第7話『もっと優しい子に』
既に治せないと宣告を受けたときから、マリアの心は固く閉ざされている。魔塔の魔法使いにできないことが、どうして後輩の少女にできようものかと信じられなかった。それでも賭けてみてもいい、とは思って小さく頷く。
「期待させておいて、できなかったら許さないから……」
エルリィは満面の笑みで応えた。
「うむ! では、まずは目を瞑るがよい。怖いかもしれんからのう」
「わ、わかったわ。それで次はどうしたらいいの?」
「両手を仰向けに。儂と手を重ねる」
マリアの冷やりとした手が、エルリィのぬくもりに安堵を覚える。
「そなたさては冷え性か、気持ちいいのう」
「う、うるさい! 早くしてよ、目を瞑ってるのも怖いんだから!」
「ふふ……安心せよ、もう始めておる」
触れ合った手から全身へ魔力が伝わり始めると、マリアは一瞬だけぴくっと動いた。しばらくすると、その温かさに安心して、むしろ脱力してくる。時間にしておよそ二分ほど経ったときに目を開けていいとエルリィから言われた。
「治ったぞ、もう大丈夫じゃ」
「本当でしょうね。嘘吐いてたりしたら……」
「いいからさっさと鏡を見る! ほれ、満足か!」
鏡の前に連れ出されて、おそるおそる鏡を見て、驚きに言葉が出てこない。綺麗さっぱり治っているのだ。あれほど切り刻まれた痕のあった顔が。
思わず顔をぺたぺたと触って、本当に治ったのかと何度も確かめた。
「綺麗じゃろ」
「え、ええ……。でもどうやったの、これ……」
「秘密。あまり人に教えるものではないゆえ」
ふわあ、とエルリィが大きくあくびをする。
「さすがに今回はちと疲れたのう。それで、どうする。もう此処におる意味もなくなったじゃろう。寮に戻るかや?」
「待って。後でこれ戻ったりしないのよね」
「するわけなかろう、疑り深い奴じゃな」
仕方ない奴め、とマリアの腕を掴んで引っ張った。
「ほれ、行くぞ。そなたの愛しのエリオットに会って確かめてもらえ」
「ええ!? 何言ってんのよ、会いに行けるわけないでしょ!」
顔を真っ赤にして踏ん張ったが、エルリィの細い体からは想像もできないような力に、ずるずると引っ張られていく。
「いやいやいや、力強すぎでしょ……!?」
「まったく、そんな会いとうないのか」
「だ、だってお化粧だってしてないし……」
「かあーっ、乙女じゃのう。そのしおらしさでなぜ悪さなどしたんじゃ」
嫉妬心とは怖いものだと呆れて、親指で背後の扉を指す。
「そもそも、ずっとそこにおるぞ」
その言葉を合図かのように、勢いよくがらっと扉が開かれた。
「俺を呼んだかい、子猫ちゃん」
「儂は呼んでない」
「ハハ、寂しいな。だけどまあいいか、今はマリアが優先だもんな」
バチッとウィンクするのが気持ち悪い、とエルリィはしらっと目を逸らすが、マリアは口をぱくぱくさせて、驚きと喜びの入り混じった顔をしていた。
「せっかくじゃ、少し話したらどうか。儂はそこで聞かせてもらう」
近くに会った丸椅子を引いて、ちょこんと座ってニコニコする。
気まずいと思うマリアの様子とは裏腹にエリオットは乗り気だった。
「いいね、そうしよう。とりあえずマリアも座りなよ」
事務椅子をあごで指す。マリアは恥ずかしそうに頷いて座った。
「わ、私……その……」
「傷治って良かったな。前より肌綺麗になった?」
「あ……うん。私もそう思った」
ちら、とエルリィを見てからマリアは言った。
「何をやったのかは秘密だって。ごめんなさい、私、エリオット様に……」
「その様っていうのヤメてくれないかなぁ」
エリオットが嫌そうに首を擦った。
「苦手なんだよ、そういう距離感のある話し方。ほら、俺たち同級だろ?」
「でも……。エリオット様は人気者で、私はただの……」
「ただの何さ。俺の友達で、二回もデートした仲なのに?」
片膝を突いて低い位置から目を合わせる。マリアは実年齢よりも若い子供のようで、少しわがままな振る舞いも多い。口を開けば悪口ばかりで、エリオットもそんなところは好きではなかった。
だが、自分に向けられた好意だけは純粋であるのは誰よりも理解している。無垢な少女の手を優しく握って、宥めるような声色が言葉を紡いだ。
「俺はさ。君がいつだって他人の悪口ばっかり言って、俺の気を引こうとしてるのは知ってたよ。でも、せっかくなら俺は君にもっと優しい子であってほしいんだ。いつも頑張って化粧もするし、魔法の勉強だって俺に並ぼうと必死になってる君の方が、ずっと魅力的だ。それじゃあ駄目だったのか?」
マリアは、ぽろっと涙をこぼす。
「ごめんなさい。私、どうしてもエリオット様が取られたくなくて、嫉妬してしまって、小さい子供みたいに。だけど間違ってたってやっとわかった。あなたが大事にしてた後輩にも謝るわ。それに……その、あの子にも」
視線を向けられてエルリィはニコニコして小さく両手を振った。
前進したと分かって、エリオットも嬉しそうな顔をして立ちあがった。
「じゃあもう大丈夫だな。言っとくけど俺は面食いじゃない。そりゃあエルリィたちは、周りと比べてもあまりに突き抜けた顔立ちだから嫉妬する気持ちもわかるけど、俺はそんなことで誰かを選ぶほどのプレイボーイでもないよ」
マリアは顔をあげて、仄かに期待を込めた眼差しを向けた。
「じゃ、じゃあ友達でいてくれるの……これからも?」
「君が俺を普通に呼んでくれて、もっと優しい子になれるならね」
「……なる。ちゃんと皆にも謝る。反省するわ」
「ん、偉いね。じゃあ行こうか、寮までエスコートするよ」
エリオットがエルリィに目配せする。彼女はうん、とひとつ頷いて返す。
「気を付けて帰るのだぞ。儂はまだやることがあるゆえ」
「うん……。あんたにも謝らないとね」
「別に構わん。陰口くらい誰でも叩くものぞ」
ひらひらと手を振って早く行けと送った。
「せいぜい次からは真面目にやることじゃの。寮に戻ったら頭を冷やすが良い」
「ええ、これからは絶対に間違えないように頑張るから」
エリオットがマリアを連れて出て行くと、入れ替わるようにナタが入ってくる。瓶底眼鏡の位置を両手で整えながら、ふう、と疲れた息を吐く。
「まったく野次馬が多いと困りますなぁ」
「楽しかったろう?」
「ハハ、いやほんとに。貴重な経験でしたぞ」
「で、そなたはどうする。儂はまだクラリスに会いに行くが?」
もう帰った方が楽だぞと遠回しに言われても、ナタは首を横に振った。
「当然、拙者にとってもクラリス殿は友達ですから。一緒に行きますぞ」




