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みなしご令嬢はかく語りき─前世魔王の人間賛歌─  作者: 智慧砂猫
Chapter.2

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第8話『差し伸べた手』

 ナタはエルリィを差別しなかった数少ない友達のひとりだ。

 少々変わり者なところはあるが、心優しさは本物である。


「うむ、ならばさっそく会いに行こう。……で、隔離室はどこじゃ?」

「エルリィ氏、なかなか地図を覚えませんなぁ」

「面目ない。大体はアウレリアに連れまわしてもらうからのう」


 しょんぼりしてしまったエルリィに慌ててナタはフォローを入れる。


「だっ、大丈夫でござるよ。それなら拙者が案内すればいいだけのことですからな。こちらこそ失礼を詫びさせてもらいますぞ、さあさあ行きましょう!」


 ぐいぐいと手を引っ張って連れて行く。

 エルリィはされるがままの状態で、くすくす笑った。


「可愛いのう。そなたは魔法使いとしても人間としても好きじゃ」

「ふふふ。褒めすぎですぞ、エルリィ氏」

「いやいや、本心ぞ。そなたにはまた礼をせねばなるまい」

「ではケーキを多めに買ってもらいますかな! はっはっは!」


 すっかり二人とも、ひと仕事を終えた気分で足取りは軽かった。

 だが残念ながら、まだ問題は残っている。隔離室の前に来て実感させられた。


「ううむ。この中にクラリスがおるのかや。なんとも気が重くなってきた」

「拙者も緊張してきたでござる……」


 エルリィはドアノブに手を掛け、ナタと顔を身わせてから扉を開けた。


 隔離室というわりには普通の部屋だ。適当な家具を揃えた応接室で、どことなく自分の屋敷にあった一室を思い出してしまう、質素で味わいのある高級な部屋といった雰囲気だった。 


 コーヒーテーブルを挟むソファの片方にクラリスは慎ましく座り、暗い顔で組んだ手元をずっと見つめるように俯いている。


「クラリス」


 名前を呼ばれて顔をあげたとき、エルリィに気付いて少し驚いた。だが、すぐにまた俯いてしまう。あまり顔を合わせられなかった。


「気分はどうじゃ。随分と暴れたらしいのう」


 対面のソファにナタと並んで座り、姿勢を正す。

 優しく尋ね、クラリスの緊張感を少しでも穏やかにする。


「あの人たちが悪いんだ。アタシは別に、自分の悪口なんていくらでも言われて良かった。でも、エルリィのことを言われたときにカッとなって……」


「嘘を吐くな」


 ぴしゃりと言われて、クラリスの肩がぴくっと小さく跳ねた。


「どうして? アタシは嘘なんて言ってないよ?」

「ローゼから報告は聞いとる。なぜ自傷行為までして笑っておったのかや」

「それは……」


 俯いたままの顔が、僅かにエルリィから逃げるように逸れた。


「話した方が良いですぞ、クラリス氏。あまりひとりで抱え込んでも問題は解決しませんからな。拙者たちに手伝えることがあるはずにござる」


「……ナタは分かってないよ。アタシがどれだけ苦痛を抱えてきたか」


 クラリスは顔をあげて、悪どい微笑みを浮かべた。


「分かるわけないか。いつもだれかの陰にいないと息のひとつままならない人生だったもの。学院にきたら変われると思ったのに、結局またアタシは誰かの背中に頼るしかなかった。だから傷つけてやったの。二度と立ち直れないように」


 ぎゅっと自分の身体を抱きしめて、小さく震えた。


「分かんないよね、二人には。でもアタシだってエルリィみたいに強い人間になりたかった。守られてばかりじゃ嫌だった。臆病なままで生きたくなかった!」


「じゃからマリアの顔をズタズタにして、気持ちよくなっておったわけか」


 ゆっくり頷いて返されると、エルリィは呆れて何も言えなかった。


「待ってよ、エルリィ! そうやってアタシを責めるけど、あなただってしたことでしょ!? エドワルドも、フェルム公爵といた人たちも!」


「違う。そなたのはただの私刑であろう。儂と同じではない」


 困った娘だと眉間を揉んだ。あまりに身勝手な陶酔に過ぎないと。


「儂はエドワルドにチャンスをやった。あの休憩室のときにな。それでも儂のものに手を出した挙句、そなたを殺しかけておる。あれに罪悪感という感情は宿っておらんゆえに、そうするのが正しかった。それに、決闘に加わっていた連中も仲間を殺しておった。あれは魔法使いとして、人間として正しくない」


