第19話『挑発』
二人には先に授業へ戻ってもらい、アニエスがまとめた資料を大事に抱えて職員室へ足を運んだ。授業中なのもあって人の少ない職員室で、コーヒーを飲みながら休憩中の教員に声を掛ける。
「こんにちは、アンネマリー先生。ちょっとよろしいですかのう」
「あ、エルリィちゃん。こんにちは、どうかしたの?」
鴉羽色のふんわりした長い髪を揺らして振り返った、今にも倒れそうな隈のある疲れた顔が、無理やり笑顔を作って迎えた。
「大丈夫ですかや?」
「うん、平気よ。古い魔道具の処分を頼まれてて疲れちゃっただけ」
「ならいいんですが、デザインが出来たので衣装室に発注したくて」
渡された資料を見てアンネマリーは感心して思わず、へえ、と声が出た。
「白いローブに金色の縁取りかぁ、魔塔の制服に似せてあるのね。背中には赤で勇気の魔法陣を描いてあるのもいいわ。それから内側に魔法文字の刺繍もあるなんてよくできてると思う、涼しそうだし」
ふむふむ、とアンネマリーはあごに手を添えて小さく頷く。
「わかったわ。シンプルだけど良いデザインよ、どこに頼む予定かしら」
「ロスメルタ衣装室に注文をお願いします」
途端にアンネマリーは飲んでいたコーヒーをカップの中に噴いてしまった。
「ろすっ、ロスメルタ衣装室!? あの貴族御用達の衣装室に体育祭の衣装の発注って正気じゃないわ、とんでもない額が────」
「儂が出せば問題ないと思ったのじゃがのう」
失策だったか、と口先を尖らせて不満げなエルリィに、そういえばこの子は公爵家の人間だったなあ、とアンネマリーは笑顔が引き攣った。
「別に私費でやってくれてもいいけれど、学院長先生が許すかどうか」
さすがに金額が大きいのに、体育祭で使う衣装の発注をロスメルタ衣装室に依頼した挙句、その経費を公爵家で賄うとなったら学院長の許可がなければ難しいとアンネマリーは断ろうとした。もっと安く済む衣装室でもいいじゃないかと。
そこへローゼが煙草を咥えながら、ひょこっと顔を出す。
「私がなんだって?」
隣にはマイルズを連れていて、どこかへ行く予定だったのが窺える。
「ああ、学院長。それがエルリィちゃんが持ってきた体育祭の衣装なんですけど、ロスメルタ衣装室に発注したいと。私費で賄うから許可が欲しいみたいで」
こればかりは許可しないだろうと思っていたが、ローゼは興味なさそうに踵を返して、ふうっと煙を吐きながらひらひらと手を振った。
「好きにしろ。私はちょっと出かけてくるからヨロシク」
「頑張ってくださいね、アンネマリー先生」
マイルズがグッと親指を立てたのを見て、憎たらし気に愛想笑いで返す。
「そういうことらしいから、私からロスメルタ衣装室に伝えておくわね」
「別に嫌なら儂が自分で届け来てもいいんですが」
「それは駄目よ。エルリィちゃん、問題を起こしたばかりでしょ」
「ぬぐっ……! それはそうですけどぉ……!」
「大体、あなた授業があるでしょ。シエロ先生を困らせるつもり?」
「あ、授業のことは完全に忘れてましたのう。すみません」
そうだった、とエルリィは恥ずかしそうに頭を掻く。
「じゃあ行ってきます、あとはお願いします」
「はいはい、廊下は走ったら駄目だからね。怪我したら私の責任になるから」
そんな言葉に耳を貸すこともなく、エルリィはぱたぱたと駆けた。実習は第一訓練場で行われていて、本校舎から一番近い場所にある。授業に使う程度の小さい訓練場は、たったひとクラスが占有するだけで限界だ。
「すみません、先生。遅れました!」
慌ててやってきたエルリィに、シエロがニコッと微笑む。
「事情は聞いてます。今日の実習は魔力操作を精密に扱うための訓練ですから、エルリィさんには物足りないかもしれませんよ。危ないですから、きちんと距離を取っておいてくださいね。私は他の子を見てまわりますので」
指示を受けたら、離れたところで木剣を持って魔力を込める練習をしているアウレリアのもとへ駆け寄った。
「精がでますのう、騎士様よ」
「ん? あぁ、エルリィか。もう終わったのか?」
「うむ。そなたはやはり剣を握るのじゃな」
「騎士の家門だから一応。兄たちを超えないと意味がない」
「では儂と、ひと勝負どうかや」
アウレリアの眉がぴくっと動いた。
「お前が魔法に精通しているのは分かってるが、剣まで扱えるのか?」
「なんじゃ、信じておらんな。これでも遥か昔はよく振るったものよ!」
「昔って何歳の話なんだ……。まあいい、お前がやりたいなら」
自信満々な顔をしているのに無下にするのも可哀想だ、と木剣の差してある樽の中から、小さめのモノを選んでエルリィに渡そうとする。
「体格的にこれくらいが……」
「儂はそなたと同じサイズで良い」
これにはアウレリアも非常識だと感じて、腰に手を当ててため息を吐く。
「あのな、エルリィ。剣を扱うときは自分の体格に合ったものを使うのが当たり前なんだ。かっこいいからとか大きければ強いとか、そういうわけじゃない」
「わかっておるが。だからというて短剣は性に合わぬのじゃ」
エルリィは樽の中を引っ掻き回して、自分の背丈を三分の二は占める大きさの木剣を手に取って、軽く振ってみる。いささか馴染みがない握り具合だったが、これはこれで悪くないと空に掲げた。
「これにしよう」
「お前……それは両手剣のサイズだろう」
「小さめのものを選んだ方じゃ」
前世ではもっと大きなものを振るっていたとはおくびにも出せないが、エルリィはアウレリアを前にして木剣を片手に切っ先を突き立てた。
「ほれ、さっさと始めるぞ。いまさら背を向けるとは言うまい」
「いつになく挑発的だな……。馬鹿にされたと思ってるのか?」
「そなたがであろう。一度は自信を砕かれておいた方が良い」
明らかに自分よりも剣を握ったことのないであろうエルリィに言われては、苛立ちもする。普段であれば優しいことを言うのに、今日に限ってはやたらと喧嘩腰だ。どうにも妙な予感があって、アウレリアは勝負を受けた。
「どうだ、エルリィ。賭けでもしないか。私が勝てば、寮近くの『ルミエール』というカフェを貸切ってゆっくり過ごしたいと思うんだが」
「良かろう。そなたが儂の体に木剣を触れさせれば勝ちで良いぞ」
木剣で肩を叩きながら、あごをあげて見下すようにエルリィが言う。
「儂は負けないゆえ賭ける理由もないが……そうさな、儂が勝てば毎日稽古をつけてやろう。あのロクデナシ共より強くなりたいのであろう?」




