第11話『罪には罰を与えましょう』
高らかな宣言が、小さな店の中に響いた。明らかにぽかんとした顔のカイルを見て、エルリィは何か問題があったのかと一瞬の思案の後に、自分が何を口走ったかに気付いて顔を真っ赤にする。
「ちちち、違いますじゃ! 間違えました、不躾な言葉遣いしてもうてしまいましたでございますわ!」
ぶんぶんと手を振って必死に取り繕うが、むしろ悪化する。
「あ、はは。慌てなくてもいいですよ、余計に変になってます」
「っ……こほん。すみません、取り乱してしまいました」
なんとか落ち着いたものの、まだ気恥ずかしさにしかめっ面だ。
「なんにしても、私がクラリスとご両親をお守りしたい気持ちは変わりません。どうか、すぐにでも公爵家へ私と来ていただけませんか?」
考えている時間はない。こうして話しているあいだにも、エーデ子爵は着々と報復の手を伸ばしている。すぐにでも答え出してほしいと迫った。
「……わかりました。この店を手放すのは惜しいですが」
「それはご安心ください。私に考えがありますから」
話を終え、クラリスが戻ってくると事情を説明して、あと一時間ほど残っているのを確認して公爵家へ向かう。学院からは少し離れているため、通りで四人以上乗れる送迎馬車を捕まえた。乗り心地は最悪だったが、急ぎゆえに我慢する。
屋敷を前にすれば、その巨大さは圧巻で、門でさえ番をする巨人のように構えているふうに感じられる。息を呑むバックメイヤー家の前で、門番を務めていた私兵の男にエルリィが気さくに声を掛けた。
「久しぶりね、少し開けてもらえるかしら」
「……? あえっ、えっ、お嬢様!? 今は学院におられるのでは!?」
「ちょっと所用で出てきたの。お父様は帰ってきてるかしら」
「いえ……。領地の方で問題が起きたとかで、もう一ヶ月はあちらに」
「そう。では今もウルスラが使用人たちを纏めているのね」
素晴らしいことだと褒めようとしたが門番の男が言葉を濁すので、何か妙だと感じて固く閉ざされた格子門へ向き直った。
「今すぐ開けなさい。でなければ吹き飛ばしてでも入ります」
「ひっ。す、すみません。すぐに開けますので少々お待ちを!」
玄関まではいささか遠い。エルリィは振り返って三人に少し待つよう言ってから、風の魔法で空を優雅に舞い、一気に玄関へ飛んだ。しまった扉の向こうに聞こえてきた笑い声が、思わず腹立たしさに笑顔を作らせた。
勢いよく扉を開いてみれば、メイドたちが仕事をさぼって、だらだらと談話をしている姿が目に飛び込む。忙しそうにしているのはあまり見慣れない顔ぶればかりで、じろっと睨みつけると全員が委縮して姿勢を正す。
「あら、人のいない間に随分と楽しそうなお話をしていたのね。笑い声がそこまで聞こえてきてわ。どんな話をしていたのかしら?」
さぼっていた数人のメイドたちの前に立ち、ニコニコと優しそうに声を掛ける。彼女たちのうち、ひとりが俯いて目線だけをあげながら言った。
「あっ、あの……学院にいらっしゃるのでは……」
「なんの話をしていたのかと聞いたのよ」
メイドたちはびくっ、と体を跳ねさせて怯え、一気に青ざめた。
「わ、私たちはその、先日に休暇を頂いたときの話を」
「そう。どこかへ出かけたのかしら」
「はい……。セクエンス通りでカフェ巡りをして……」
「いいわね、カフェは私も好きよ。ところでウルスラは?」
「体調を崩されてお休みになられています」
だから屋敷の中でメイドたちの天秤が大きく傾いたのかと口端を噛む。
「わかったわ。彼女の代理には誰が?」
「エレナです、エレナ・メッサリーナが」
「そう。お父様が不在だから誰かがメイドたちを管理しないとね」
目の前でよく喋ってくれるメイドの腕をぱしぱしと優しく叩いた。
「あなたたちも少しは働いてくれてるもの、長い休暇をあげるわ。荷物を纏めてすぐに出発しなさい。私の気が変わらないうちがチャンスよ」
メイドたちがざわつく。咄嗟に土下座をして謝罪したのは、カフェ巡りをしていたと言ったメイドだった。
