第31話『決闘の行方』
ビエントの構えた両手から連続で火球が放たれる。エルリィは様子を見るかのように軽々とした動作で躱し続けた。
「よっ。ほっ。ハハハ、準備運動でもしておるようじゃの!」
笑って余裕を見せているが、鋭い眼差しは正確な分析で弱点を見抜く。
(発射間隔は一秒。火球のサイズは人間の頭よりやや大きいか。魔力の配分も極めて微細。一発の威力は小さいなれど、さきほどのように腕を飛ばす程度の威力はある。おそらく殺すことではなく、儂の戦力を削いで拘束するつもりじゃろう)
エルリィを殺すための最低条件はたったひとつ。首と胴体を切り離すこと。それ以外では絶対に死なない手段を持っている。それはビエントも既に腕を飛ばしたときに気付いたはずだと推測すると、彼女は火球を躱して前進を始めた。
(一秒間隔でばら撒きながら下がるか、なかなかの芸当。パードリグと対を成す魔獣討伐の英雄ともなると、さっきの三人とは格が違うらしい)
火球同士の距離は一秒ごとであることから、大きな隙間が出来ている。速度がそれなりなおかげで、小柄なエルリィには軽々と潜り抜けられた。一気に距離を詰めても良かったが、あまり大それた力を披露して目につきすぎるのも困る。今回は大番狂わせで自分が運よく勝利する瞬間を演出したかったエルリィは、少なくともビエントに密着して自爆する形で互いに死なない程度の大打撃を与える必要があった。
「ちっ、小賢しいのう。いつまでそんなもので遊ぶつもりじゃ!」
まどろっこしくなってきて、あと僅かの距離を詰めようとした瞬間、火球同士の隙間を縫って動いたときに目の当たりにする。隙間が埋められた。エルリィが躱し続けて慣れてきた頃に、フェイントでひとつだけが間隔なく発射されたのだ。
直撃すると同時に爆発。後から放った火球までもが誘爆を始めて一帯は炎に包まれた。誰もがエルリィの敗北を予感したが、ビエントだけは追撃に氷の槍を創り、一本をトドメに煙の中へ放った。
「……やはりこの程度では死なないか。いや、だが傷ひとつないとは」
煙の中から氷の槍を地面に突き刺して悠然と歩くエルリィを見て、想像していたよりもずっと怪物じみている、と感想を抱く。
「やりおるのう。反応があと僅かに遅れていたら服が燃えておったわ。大切な制服を燃やされてはたまらぬ。仕立てるまでパジャマで通うのは困る」
「それが心配することか。俺に殺されるとは微塵も思わなかったのか?」
エルリィがニヤッとして見下すような眼差しでビエントを刺す。
「背中を晒したわけでもあるまいに、遊びで殺される奴がおるかや」
「同意見だ。この程度で死なれては困る」
「そうじゃのう。そなたは誰も殺す気はないんじゃから」
ビエントの表情が固まった。先ほどまでの余裕は消え、明らかな敵意の滾った眼差しがエルリィを咬みつかんばかりに睨みつけた。
「何を考えているか知らんが、余計なことは話すな」
「くふふ、安心せよ。既に此処は二人の領域。声など誰にも届いておらん」
「……であれば何が言いたいか聞こうか」
エルリィは目を瞑って腕を組み、うんうん頷く。
「それでこそフェルム公爵じゃ。既にこれが仕組まれた決闘であるとは理解しておるじゃろうが、では勝敗は? そなたが儂に勝てる確率はいかほどか?────端的に言って零じゃ。その自覚があるのであろう?」
違和感。三人を先に戦わせて、確実な勝利を得るために気配も消して分析に努めた。なのに、違和感が消えない。あまりに底が知れない。エルリィ・パードリグという人間の持つ魔力は、まるで海だ。どこまで行けば果てがあるのか。そう感じてしまう巨大さを完璧に使いこなしている。人間とは思えない領域で。
「だとして、此処で引き下がるほどの無能ではない。自分よりも強い魔獣をどれだけ相手にしてきたと思う。それでも生き残ってきた覚悟で立っているのだ」
