第33話『いっぱい褒めて』
軽く礼をして、学院長室をあとにする。あまり腹の内を探られるのは気分のいいものではなかったが、ひとまずローゼの口が堅そうなことに安心できた。
自分の前世が何者であれ、今は純然たる人間だ。深く悩む必要はない。
「遅かったな、エルリィ。何か言われたか?」
「なんじゃ、帰っておらなんだか」
アウレリアが学院長室から少し離れたところで心配そうに待っていた。エルリィが出てくるなり駆け寄って、その肩にぽんと手を置く。
「お前だけ残されるなんて、まさか本当にお叱りが?」
「まあ多少はの。ちと派手が過ぎるゆえ、手段はよく考えろと」
「……まあ、それは同意見かな。自爆は聞いてなかった」
鋭い眼を向けられてエルリィは気まずそうに顔を背けた。
「だって、言ったら決闘自体に反対したじゃろ……」
「当たり前だ。クラリスなんか無事を確認するまで顔面蒼白だった」
「む、むう。すまない。心配をかけるつもりはなかったんじゃ」
ビエントが必ず学院に抗議しにやってくるのは見え透いたことだ。最初から決闘に持ち込むつもりでいた。だがもし、部下まで連れてくるとなったら。
問題の渦中にいたのはエルリィだけではない。全員に対してエドワルドが悪し様に伝えているのは想定済みで、もし大人数できたなら決闘に巻き込まれる可能性がある。ならいっそ最初から提案する形で仕掛け、チーム戦のていを装って全員をエルリィが単独で倒してしまう方が、下手に怪我をしなくて済む。
全員が決闘を提案するような真似をすれば、頭のキレるビエントはすぐに意図に気付くかもしれない。だから、計画の内容を前夜に同室であるアウレリアのみが聞かせて、実行に移したのだ。そのときには自爆するなど知らされていなかった。
「お前が勝てると言うから根拠があると思ったのに」
「んはは、もちろん根拠はあった。本気を出せば自爆する必要もなかった」
「……じゃあ、なぜお前はそうしなかった」
帰り道で、エルリィはぴたっと足を止めた。アウレリアが本気で心配しているのに、申し訳なさそうな顔で首を擦りながら────。
「ビエントに怨みはなかった。それに奴はエドワルドに執心してはおるが、残忍な人間ではない。じゃから遊び心半分の良い塩梅にしたかった」
「遊び半分はいいが、あの光景を見た側の気持ちになってみろ」
「すまぬ。ちと派手が過ぎた。でも儂の選択は間違ってない」
劇的な演出での勝利は、四人掛かりで敗北するフェルム公爵の恥を晒すに等しい。家門が追い落とされれば得だ。地に落ちた程度で這い上がれないほどの魔法使いでもない。ときには痛い目を見てもいいと灸を据えるつもりだった。
「あれなりにエドワルドの罪と向き合っておったゆえ」
幸いにもエドワルドが誰かを殺したという話は聞かなかった。関連した人間が全員行方不明となると、何かしらの事後処理があったのではないかと勘繰ったが、実際にはエドワルドの脅威が届かないよう支援をしていたのだ。
それで許されるとも思っておらず、自分にできる形での贖罪を続けて、なおも喪った息子の面影をエドワルドに見ている姿は痛ましい。
「少しの刺激が、あれには必要じゃった。心が動かされる切っ掛けが。全ての者が安易に前へ踏み出せるわけではない。そなたも分かっているであろう」
兄弟の存在に悩み、屈辱を受けても、まだ立ち止まったままだ。
アウレリアは痛いところを突かれると表情が消えた。
「分かってるさ。いつかは必ず見返して────」
「そのいつかとやらは、いったいどれくらい先の話をしておる」
ぎゅっと拳を握って俯いたアウレリアに、エルリィは容赦なく言い放った。
「言うだけなら簡単。逃げるのであればより安易であろう。そなたが戦場に立つまでのあいだ、奴らが剣の代わりに酒の瓶を持ってるとでも思うとるのか」
「それは……そうかもしれないが……」
伏し目がちに俯き、どうもにできないだろうと諦観が見えるアウレリアの前に立ち、その顔を覗き込んでエルリィはやんわりと口角をあげた。
「ビエントはそなたより深刻じゃった。あのまま放置していればエドワルドがまた悪さをするやもしれん。あの男はいつも後手にまわって息子の面影ばかり追いかけておったゆえ。今日くらい褒めてくれぬかや。親友であろう?」
屈託のない笑顔には勝てない魅力がある。
アウレリアはエルリィの手を掴んで、優しく引いた。
「お前には負けたよ。もう行こう」
「ん!」
二人で手を繋いで歩きながら、アウレリアが思い出して言った。
「そういえば、私たちは午後から休みになったらしい。決闘の負担軽減と、一年生が予定してる実習は魔力操作の基礎だけだからだとさ」
「そうなのか。ではエリオットだけ授業に戻ったということかや」
「ああ。二年は流石に抜けるとまずいとマイルズ補佐官殿が」
笑っているのに心労の絶えなさそうなあの男か、とエルリィは苦笑いする。
今頃は学院長室でローゼから山積みの仕事を押し付けられたに違いないと。
「それでなんだが、クラリスが良いカフェを知っているから、そこでささやかながら祝勝会を開こうと話してて。どうだろうか?」
「拒否する理由などあるわけなかろ。ケーキいっぱい食べるぞ!」
小さくスキップするエルリィの手を引きながら、アウレリアも楽しい気持ちに引っ張られていく。
「あまり食べ過ぎるなよ。胃もたれするから」
「儂は甘いもの食べても平気じゃもん。はやく行こう!」
「そうだな。クラリスも楽しみに待ってるだろうし」
仲間外れになってしまったエリオットには些かの申し訳なさはあったが、そこはそれ。また後日にでも誘ってやればいい。エルリィはニコニコと先を急いだ。
アウレリアの案内で着いたカフェはおしゃれとは無縁で、どこか古ぼけた雰囲気があった。内装もくたびれていて、時の流れを感じる。開校以来、初期からずっと佇むカフェで、見た目のせいか客入りは少ない。
だが、その分静かで邪魔も入りにくい。多少騒いでも許される場所だ。
「あっ、二人とも。待ってたよ、こっちこっち」
店の中に入ると隅のテーブル席でクラリスが小さく手を振って呼ぶ。
既にテーブルには三人分のアイスコーヒーとケーキやパイが並んでいた。
「そろそろ来ると思って頼んだのよ。此処のアップルパイが凄くおいしいから、二人にも食べてほしくって。初日に色々巡ったんだぁ」
エルリィとアウレリアは席に着き、少しだけアイスコーヒーを飲む。
「では揃ったことだから、祝勝会を始めるとしようか」
「うむ! いっぱい食べて飲んで、楽しもう!」




