第29話『泣いても許さない』
(おっと、いかんいかん。昔の癖が出てしもうたのう)
すぐに取り繕って顔をあげ、ビエントに鋭い眼差しを送った。
「どのような人員でも構いません。我々の勝利は揺らぎませんから」
「……エルリィ・パードリグ。俺は貴様を過小評価せんぞ」
「ご自由に。その言葉が嫌味でないのなら、ぜひとも本気で」
むしろそうでなければ困る。フェルム公爵家の名を遥か空から撃ち落とすには、絶対に不利な状況下で勝利を得なければならない。決闘における最も重要な『勝者の特権』を、図々しくも重く背負わせるために。
ようやく話が纏まって落ち着くと、ローゼが眼鏡の位置を整えて言った。
「場所は私が提供しよう。あまり人に見られても困るから、訓練場の異空間結界装置を使おう。今はちょうど第三訓練場が整備のために閉鎖されてるが、装置にはなんの問題もない。外部への影響も考えればちょうどいい」
ローゼの視線はエルリィに向いた。また何かしでかす気に違いないという予防策。堰き止められるほどの流れかどうかは分からなかったが、何もしないよりはマシだろう、と。その考えの正しさの証明は遠くない。
全員が訓練場に移り、ちらほらと騒ぎを見てやってきた野次馬たちを見つける。ローゼがそれとなくエルリィに「構わないか?」と尋ねた。実力を明らかに隠しているのに、それが公になると困るのではないかと。
「構わぬ。証人は他にもいた方が良い。儂を野良犬と愚弄したのじゃ。他ならぬパードリグ公爵家への侮辱も同然。完膚なきまでに壊すしかあるまい」
「……後処理は誰がやるのか、よく考えておけよ」
肘で小突かれたエルリィがニカッと笑った。
「儂は学院長を信頼しておるゆえな!」
「はあ。せいぜい報告書が楽に済むように頼むよ」
訓練場の四隅に設置された結界装置を起動して、本体となる装置の前に立ったローゼは、面倒くさいと思いつつも説明を始めた。
「異空間結界は、言葉通り結界内部に異空間を創り出す装置だ。訓練場の見た目よりも遥かに広大でのびのびと戦えるから好きに暴れてくれて構わない。決着が付かなかったときは、装置の魔力供給が使用限界で遮断された段階で、人数が多かった方の勝ちだ。制限時間は一時間。外部からの接続はできるが、中に入ったらこちら側の操作がない限りは出られないと思ってほしい。決闘の合図は各々で頼む」
注意事項を聞き終えたら、八人は結界の中に入る。異空間は彼らの暮らす都市を模して造られており、外部からは町の中央にある大通りに繋がっていた。
「ほほお、すごいのう。こんな装置まで……歴史は進んだものじゃな」
自分がいた時代には想像だにしない技術は多く存在するが、魔力供給源さえあれば結界を装置に任せられる時代なのかと感心した。
「さて。では始めの合図はどうされますか、公爵閣下?」
エルリィの問いに、ビエントはふんと鼻を鳴らして距離を取った。
「異空間結界ならば壊しても構わんのだろう」
手をかざした先にある大きな鐘の塔に向かって、閃光が奔った。
「鐘に帯電させた。あれが鐘を鳴らす瞬間が勝負の合図だ」
「ふむふむ、よろしいでしょう。────では」
エルリィが目配せして、アウレリアは仕方なさそうに手を挙げた。
「降伏する」
全員が唖然とした。まだ決闘が始まってもいないのに、アウレリアは降伏を宣言して勝負を降りた。それから、空いた手で『お前たちもやれ』と言わんばかりにクラリスとエリオットに催促する。
その意図が読めると、二人は続けて手を挙げた。
「んじゃ俺も降伏で。顔に傷でもついたら困る」
「アタシも……。戦って役に立つとは思えないから」
まさかのエルリィ以外が降伏宣言を行い、そのときにビエントだけが意図に気付いて青筋を立てて震えた。
「貴様、最初から一人で戦うつもりだったな、エルリィ・パードリグ!」
それまで丁寧に令嬢ぶっていたエルリィが堪え切れずに笑った。
「ふっ……くくっ、はっはっは! そなたら如きに儂の友達を戦わせるつもりはない。自分を強者に括った生意気な者を叩き潰す快楽はひとしおぞ?」
「侮辱も甚だしいぞ、小娘! その驕りが通用するか見せてもらう!」
手で合図をするとビエントの後ろに立っていた魔法使いが前に立った。
「ロッド、カーリー、クライン。お前たちで仕留めろ、殺しても構わん」
名前を呼ばれた三人は戦場でも歴戦の魔法使いであり、戦士である。頬のこけた中年の男、ロッドがモノクル越しにエルリィを見下した。
