第32話『お前は誰だ』
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「いやはや決着が付いたようでなにより。学院長の立場としても、ふたつしかない公爵家同士が争って潰し合うのはどうかと思っていたのだが」
学院長室へ戻って来た面々は、最も得をしたと言えるローゼのほくほくした笑顔に呆れるほかなかった。なにせ決闘の行方は引き分け。互いにお咎めなしで今回のことには触れないという決闘のルールにおいて、長い歴史で初めて適用された。結果、双方の言い分に板挟みになっていた学院側が勝者のようだった。
「貴様が学院長であることが理解できんな、ローゼよ」
「面倒くさがりだからですよ、閣下。おかげで部下も苦心していますがね」
飄々とした掴みどころのない対応に、ビエントは腹を立てた。
「貴様の態度も今日ばかりは見過ごしてやれそうもない。あの決闘は、どちらかが勝者になったはずだ。それをなぜ引き分けなどと?」
隣にただ凛々しく咲く花のように立っているエルリィを見る。勝者など明白だ。先に倒れて、立ちあがることすらできなかった自分を誰が勝者と認めるものか。ビエントには、立会人を務めたローゼの判断が気に入らなかった。
「敗者への情けか」
「まさか。情けを掛けるほどあなたは落魄れていない。だが……」
ローゼの視線はエルリィに移った。
「そいつがどうも真面目に決闘をしていなかったようでしてね。本来、全力を尽くして行うことが定義付けられた決闘で手を抜いた。それは他でもない違反行為だ。しかしながら、結果を見れば落としどころとしては引き分けがベスト。私はそう判断したまでなんですが、不満があるなら毛嫌いする小娘にぶつけてみては?」
返す言葉に詰まった。ビエントからみても、明らかにエルリィは実力の半分も出し切っていない。ましてや自分の腕を吹き飛ばすなど常軌を逸した作戦を思いついて実行する躊躇のなさは、大きな実力の隔たりを見せつけられた。
だが、結果を決めたのはローゼだ。エルリィに不服を言うのは愚かに過ぎる。どちらにせよ覆しようのない敗北があったのは間違いないのだ。
「わかった、もういい。エルリィ・パードリグ。貴様はいいのか?」
「儂は別に勝ちに拘っておったわけではない」
エルリィは退屈そうに大きなあくびをする。
「そなたらが儂の大切なものに勝手に触れた。その報いを受けさせたかった。じゃが、そなたはもう問題なかろう。瞳の輝き方が変わった」
「……俺は、ということは他に何か問題が?」
エルリィはビエントの後ろにいる三人に目をやった。
「そこのロッドとクラインとやら。カーリーで何人目じゃ」
聞かれた質問の意図が分からず、ロッドが小さな声で答えた。
「我々のパートナーが変わるのは、ろ、六人目ですが……」
「そうか。では五人は戦死か。死体は残っておらんのだろう、全員」
その言葉に強く反応を示したのはビエントだった。二人の部下が何人も入れ替わっているのは知っているが、魔獣討伐の危険度から考えて妥当と判断してきた。彼らが度々、暴力沙汰を起こして謹慎させる事実はあったが、実力を考慮して戦場から遠ざけることはしなかった。
「まさか、俺たちに何か問題があると仰るんですか、ご令嬢。魔力回路を破壊するだけでは飽き足らず、ありもしない罪をでっちあげる気で?」
クラインが引き攣った笑顔で苦言を呈したが、ビエントが制止する。
「黙れ、クライン。調べれば分かることだ、もし問題がなければ、改めてパードリグ公爵令嬢に抗議せよ。他の者はロッドとクラインを連れて行け。魔力も失った今、妙な気も起こせまい。詳しい調査が済んだら処分を言い渡す」
弁明する二人の声に耳は傾けず、ビエントの部下たちも粛々と部屋を出て行く。当事者であったカーリーだけが場に残っていた。
「エルリィ・パードリグ。カーリーは関わっていないんだな?」
「うむ。蹴られた瞬間の怯えた顔を見れば、どういう者かは分かる」
わざわざ言うまでもなく、血の臭いすらしなかった。まだ魔塔の派遣戦闘員の部門としては新人。その中でも才能のある実力者なのは間違いない。
「ところで、引き分けに納得がいかぬのであれば儂から提案が」
小さく手を挙げると注目が集まる。エルリィは臆さずに────。
「カーリーを儂にくれ。その若き才能、此処で潰されるには惜しい」
それまで黙って話に耳を傾けていたアウレリアたちもぎょっとする。
さすがにマズいだろう、とアウレリアが肩を掴む。
「エルリィ、確かにお前は凄かったが、結果は結果だろう。カーリー氏は魔塔の派遣戦闘員として訓練も受けている上級魔導師の称号持ちだ。無理があるぞ」