「申し訳ございません、お嬢様……! どうか、どうかここを去ることだけはお許しください! 私は平民の出身でありながら立場も弁えず、長く働いてきたことに傲慢さと図々しさを抱いてしまいました……!」
他のメイドたちも彼女に続こうとするが、エルリィが襟を掴んで立たせたことで動きが止まった。恐ろしすぎて指先ひとつ動かせず、頬をつたった冷や汗の感覚すら分からない。
「謝罪するくらいなら最初からまっとうに働いておくべきだったわね、アベル・マーキュリー。もう此処へ来て六年なのだから、それくらいは理解しておかなければならなかった。……それで、これからどうしたいの?」
「ここで働き続けたいです! お願いします、どうか一度だけ……!」
泣き落しではない。涙に濡れた瞳がまっすぐで、仕方ない奴めと掴んだ襟を放す。エルリィはうん、とひとつ頷いて言った。
「ウルスラの代理はあなたがしなさい。もし次に怠慢があったときはクビで済むと思わないでちょうだい。後ろの二人は帰っていいわ、役に立たないから」
失態を見せた中で、ウルスラの代理を務めるのは難しい。どれほどの陰口と敵意を向けられたものか。それでもやりきれるかを試すエルリィに対して、アベルの後ろにいた二人のメイドが慌てて自分たちも床に膝を突いた。
「お、お待ちください、私たちにもできます! どうか!」
「公爵家を離れたくありません、お願いします!」
追い縋った二人のメイドをエルリィは冷ややかな視線で見下す。
「他人の後ろをついて歩くのは簡単よ。でも足跡を辿っても同じ結末にはならないの、残念だけど。誠意は真似るものではなく見せるものよ」
立てた指をくいっ、と動かして傍にいた衛兵二人を呼びつける。
「連れていきなさい。荷物を纏めさせたら追い出して」
「承知致しました」
必死に弁明するメイドたちの声にそっと片耳を塞ぎながら、まだ動揺の渦中にあるアベルに「ついてきなさい」と呼んで、ウルスラの部屋に向かう。
激務の中で無理をしてきたのだろう。パーティ以降は顔を合わせていないので心配になったが、部屋を開けると寝間着姿で肩にストールを纏い、コーヒーを飲んで休んでいるウルスラの姿が目に飛び込んでホッとする。
「ああ、元気だったかしら。体調を崩していると聞いてどれほど心配したか」
「お嬢様、どうしてこちらに。学院で外出許可を頂いたのですか?」
「うん。もうあまり時間は取れないけど」
「そうなんですね。少しでも会えて嬉しいです」
「私もよ。それとメイドたちの件だけど、随分と手を抜いてたみたい」
穏やかな瞳が急にアベルを睨んだ。
「本当ですか? エレナにキツく言っておいたはずですが?」
アベルがびくっと怯えて俯いたのを見て、よほどこっぴどくエルリィに絞られたに違いないと責めはしなかった。
「そのエレナだけど私が帰ったらクビにして。荷物を纏めさせたら追い出しなさい。あなたの代理はこれから、このアベルがやるわ」
「アベルがですか? 難しいような気がしますが……」
「問題ないはずよ。何かあれば責任は私が負うから、手伝わせてあげて」
エルリィが誰かを甘やかすようなことはしない。その判断に至るだけの理由があったのだろうとウルスラは納得して、持っていたカップをテーブルに置く。
「アベル、あなたは問題ないのですね?」
「はい」
声は震えていたが、まっすぐに目を見て答える姿は立派なものだ。エルリィがあえてチャンスを与えたのが理解できると、はあ、と深いため息を吐く。
「お嬢様も酷なことをされます。統括は激務ですのに」
「さぼった分を働いて返すだけよ。それより、体調は?」
「もうほとんど治りましたよ。今日は安静にしていろとエレナが」
「なるほど。であれば少し頼まれて欲しいことがあるのだけど」
わざわざ学院を出てきて頼みごとなど、よほどの用件に違いないと姿勢を正す。
エルリィはアベルをちらと振り返ってから────。
「とある夫婦を内密に匿ってほしいの。誰にも知られてはならないわ。連れてきているから、中に招いたら私が連絡するまで箝口令を敷きなさい」