両手を構えられてもエルリィはぴくりとも構わず話を続けた。
「我が子をエドワルド如きに重ねて必死になるのはやめておけ。あれは生来の悪人じゃ。孤児院時代のことを調べておらんわけではあるまい?」
たとえそのときは連れ帰ったとしても、後で必ず出自を調べる。孤児になった原因を。エドワルドは誰にも媚びず、恵まれた体格で他者を虐げる残忍な性格だ。エルリィ自身、迎えられた日からただの一度も期待を裏切らなかったが、あるとき部屋を尋ねたときに部屋から聞こえてきた声がある。自分がどこの生まれで、どうして孤児院にいたのか。フェルム公爵家とて例外ではなかった。
「……だとしても、俺はあの子に借りがある。ロドリックのように手に入らなかっただけの人間と、手に入れたものを喪った人間の痛みは違う」
「だったらなおさら躾けるべきじゃったな。行方不明者ばかりだそうではないか。それも子供だけではない。全員、どこへ行った。殺したのかや」
腕を構えたまま警戒を崩さずに、ビエントは語った。
「誰も行方不明者などいない。公にそうであるというだけで、今は遠い町で皆が静かに暮らしてるだろう。俺ができることは金を握らせてエドワルドから遠ざけることだけだ。そうでなければ命も守れない。俺も庇いきれなくなる」
死んでしまった息子の記憶に囚われ続け、今もビエントは苦しみ続けている。エドワルドに幻影を見て、何があっても味方をすることだけが救いだった。
それをエルリィによって壊された。更生させる手段もあったはずなのに、なんの躊躇いもなく壊した彼女が、ビエントは憎くて仕方がなかった。
「儂には、その痛みが分からぬ。初めから手の中は空っぽであった。ゆえ、この学院に来て、十日くらい過ごして色々学んだ。善人と悪人が入り混じる中で儂と手を繋いでくれる者がおる。儂の前で涙を流してくれる者がおる。あれらを失いたくないと本気で思ったゆえ、そなたの痛みを経験したくはない」
エルリィの切実な表情に目を見開いて、ビエントは青筋を立てた。
「貴様に何が分かる! 悪いようにはせん、諦めて引き下がれ!」
構えた両手から放たれた魔法は光の拘束魔法。捕まえた相手の魔力を一時的に封印し、出力を押さえて捕縛するための魔法だ。エルリィはそれを避けず、むしろ地面を蹴って自分から飛び込む。
拘束されながらビエントの懐に入り、膝を折った姿勢から見あげた。
「くくっ、ならば無理にでもやりきるまでじゃ」
手枷のように両手首を光に繋がれたまま、エルリィは彼の胸に両手を押し当てる。瞬時に赤い煌めきが起き、マズいと直感しても間に合わない速さで爆発する。二人は瞬く間に爆炎に包まれた。
もうもうと煙が立ち込める中、駆け付けたアウレリアやカーリーたちが二人の安否を確認しにやってきた。
「エルリィ、無事なら返事をしてくれ! いるか!?」
アウレリアの呼びかけと同時に煙がゆっくり晴れていく。
二人とも爆炎に包まれたのもあって酷い怪我を負っていた。
「うおおお! 閣下ァァ! 返事してくれ、生きてるか!」
気を失って倒れていたビエントが、抱き起されるとゆっくり目を開く。
「やかましい……。決闘は、どうなった。あいつは?」
「立ってましたよ。オレたちの負けです」
報告を受けると、ビエントは清々しそうに目を閉じた。
「やはりそうか。してやられたな、借りはいずれ返そう」
自分の両手を犠牲にして発動させた魔法による自爆特攻。あえて威力を抑え、死なない程度に大けがを負うよう調節。そして煙の中でバラバラに吹き飛んだ腕をある程度まで再生させ、仲間に見つかる頃に自分も被害者を装った。
エルリィはアウレリアたちの声になんとか無事だとアピールしながら、ビエントを一瞥する。狡賢く、涼やかな笑顔を浮かべて。




