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みなしご令嬢はかく語りき─前世魔王の人間賛歌─  作者: 智慧砂猫
Chapter.2

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第18話『勇気の魔法陣』

 食堂に足を運ぶと、生徒たちがざわついた。朝からいきなりエルリィが周囲の目も憚らずに違反をして学院を出て行った挙句、どこから話が漏れたのか、あるいは外部から流れついて来たのか、パードリグ公爵家での放火事件については既に大勢が耳にしていた。もちろん、アウレリアも多少は聞き及んでいる話だ。


 ランチメニューを頼んでプレートを運び、席につくまでのあいだにどれだけの声が聞こえてきたか分からない。エルリィはあからさまに不機嫌な顔をする。


「部屋に戻って食べてもいいそうだが」

「此処で構わぬ。噂好きな連中には好きなだけさせておけばいい」

「お前がいいなら私も別に。それにしても本当に何が?」

「おそらくクラリス関連とは思うが、儂も詳しくは分からぬゆえ」


 周囲を一瞥する。噂好きな人間はいつだって聞き耳を立てて待っている。それがどんな話であれ、もしかすると面白いことなら逃す手はないと。


「なんにしても放火されたのは事実じゃ。暗がりの反抗ゆえに目撃証言も頼りない。今後は騎士団か魔塔の調査が入るであろうよ」


「大変だったんだな。私にできることがあればいいんだが……」


 心配そうに眉尻を下げたアウレリアに、エルリィは首を横に振った。


「屋敷の件は儂でなんとかしてみるゆえ。それよりも変わらずクラリスを頼む、どうあっても見れぬ日ができてしもうた」


 わざわざ必要以上のことは言わず、周囲を気にする素振りだけを見せた。子供といえども未来を担う魔法使いたちだ。どこの誰がエーデ子爵家に情報を横流しするかが分からない。無駄に自分から隙を晒す理由はなかった。


 ステーキを切り分けながら、アウレリアは「もちろんだ」と答えた。自分の友人がどんな恨み言で怪我をするかも分からないのに放っておくわけがないと。それには元々手助けをしていたエリオットだけでなく、当事者であったマリアの他に、カーリーやアニエス、ナタまでもが強力を申し出ていた。


「にしても放火とはな。公爵殿は無事だったのか?」

「まだ領地におるそうでの。久方ぶりに戻ったというのに」

「はは、会えなくて残念だったな」

「うむう。ともかく、皆無事に済んだ。はよう犯人が見つかると良いが」


 実のところエルリィは既に目星がついている。

 フォークに刺した小さなトマトを口に放り込んで、ぷちっと嚙み潰す。


「今朝はすまなかったのう。挨拶もろくにせず……」

「急いでたんだろ、仕方ないさ。私はまったく気にしてないから」


 すれ違った時のエルリィの表情は明らかに問題が起きたと分かるくらい不安と怒りの入り混じった表情で、パードリグ公爵家で火事があったと小耳に挟んだとき、それはそうなるだろうなとしか思わなかった。


「今はカーリーがクラリスの番をしてくれてる。お前を除けば、私たちの中では誰よりも戦闘経験のある奴だ。どちらかといえば私たちが悩みの種になっているのは体育祭の方だ。まだアニエスが衣装デザインを決めあぐねているらしい。早く決めないと体育祭に間に合わなくなるぞ。一度会ってきたらどうだ?」


 そういえば顔を出すように言われていたな、と思い出して食事を一気に進める。リスのように口いっぱいに食べ物を頬張って咀嚼も僅かに腹に押し込む。


「……んぐ……。わかった、行ってくる。今はどこにおるかや?」


「多分いつもの会議室だ。私は担当が違うから絶対とは言えんが、昼にはまた案を詰めなければとナタにしつこく言われていたのを見たよ」


 それはよほどだな、とエルリィは可笑しがった。


「んはは、そうであったか! ではちょっと会ってくる、ありがとう!」


 急いで校舎に向かう。遊んでいる暇などないとばかりに忙しなく。

 昼休憩の時間はそう残っていない。せめて顔くらいは出したかった。


「君、廊下は走っちゃ駄目ですよ」

「むむっ。これはシエロ先生、おはようございます」

「はい、おはよう。今朝は大変だったそうですね」


 担任に声を掛けられては足を止めざるを得ない。挨拶を済ませて切り上げるつもりだったが、シエロはう~んと顎を擦って言った。


「もうすぐお昼休憩も終わりますが、体育祭の衣装準備が遅れてると聞いてますから少しくらい遅れてもいいですよ。他の皆さんにもお伝えください。基本のデザインは一貫してる分、後は背中のチームアイコンが欲しいと話してましたよ」


