第34話『親友』
エルリィは甘いものが大好きで、いくら食べても太らないと言い張っては、度々屋敷でも厨房に入って料理人やメイドたちを困らせていた。
今日は遠慮することはない。祝勝会としてクラリスとアウレリアが用意したデザートを次々と平らげ、ときどきコーヒーで口の中をすっきりさせながら、おかわりまで要求する勢いをみせた。
「た、たくさん食べるね……お財布大丈夫かな……」
「心配しなくていい、私も払うさ」
平民のクラリスには痛い出費だ。財布の紐を緩めて少ない銅貨に混じって何枚かの銀貨を持っているだけ。比べてアウレリアは男爵家の長女として、兄弟にこそ不遇な扱いを受けているが、家門の中ではそれなりの立場がある。
きりっとした微笑みを見せてクラリスを安心させた。
「そなたらは少食じゃのう」
「お前が食べ過ぎなんだよ。それも甘いものばかり……」
「頭も魔力も使ったゆえ」
コーヒーカップが空になると、店主の老人を呼んで追加を注文する。
それからまた、ケーキを口に放り込んだ。
「魔力の消費がデカいと腹が減るものであろう。そなたらはまだ経験してないから分からんだけじゃ。あの自爆とて、かなりの消耗をしておるのだぞ」
相手がビエントでは、あまり抑え過ぎても効果はない。強化魔法によって肉体だけでなく、身に付けているものまで優れた鎧のようになる。その装甲を貫きながら、かといって殺さないぎりぎりを狙うのは至難の業だ。少なすぎず、かといって多すぎず。自分の腕を吹き飛ばす前提なので、そこそこに魔力を使った。
「つくづく思うが、お前は本当に学院に通う必要があったのか?」
「そ、そうだよ。アタシも気になってた」
ロッドたち現役の魔法使いのスリーマンセルを相手に完封勝利。多少連携が取れていなかった部分があったとはいえ、エルリィの動きが遥かに凌駕していたのは明らかだ。クラリスの瞳の奥に、憧れの炎がしっかり宿っていた。
「儂は感覚で魔法を扱うゆえ、知識という点ではさほどでもない。そういった意味ではそなたらと何も変わらぬ。合理的に考えて学院を選んだだけじゃ。それに社交界なぞ、儂にはとんと興味も持てんからのう」
馬鹿馬鹿しい、と大げさに肩を竦める。
貴族として社交界は嗜み程度に加わっておくべきだとは思っているが、エルリィからしてみれば得られるのは他人の秘め事か、上品ぶった下世話な言葉遣いだけだ。人脈にいたっては向こうから寄ってくるのだから。
「同意見だ。私も、あの場所に飛び込むのは慣れない。まあ、偉そうに言ってみたところで、お前と違って食い物にされる側なんだが」
「んはは、違いない! 男爵家を継ぐのも兄たちの方であろう?」
双子のうちどちらかが家門を継ぐのだから、アウレリアなど彼らにとっては政治的な道具としての価値以外はない。彼女が男爵家でいるのなら、選べるのは近しい身分の家門に嫁いで世継ぎを産むか、あるいは戦場で剣を握ることだけだ。
「別に不満はないよ。まだ戦場を選べるだけマシだと思う」
そう言って、悔しい気持ちを喉に流したコーヒーで誤魔化す。
「二人とも大変なんだね……。アウレリアは、お兄さんたちは仲が?」
クラリスの素朴な疑問に、うんざりしたように頷いて頬杖を突く。
「嫌味で意地悪な双子さ。私が騎士になるなんて烏滸がましいと言って、いつも邪魔をしてくる。私を貶すことが趣味みたいな二人だよ」
不満を解消するように、アップルパイを食べて自分を納得させる。
「絶対に戦場で見返してやる。あんな奴らに負けてたまるもんか」
「うんうん。アタシもいいと思うな」
「……私たちのことは聞きたがるが、お前はどうなんだ?」
耳を傾けるばかりのクラリスに、アウレリアは投げやりに尋ねた。
「えっと、どうって」
「将来の夢とか。卒業してから、魔塔に入るのか」
クラリスはぶんぶんと首を横に振った。
「アタシは魔塔にも入らないし、戦場にも行かないかな……。今のパパとママが良い人でね。恩返しがしたいから雑貨店を継ごうと思ってるの。学院で魔法の知識を持っていたら、魔道具の販売も許可してもらえるって聞いて」
カップを手で包むように持って俯きがちに、照れながらぽつりと。
「アタシ、孤児院出身で本当の親は死んじゃって顔知らないから、今のパパとママが凄く好きなの。ちょっと子供っぽいかな……なんて……」
エルリィが、ニコニコと微笑ましく眺めて頷いた。
「それでいいと思うぞ。儂もパードリグ公爵家に拾われてから随分と変われた。そなたの恩を返したい気持ちはよく分かるとも」
「あ、ありがとう。あなたに色々しちゃって反省してるわ、本当に」
実のところ、言うほどクラリスから実害を受けた記憶はない。いつもエドワルドの影に隠れているだけの臆病な娘。泣き虫で、いつもグロリアに『すぐ泣く子は誰にも貰ってもらえないよ!』と度々叱られていた覚えがある。
本来は根の明るい少女だったのだと思うと、申し訳ない気持ちになった。
間接的とはいえパードリグ公爵家が必要以上に彼女を苦しめたのだから。
「儂は気にしてないし、そなたが元気にやっていてよかった。エドワルドがそなたを襲うことも、もう二度とあるまい。魔力を失ってしまったからのう」
「そうだね。……アタシたち、これからもっと仲良くできるといいな」
すっかり空になったテーブルの皿をアウレリアは静かに片付けながら、クラリスの少し嬉しそうな顔をちらっと見て「そうだな」と返す。
「儂らは親友ではないか」
エルリィがグラスに残った氷を口に入れて、ばきっとかみ砕いた。
「こうして腹の内を話せるのであれば、儂らはこれ以上ないほど仲が良いと思うがのう。それとも、そなたは何か不満でもあるのかや?」
クラリスはゆっくり首を横に振って、涙を浮かべながら微笑んだ。
「ううん、大好き。不満なんて、なんにもないよ」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
腕を組んで満足そうに頻りに頷く。エルリィは二人を見て、嬉しそうに。
「これからもよろしく頼むぞ。最高の学院生活にしようではないか」