たたみかけるようにエリオットまで加勢した。
「アウレリアの言うとおりだぞ。魔塔は組織なんだから……」
「ええ~、駄目なのぉ?」
口先を尖らせて腕を組み、露骨に不貞腐れる。
ビエントはやれやれと首を横に振って、仄かに笑みを浮かべた。
「俺は構わん。カーリー、貴様次第だ。今より学べる場所があるんじゃないか」
「いいんすか。でもオレは閣下に拾ってもらった恩が」
「好きにしたらいい。奴隷から魔法使いになったんだ、たまには贅沢を言え」
カーリーは手をもじもじさせながら俯きがちに、へへっ、と笑う。
「じゃあ、行かせてもらいます!」
「ああ。貴様の今後を期待して見ている。……さて」
首に手を添え、傾けてぱきっと音を鳴らす。
ローゼは彼が帰りたがっているのだと気付く。
「お帰りですか、公爵閣下」
「用は済んだ。今後のことも含めて忙しくなるのでね」
くるりと背を向けて、カーリーを連れて歩き出す。
部屋を出ようと扉に手を掛けて、ああそうだと振り返った。
「ローゼ。カーリーの編入手続きを進めておいてくれ」
「承知致しました。後ほどマイルズに片付けさせます」
またしても本人の与り知らないところでどっさりと仕事が増えた。
ようやく学院長室も静かになると、クラリスが意外そうに扉を見つめて。
「あのカーリーって人、アタシたちと歳が近かったんだ」
「ああ、俺も驚いたよ! ちょっと性格はキツいけど可愛くて────」
つま先をかかとで踏みつけられてエリオットは無言で蹲った。
「儂の顔に泥を塗るつもりか。にしても、確かにそうじゃのう。魔塔でも派遣部門となると戦闘のエキスパートのはず。相当の若さで試験を突破したのか」
何年かの戦闘経験は積んでいるのが見て取れるカーリーの若さに皆で驚く。内情を知るローゼは自分の席に戻り、ようやく休めると眼鏡を拭きながら教えた。
「戦場経験が多いから険しい顔つきをしてるが、新入生諸君と同い年だぞ。摘発を受けた奴隷商からフェルム公爵家が救助した中のひとりだ。七歳から魔法を学び、十二歳で魔塔に入った天才。ただ、組んだ相手が悪かったみたいだな」
眼鏡を掛け直して、相変わらずのしかめっ面でセリートを丁寧にたたむ。
「じゃあもう終わったから帰れよ。エルリィは少し話があるから残るように」
「なあっ!? まさかお説教か!」
「いいから……。ほれ、さっさと全員出てけ。私の時間を無駄にさせるな」
手でシッシッと追い払われ、エルリィを残して全員が退出する。
静まり返り、足音が遠ざかったあとでローゼが頬杖を突く。
「今日はご苦労だったな。私の采配も中々のもんだっただろ?」
「……引き分けにされたのは予想外じゃったが、着地点は悪くない」
「おう、だろうな。何人か見に来た野次馬もいたから噂は広がるのが早い」
すうっとゆっくり目を細めたローゼは、ほんのしばらく無言で見つめる。
「お前、誰だ? 本当にエルリィ・パードリグか?」
鋭い角度からの問いかけに、一瞬だけ瞳孔が開く。
当たらずとも遠からず。エルリィは大げさに肩を竦めた。
「儂が悪魔の類か何かであれば、そなたは生きていまい」
「だろうな。今でも取ろうと思えば首を獲れるはずだ」
食らいつかれて、どう言ったものかと僅かに眉間にしわが寄った。
「真実を知って、そなたはどうする」
「別に?」
あっけらかんと。心底興味もなさそうな目で言った。
「誰でもいいが、気になったんでね。だが、最近は人の言語を介する魔獣がいるとも聞いているし、お前がそうだったら面白いなって」
「他人事だと思って勝手に面白いとか言うのやめてくれんか」
困り果てたエルリィを、からから笑い飛ばす。
「人間に擬態して紛れ込んだ魔獣が知性と理性を獲得していく……。そんな物語の本があったら面白いと思わないか」
「儂が嫌いなのか?」
段々と不機嫌になるエルリィを見て、仕方ないな、と微笑む。
「お前が誰であれ、私はその優しさは偽物ではないと思っている。だが手段は考えるようにしろ。毎回あれではマイルズの苦労が絶えない」
「そこはそなたではないのか……」
知ったことか、と鼻で笑われてエルリィはマイルズを哀れに思う。
「なんにしても学院生活を楽しめよ。四年あるといっても、笑って遊んでられるのは三年までだ。お前は引く手数多でも他の皆はそうじゃないだろ」
ご尤もだと頷く。アウレリアもクラリスも、誰より先にエリオットが、多忙の日々に身を溶かしていくときがくる。三年は長いようで短いのだから。
「ありがとうございました、学院長。では失礼いたします」
「フフ、丁寧にどうも。二度と私に世話をさせるなよ」




