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みなしご令嬢はかく語りき─前世魔王の人間賛歌─  作者: 智慧砂猫
Chapter.1

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第30話『制裁』

 ロッドにも一瞬の焦りが浮かぶ。カーリーを抱きかかえているというのに、つけ入る隙がまったくない。どう攻めていいのかを考えあぐねた。


(……なぜ。カーリーを抱えて、なぜ、こうも攻める手が思い浮かばない。今まで数十人掛かりで倒す大型の魔獣相手にさえ、三人で何匹も仕留めてきた。なのに、この小娘には、まるで近づける気配がない……!)


 手を翳して生成した魔法陣から再び水の縄で拘束を試みる。エルリィはその場から動かず、フッ、と小さく息を吹いただけで突風を巻き起こす。


「おおおぉぉぉおお……! な、なんだこれは……!?」


 立っていられない。ロッドは腰を落として耐える姿勢を取ったが、ぶつかった風の勢いは簡単に体を持ちあげて姿勢を崩す。


「馬鹿な。こんなことが……」

「あるんじゃなァ、こんなことが」


 吹っ飛ばされて転がった先で、エルリィは先回りしてカーリーを下ろす。


「そなたはここで大人しくしておれ。後で話そう」

「えっ、あっ……はい……」


 近くで見れば惚れてしまうほどの凛々しい顔。先ほどまでの悪辣さとは違う。勇ましさを持ち、情熱さえ感じる瞳でロッドを見据える姿が美しかった。


「惚れたかや。愛い奴よの」


 ぽんぽん、とカーリーの頭を撫でて、困惑するロッドに向かって歩く。


「さあて。儂の逆鱗に触れたからには覚悟はできておろうな」

「く……! これしきのことで!」


 両手を構えると赤い魔法陣から渦を巻いて炎が噴き出す。竜の吐く息のような熱を前に、悠然と進み続けた。炎はエルリィを避けている。


「なぜ当たらないぃィ……!? 信じられん、何が起きている!?」

「どうした。このぬるさではアガらんぞ、若造。もっと本気でやらぬか」


 迫っていく中、頭上から強烈な光の矢が篠突く雨となって降り注ぐ。離れていたクラインが距離を詰めて、より近くから範囲を絞ることで威力をあげての連射を可能にする。ロッドに迫るのを止めようとした瞬間────。


「やはり貴様からにしよう」


 豆粒のような大きさに見えるほどの距離を瞬時に詰められ、クラインが息を詰まらせた。ぶわっと全身から噴き出す汗は恐怖によるもので、必死の形相で矢を番えようと構えたが、もう遅い。エルリィの拳が彼を足下に叩き落す。


 建物の屋根をぶち割り、地面に落ちて動けなくなったクラインの背中めがけて飛び降り、圧し掛かったらローブを突き破って背中に指を二本刺す。


「ぐあっ……! や、やめてくれ、何をする気だ……!?」


「貴様らは戦場に立つべきではない。今まで貴様らが無実であることが不思議なくらい血の臭いがしおる。獣ではなく、人間のものであろうが」


「待て、俺は────うわあああああっ!」


 魔力回路が焼かれていく痛みは気を失う激痛だ。エドワルドは耐えたが、クラインのような遠距離系の魔法使いは耐えられるほどの鍛え方をしていない場合が殆どで、あっという間に白目を剥いて涙を零しながら動かなくなった。


「まず一人目」


 ローブの襟を掴んで引きずり、建物の外へ出て行って、立ち尽くして動けなくなっていたロッドの前に気を失ったクラインを転がす。


「ク、クライン……。なんということを、魔力回路を壊したのか」

「そうすると言うたはずじゃ。くふふ、安心せよ、そなたもそうなる」


 それまで優位に立っていたロッドの表情は暗雲に呑まれていく。立っている感覚すら分からなくなる恐怖に苛まれる。たかが十六歳の子供に、十年以上も戦場で戦い続けてきた男が、生まれて初めて死を直感させられた。


「ぐっ……く……嘗めるなよ、私が戦場でいくつ功績を残したと思う!?」


 両手を構え、魔力を集めていく。渦巻いた光は凝縮された魔力となり、ロッドはそれをエルリィに炸裂させて放った。光線は地を削りながら進み────。


「下らん」


 軽く横に薙いだ手で光線は弾き飛ばされ、かすり傷ひとつ付けられない。町をいたずらに壊しただけで消滅してしまった。


「貴様が幾万の功績を讃えられようと、その価値は戦場にしかない。代わりなどいくらでもおる程度のみみっちい自慢をするでないわ」


 そろそろ終わりにしようと一歩踏み出したとき、背中から飛んできた氷の槍がエルリィの肩に直撃する。片腕が千切れ飛ぶ威力に血が噴き、エルリィは何が起きたのかと自分の落ちた腕を見てからチッと舌打ちする。


「そんなにこのゴミが大切かのう?」


 残った腕で、肩をポンと叩くだけで千切れた腕が瞬時に再生する。およそ人間離れした治療魔法に、不意討ちを喰らわせたビエントも顔を顰めた。


「決闘は四対四。そういうルールだったはずだ」

「出来の悪い部下を持つと大変じゃな。そなたがそれでは仕方あるまいか」


 戸惑っているロッドに瞬時に近付き、みぞおちに指を突き刺す。


「待て、エルリィ・パードリグ! そいつは降伏させる!」

「ぬかせ。こやつが言うておらんのでは意味がなかろう」


 あわや魔力回路を壊されるという直前で、ロッドが両手をあげた。


「こ、降伏する……! わ、私の負けだ……!」


 仲間は蹴るくせに自分は命乞いか、と腹が立ったエルリィは迷わずに魔力を注ぐ。だが、通常通りの方法ではない。時間差で作用させるために最大まで凝縮して、徐々に崩壊する魔力を体内に送り込んでから指を抜いた。


「そなたにもはや用はない、失せろ。儂は今から本命の獲物を喰らうゆえ」


 ロッドが背を向けて悲鳴をあげながら逃げていくのを鼻で笑う。


「どうやらフェルム公爵はごろつきを育てるのが得意と見える。傭兵団でも立ち上げてみてはどうか。魔塔で働くよりもよほど向いていそうじゃ」


「ぬかせ。腕一本では反省もできんらしい、次は足がお望みかね?」


 エルリィがくすくすと口元を手で押さえて嘲った。


「では儂が敗ければ自害してやろうか、ビエント」

「出来もせんことを」

「いやあ、できるとも。そなたとは生きることへの覚悟が違う」

「ならば俺が敗けたときは何を要求するつもりだ」


 エルリィは両手を軽く広げて、ふふんと鼻を鳴らして────。


「公爵位の返還と財産の放棄。死ぬことに比べれば手緩いじゃろう」


「……生意気な奴だ。よくもそこまでありもしない自信でハッタリをかませる。俺も、その図々しい性格は見習わねばなるまい」


 手に嵌めた魔道具の指輪を外れないよう押し込む。

 部下の醜態は酷いものだ。その分を取り返すつもりで呼吸を整えた。


「始めよう、エルリィ・パードリグ。その生意気な態度に引導を渡してやる」

「やれるものならやってみろ。せいぜい儂を退屈させてくれるでないぞ」

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