第20話『語った夢』
幾度の打ち合いを経て、アウレリアの木剣は掠りもしなかった。それどころか、エルリィはほとんどその場から動いていない。身の丈に合わない剣を持ちながら、それがなんのデメリットになるのかと思い直させられるほど圧倒された。
近づけない。やっとの思いで懐に飛び込めても、最小限の動きひとつで躱される。間合いを完璧に理解しているだけでなく、動きを小さくしてスタミナも魔力消費も徹底的に削ぎ落した立ち回り。しかも驚くべきは身体強化する部位を極限まで絞って、必要なタイミングだけ強化している。緻密と言うよりも、さらに優れた天賦の才か。あるいは本当に幼少の頃から剣を握ってきたのか。
いずれにせよ、先に限界を迎えたのはアウレリアだった。肩で息をして膝に手を突き、今にも倒れそうな青白い顔をして腕で汗を拭った。
「はあっ……はあっ……なんで……届かない……!?」
自信はあった。そして甘えも捨てた。エルリィはフェルム公爵を相手取り、その仲間三人でさえ瞬く間に倒してしまう明らかな強者。対岸を歩く選ばれた人間。それでも剣を握り続けてきた自分なら、触れることくらいはできると。
なのに目の前には涼しい顔をして汗ひとつ掻いていないエルリィが木剣を肩に担いで、へらへら笑っているのが、友人といえども許せずに睨んだ。
「届くと思って剣を振るからじゃろ。空に浮かぶ雲に剣が届くと思えば届くのかや。挙句の果てには焦って振り回すだけ。子供の遊びではないか」
エルリィが再び切っ先を向けて冷たく見つめた。
「はよう息を整えろ。儂を退屈で殺す気かや」
「うるさい、わかってる!」
何度も立ちあがっては、軽くいなされて、軽く殴られて転んでの繰り返し。次第にギャラリーも集まり始めたが、二人はお構いなく続けた。
アウレリアはどうやったら届くのかを真剣に考える。エルリィがどう戦っているのかを見様見真似で動き、少しずつ戦い方をモノにしていくと、やっとエルリィの動きが変わり始めた。正解が見えてきたと確信する。
「やはりそなたは筋が良いのう。儂が求める才能そのものじゃ」
「馬鹿にして……。全然届かないじゃないか」
全力で隙を狙ったひと突きは虚空を抜けただけ。アウレリアは完膚なきまでの敗北感に悔しそうに木剣を引いたが、エルリィは嬉しそうな顔をして言った。
「それはどうかや。才能とは侮れんものよ」
頬に出来た擦り傷。僅かに垂れた血を親指で拭う。
「私がやったのか、それを?」
「うむ、その通りじゃ。おみごと、儂の負けである」
ギャラリーもアウレリアの渾身の一撃に見惚れ、その勝利が決まった瞬間に沸きあがった。フェルム公爵と引き分けたという話を知る者たちにとって、アウレリアがそんな相手にかすり傷を付けられると誰も思っていなかったのだ。
「まさか手を抜いたのでは」
「そなたの機嫌を損ねるような真似はせぬよ」
誇張はない。エルリィも本気で戦っていないと言っても、負ける気などさらさらなかった。そのうえで傷を付けられたのなら、見事と讃えるほかない。
「カフェの貸し切りじゃったか、良かろう。今日にでも予約をしよう」
「……まあ、お前が手を抜いてないと言うのなら」
「ふふん。ならばせめて機嫌を直せ。良い教訓も得たであろう?」
ぱん、と手を叩く音が聞こえて二人が振り返った。
「そこまでですよ。授業中なのに何をしてるんですかもう」
困った顔でシエロが、生徒たちを前に柔らかな声で諫めた。
「さあほら解散して魔力操作の続きを。そちらの二人は話があります」
「何も悪いことはしておらぬぞ」
「それは分かってます。問題はお二人が怪我をしていることです」
エルリィは頬に、アウレリアはあちこちに擦り傷がある。正しく授業内容に沿っているとはいえ怪我をするような行為は禁止なので、シエロは注意せざるを得なかった。たとえ本人たちが気にしていなくとも。
