第16話『提案』
ローゼがパチンと指を鳴らすと、合図とばかりに騎士たちが連行する。ドナートにはまったく理解が及ばず、引っ張られながら怒り任せに叫んだ。
「ふざけるな! 私がどれだけ魔塔に貢献したと思ってる!?」
「ああ、色々と医療関連の魔法開発をどうも。私にもできたことだが」
懐から取り出した煙草を咥える。ウルスラが注意しようとしたが、火は点けずに手で制して小さく首を横に振った。
「自分を特別だと思い込むのはやめておけ。平凡な男には似合わない」
「貴様、魔塔主だからと偉そうに! 若いだけで、大した成果もあげていないお前如きが、長年社会に貢献してきた私になんの権限があって!」
騎士たちを振り払うと、怒り任せに手を構えた。手のひらに湧いて渦巻く炎を見ても、ローゼとエルリィだけは冷静だった。
「どうせ除籍されるならというわけか? ヤンチャな老いぼれだな」
面倒くさそうに伸ばした手で、ドナートに向けて人差し指をピンと弾く。
小さな尖った氷が渦巻く炎を突き抜けて手のひらを貫通させた。
「ぐああっ……!」
炎がぶわっと消えて、傷口を押さえながらうずくまる。
猛犬のような目つきのドナートをローゼはゴミでも見る目で睨む。
「何十年も貢献できないようなアホがそもそも魔塔に入れるわけがないだろう。お前がやってきたのは〝できて当たり前の仕事〟なんだよ。たかがいくつかの魔法の開発に携わって主任になったくらいで気取るとは良い度胸だ」
今度こそ騎士たちに連れていかれるのを見送り、ローゼは本題に入った。
「言っておくが、お前にも罰は覚悟してもらうぞ」
「えぇ、儂も?」
「当たり前だろ。焦る気持ちは分かるが」
「むう……仕方ないのう」
勢いで出てきた自分も悪い、と無理は言わなかった。一度だけ部屋を振り返ったエルリィを見て、ローゼが肩をぱしっと叩く。
「煙草が吸いたいから少し待ってろ」
そう言ってウルスラに目配せする。
「喫煙可能な場所までご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
「ありがとう、助かるよ。ではエルリィ、また後で」
露骨な気遣いが、今はただ嬉しい。
エルリィは立ち去る二人に小さく手を振った。
「アベル。まだ眠っとるのかや」
返事はない。傍に寄れば、小さく寝息が聞こえた。
「まあ肉体の時間を巻き戻したところでいきなり起きるわけでもないしのう。話ができないのは残念ではあるが……やればできるではないか。犯人は必ず捕まえるから安心しておれ。警備の方はウルスラが上手くやってくれるじゃろう」
ぎゅっと手を握って頬に当て、優しく笑みを浮かべる。
「そなたの努力、儂は認めよう。今回ばかりはそなたのおかげで皆が救われた。パードリグ公爵家を代表して礼を言おう。そなたの家族にもな」
しばらくすれば目を覚ますのは分かっている。とはいえ、学院には戻らねばならない。名残惜しいが、あとはウルスラに任せておこうと席を立った。
窓の外を眺めながら廊下を歩き、久しぶりの我が家を堪能したら玄関でローゼたちと合流する。彼女の吸った煙草が、騎士の手に持った灰皿に積んである。
「ちっとばかし吸うのが早くないかや……」
「イライラしてたんだよ。ドナートの処分に良い名目ができたがね」
意外な言葉にエルリィが目を丸くした。
「なんじゃ、あやつのことを煙たがっておったのか。少しは惜しむかと」
「惜しいものか。あいつの部下がどれだけ魔塔を去ったと思う」
聞きたくもない昔話だ、と白々しくそっぽを向いて肩を竦める。にも拘わらず、無遠慮にローゼは愚痴をこぼすかのように話を続けた。
「魔塔では数年に一度、研究の成果を発表する場が設けられる。あろうことか、あいつは何らかの手段を講じて後輩の研究を横取りして自分の成果にしたんだよ。しかし残念ながら、証拠らしいものを掴めなくてね。もちろん、自分の手で成果も挙げた経歴はあるから理由もなく排除ができなかった」
運が良かった。目の上のこぶに感じていた男は、あろうことかパードリグ公爵令嬢と揉めたのだ。挙句の果てに自身の失態には目を瞑り、言い訳がましく地位に追い縋った。患者の命が救われたことよりも自身を案じる姿は、魔塔所属の医師としては人々の生活を支える中で不適格極まりない態度だ。あろうことか、それを焦っていたせいでローゼにまで見せてしまったのがまずかった。
「お前のおかげで都合の良い理由ができたよ。横柄なうえに狡猾な奴だったから頭を痛めてたが、しばらくは気持ちよく煙草が吸える」
「そなたの頭にはそれしかないんか?」
じと目を向けられて、ローゼはへらへらして言った。
「欲望に忠実な生き方がいちばん幸せなんだよ。それより、いきなり学院を抜け出した馬鹿の件については本来なら減点だが、人命救助のためだったとして特別に不問にする。助かって良かったな、あのメイド」
「……うむ。見知った顔に死なれるのは、なんとなく嫌じゃからの」
嬉しさで無邪気に笑う顔を見て、ローゼはまた懐から煙草を取り出す。
「もう吸うのやめんか、本当に」
「真剣な顔で言うなよ……。これが最後だから、これが……」
喫煙に関してはなにひとつ信頼性のない言葉にはエルリィも苦い顔だ。絶対に帰る前にもう一本は吸うに決まっている、と。灰皿を持たされている騎士も、何本吸えば気が済むんだと言いたげに口角を引き攣らせた。
「ところで、お前が勝手に出て行ったのと、ドナートの問題は別件になる。上手く処分するのに利用させてもらった礼に……」
ふーっ、と空に吐いた煙が吹いた風に運ばれてエルリィに直撃する。
「まあなんだ、ほら。お前に朗報があると言いたくて」
「普通先に謝らんか?」
「謝ったら負けだと思っている」
「それでも学院長か、そなたは!?」
しらっ、と顔を逸らして咥えた煙草を放さない。なんの反省もなかった。
「まあ聞けよ。忙しく走り回ってるお前に、クラリス・バックメイヤーの退学を取り消してやる方法をひとつだけ提案してやろうと思ってな」
「何? じゃが、それは学院にとっては都合が悪いのでは……」
「そりゃあ都合は悪い。基本的に取り消すつもりはない。お前の働きに免じて、提案をしてやるだけだ。うまくやれば退学処分の取り消しを考えてやる」
諦めるしかない可能性も十分考慮していた。そのときは公爵家の庇護を与えるべきだろうとも。だが、ローゼはほぼ詰みとも言えるチェス盤を丸ごとひっくり返すかのような提案をしてみせた。
「エーデ子爵に会え。手段はお前の好きにしたらいいが、奴から今回の問題についてクラリスの責を問わないと言質を取って来い」




