第4話『魔眼』
ちゃっかり者のナタを連れて第二訓練場に足を運ぶ。
組み分けに関係なく、衣装などの担当以外は全員が設営に加わった。
第二訓練場は体育祭のためにあると言っても過言ではないほど広い。運営用のテントや休憩所。観客席に安全確保の結界装置などの準備で忙しい。
見れば男子生徒ばかりで、一輪の花すら咲いていないのを見てエルリィもナタも、ほんの少し戸惑った。女子生徒は校舎でグループの旗や案内の看板を手作りする作業に追われていて、訓練場は非常に噎せ返るような汗で滾っていた。
「見ろ、女子だぞ!」
「うわっ、可愛い! 例の一年か!」
「誰かに会いに来たのか?」
「眼鏡っ子がいるぞ、逃がすな!」
あっという間に囲まれて逃げ場を失くす。
これにはエルリィも戸惑って上手く捌けなかった。
「おいおいおい、諸君。俺の客を囲んで泣かせようとするのはやめなよ」
状況をしばらく見ていたに違いないエリオットが、颯爽と現れる。
男子諸君にとって、これほど嫌いな親しい友人はいない。何だお前のツレかよとばかりに、ぞろぞろと解散していってしまう。嬉しい反面、妙な誤解を生んだのではないのかとエルリィは不快な気分を胸に隠す。
「やあ、子猫ちゃん。……と、そっちの眼鏡の子は?」
「儂の友達。それより、ちょっと話しておきたくて」
「おっ、なんだい。デートのお誘いならいつでも────」
「その約束はまた今度にしてくれ。そなたのことで問題が起きとる」
茶化していたエリオットも、ただならぬ雰囲気にふざけるのをやめた。
「何って? まさか俺が何かあらぬ疑いでも?」
「そうではない。ただ、マリアという娘がクラリスに手を出した」
「……あぁ、マリアかぁ」
明確な心当たりに乾いた笑いが出てしまう。
「なんじゃ。知り合いか?」
「二回くらいデートしてあげたことがあるよ。全然馬の合わない子さ」
遊び人として知られるエリオットでも、デートだけして基本的には関わらないのがマリアだ。傲慢で暴力的。口を開けば他人の悪口を吐き散らし、自分がいかに素晴らしい人間かを語りだす。彼でさえ不愉快に感じる人間性だった。
「いかにもなお貴族様って感じでね。うわさ話として聞いてほしいんだけど、エーデ子爵家のご令嬢らしいよ。だから平民の多い学院の生徒を見下してるんだ。デートでずっと聞かされるのは、まあまあ苦痛だったよ」
誰にでも優しさを見せるわけではない。社交辞令程度に済ませて、二回目以降はずっとデートを断っている。何かと理由をつけて距離を置いていたが、マリアの感情が突き放しきれていないと分かると、エリオットも頭痛がする思いだ。
「にしても、だとするとマズいな」
「む? なにか問題でもあるのかや?」
「ああ。君たちに気を遣って話してなかったんだが……」
やはり言うべきか、と思い悩む。エドワルドの事件以降、クラリスと最も時間を過ごしてきたのはエリオットだ。特別な情があったわけではないが、助けに入った手前、それきりで放っておくのは落ち着かなかった。
「クラリスは君たちが思ってるほど良い子じゃないかもよ」
「は?」
強烈な威圧にエリオットは手をぶんぶん振って否定する。
「違う違う、悪い意味ではあるんだけど、ちょっと危ういというか。精神的に不安定なんだよ。俺といるときもたまに陰口を叩かれてて、そのときになんて言ったらいいのかな……。すごく怖い顔をするんだ」
エルリィは心当たりがあって腑に落ちた。マリアたちに詰められたあとのクラリスが、胸の内に秘めているであろう黒い感情は感じ取った。
「マリアも問題だけど、たぶんクラリスにも気を配った方が────」