「僕の授業を真面目にやってくれるのは嬉しいのですが、軽い怪我で済んだのも運が良いからです。自分たちは問題ないと思っているのでしょうが、もしほんの僅かでも加減を失敗したらどうなるかは分かっていますよね?」
いつもはおっとりとして穏やかなシエロが厳しい口調になっていて、真剣に怒っているのが伝わってくると二人とも深く反省する。しゅん、と縮こまってしまったのを見て、シエロは普段通りのにこやかな顔に戻った。
「疲れたでしょう。もうすぐ授業も終わりますから、あとは見学していてください。次からは怪我をしないように練習してくださいね」
シエロが離れていくと、傍にあるベンチに座って授業を眺める。
木剣を振り回していたときよりも疲れた顔をしていた。
「怒られるとは思うてなかった」
「いや、それはそうだろうとは思うが。それよりも聞きたいんだが」
ぼんやりと皆が魔力操作を練習して小さな魔力の球体を作るのを眺めながら、アウレリアは木剣での稽古を振り返った。
「お前は強いと思っていたが、あの魔力操作はパードリグ公爵から?」
「独学じゃ。お父様は剣を持たせるのを嫌がった」
「嫌がったって……でも、公爵家の後継者にお前を選んだのだろう」
「それと戦場へ出すのとは話が違う。お父様は儂を魔塔に入れたがっておる」
足をぷらぷらさせながら遠くを見つめるので、アウレリアは怪訝な顔をする。
「魔塔に入るのは魔法使いの誉れだろうに」
「興味ない。儂には儂の目的がある。あんな場所に入りたくはない」
「じゃあ戦場で暴れる方が、お前には性に合っていると?」
どうだろうかと曖昧な笑みを浮かべる。
エルリィは戦場に名誉も感じていない。ただひとつ、確固たる夢はあった。
「今の人々は魔獣に対して脆過ぎる。儂はできればそう、この基礎を学ぶ場所とは別に選び抜かれた者だけを育てる場所────英雄育成機関を創設したい」
言葉に聞けば突拍子もない話。エルリィは真剣そのものだった。
「色々と調べたところ、大型の魔獣を相手にできるのも数えるほどじゃと聞く。複数人で挑み、討伐するのが基本的であると。それではいずれ人類は滅びるやもしれぬ。突然変異的に強い魔獣が現れたらどうやって倒すつもりなのか」
エルリィの言葉には一理ある。アウレリアは黙って耳を傾けた。
「おそらく、この世界で儂より戦える者はおらぬ。次点で魔獣を倒せるとしても、ローゼ……学院長殿くらいでなければとても無理じゃろう」
「お前はそんなに強いのか。いや、強いのは強いんだろうが」
アウレリアはエルリィの強さに疑念を抱く。明らかに常人を遥かに超えた強さではある。これまで戦場でいく度も戦果を挙げてきた者を圧倒するだけの実力は、その目で確かめてきた。だからといって、大型の魔獣はそんなベテランたちでさえひとりでは挑まない。自分より戦える者はいないとは大きく出すぎではないかと。
「私たちはまだ戦場を知らない。その英雄育成機関とやらは私もあればいいなとは思うが、誰がどうやって育てるかという問題があるだろう」
「さっきも言うたが、儂は強い。世界の誰よりも」
あまりにも突飛で誇張しすぎだといい加減アウレリアも笑いそうになる。
「夢はそりゃ大きい方がいい。けれどな、エルリィ。そういうのは戦場に出て、経験を積んでから考えるべきことじゃないか。無知だと笑われるだけだ」
アウレリアの忠告にエルリィはベンチから立ちあがって────。
「証明が必要なら今ここでしてやっても構わん。そなたには儂の傍で支えてもらいたい。本気でそう思っておる。信じてくれんのかや」
「信じるも何も……現実離れしすぎてる。本当に証明ができるのか?」
エルリィはこくりと頷き、アウレリアに手を差し出す。
「知りたければ掴め。儂がそなたにも夢を見せてやろう」




