第12話『まだこれから』
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学院に戻って来れたのは、二時間ぴったり経ってからだ。もうすっかり暗くなってしまったが、無事に公爵家でバックメイヤー夫妻を匿うことには成功した。彼らにバレないように店にも特殊な結界を張ってある。
ひとまずクラリスを寮に送り届けたあと、エルリィは腹が減ったと食堂へ足を運んだ。既に夕食の時間は過ぎていて、生徒たちもまばらにしか見かけない。時計を見て終業時間まで一時間半はあるのを確認すると甘いコーヒーでひと休みだ。
「遅かったな、エルリィ。なかなか帰らないから心配したが」
「ん、アウレリアかや。そなたもコーヒーを一杯どうじゃ、奢るぞ」
「結構。さっき飲みながら勉強してたところだ」
エルリィの対面に座って、アウレリアは頬杖を突く。
「どうもクラリスが騒ぎを起こしたみたいだな。そっちの解決に追われているみたいだが、体育祭の準備は大丈夫なのか?」
「アニエスに儂は要らぬと言われた。あの小娘、態度が悪すぎる」
口先を尖らせて愚痴をこぼす。どう考えても自分たちは悪くないのに、悪い方を責めようとしない。挙句の果てに帰るよう言われたのだと憤慨した。
「そうなのか。スケッチブック片手に泣きそうな顔で寮を探し回ってたが」
「まことかや? スケッチブックというのは汚れた……?」
「あぁ。ナタがどうとか言っていたが声が小さくて聞こえなかった」
アニエスとの間に入ってくれたのか、と眉尻が下がった。
何か言おうにも言葉が選べずにコーヒーで濁す。
「こんなことを私が言うのもあれだが、正しさを妄信してないか。言葉は交わすものであって、殴り合うためのものじゃないだろ。間違ってないからと言って強く返したら、相手もいい気はしないんだから喧嘩にもなるさ。正しいからってふんぞり返っていい理由にはならないんだ」
売り言葉に買い言葉の応酬で互いに気分を悪くしただけ。突っぱね合って、聞く耳すら持たなくなった。それは良くないことだったとエルリィも反省する。
「うむ……。儂も熱くなり過ぎたのかもしれん」
冷静になってみると、些細なことで言い争ってしまったと後悔が押し寄せた。自分は間違っていないのだからと強い言葉で責める前に、もっと冷静に事情を説明して説得すべきだった。アウレリアに言われて、ようやく学ぶ。
「そなたは賢いのう。儂もまだまだであったわ」
他人を気遣うことはできる。諭すことも。
ただ、いつだって対等の立場で考えたことはなかった。
「人間とは奥深いものよな。言葉ひとつで傷つきもするし、癒されもする。知識を得たと思えば、すぐに改めさせられる。まだまだ楽しめそうじゃ」
「これからだろう。私たちはまだ子供だから、知らないことだらけだ」
うん、とエルリィは飲み終えたコーヒーカップを皿にそっと置く。
「儂は戻るが、そなたは?」
「いや、私も戻るよ。お前がいないか見に来ただけだったから」
「ふむ……。では購買に寄っていこう!」
「お菓子なら売り切れてたぞ。食堂でケーキを買って帰ろうか」
「むむ、少々帰るのが遅かったか。ならばそうしよう」
飲み終えたカップを返却口に置いて、ケーキをいくつか注文する。箱に入れてもらうのを待つ間に、ふらりとやってきた生徒に声を掛けられた。
「よう。お前ら何やってんだよ、こんな時間に?」
魔塔所属でありながら『基礎を学び直したい』という理由で学院に編入してきた、カーリー・グロスマン。入ってくるなり一週間で、怖いヤンキーという印象から学院きっての超エリートで美人な姉御としての地位を確立しつつある。
ただし、彼女が振り向いてくれる相手はエルリィだけだ。
「ちょっと立て込んでおってな。その休憩がてらに此処でコーヒーを」
「私もエルリィを探していて、見つけたから話を」
ふ~ん、と興味があまりなさそうな返事をしながら、持っていたプレートを返却口に置く。甘い香りがしてきて、箱に包まれるケーキを見つけた。
「あっ、良い匂い。持って帰んのか?」
「うむ。このあと部屋でゆっくり食べながら話でもと思ってのう」
「お前も来るか。余分に買ってるから来ても問題ないぞ」
誘われると目をきらきらと輝かせて、じゅる、と僅かによだれを垂らす。
「行く! 絶対行く!」
「んふふ、愛い奴め。やんちゃな猫のようじゃのう」
「へへへ……。あっ、それよりもさぁ」
ふと思い出したようにカーリーが尋ねた。
「今日の騒ぎでクラリスがやらかしたって聞いたか?」
「まさにその件で、儂は右へ左へ走り回っとったわけじゃが」
頭が痛くなる、と額に手を置く。マリアが改心したからといって、その取り巻きが起こす騒ぎまで鎮静化するわけではない。彼女たちはクラリスを目の敵にしている。自分たちが他人をどう扱って来たかは棚に上げて。
なにより厄介なのは、その言葉を信じるも信じないも関係なく、人々は大人や子供に関わらず話を広げて尾ひれまでついていくことだ。カーリーはマリアが死の淵を彷徨ったという噂まで耳にしたと言って呆れていた。
「チビはそんな奴じゃねえってのにな」
「……うむ、そうじゃな。死の淵まではいっとらん」
「ぎりぎりまではやったのかよ」
「しかしクラリスが一方的に悪いわけでもないゆえな」
周囲にはまだ生徒も残っている。エルリィは二人の手を引いた。
「まずは部屋に行こう、話はそれからじゃ。あまり聞かれたくない」
「おう。ケーキ、ケーキ!」
「言っておくが余分とは言っても、そんなにたくさんはないからな」
購買で飲み物だけを買い、エルリィたちの部屋で準備が整ったら話は再開された。本来であれば情報共有など学院では禁止だが、エルリィはそれでも二人に頼るべくエーデ子爵の介入が考えられることを伝えた。
「────というわけで、ややもするとビエントより直接的な手段に出る可能性もある。そのための一時的な保護としてバックメイヤー夫妻は儂の家で匿ったが、問題はクラリスじゃ。儂だけでは守り切れぬやもしれん」
エーデ子爵ひとりを警戒していればいい、というのは甘い。彼らがどんな手を使うかも分からないのに、エドワルドの前例がある中でクラリスから目を離すのが怖かった。そこでアウレリアとカーリーが名乗りをあげた。
「では私たちが交代で常に傍にいよう」
「そのへんの奴らよりは腕が立つぜ。オレは実戦も慣れてるしよ!」
うむ、とエルリィは頼り甲斐のある二人の力強い笑みを信じた。
「では頼む。問題が解決したら、それなりの謝礼はしよう」




