんだ、私に何か文句でもあるのか」
「あ、ありません……」
「なんのためにそんなことをやった」
「それは本人に聞いてください、私からは話せません」
そのときばかりは真剣な顔をされてローゼは仕方なく質問を変えた。
「お前が身代わりになったのは分かった。まあ、冷酷な手段とは言えるが、エーデ子爵がエルリィ以外を襲ったとなれば事情も変わるだろう。その方がクラリスの退学を回避するには都合が良いのかもな」
そんな理由ではない、とアウレリアはむすっとした顔をする。
「あの子は優しい子です、学院長」
「優しい奴が友達を危険な場所へ送り込むわけないだろ」
「最終的な判断は私がしたものですから、彼女に問題はありません」
「……えらく強気だな。それで命を落とすかもしれないのに」
相手が狩りに使う魔獣よりも強力な種を連れてくるのは間違いない。ローゼは既に、その情報を掴んでエルリィを連れてきたつもりだった。
だが、その正体がアウレリアとなると話は変わってくる。
「フェルム公爵での一件なぞ知れ渡った話だ、用意される魔獣もそれなりのものだと理解したうえで来てるんだろうな?」
「ああ、それは問題ありません。絶対に倒せるとエルリィが伝言を」
ゴソゴソとスカートについた浅いポケットから小さく折られた紙を取った。ノートを雑に千切ったもので、開いてからローゼに渡す。
『語らうのは勝者が剣を掲げたとき』
くしゃりと紙を握り潰して、チッ、と大きな舌打ちをする。
「奴は吟遊詩人でも志望してるのか?」
「たまに鼻歌は歌っていますが」
「そういう話じゃなくて。……もういい、イライラしてきた」
懐に手を突っ込んで、煙草の箱を握ったとき、中身が空だと気付いて唖然とする。いつもなら数本持ち歩くのだが、今日に限っては忘れてしまった。
「くそったれめ。忙しくて補充してなかったか」
腕組をして、なんとか苛立ちを押さえようと話を続けて誤魔化す。
「それで当の本人はどこにいる?」
「さあ。ついていくとは言ってましたが、私には見当も……」
ふと、ローゼの背後にある小窓から見える御者を見てアウレリアが固まった。白い長髪が揺れている。もうすっかり見慣れた後ろ姿だった。
ローゼも視線に気づいて振り返り、目を細めて呆れた。
「御者に化けてやがったのか。まったく、この悪ガキめ。アウレリアに私の魔眼のことまで話しやがって、後で説教をしてやらねばならん」
悪童にも程がある。そう言いながらもローゼは微笑んだ。
あれこれと文句を並べ立てても、子供は嫌いではない。
「魔獣は小型でも訓練をしていなければ大人で苦戦する者も多い。騎士の家門とはいえ戦闘未経験のお前が通用するとは思えないが、勝算は?」
「エルリィからもらった特別な剣がありますからご心配なく」
武器ひとつでどうにかなるものかとは思うものの、エルリィが与えた武器と言われると、なんとなく頷いてしまいそうになるだけの説得力はある。
「握っていれば勝手に敵を切り裂いてくれそうだな」
「……! よくわかりましたね、さすがです!」
「その顔で言われると煽られてるように聞こえて素直に喜べないんだが」
こほん、と咳払いしてから気を取り直して窓の外に見える景色を眺めた。草原を少し走った場所にある森に入り、整備された道を進む。
「田舎に来た気分だ、都市はすぐそこなのに。……さて、喜べ。此処からは慎重に言葉を選ばなければ、連中は低く見積もった態度を取ってくるだろう。相手は貴族だ、お前もオムニス男爵家の人間ならエルリィに恥を掻かせるな」