言いかけたところでエルリィの横に気配なく立った男に驚いて言葉が詰まった。張り付けたような笑顔で、何を話しているのかな、と興味津々にしている。
「ぬ? おお、マイルズではないか。入学パーティ以来じゃのう」
「はい、お久しぶりです、エルリィ嬢。いつもニコニコ、あなたのお傍に。マイルズと言えば僕のことですね! さて、気付いてもらえたところで、話に割って入るようですみませんが、学院長がお呼びです。一緒に来てください」
明らかに不穏な笑顔すぎて、先が予想できる。エルリィは拒絶感を隠そうともせずに、渋々応じた。どうせ行かなければ無理やり連れていかれるだけだ。
「拙者もついて行ってもよろしいですかな。ケーキの約束が……」
「あっ、俺も。なんか面白そうだし、サボれるから」
ろくな生徒じゃないなとマイルズの笑顔が小さく引き攣った。
友達の心配など摘まむほども持ち合わせていない。
「ええ、いいですよ。何かあってもマイルズのせいではないと仰ってくださいね。後であれこれと仕事を押し付けられるのは僕なので、よろしくお願いします」
これ以上、ローゼに小言と責任を頂くのは勘弁である。マイルズは毎日のように積み重ねられた書類の山の整理を手伝わされてきた。余計な負担を増やさないために味方を増やしておかねばとせせこましく言った。
学院長室ではローゼが当然のように煙草を吸いながら、退屈そうに書類とにらめっこをしている。最悪の管理体制ではあるのだが、彼女は何も気にしていない。
「エルリィ嬢をお連れしました、スウィートレッド様」
「ご苦労。そっちのおまけは?」
「一緒に来たいと言ったお友達です。関係者ではあると思いますが」
チッ、とローゼが舌打ちして煙草を灰皿に捻じ込む。
「どうせ断るのがめんどくさくなって連れてきたんだろ。もういい、下がれ」
「ああん、ひどい。ねえ、皆さん?」
「子供に助けを求めるな。お前の考えはお見通しだ、後で覚悟してろ」
「うぐ……! わかりました、失礼いたしますう……!」
疾風の如く逃げ去り、明らかに不機嫌なローゼの前に生徒を残して退散する補佐官の情けなさには、眉間を揉んだ。
「言っておくが呼びつけたのはエルリィ、お前だけだ。個人に関わる内容だ、二人に聞かれても良いというなら残しておいても構わん」
「む。儂のことは既に大概知っておるのでは?」
パードリグ公爵令嬢であることなど知れ渡っている。いまさら隠すようなこともないと思ったが、ローゼはジッとエルリィを睨み、ほどなく目を瞑った。
「やはり視えないか……。うむ、わかった。そう言うのであれば確認も済んだということで堂々と聞かせてもらうが────お前、魔眼を持っているな?」
胸を突くような質問にエルリィがぴくっと反応する。
ナタとエリオットも、まさかと顔を覗き込んだ。
「そんなわけがなかろう。魔眼の発現は厳しい条件があるのじゃぞ」
「だからこそ不可解な点も多いが、色々と調べさせてもらってな」
おもにマイルズが、とはあえて呑み込む。
自分が指示を出した手柄だ。そう考えた。
「かくいう私も魔眼持ちでな。能力は『看破』。変装や擬態を見破ったり、相手の名前を知ることができるのだが、お前とクラリスには反応しなかった」
「……なるほどのう。本当に面倒この上ない学院長殿であるな」
やれやれ、隠しごとはできなさそうだ。エルリィは観念して、腰に手を当てながら、いっそ清々しいほどに堂々とした態度で応えた。
「儂の魔眼に宿っているのはひとつではないゆえ、全てを説明してやることはできん。そなたもこれが秘匿すべき力であることは知っておるはず。であれば、ひとつだけ教えてやろう。────『石化』。儂の眼に宿る能力のひとつである」