 足を組んで膝に手を置き、堂々とまっすぐクラリスに向かって言った。


「そなたのやったことは裁定者の代弁者が如き私刑に過ぎん。儂が望んでもいなかったことをして、あまりに行き過ぎた暴力を正当化しただけであろう。自分の本来持っておる強さに酔った愚か者。そう呼ぶしかない」


 否定された。拒絶された。クラリスの中で何かが崩れていった。エルリィは何があっても自分の味方をしてくれると、本気で思っていた。


 マリアを傷つけたときも気持ちが良かった。悪い人間を罰する側になれたのだと。魔眼はそのために与えられた、自分のための力なのだと。


「なんで。守ってくれるって言ってたのに。……アタシはあなたに憧れただけなのに、褒めてもらいたかっただけなのに! なんであなたまで否定するの!? そんなこと言うエルリィなんて要らない!」


 冷気を操って細く尖った氷柱を作って掴むと、魔眼の力でエルリィを標的にする。自分の喉に突き立てて殺そうとした。突発的な殺意に呑まれて。


「やめておけ。儂に魔眼は効かぬぞ」

「……嘘よ。だってアタシの魔眼はあなたと視覚を共有したもの」

「ならば試してみるか?」


 あまりにも堂々としていて、ハッタリだとは思えない。

 クラリスの氷を握る手がぶるぶる震える。


「良いことを教えておいてやろう。これはおそらく学院長殿も調べきれておらぬか、あるいは文献にもないのであろうが……魔眼同士の争いは掛け離れた実力を持つ強者のみが効力を発揮できる。どうした、突き刺してみろ」


 動じないエルリィを見て、決心が定まらない。段々と呼吸は荒くなり、冷や汗がじっとりと噴いて頬を伝う。やがて、クラリスは耐えきれず氷柱を投げ捨てた。怖くなってしまった。エルリィの言葉が真実に思えてしまう。


 実際、言葉に嘘はまったくない。もしクラリスが自分の喉を突いていたとしたら、ただの自殺行為に過ぎず、相手には傷ひとつ与えることがなかった。


「思い留まったか。そなたも荒っぽいのう。エドワルドのように力に溺れれば、待っているのは破滅だけじゃ。その選択は正しい」


「……正しいかどうかなんてどうでもいいよ」


 すとん、とソファに腰を下ろす。両手で顔を覆って、身を丸めた。


「どうせ退学だもん、アタシがやったのはひどいって分かってる。でも止められなかったの。アタシだってやればできる子だって、やっと思えたのに……エルリィに褒めてもらえるって、本気で思ってたのに……」


 どうしてこうも上手くいかないのだろう。子供のときから、ずっと誰かに頼って生きてきたがゆえに、どうにもならないことを前にしてしまうと選ぶことに恐怖心を抱いてしまう。誰かに導いてほしくなる。助けてほしくなる。


 そんな自分がどこまでも嫌いで、やっと変われる切っ掛けを掴んだ気がした。にも拘わらず、それすらも間違っていたと言われてしまえば、どうしていいか分からなくなった。消えてなくなりたいと、本気で嘆いてしまった。


「それは違いますぞ、クラリス氏」

「……え?」


 深く心を閉ざしてしまいそうだったクラリスに手を差し伸べたのはナタだった。いつもはニヤニヤして上の空なことの多い彼女が、とても真剣な顔をしていた。


「氏が道を誤ったのなら全力で連れ戻すのが、友達というものではござらんか。その行為が氏を守るためのものでないとしたら、いったいなんだというのですかな? 拙者としては、これ以上ないくらいの愛情に見えますぞ」


 うんうん、我ながら良いことを言う、とナタはドヤ顔で頻りに頷く。


「そして間違ったと分かったときには『ごめんなさい』と言うのです。拙者、母君から常にそう教わって育ちましたからな。許してもらえるかどうかは、まあ、エルリィ氏次第ではござるよ。もちろん、許すのでしょうが」


 言わずもがな、とエルリィはにっこり微笑んだ。


「まだ引き返せるぞ、クラリス。儂の手、取ってくれるかや?」

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