 そこそこ話が進んでるのかな、とエルリィはぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます、できるだけすぐ授業には行きますので!」

「ふふ、待ってますよ。また後で会いましょう」


 許可をもらってうきうきした気分で足取りも軽く、会議室の扉を開けるのも勢いが良い。中にいたアニエスとナタが呆気に取られた。


「すまぬ、遅れた!……と、クラリスはやはりおらんのかや」

「あ、ええ。事情が事情ですもの、本当はいてほしかったのですが」


 残念そうに笑みを浮かべる。エルリィは聞いたことを後悔しつつ、他に話題がないかを探して机に広げられている衣装デザインに目をやった。


「まだ決めあぐねておると聞いたが」


「なかなかに難しいんですのよ。なにしろナタとクラリスさんのデザインは非常に良いものですから……応援に着る羽織の背中にナタは龍を描いたんですの。絶対的な強さの象徴だと。でも、クラリスさんは魔法陣を描いたんです」


 机の真ん中に、すっと押し出した紙に描かれたクラリスにデザインをナタも、腕を組んでうんうん頷きながら讃えた。


「拙者もおみそれいたしました。ただの魔法陣なら考えつくものですが、クラリス氏が考えたのは勇気の魔法陣にござる」


「……ん~と、勇気の魔法陣というのはなんじゃ?」


 そんな魔法は聞いたことがないが、とエルリィが首を傾げた。


「これは昔からおまじないに描く魔法陣ですわ。魔法そのものを発動するものではありませんのよ。遥か昔の大魔導師様が意味もなく壁に描いた魔法陣に、その名前をつけたんですの。『ありきたりよりも、無意味に描いたモノの方が自由で縛られておらず、見ているだけで沈んでいた気分も消える。前に進もうという勇気が出る』という話をされたという逸話が残っていますの」


 よほど現実に疲れ切っていたのだろうな、とエルリィは感心するよりもむしろ哀れに感じてしまった。


「まあ悪くないんじゃないかのう、儂はよく知らぬゆえ。というか、なぜクラリスのデザインが此処に。あのスケッチブック、捨てたのでは?」


 回収されたのは知っていたが、いつまでも汚れたものを持ち歩くわけがない。使えなくなったのは目の前で見た。開いたとしても、濡れて滲んでしまった絵ではデザインを正確にはできないはずだと。


「拙者が描き直したんでござるよ。いやはや、大変でござった」


 まるで普通のことのように話していてアニエスも納得していたが、エルリィは奇妙に感じてしまう。濡れていて使い物にならないものをどうやって、と。


「むう……。色々と気になるが、デザインをこれで決めなかったのは何故?」


「アニエス氏が拙者とクラリス氏の案を気に入って決めあぐねていたでござるよ。なので第三者のエルリィ氏が来るのを待ってたのですぞ」


 昼休憩が始まったらすぐに決めるつもりだったが、今朝からエルリィの姿がなかったので、ずっと頭を悩ませていたのだ。それもようやく終わる、とナタは疲れ切った顔で肩をぽんぽんと叩く。


「もう時間を過ぎてしまいましたな。シエロ殿に怒られてしまいますぞ」


「む。実はそのことなんじゃが、既に許可が出ておる。決まるまでは作業をしていても構わぬと。多少遅れても問題ないそうじゃ」


 ああ、とナタが手をぱしっと叩く。


「そういえば今日の実習は昨日の基礎練習を反復するものだと言っておられましたぞ。我々は三人とも成績が良かったですから」


「それならわたくしたちも安心して話し合いができますわね!」


 うんうん、納得。そんな具合に話はとんとん拍子に進み、クラリスは事情があって参加できない以上、足踏みもしていられないとデザイン案は決まった。


 背中には勇気の魔法陣を描き、ローブの内側には冷却魔法の文字を魔法の糸で刺繍して、各々で調節できるようにすることで暑さ対策もばっちりだ。


「あとはこれを発注するだけですわね。衣装室はどうしましょうか」


 できるだけ仕事の早いところに依頼をしたい、というアニエスの要望に応えるのにエルリィが自信たっぷりに手を挙げた。


「儂に任せてくれんか。良い衣装室を知っておるのでな」

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