第17話『裏の事情』
さらっと難しいことを言うではないかとエルリィがむくれた。手段を選ばないような男から言質を取るなど、どんな魔法を使うよりも難がある。
「そんなことが本当に可能じゃとでも?」
「できなくはない。あの男の鼻っ柱をへし折ればいい」
最後の一本を吸い終えて灰皿に捻じ込んだら、後は任せたとばかりに騎士の背中をぽんぽんと叩いて、目の前に用意された箱馬車に乗り込む。
「良い馬車だ、公爵家の送迎馬車は格が違う」
「煙草吸った直後に乗るとか信じられん」
「そう言うなって、ちゃんと煙はできるだけ吐いたから」
「いや全然普通にイヤな臭いしとるが?」
何をどうしても聞きそうにないので仕方なく臭いの立ち込める馬車に乗り込んで顔を顰めたが、ローゼはそれを見てけらけら笑うだけだった。
馬車がゆっくり動き始めた頃、エルリィは窓の外を眺めながら尋ねた。
「子爵の鼻っ柱を折るというのはできることなのかや」
「あれはお前が想像しているより臆病な人間だ、無理ではないさ」
このために用意していたんだと懐から折り畳んだ羊皮紙を渡す。
「近々、皇室が主催する狩り大会がある。都市近郊の管理された森を使うそうだが、稀に魔獣が現れるそうだ。エーデ子爵は毎回参加していてな」
「つまり、儂がそこで優勝すれば良いわけかや」
ローゼは馬鹿を見るような目でしらっと言った。
「そんな楽な話があると思ったのか」
「……うむ」
「案外、馬鹿な奴だな。もう少し頭が回るかと」
否定できないのでエルリィは顔を逸らして苦笑いする。
渡された羊皮紙は招待に関する注意事項だった。
「魔塔主である私も、あのクソ退屈な狩り大会には出席するんだが、招待状を持っているときはひとりだけ同行が許されてる。いつもはマイルズを連れて行くところをお前に席を譲ってやろう。ここまでが私の仕事だ」
どうする、と問われるよりも先にエルリィが答えた。
「では連れて行ってくれ。儂はそこで何をすべきなのじゃ」
「狩り大会に参加するだけでいい。お前が行くなら事前に通告が必要だ」
「なるほど。ともすれば、パードリグ公爵令嬢の参加は異例であるな」
「理解が早くて結構。耳の早い連中だ、すぐに小細工を弄するだろうよ」
狩り大会では、ごく普通の獣ではなく小型の魔獣を狩るのが主流だ。そのため多少の危険を伴うが、招待されるのは歴戦の猛者であったり、魔塔でも地位を持つ者ばかりなのでこれまで問題が起きたことはない。
だからこそエーデ子爵が罠を張ってエルリィが危険に晒される状況を作ってくれれば、クラリスの件で詰めてやれる。逆に罠を利用してしまおうと考えた。
「エルリィ、お前は裏のマーケットについて話を聞いたことは?」
「いや、知らぬが……何か危険物を取り扱っておるのか」
「薬物から魔獣そのもの、あるいは他国の子供を人身売買してる場所さ」
ゾッとするような話にエルリィの表情も強張った。
「そんなものがあるのかや。何故取り締まらんのじゃ」
うんざりした顔で顔を竦めて、ローゼはぶっきらぼうに言い放った。
「取り締まれないんだよ。不定期に開かれるうえに、裏で仕切ってる奴が皇族のひとりだという噂もある。この手の調査には魔塔が騎士団と協力する決まりだが、こちらの介入を頑なに拒まれている現状だ。あれこれ適当な言い訳をしてな」
皇室騎士団の承認がなければ魔塔が調査を行うのは違法とされる。にも拘わらず騎士団は自分たちの手柄欲しさに介入を許さない。魔塔の魔法使いたちが手柄を立てると、国民からの支持が騎士たち離れていくのを危惧した結果だ。
ローゼはその実情を知りながらも、身動きが取れないことに苛立った。
「私も善人ぶるつもりはないが、さすがに倫理観くらいは弁えてる。……とはいえ追い詰められないのであれば致し方ない。エーデ子爵に実害を出してもらった方が、こちらとしても介入しやすい」
「むう、儂が囮役となるわけか。しかしエーデ子爵が関係しておるという証拠はあるのかや。裏のマーケットで魔獣を買い、儂を殺すために仕込むと?」
あまりにもローゼは相手の行動に確信的だ。エルリィは、もしそれが単純な読みであるとしたなら信頼には値しない。わざわざ徒労に終わるだけで得るものがないどころか、自分たちの狙いを相手に知らせかねないと。
「お前が気にするのも分かるよ。子爵ともあろうものが自分の足取りを掴ませているわけはないと思うだろう。────マイルズが見ているから問題ない」
「……は? それはつまり、マーケットに潜り込んだという話かや?」
調査目的でも明らかな違法行為。もし騎士団に知られれば、物理的に首が飛びかねない。ローゼはさも当然のように越権行為に手を染めていた。
「こちらにも調査理由があれば、騎士団とは別件で調査くらいできる。言い訳は十分に持っているから心配するな。ともかくそこで偶然にもエーデ子爵を見かけたという報告がある。クラリスを庇っている以上、お前は良い的になるさ」
標的にされる側の気持ちは考えていなさそうな笑みに、エルリィはなんとも胸の内がざわつく気分にさせられたが、言っていることには納得できた。
「儂が死なぬと思ってはいまいか」
「吹き飛んだ腕が二秒で生えてくる奴に言われてもな」
返す言葉もなく黙り込んでしまう。
ちょうど馬車も学院に到着して、ローゼが先に降りた。
「私は仕事がまだあるんで先に戻る。お前も、午後の授業はきちんと出席しておけよ。お友達に心配ばかり掛けるのはやめてやれ」
「うむ、肝に銘じておこう」
入口でローゼと別れ、設置してあった時計を見る。
「……昼休憩の頃か」
大体の生徒は昼になると、一度は寮に戻って食堂へ行く。校舎で済ませる者もいるが、味の良さには逆らえないのが大半だ。エルリィも寮へ帰り、玄関先で話していたアウレリアと誰かの姿を見つけて駆け寄った。
「ここで何をしておるのじゃ?」
「ん。ああ、部活動の勧誘を受けてたんだよ」
相手の生徒は話が終わったらアウレリアに手を振って静かに立ち去った。
「剣術部の先輩でな。小柄だが部長を務める腕があるそうだ」
「そなたに向いていそうに見えたのかのう」
「だが、もうエリオット殿の部活に参加しているからと断った」
見えなくなった男子生徒の面影を見つめるようにして、アウレリアが微笑む。
「あの人は真剣に騎士を目指しているみたいだったから、私のような半端に考える人間が入るのは失礼極まりないだろう?」
「そういうものなのかのう。儂にはとんと分からぬ話じゃが」
アウレリアはエルリィの頭をがしがしと撫でた。
「どっちでもいいさ、入る気はないんだから。それより、これから昼食を取るつもりだったんだ。一緒に食べよう。何があったかは後で聞かせてくれ」




