第10話『血の繋がりはなくても』
そうは言っても耐え切れずエルリィの腕にがっちりとしがみついて、ぷるぷると小さく震えながら家の前に立った。
「先が思いやられるのう……。儂が開けても構わんか?」
「う、うん……。ごめん、めちゃくちゃ怖くて」
「いやまあ、儂もお父様に嫌われたらとは思うから気持ちは分かるが」
扉を何度かノックして開く。営業中の薄い看板が左右にぷらんと揺れた。
「いらっしゃいませ────て、あれ。クラリス?」
中にいたのは父親だ。クラリスが怯えて顔色を青くしているので心配そうに皿洗いをやめて、濡れた手をタオルで拭きながら駆けよってきた。
「どうしたんだい、学院から帰ってくるなんて。隣の子は?」
「初めまして、クラリスのお父様。私はエルリィ・パードリグと申します」
腕に抱き着かれたままなので、簡素に目を伏せて小さく会釈をする。
「あぁ、これはご丁寧に……。私はクラリスの父でカイルといいます。えっと、すみません、疎くて。もしかしてあのパードリグ公爵の?」
随分とのんびりした父親だが、クラリスを見る目は穏やかで優しさに満ちている。さぞや幸せな家庭に育てられたに違いないと確信して話を始めた。
「私はパードリグ公爵家の娘で間違いありません。それからクラリスの友達です。実は今日、大きなトラブルがありまして、クラリスが────」
事実をあえて包み隠さず伝えた。話す間、クラリスはとても緊張して震え続け、エルリィの言葉に一生懸命頷くばかりだった。
カイルには、いきなり頭を殴られたような衝撃があった。自分の娘が、たとえどんな理由があろうとも傷つけたとは信じられず、手で顔をさすって戸惑いが隠せなかった。なんてことをしてしまったんだ、と。
「仰っていることは大体わかりました。それで、相手の方は……」
「エーデ子爵家のご令嬢です。傷は私が治療致しました」
子爵家の名前を聞いた途端、カイルも一気に青ざめてしまった。全身から一瞬だけ力が抜けてしまい、ふらついてテーブルに手を突く。
「……すみません、少し座っても?」
「どうぞ。私たちも腰掛けてよろしいですか」
「もちろんです。時間があるのでしたらゆっくり聞かせてください」
「ええ、わかっています。そのために来たので」
席に着いてからエルリィは事情について、さらに深く伝えた。
「エーデ子爵家が悪名高いのはご存知でしょう。人を使って店を潰したり、あるいはご夫妻の命も危ぶまれます。ですから、保護の観点から見て私がパードリグ公爵家でご夫妻の身を預かろうと考えています。いかがでしょうか」
口元を手で覆うようにカイルは考え込んだ。
「いかがと言われましても。パードリグ公爵家のお世話になるなんて」
「お気になさらず。友人を助けたい気持ちで動いていますので父は関係ありません。今のところはですが……それでも、私の一存で動いてくれるはずです」
名前が大きすぎるがゆえに抵抗があったが、エルリィの自信に満ちた表情を見るとカイルも信じてみようという気持ちになる。
「ほとぼりが冷めるまで、ということですか?」
「そうなります。エーデ子爵を納得させるまでは保護させて頂きたく」
「でも、此処はどうなるんです。いない間に荒らされたら……」
「それは絶対にありえません。私がそうさせませんから」
十六歳の子供とは思えない、はっきりとした受け答えと強い自信。さすがに公爵家の令嬢ともなると、自分たちとは大違いらしいとカイルも驚いた。
「わかりました。妻にも話を伝えないと……今は体調を崩して二階で休んでいるんです。ちょっと話をしてきても構いませんか?」
「もちろんです。ただ、私たちも二時間の外出のみが許可されていますから、早めにお願いします。良いお返事を期待させてくださいね、カイル様」
カイルが二階の部屋に向かっていき、姿がみえなくなるとクラリスは僅かばかりの緊張から解放されてホッと胸をなでおろす。
「ひとまずは怒られてはいないようじゃのう」
「かなり失望されたけどね。アタシが問題を起こしたの、初めてだから」
「信じられんじゃろうな。カイルは随分とそなたを信用しておる」
「……うん。なんて言ったらいいか、全然分かんない」
俯いて申し訳なさそうな顔をするばかりのクラリスの背を優しく撫でた。
「心配せずとも、そなたの両親は愛してくれておるとも」
「だといいなぁ」
それからしばらくして、カイルが戻ってくる。青ざめていた顔は、かなりマシになっていて、顔つきも少し柔らかい。
「クラリス。母さんが話したがってるよ、会っておいで」
「あ、うん。エルリィは?」
「エルリィさんとは私が話したいことがあるから、後でね」
「わかった。……エルリィ、またあとでね」
不安そうな笑みで、二階へあがる前にエルリィの手をぎゅっと握りしめた。
「うむ。母君殿を待たせては可哀想じゃ、急げよ」
そう言って送り出す姿に、カイルがやんわり微笑む。
「良かったです、あの子に友達ができて」
「随分と孤児院で虐められていたと聞いています」
「ええ。ひどい虐待に遭っていたようで」
カイルがテーブルに両肘を突いて手を組み、ぼつりと話し始める。
「私たちは子供に恵まれませんでした。妻の身体も弱いですし、無理をさせられないと思い、養子を迎えるのに孤児院へ足を運んだんです。そのとき偶然、庭先で他の子供にいじめられているのを見かけましてね」
「それで引き取ったと。カイル様は正しい選択をされましたわ。だって、クラリスは私から見てもとても良い子で、優れた魔法使いでもありますもの」
カイルは我が子を褒められて、照れくさそうな笑顔になった。
「ありがとうございます。辛い時間を長く過ごした子ですから心を開いてもらうのに少し時間は掛かりましたが、普段は暴力的な一面なんてまったくなくて、今でも少し信じられないくらいで……」
沈黙が通り過ぎていき、カイルは真剣な顔をして膝の上で拳を作った。
「あの、エルリィさん。不躾な頼みとは思うのですが、どうか聞いてくださいませんか。私たちの生活はどうなっても構いません。その代わり、あの子だけは守ってほしいんです。血は繋がっていなくても、私たち夫婦の大切な宝物ですから」
娘のために深く頭を下げるカイルに、エーデ子爵家の影響力の大きさを見る。そして、屈することのない親の強さも。そうなるとエルリィも、これまでの礼儀正しさを忘れてしまうほどに熱が入った。
「────うむ、そなたの覚悟はしかと受け止めた。エーデ子爵家はどんな手を使っても儂が止めると誓おう。パードリグ公爵家の名に懸けて」




