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みなしご令嬢はかく語りき─前世魔王の人間賛歌─  作者: 智慧砂猫
Chapter.2

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第13話『切っ掛けさえあれば』

 話が纏まって、短い女子会は楽しい話題に切り替わった。今後は何を学びたいか。何を目指したいか。体育祭ではどっちが勝つか。同級生の誰が誰を好きだとか、そんな話で盛り上がって、気付けば疲れて眠っていた。


 深夜にエルリィは眠ってしまった二人を置いて、夜風を浴びに外へ出た。どこも店は閉まっていて、学院の本校舎も真っ暗だ。職員も既に帰った後だろう。まるで世界に独りぼっちになった気分に浸り、かつて城で勇者の来訪を待ちわびていた頃を思い出す。退屈ではあったが、寂しくはなく心地よかった時間を。


「エルリィさん?」


 ふと、背中を叩く声に振り返った。


「アニエスではないか。こんな夜更けに何をしておる」

「そちらこそですわ。消灯時間なんてとっくに過ぎてますわよ」

「夜風を浴びに来ただけじゃ。もう帰る」


 あまり遅くなって教員に見つかりでもしたら何を言われるやら分からない。そろそろ眠くもなって来たので帰ろうとして、腕を掴まれた。


「あっ、あの……!」

「ん?」


 もじもじと何かを言いづらそうにするアニエスに何も言わず、黙って彼女が言葉を紡ぐのを待った。ずるい奴だと自分を責めながら、どうしても。


「わ、わたくしが、その。夕刻、あなたを責めたことを謝りたくて……」


 掴んでいた手がするりと腕から離れていく。

 アニエスは俯きながら、か細い声で言った。


「申し訳ありませんでした。スケッチブックをナタが拾ってきて、それで色々と聞きましたの、マリア様との件も詳しく……。その、他人の気持ちを考えずに先走った物言いをしてしまって、ごめんなさい」


 深く頭を下げたアニエスの頭をぽんぽん叩いて顔をあげさせる。


「儂も言いすぎた。こっちも叱られてのう」

「あ……ふふ。似た者同士だったのでしょうか」

「やもしれぬ。儂らもまだまだ青いらしい」


 ふわっと吹いた風の涼しさにエルリィはひとつ深く息を吸い込んでゆっくり吐く。


「少し散歩でもするかや。戻ったとてやることもないし────」

「ならんぞ、ガキ共。消灯時間は過ぎているだろうが」


 ぬっ、と背後から気配なく現れたローゼの重たい言葉に、二人とも悲鳴が声にならない。今にも口から心臓が飛び出しそうになって顔を真っ青にした。


「何を驚いている。さっさと寮に戻れ、減点されたいのか」

「せめて脅かすでないわ! そもそも、こんな時間にそなたこと何を!?」

「巡回だよ。最近はよく馬鹿が出歩いてるからな」


 腰に手を当てて、ローゼは大きなあくびをする。


「どこから持ち込んだのか、煙草まで持ってる奴がいる始末だ。まったく、ガキの分際で煙草なんぞ吸いやがって。身体を駄目にしたいのか」


「駄目な人間が言うと説得力が……のう……」


 突っ込まれてローゼがぎろっとエルリィを睨む。


「お前も時と場所を考えろ。クラリスの擁護はいいが、退学処分が決まった奴を助けに入れば、エーデ子爵がどう見るかくらいは分かっているはずだ」


「儂を襲う馬鹿などおらんじゃろ。仮に殺そうとしても死なぬゆえ」


 ビエントとの決闘から相変わらずの正確にローゼは呆れた。


「手段を選ばない人間の根底にあるのは略奪だ、エルリィ。お前でなくとも、お前の大切なものを奪おうとするのが連中だということ忘れるなよ」


 くあっ、とあくびをする。もう眠気が限界に近かった。


「立ったまま寝るつもりかや」

「うるさい。私だって好きで巡回なんぞしてない」


 不機嫌なのが見て分かる。ローゼはエルリィの肩をばしっと叩いた。


「もう戻れよ。今回は大目に見てやるから」

「うむ、ありがとう」


 立ち去っていくローゼを見送ってから、二人は寮に戻った。

 アニエスは不思議そうに、外を振り返る。


「学院長様に、いつもああして普通に話しかけてるんですの?」

「そうじゃなあ。別に怒らんから良いではないか」

「えぇ……。駄目ではありませんか、そういう礼儀というかマナーは……」

「言われれば直す。そなたも、あまり他人の猿真似はやめておけ」


 廊下で別れる前に、エルリィは忠告する。


「高貴さと傲慢さを履き違えてはならん。もしそなたが社交界の華となれるような気品溢れるレディに憧れているのであればな」


 背を向けて部屋に戻ろうとすると、アニエスが呼び止めた。


「エルリィさん。……わたくしはあなたにはちっとも憧れませんわ」

「む。なんじゃ、儂への嫌味のつもりか?」


 口先を尖らせるエルリィに、アニエスはニコッと笑った。


「でも言っている意味は、とても身に沁みました。平民とてレディになる資格はあってもいいはずです。これからはもっと他人の言葉に耳を傾けますわ」


 変わろうとする意志を見て、エルリィは驚いた。


『言葉は交わすものであって、殴り合うためのものじゃないだろ。間違ってないからと言って強く返したら、相手もいい気はしないんだから喧嘩にもなるさ。正しいからってふんぞり返っていい理由にはならないんだ』


 アウレリアの言葉が脳裏を過り、またひとつ理解できた気がして嬉しくなる。まだ対等の立場で考えるというのは難しい。正しい言葉を伝えたいときに、どう伝えるべきかを意識して行えない。それでも、アニエスとの距離が縮まったと分かる。


「おやすみなさい、エルリィさん。また明日。衣装デザイン、まだ決まってないので放課後に来てくださいませ。わたくし、待ってますので」


「……うむ!」


 温かいやり取りがあって、ひとまず疲れは吹き飛んだ。

 たった半日ほどで慌ただしい時間を過ごしたが、それも悪くはないと思える。


「おかえり、エルリィ。どこへ行っていたんだ?」

「アウレリア。起きてたのかや」

「ああ、少し寝落ちてしまったが」


 部屋は片付いていて、アウレリアのベッドでカーリーはぐうぐう眠っている。


「どうやら寝床を奪われたようじゃの」

「まったくだ。今日は床で寝ないと」


 起こしても良かったが、あまりにも気持ちよさそうにすやすやと眠っているのを見て、アウレリアはさすがに気が引けてしまって起こせなかった。


「なら儂といっしょに寝ればよい。ベッドは広いゆえな」

「……では、お言葉に甘えさせてもらおうか」

「うむ。その前に、まずはシャワーを浴びて歯を磨かねばのう」


 今日は気持ちよく眠れそうだ。自然と笑みが溢れた。

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