「見たところ子供だ。坊ちゃまが敗けても、現役の我々が劣ることはない」
彼の言葉にクラインという眼鏡の若い男も同意見だと肩を竦める。
「僕らまで侮辱したも同然だ。世間の厳しさを覚えさせるのは丁度いいでしょう。知ったところで、次があるかどうかは分かりませんがね」
カーリーと呼ばれた女は黙ったまま、興味もなさそうに舌打ちするだけだ。三人それぞれをじっと見て、エルリィはニコッと笑った。
「雑魚が生意気な口を叩きおるわ、可哀想な奴らよのう」
その瞬間、鐘が鳴り響く。
瞬時にロッドたちの目の色が変わった。戦場慣れしている三人の行動は早い。
「オレのこと雑魚って言いやがったな、クソガキ! 殺してやる!」
カーリーの武器は自分の背丈程度の短い槍だ。リーチが長く、纏った電撃は触れれば対象を感電させる。対人間においては武器同士の打ち合いすら許さず、触れることもできないため回避に専念しなければならない。
「鼻息の荒い奴め、イノシシか?」
エルリィはアウレリアたちにパチッと指を鳴らして魔力の膜に閉じ込める。
「その中は絶対に安全じゃ、動くなよ」
当たり前のように槍の連撃を小さな動きだけで躱して下がっていく。さながら追い詰められているふうにも見え、カーリーは余裕の笑みを浮かべた。
「どうしたよ! 逃げ回るだけか、子犬!」
真っ黒の長髪を振り乱しながら躊躇なく殺意を持って連撃を繰り出すカーリーに対して、エルリィは淡々と小さな歩みで躱していく。
「様子を見ておるのだ。そなたらは個人戦より団体戦の方が得意であろう」
そう言って、エルリィは堂々と────槍を掴んだ。
「は……!? オレの槍掴んでなんで平気なんだよ……!」
「阿呆め。身体強化だけで戦うのは三流じゃろう」
カーリーは言われてハッとする。エルリィの腕には薄い膜のような魔力が覆っている。攻撃を防ぐための魔力のみで展開する魔障壁を応用したものだと気付き、子供らしからぬ技術に一瞬で冷や汗が浮かぶ。
「どれ、もっと近う寄れ。その可愛らしい顔を見せてみよ」
ぐいっと槍を引っ張ったエルリィが、鼻が触れあう距離まで迫り、鋭い眼つきの深い場所に眠る狂気じみた覇気ひとつで全身を震え上がらせた。
「口の悪さは生まれつきか? 儂と仲間じゃなぁ?」
けたけた笑っていると、側面からきらりと光る魔力に気付いて咄嗟に跳んで躱す。近くの建物をまっすぐ貫いた閃光を見て、嬉しそうな顔をする。
「おお、あれは魔力で編んだ弓矢かや! 素晴らしいのう!」
ふわっと着地して、遠くの建物から狙いを澄ますクラインを見つけた。
(高い精度の長距離射程となると、眼球に絞った性能強化魔法。加えて魔力のみで編みこまれた、自身の手に何よりも馴染む自由な形状の弓矢。お見事。近付けば逃げるのは目に見えておる。こっちは後じゃな)
先にカーリーを仕留めようと考えて、今度は背後から伸びてくる魔力の気配を察し、前に進んでカーリーへ突っ込んだ。
「き、来やがったな……! 迎え撃って────うっ!?」
エルリィは突きを躱して槍を掴み、武器を掴んで放さないカーリーごと背後から迫って来た何かしらの魔法に向かってぶん投げた。
水の縄がカーリーを締め上げ、瞬時に凍り付いていく。
「ばっきゃろー! ロッド、てめえ狙いを間違えてんじゃねえ!」
ロッドが後ろ手に組んで歩きながら、足下のカーリーを冷たく見下ろす。
「あなたが投げられたんだよ、カーリー。使えない女だ、この役立たずが」
悪態を吐き、仲間であるカーリーの頭を蹴った。当たり前のように。
日常的に行われてなければ有り得ない行動に、エルリィが目を細めた。
「……なぜ仲間を蹴った?」
「私の邪魔をしたからだ。戦場でもたびたび足を引っ張るのがアレでね。他にマシな奴がいないから使ってやっているだけだよ。今のは躾けたんだ」
ロッドが三人の中では突出しているのは分かる。それだけに独裁的なチームワークによってカーリーが縛られ、遠く離れたクラインも知りながら放置した。
どうしてもエルリィはそれが許せず、はあ、と息が漏れた。
「興覚めじゃ。少しは楽しむつもりじゃったが……決~めた!」
誰も瞬きをしなかった。だが、気付いたときにはエルリィがカーリーの拘束を解き、両腕に抱きかかえて立っていた。振り返ったロッドに悪戯っぽく振り向いて微笑み────。
「そなたらの魔力回路もぶっ壊してやる、敗者としてな」




