第3話『愚痴』
あまり愚痴を零すほうではなかったが、アウレリアを前にすると、なんとなく気持ちが楽になって事のあらましを話す。返って来たのは責めるでも慰めでもない。ちょっと可笑しい話を聞いたくらいの反応だった。
「────そうかそうか、大変だったな。お前が怒るのも分かるよ」
「そうじゃろう? なのにクラリスはあれらを庇う。意味が分からん」
ぷんぷん怒ってふくれっ面をするエルリィをアウレリアは優しく宥めた。
「皆、考え方が色々あるのさ。お前にはまだ分からんかもしれんが、私は二人の兄を見返したいとは思ってるが、不幸になればいいとは思っていないし」
「……それはなぜ? 大嫌いなふたりなのに?」
俯きながら、ベッドに座って足をぱたぱたさせる。
アウレリアの話だと、意外にもエルリィは素直に聞いた。
「まあ、嫌いではあるよ。だが、小さいときは優しかったんだ。嫌がらせを受けるようになったのは、二人が戦場に行くようになってからかな。お前みたいな奴にはオムニス男爵を継げないとか言われて、邪魔者扱いを受けるように」
なぜそうなったのかは見当もつかない。だがオムニス男爵家という名を背負っているのであれば、女がのしあがるのは邪魔なのだろうとは誰でも考えつく。多くの貴族は女性が名を継ぐことは許されないが、騎士となればその限りではない。それに見合うだけの功績を戦場で挙げれば認められる。
レグルスとレックスが気に入らないのも、妹ながらに理解はできた。
「だからまあ、なんだろうな。クラリスは他人を思いやれる良い子だということだよ。お前は理解できんかもしれんが、そういう人間は程々にいる。ま、私はどちらかといえば、お前に寄った考え方をしているけども」
勉強をしながら話すアウレリアを横目に、ベッドにごろんと転がった。
「他人を思いやれる良い子か……。そうであれば構わんがのう」
「なんだ、何か引っかかることでもあったか?」
「うむ……。まだ確証はないゆえ、わざわざ話すほどでもないが」
あれはそんなに大人しい娘なのだろうか。どうしても、エルリィはクラリスがマリアたちに抱いていた黒い感情が頭から離れない。
何も起きなければいいが、と不安すら過った。
「それにしても、だからと言うてアニエスの味方までする理由はなかろ?」
「ああ、ないな。しかし、アニエス嬢も困った人だ。風の噂で聞いたが、クラリッサ・メンシス伯爵令嬢に憧れていて、奇妙な振る舞いをするとか」
うげ、とエルリィが苦い顔をして舌を出す。
「あの高飛車で性格の悪いクラリッサか。取り巻きを連れて儂に喧嘩を吹っ掛けてきおったのを覚えておるわ。アニエスにあった不快感はそれかや……」
デビュタントになったとき、パーティで声を掛けてきた伯爵令嬢。公爵家ほどではないが歴史も長いために頭のあがらない者も多い。
『白い髪は不吉の象徴とまで言われていますわ、パードリグ公爵令嬢。せめて髪でも染めてはいかがです。少しくらい見栄えはよくなりましてよ』
相手にしても仕方がないと適当に流したが、それが他人に強い影響を与えているのだと思うと、その場にいないのに嫌悪感が増してしまった。
「そなたはどうしたらいいと思う。アニエスと向き合うべきかのう」
「考えを改めさせてやれるならいいんじゃないか。私はクラリスの方が心配だ、エリオット先輩にも伝えておいたほうがいい。やらかしたのは二年だから」
現場にエルリィが居合わせたから逃げただけで、必ず次も手を出しやすいクラリスに悪さをするのは目に見えている。どうにかするとしたら、本人の与り知らぬところで話題の中にいるエリオットだ。
「うむ。そもそも、あやつがなあなあで済ませてしまうのが良くないのじゃ。確か第二訓練場にいるから会いに来てほしいとか言っておったのう?」
「ああ、設営係らしい。男ばかりで楽しくないんだとさ」
良くも悪くもエリオットらしい、とエルリィは少し笑った。
いつの間にか、もやもやした気分はすっきりしていた。
「ん~! にしても放課後というのに皆元気じゃのう。体育祭に向けて活気に溢れておるわ。そんなに楽しいものなのかや」
「年に一回だけだからな。私はあまり興味がないんだが」
カリカリとノートに何かをずっと書き続けているので、気になったエルリィが覗き込む。慌ててアウレリアが腕でガバッと隠すが、見えてしまった。体育祭に向けたトレーニングメニューだった。
「……うむ。あの、ごめん」
「しばらくひとりにしてくれないか」
見てはいけないものをまたしても見てしまった気がして、何もかも忘れようとエルリィはアウレリアの肩をぽんと優しく叩いて部屋を出た。
部屋からどたばたと暴れる音が背中に聞こえる。
(やらかしてしもうた……。これでは部屋に戻れぬではないか)
がっくり肩を落とす。アウレリアが落ち着くまでは、都合も良いのでエリオットのところにでも行って暇を潰すしかない。
「帰りにケーキでも買って帰れば機嫌も直るかのう」
制服の胸ポケットに入った硬貨の枚数を確かめる。金貨があるのを見て、う~んと腕を組んで考え込む。ケーキを買うだけにしてはそこそこ多い。
「……ま、ええか。クラリスとナタの分も買おう」
「拙者にもケーキを買ってくれるでござるか」
「うむ。そなたは優しいから────うぇあっ!?」
「そんな飛び跳ねて驚かなくても良いではありませぬか、エルリィ氏」
「気配がなさすぎるからじゃろ……。というか戻ってきておったのか」
どきどきして胸を押さえるエルリィに、ナタはドヤ顔を決めた。
「拙者は才能のない暇人ですからな!」
「自分で言うな。ではもう衣装のデザインが?」
「いえいえ、それが実はですな……」
やれやれと肩を竦めて首を横に振った。
アニエスの機嫌が悪くなってしまい、話が纏まらなかったのだ。
「特にエルリィ氏には憤慨しておりましたぞ。拙者もあれこれと宥めはしたのですが、もはや聞く耳も持ってさえくれなかったでござるよ」
「あの性格ではの。……というか、ついてくるつもりか?」
「ケーキを買いに行くのなら拙者も同行しようかと」
ちゃっかりしているな、と感心しつつ乾いた笑いが出た。
「言っておくが、先にエリオットのところへ行くつもりじゃからの」
「あぁ、二年の顔が良い殿方ですな。全然かまいませんぞ~!」




